26.同居の上での約束事
何とかダビデの目覚める前に準備を終えて、部屋に戻る。
部屋ではジルさんがダビデを見守ってくれていた。
「すみません、ジルさん。ありがとうございました」
頭を下げる私に、ジルさんは首を振って答える。金属製の首輪が邪魔そう。
何か話したい事があったのか、口を開きかけたその時、ダビデが呻き声を上げて起き出した。
「ダビデ!!」
枕元に駆け寄り、顔を覗きこむ。
「ティナお嬢様?? あれ、ボク、どうしたんでしょうか?」
「おはよう、ダビデ、気分はどう? 何か変なところはない?」
「……いえ、大丈夫です。どちらかと言えば、凄く調子が良いです」
まだ完全には目覚めていないのか、ボンヤリとした雰囲気のまま答える。部屋を見回して、自分の部屋だと気がついたのか、首を傾げている。
「種族進化、おめでとう。ダビデは今日から、ハイ・コボルドだよ」
手を握り視線を合わせて、祝福を伝える。
ギルドからこちらに戻るまでに鑑定した所、種族がハイ・コボルドに、レベルが1に戻っていた。能力値はおそらくコボルドのレベル30の頃のものをそのまま引き継いでいるのだろう、コボルド種としては高い数値だ。
「え、ハイ・コボルドですか? なぜ??」
自分でも原因に心当たりがないのか、困惑したまま私を見つめてくる瞳は以前のままだ。
身体が一回り大きくなったくらいで、見た目には変わらない進化で良かった。ただ、握った手の肉球は肉厚になっていて、毛皮は少し固さを増したみたいだけどね。
首も太くなったから、ダビデが気に入っていた赤い首輪は外して枕元に置いてある。
「ほら、オオカミさんを助けた後に、私が広域破壊魔法を使ったでしょ? どうやらその時も、ダビデとパーティーを組んでる判定になっていたみたいで、大量の経験値がダビデに流れ込んだの。そのせいで、カンストして、更には種族進化しちゃったみたい」
出来るだけびっくりさせない様に、柔らかく伝える。だが、それを聞いた途端に、ダビデの握ったままの手が硬直し瞳が潤む。
「ごめんなさい!! お嬢様が受けとるべき経験値を、ボクなんかがかすめと盗って。どうか許して下さい!」
ベッド滑り落ちるとそのまま床に伏せ、謝罪する。尻尾がお腹の方に巻かれていて痛々しい。
「うん? 何で謝るの? 私はダビデが進化してくれて、とても嬉しいよ」
なんとなくこうなるんじゃないかなー、と予想はしていたけれど、やっぱりこうなったか。この世界の人達、自己評価、低すぎるんだよね。
それよりも、服、破れそう。大きくなったから買い直さなきゃな。革製の防具も作り直さないといけないし、今度はもっといい素材で作ろう。コボルドの防具は作れないって、町の鍛冶屋には断られたしね。
落ち着けーと念じながら、床に伏せたままのダビデを撫でる。しばらく撫でても、起き上がる気配がなかったから、話を変えてみることにした。
「ねぇ、ダビデ。顔を上げて? 実はね、紹介したい人がいるの」
躊躇いがちに顔を上げたダビデに、ジルさんが見えるようにずれる。
「え、獣人の方ですか??」
ひたすら無言で待機してくれているジルさんを見ながら紹介する。
「うん。オオカミさんこと、狼獣人のジルさんだよ。リーベ迷宮の近くに繋がれてた人。分かるかな?」
ダビデの鼻がピクピクと動き、ジルさんの匂いを嗅いでいる。あの時のオオカミさんとジルさんでは見た目が全然違うから、誰だか分からないのだろう。
しばらく匂いを確認して誰なのか確信を持つと、鼻に皺を寄せて、牙を剥き出しにし、低く唸り出す。
「ダ、ダビデ、どうしたの? 何でそんなに怒っているの?」
私の問いかけには答えずに、ジルさんの方に向き直り、更に威嚇を続ける。体勢が低くなり手足に力が入り、今にも飛びかかりそうだ。
「落ち着いて。ジルさんは、今後一緒に住む事になるのよ。仲良くしてくれないかな?」
まさかここまでダビデが拒絶反応を見せるとは思わなかった。
「なんだ?」
威嚇され続けたジルさんも、流石に苛ついてきているのか低く凄む。コボルド料理人VS獣人戦士なんて、戦う前から結果わかってるだろうに、何で?!
もう一度、止めようと手を伸ばしたがその前に、ダビデが飛びかかっていった。
「何をする! やめろ!」
全身全霊で攻撃をするダビデに、とりあえずは反撃はせずに防御だけで耐えてくれているジルさん。その忍耐はどこまで持つか。
「止めろと言っている! 別にお前の飼い主を取ろうとなどと、思っていない! 共に仕えさせて貰えれば十分だ!!」
ん? なんか、ジルさん、聞き捨てならない事を言ってないか??
「お断りです!! どうして、お嬢様を怪我させた獣人が、お仕えするなどと言うのですかッ!! ボクは貴方がここにいるのを認めません!!」
噛みつくダビデをあしらいながら説得していたジルさんは、その反論を聞いて動きを止める。その機を逃さずに、ダビデは飛びかかり、左の二の腕に噛み付き、引き倒そうとする。
「ダビデ! やめなさい!!」
流石に血が流れるのは許容範囲外だから止めた。ワンコ同士の序列決めの為の喧嘩なら、ギリギリ大丈夫なんだけどね。
ダビデは未だに口を離さず、ジルさんの腕にぶら下がっている。
「……、ご主人様を、オレが? そんな事は…」
噛みつかれた傷口は確実に痛むだろうに、振り払おうともせずに悩んでいる。おそらく、あの時私に噛み付いた記憶はないのだろう。私もダビデが話さなければ言うつもりなかったし。
「お嬢様がお前を見つけて、苦しんでいるお前を助けようと、慣れない隷属魔法をご準備されている時! 意識がない振りをしていたお前は、お嬢様に噛み付いた!!
お嬢様の右頬から、耳にかけて、肉が噛み千切られて、骨が露出していた。耳を失っても、尚、お前を助けるために、自分の治療もせず、お嬢様は魔法を使われた!」
ジルさんの二の腕を離し、蹴り付けた反動で後ろに下がったダビデはまた低く唸っている。あら、そんなにヒドイ怪我だったんだ。集中していたからか、さっぱり気がつかなかったわ。苦痛耐性もそう言えばあった気がするから、そのせいもあるのかしら?
そのまま、私とジルさんの間に陣取り、テコでも認めないと威嚇する。
威嚇されているジルさんは、どこまでも困っているようだ。
「ダビデ、落ち着いて。大丈夫だから。ジルさんは、隷属魔法の影響で攻撃してしまっただけだよ。大丈夫、もう、理由なく攻撃なんてしないから。ねぇ、ジルさん?」
落ち着かせようと、ジルさんに同意を求める。
ー…失敗した。こんなことならジルさんと会わせる前に、ちゃんと説明しておけば良かった。
「あぁ、ご主人様を攻撃するなど絶対にしない。信じてほしい」
「ほら、ね? だから大丈夫だよ」
ダビデは唸るのこそ止めたけれど、まだうろうろと落ちつかない様に身体を揺らしている。
「ご主人様……」
ダビデの心配ばかりしていたけれど、今度はジルさんから暗い声をかけられる。
「ご主人様は止めて欲しいです。私、冗談か、馬鹿にされてるとしか思えないから。
ジルさん、ウチのダビデが噛みついてごめんなさい。すぐにポーションで治しますから…」
譲れない呼び名の訂正を頼みながら謝罪する。"ご主人様"はアキバのメイド喫茶か、どこぞに在ると言う執事喫茶だけで十分です。
「いや、このままで」
いや、駄目でしょう?! 呼び名にしろ、怪我の手当てにしろ、このままで良い筈がない!
「そんな事よりも、教えて欲しい。
オレが、噛み付いたと言うのは、本当か?」
「あー、まぁ、本当です。ただ、ジルさんに悪気がないのは分かっていたし、怪我もポーションで跡形もなく治っていますから、気にしなくて大丈夫ですよ?」
私がダビデの言を認めるとジルさんは暗い顔のまま、俯いて固まった。そんなジルさんを、ダビデは警戒心も露に睨み付けている。
しばらくするとジルさんは顔を上げて、私の方に歩み寄ってきた。警戒し、また牙を剥くダビデに対して、静かに「頼む。通してくれ、何もしない」と言うと私の前まで来る。
「えーっと、ジルさん?!」
目も合わせずに片膝を付くと、私の胸の前にオオカミの耳が二つ差し出された。
ジルさんの意図が分からず悩んでいる私と耳を差し出したまま動かないジルさん。そして私たちを無表情で見つめるダビデ。奇妙な構図が出来上がる。
「どうぞ、ご存分に」
沈黙と微妙な空気が支配する部屋に、ジルさんの声が響く。
ー…ご存分に、何しろって言うの?!
胸の前に差し出された、二つの耳を見つめて思う。とりあえず、触ってみる? 初めてあった時から、そのもふもふの耳と尻尾が気になってたの、バレてたのかしら? 出来たら狼の顔の時に撫でさせて欲しいなー。人間の顔だとやっぱりちょっとね。なんと言うか、何処の痴女だ!になるわけで……。
驚かせないようにゆっくりと耳を触る。反射的にだろう、耳が逃げるように動く。
柔らかくて、温かくて、少しコリコリとした弾力もあって、良いなぁ、コレ。
目を閉じて、しっかりと口を噛みしめ、両手を太腿に置いたまま、時折耳が逃げそうになる以外、一切動かないジルさんのオオカミ耳を堪能する。
流石に甘噛みしたら、怒られるよね?? と思いながら、後ろ髪を引かれる思いで手を離した。
「ありがとうございました。堪能しました」
お礼を言う私を見るジルさんは、私の意図を考えあぐねている様だ。
「引き千切らないのか?」
「へ?」
真面目に聞いてくるジルさんに二の句が繋げない。引き千切る?? なにを? ミミを?? ご冗談!!
「ご主人様を傷付けた罰に、オレの耳を引き千切らないのか?
無論、それだけで済むとは思っていないが、手始めに同じ痛みを味わえとは思わないのか??」
え、それ、何処の、ハムラビ法典?! この世界にも、あの有名な『目には目を』の精神が息づいてるの??
それにそれだけで済むとは思っていないって、ダメでしょ!
ハムラビ法典って確か、奴隷制の時代に、やり返すのは同じ位の痛みまでで止めることって報復拡大防止の目的で、作られたんだよね? 大昔に世界史でやった気がするし。
奴隷や、孤児や、寡婦なんかの弱者の為の法律って認識なんだけど、この世界のハムラビ法典って違うの?!
「え、やりませんよ? 第一、毛皮は生き物にくっついているからこそ、触り心地が良いんです。剥製にしたらその魅力は半減ですよ」
「お嬢様……、それ、何かチガウ気がします」
脱力したダビデが突っ込みを入れてくるが受け流して、ジルさんに立って欲しいと促す。
「ともかく! 私はダビデもジルさんも、虐待したり、理不尽な扱いをしたりするつもりは一切ありません。二人共、解放出来るように方法を探すつもりです。
だからそれまで、普通にしていてください。お願いします」
「しかし……」
「シカシも、カカシもありません! これは決定事項です!!」
目を白黒させているジルさんに畳み掛ける。
「私の事は、ティナと呼び捨てで呼んでください。それ以外は認めません。良いですね?!」
「あぁ、わかった、ティナお嬢様」
ダビデの呼び方を踏襲しているのだろう、ジルさんを睨み付ける。
「ジルさん、ティナと 呼 び 捨 て で 呼んでください」
「いや、さすがにそれは出来ない。人前でそれをやれば、大変な事に……」
しどろもどろになりながら話すジルさんの説明を聞けば、人前で主人にタメ口を叩く、呼び捨てで呼ぶ、奴隷、特に他種族の特殊奴隷を大事に扱う、なんて事をしていると、その奴隷の持ち主に『異端』の疑いがかけられるそうだ。
元々は、魔物や魔族に内通する人間を探し出す為の法律のはずが、今では他人と少しでも違うところがあると『異端審問』に呼ばれ、拷問を含む尋問をされ、認めれば特殊奴隷に落とされる。
あー、ヨーロッパの魔女狩り中期以降みたいな状況?
明確な理由なく周りからの申し出があれば拉致監禁、調査されて認めなければ拷問死が待っている系?
ひっさびさに、ないわー、コレ、マジで無いわ。
「えー、なら、危ないですね」
「ああ、だからもし危なくなったらオレを集積場に売ってくれ。それで一度は逃げられる。その間に対策を考えればいい」
「それは今のところ、もっとないですね。成人したら、この国より奴隷の扱いが優しい、もしくは解放出来る国に逃げちゃいましょうか? 何処かないか、今度聞いてみますね」
世慣れてるスカルマッシャーさんたちとか、アンナさんとか、マスター・クルバとか、クレフおじいちゃんとか誰かは何か知ってるだろう。おじいちゃんにはお手紙でも出そうかな?
思えばたった2ヶ月程だが、ずいぶんと知り合いが増えている。肉体年齢の同世代の友達は少ないけど。知り合いはみんな中年以上、精神年齢バレてるのかしら??
「そんな事はしなくても、オレを見捨てればいい」
「いーえ。駄目です。"拾った者は最後まで責任を持て"と言われてますしね。ちゃんと助けた者の責任として、自由の身になるまで付き合いますよ。
さてと、では仕方ないので、私達以外の人がいる所では好きに呼んでください。呼ばれる方は、かなり恥ずかしいものがあるんですけど、そこのところ忘れないでくださいね。
ただし! 誰もいない所、特に隠れ家の中では呼び捨てでお願いします。なんなら、ダビデも呼び捨てで呼んで欲しいな」
ついでにって風を装って、ダビデにも希望を伝える。前回は押しきられてお嬢様呼びになったんだよね。
「しかし……」
まだ悩んでるジルさんに再度念押しする。
「ティナお嬢様、お断りです。ボクは前からそう言っているはずです」
ダビデは一刀両断に断ってきた。うん、分かってたよ。でもさ、恥ずかしいのよ。
「わかった。なら、オレの事もジルベルトと読んでくれ」
諦めたのか、交換条件を出してくるジルさん改め、ジルベルトさんにお礼を伝える。
「ありがとうございます。私よりも年上だし、凄く違和感があったんです。ジルベルトさん、ですね。ではこれからそう呼びます」
「違う。ジルベルト、だ」
「え、呼び捨て?」
「あぁ、場所を問わず、常に呼び捨てで呼んでくれるなら、命令に従おう」
えー! ヤダ。首輪付き成人男子を呼び捨てにする少女。なんて絵面だ。
しばらく押し問答の末、痛み分けというか、ほぼ私が負けて普段から呼び捨てで呼ぶことになった。異端審問を理由に出されたら折れるしかなかった。たまに、他の人がいない所でなら"ジルさん"でもいいと認めさせけどね。
「お嬢様、ソイツと少し話しても良いですか?」
「なんだ?」
私が返答する前にジルさん、じゃなかった、ジルベルトが問いかける。普段から変えとかないと、間違えるんだよ。
私を伺うダビデに、好きに話していいよと頷いて少し離れた。そう言えばこの二人、喧嘩中だったっけ。
「なぜ、そんなものをつけている? ソレ、不服従につける、隷従の首輪でしょう?」
あっちゃー、ダビデも首輪の意味知ってたんだ。なら、警戒するのも当たり前かな。
「契約更新に必要な、上級隷属魔法の使い手が留守だった。それゆえ、本契約までコレで代用している」
「なら、お嬢様に逆らう意思はない?」
「あぁ、何なら赤鱗に誓う。……そうだな、ティナ、頼みがある」
静かに会話していたジルベルトが私の方を向き直る。
「首輪の管理権限を、ダビデにも持たせて欲しい。方法は簡単だ。ただ認めると言うティナ意思の元、ダビデが魔力を通せばいい」
「なぜ、そんな事を? ボクに管理権限を渡すと言うことは、処罰も自由に出来るってことです。理由なく苦しめられるとは思わないんですか?」
私をそっちのけで話が進んでいる。まぁ、良いか。本人たちの良いようにすればいいよ。たった一週間の事だし。
「構わない。ティナはおそらく処罰を嫌がるだろうしな。オレが万一、害を為す様なら好きにしてくれ」
「あー、ひとつ補足。理由のない罰は駄目だよ。理由があっても過剰にはダメ。暴力は止めようね。喧嘩よりも話し合いを優先して。みんな仲良く、楽しく、ね?」
釘を刺す私に、二人は首を振ってから顔を見合せている。
「ほら、な?」
「そのようですね。分かりました。ボクも権限を持ちます」
だから、なぜそこで通じ合う!!
初めての一体感が私に対する呆れって、悲しいじゃないか。
でも、喧嘩されるよりは良いのかな。
その後、ダビデが近づき、ジルベルトの首輪に指を伸ばす。成長して私と同じ位まで身長が伸びたダビデだったけど、あと少し届かなくてジタバタしていたら、ジルベルトが身体を屈め、首を近づけてくれた。私の時と同じように、膝をついてしゃがんでくれるのかなと思ったんだけど、それはなかった。
全部終わって、弛緩した空気が流れる。いや、本気でどうなる事かと思ったわ。でも、ジルベルトは怪我してるし、ダビデの服はパツパツだし、これはお祝いより先にお風呂かな?
痕が残っても申し訳ないから、ハーフポーションを4つの小さな穴から血を流しているジルベルトの腕にかけて、ダビデの服を取りに一度私の部屋に戻る。コボルドの犬歯って案外鋭いんだね。驚いたわ。
前回、大きすぎると思いながらも、太ってきたら必要になると思って、一揃えだけかなり大きめの衣装を買った。それは私が預かったまま、無限バックに入れっぱなしなっていたんだっけ。
「ただいま、ダビデ、これ着て……へ?」
戻ったら、ジルベルトとダビデが二人共にベチャっと潰れてました。
「ダビデ、ジルさん、どうしたんですか!!」
ビックリし過ぎて、呼び名が元に戻ってしまった。
「ごめんなさい! ごめんなさい!!」
ダビデはひたすら謝るし、ジルさんは無言だし、この短い時間に何があったの?!
「ダビデ、謝ってばかりじゃ分からないからっ! ジルさんも何とか言ってください!!」
そこで二人して目を合わせない! どっちが喋るか譲り合うんじゃありません!!
「ごめんなさい。ボクのせいで、貴重なハーフポションを使わせてしまいました」
「申し訳ない、オレの怪我のせいで、貴重な資源を無駄にさせてしまった」
はぁ? そんなこと?!
「ビックリさせないで下さい。ダビデの調子が悪くなったか、また喧嘩でもして怪我でもしたのかと、思いましたよ」
「いや、しかし……」
「とりあえず、立ってください。いくつか同居に当たって、約束事をして欲しいです」
二人が立ち上がり、こっちを向いたのを確認して続ける。本当は、もっと三人での生活に慣れてからルール作りを一緒に出来たらなぁと考えてたんだけど、無理っぽいし今のうちに最低限頼んじゃおう。
「同居のお約束です。
1,いきなり土下座をしない。
2,同居人に、私も含めてですよ? 同居人に不満がある場合はちゃんと口に出す。いきなり暴力は駄目です。
3,嫌な事はちゃんと断る。
4,各自の部屋の掃除は各自でする。
5,基本的にそれなりの金銭は渡すつもりですが、必要な物があって足らない場合は、隠したり我慢したりせずに相談する。
6,仕事の分担は話し合いで決める。
後は……」
「お嬢様! それ、奴隷じゃありません!!」
「うん、奴隷のつもりないから。
この国での立場的には仕方ないのかな、とは思うけどさ、心は屈する必要ないよ。ダビデもジルさんも他の誰かでも、誇りも自尊心も失う必要はない。
外では安全の為に演技をしてもらう必要が出るかもしれない。そこはごめんなさい。我慢してくださいとしか言えない。
でも、約束する。
私が大人になったら、二人が誰かに支配されない、自由を取り戻せる様に努力する。必ず方法を見つける。だからそれまで我慢して欲しい」
おばちゃんね、滅多に約束ってしないんだ。
約束は破るためにあるって言う人もいるけど、おばちゃんは一度口にした約束事は必ず守れって古風に育てられたからさ。だから、こうして口に出すのって、結構覚悟いるんだよ。
ー…二人に伝わるかどうか分からないけど、伝わってくれると良いな。
「お嬢様……」
ダビデは動揺してる。ジルさんは?
「……ハァ。ジルベルト、だ。もういい、分かった」
えっ? わかったの??
ジルさ…、ジルベルトは頭を乱暴に掻きながらため息混じりに続ける。
「ティナの普通がかなり普通ではないことが分かった。今は何を言っても無駄だろうと言うこともな。
だから、オレも宣言しておく。
オレの意思に反することはやらない、それでいいんだろう?
ご主人様の要望も命令も出来うる限り守る。
奴隷の立場を弁えない様な事をするつもりもない。
それがオレの今の意志だ」
「何も分かってないじゃないですか! それでは意味がない。あと、名前!」
「意味はあります。ボクも、ボクの意思でお嬢様に従います」
ー…がぁ! 伝わらない!!
「諦めろ。二対一だ。民主的だろう?」
にやりと笑ってトドメを刺してくるジルベルトに、反論したいけれど今は諦めるしかないか。
こうして冗談めかして反論してくれる様になっただけでも、進歩だと思わないといけないんだろうな。しかし、民主的なんて単語、知ってるんだ。何処かに民主主義の国でもあるのかな?
「もういいです、分かりました。今は、諦めます。でもいつか自由になる方法見つけますからね!」
「あぁ、楽しみにしている」
肩をコミカルに竦めながら話すジルベルトを見て、こちらも力が抜けた。そのまま無詠唱で浄化をかけて、ジルベルトの服から血痕を取り除く。
「さてっと、随分脇道に逸れましたけど、私が昔住んでいた所では、嫌な事は水に流すって言うんです。水に流して忘れてしまおうって意味です。
ダビデ、ジルベルトと一緒にお風呂入ってきて、喧嘩のアレコレを水に流して来て。ついでに、大浴場の使い方、ジルベルトに教えてあげてね?
ダビデの服はとりあえずコレを着ていて。
上がったら、今度こそお祝いをしよう!」
あー、この人たちの意識改革って大変そうだわ。




