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24.拾ったものは最後まで面倒をみろ

 迷宮を出てすぐに移転をして、城壁の見える丘の上に出る。

 ここならば見張らしもいいし、今日は雨が降る様子もない。一晩の宿にするには十分だろう。


「ジルさん、お疲れ様でした。

 今日はここで休もうと思うのですが、大丈夫ですか?」


「なぜ、城壁まで行かない? その方が安全だろう」


 確かに、町に入りそびれた旅人の多くは城壁の側で一晩を明かすことが多い。けれど、今からちょっと常識外れをやる予定だから、誰かに見られると困るんだよね。


「あはは、ちょっとやりたいことがあって。嫌でなければ是非」


「別に構わない。どうせ、オレ達にとっては安全とは言えないからな」


 そう言うと、手早く枯れ草や小枝を集めて焚き火を作る。近場には薪になるような枝がなかったから、探してくると言う、ジルさんを制し、無限バックから薪の束を渡した。


 森住まいの間に、大量の薪をアイテムボックスに入れておいたのが役に立った。

 背中に背負いっぱなしの無限バックから追加で、ケビンさんたちとこの町に向かう間使っていた、夜営道具を取りだし必要なら使うように伝える。


 私はおこしてもらった焚き火で簡単な夕飯を作る。少量だが、様々な調味料を持っていて助かった。

 香辛料の類いは食べられるのか、嫌いな食材はないのか等を聞きながら、素早く鉄串にドロップ品の鶏肉と森でドロップするようになった猪肉を刺し、塩とコショウを振る。

 鶏肉はそのまま焼き、猪肉は臭みを誤魔化す為に、甘辛い味噌をつけて香ばしく焼き上げる。

 一人一本ずつじゃ足らないかな、と両方10本ずつ焼いた。余ったら、アイテムボックスに入れておけば、腐ることもないさ。


 肉が焼ける間にもう一品。ダビデに頼んで作ってもらっていたパスタを鍋で茹で上げ、猪肉のベーコンと野生のニンニク、唐辛子で味をつけたペペロンチーノだ。


 早く新鮮な卵が欲しい。南東の森にある石化ダンジョンで採れるらしいけど、厄介な魔物が多い地区だから、出来たら行かないようにとアンナさんに止められている。


 以前買って、そのまま放置になっていたシンプルな皿に盛り付け、ジルさんに向き直る。


 えーっと、何故、後ろを向いているのかな?


「ジルさん、ご飯出来ましたよ。味の保証はしませんが、よかったら食べませんか? 飲み物はハーブティーしかないですけど」


 ……呼び掛けたときに肩が一度揺れたけれど、振り向くことはなかった。え、まさかの寝落ちか?


 回り込んで顔を見ると、剣を抱えたまま一点を凝視している。


「あの、ジルさん、ご飯出来ましたよ? 先程、食べられないものも、好き嫌いもないと聞いたので適当に作りましたが、嫌でしたか?」


 無反応なジルさんに、再度声をかける。

 冷めるから、さっさと食べようよ! お腹減ったよ!!


「……奴隷が共に食べるわけにはいかない。先に食べろ。残飯でも恵んでもらえれば十分だ」


 しばらく待っていると、そう暗い声で話す。歯噛みしそうな顔で言われても怖いだけだって。


 イヤ、イヤ、あり得ないでしょ。

 ダビデも最初は一緒のテーブルに着くの嫌がったし、もしかして奴隷ってそう言う扱いなのかな。空きっ腹を抱えた人の前で自分だけお腹いっぱいご飯を食べても美味しくないよ。


「困ります。今日はハッグ戦のお疲れ様会です。一緒に食べてもらえないと、私も食べられません」


 しっかり視線を合わせてそう言うとそのまま待つ。

 しばらく睨み合っていたけれど、最初に諦めてため息を付いたのは、ジルさんだった。


「わかった。なら頂こう。悪い」


「もう、冷めちゃったじゃないですか。肉は少し焼け過ぎてるし、ただでさえお料理得意じゃないんです。美味しくなくても、我慢してくださいね」


 そう言いながら、盛り付けた料理を手渡した。


 その後は順調に食事が進んだ。味噌の肉はいまいち口に合わなかった様で、進まなかったから私の鶏肉と取り替えた。

 流石に成人男子、食べる量も半端ない。瞬く間に皿が空になる。


「もっと食べられますか? 良かったらデザートかわりにこれを」


 ようやく半分食べた所で、手持ち無沙汰にしていたジルさんに、ダビデが森の木の実とフルーツで作ったクッキーを進める。


「……旨かった。感謝する」


 私も食べきり、まったりと食後のハーブティーを飲んでいるときに礼を言われた。


「いえいえ、気にしないでください」


「こんなに旨いモノを食ったのは、久しぶりだ。それにこのクッキー、懐かしい味がする」


 一枚だけ残したクッキーを見つめつつ、ポツリと言う。ダビデが作った物だから、どこか懐かしい味がするのかな?


「オレが見張りをする。お嬢ちゃんは休め」


 あらっ! 初めて呼び掛けられたわ!!

 デレてきてる?? 食べ物の威力は絶大だねぇ。

 なら遠慮なくって、……不味い不味い。忘れるところだった。


「あの、ジルさん、何も言わずに、飲んで欲しいものがあります」


 流石に緊張しながら切り出した。


「なんだ?」


「是非飲んで欲しいものがあります。

 もしかしたら、明日でお別れかもしれません。

 だからチャンスは今日だけなんです。お願いします、何も言わずに今から出すものを、飲み干すと約束してもらえませんか?」


 クルバさんは、私に所有権を渡すとか言っていたが、この人が望むとは思えない。十中八九、明日でお別れだろう。そして、今から出すものについて、私から詳しく解説することは出来ない。霊薬(エリクサー)なんて分かったら、飲んでもらえなくなる可能性が高いからね。


「……分かった」


 十分以上の時間が過ぎてから、静かに約束してくれた。

 決意が鈍らない内にと、急いで無限バックから霊薬を取りだし口を開いてから渡した。


 見た目を確認することもなく、ジルさんはそのまま一気に飲み干した。ぼんやりとした、暖色の光がジルさんの身体から溢れだしたと思ったら、すぐに落ち着く。


「これは、なんだ? え、視界が……」


 復元された瞳が、景色を写すことによって欠損部位が治ったことに気がついたのだろう。困惑の声をあげる。


「効いたようで良かったです。私の『とっておき』です。顔の傷が、何か思い入れのあるものでしたら、今ならさっきまでの状況に戻せますけど」


 綺麗サッパリ火傷の跡も消えて、黄金の美しい瞳が二つ輝いている。私としては、良かったのだけれど、片目を潰したのに何か理由があったなら悪いからそう確認した。


「いや、この眼は、初めての主人となったヤツに、遊び半分で焼かれたものだから……」


 混乱しながらも、律儀に答えてくれる。問題ないなら良かった。


「なら、良かったです。さぁ、夜も更けました。少しでも仮眠を取りましょう。

 ここには守護結界を張ります。魔物は近づけませんから、眠って大丈夫ですからね」


 やりたいことが終わったからか、急激に疲労と睡魔が襲う。思えば、初心者ダンジョンへの移動から始まり、ハッグ戦まで、今日は本当に盛り沢山だった。


 震える手で自身の身体を触り、確認しているオオカミさんには悪いけど、眠くて限界。


 さっきまで使っていた食器を含めて全てに浄化を唱えて、手早く無限バックに使い終わった食器を仕舞い、布を被る。


 眠りに落ちる前に、十分な広さを持つ結界を張った。これで朝まで邪魔が入ることはない。


「オオカミさん、おやすみなさい。オオカミさんも休んでくださいね」


 何か返事をされたようだが、それを理解する前に私の意識は沈んだ。



 ***


 一晩明けて、翌朝。日の出前。

 朝、眼を開けたら、精悍な美形の顔が目の前にあって悲鳴を上げかけた。


 閉じられた瞳、静かな呼吸、どうやら眠っているみたいだ。何処か疲労を感じさせる顔色は痛々しい。


 どうしよう?ダビデも心配だけど、もう少しだけジルさんも休ませておきたいな。


 上半身のみ起こして、悩んでいる間にジルさんが眼を覚ましてしまった。


「悪い。寝ていた様だ」


「いえいえ、おはようございます。昨日は大変でしたから」


 私が起きていることに気がついて、慌てて起き出すジルさんに朝の挨拶をする。


「朝食、簡単なものでよければ作れますよ。食べますか?」


 昨日浄化をかけたから、ニンニクの残り香対策もバッチリだ。実は浄化が前世に一番欲しい魔法だったりする。これがあれば、接客の前だからって臭いのしないものを選んで食べる手間省かれただろうに。


 一応、もう一度二人ともに浄化をかける。外で寝たしね、砂でもついてたらいやだ。私自身は、昨日遅かったし、食べたものが重たかったから、あんまり要らなかったりする。


「いや、大丈夫だ」


 そう言いながらも、何処か名残惜しそうに焚き火の燃えカスを見ている。


「うーん。まだ早いですし、軽く食べませんか? 少しだけ待ってくださいね」


 頷くと、ジルさんは一度丘を降りていった。朝の生理現象かな。

 守護結界は眼が覚めると同時に解除している。


 焚き火に新しい薪を入れて、小さな種火を魔法で作る。

 朝だし、軽いものでいいよね。こんなことなら、下拵え終えた食材でもダビデに頼んで作ってもらっておけば良かったわ。


 全自動パン焼き器で作り、バックに入れていたパンを出し軽く炙る。

 水を張った鍋の中に、火が通りやすいように小さく切った野菜とベーコンを入れて煮込めば、ほらお手軽朝食の出来上がり。

こっそりと隠し味に、オススメシリーズの調味料の中に、何故かあった"出汁のモト"一式から、白だしを選んでほんの少しだけ入れる。

 辺りにほんのり良い香りが漂ってきた。


「あ、出来ましたよ。スープとパンだけですけど、パンにはジャムを塗ってください」


 戻ってきたジルさんに、スープ皿とパンを渡す。

食べ物を渡す前に、お互いに浄化はかけた。念のためね。衛生面は大事です。


「あ、あぁ。悪い」


「くすっ。昨日からそればっかりですね。遠慮せずに、どうぞ」


「このスープ、初めて食べる味だ」


「えぇ、隠し味で故郷の味をいれています。お口に合わなかったらごめんなさい」


「いや、旨い。大丈夫だ」


 後は無言で食べきった。何だか雰囲気が変だなぁ。何か思い悩んでいるみたいだし。


 食べ終わると、町に向かうことにした。


「おう、ティナ嬢ちゃんか! ギルドで聞いたぜ。災難だったなぁ」


 城壁の早番冒険者が声をかけてくる。見たことのない冒険者だ。


 災難? 今回の件は箝口令が出ているハズだけど??


「偶然迷宮の近くにいたら、他種族嫌いの疾風迅雷に捕まったんだろ? 運のないことだ。気にしたら駄目だぞ~」


 そんな風に慰められながら、朝の鐘と同時に城門を通してもらえる。


 ジルさんは俯いたまま、ずっと後ろをついて歩いていた。何だかやっぱり悩んでるよね? 聞いた方がいいのかな??


 プライバシーに踏み込むかどうか悩んでいる間に、ギルドに着いた。


「おかえりなさい、ティナちゃん。やっぱり、朝イチに帰ってきたわね」


 私を見て驚きもせずにアンナさんは上に誘う。執務室ではマスター・クルバがもう待機しているそうだ。

 私の行動パターンはそんなに分かりやすいかな。


「マスター・クルバ。失礼します。冒険者、ティナ・ラートルが戻りました」


 いつものように冷静に執務室の前で許可を求めるアンナさんは、いつ見ても出来るバリキャリみたいで格好いい。


「戻ったか。首尾は?」


「ハッグ戦に勝利し、プレートを埋め込みました。これが証拠のドロップ品です」


 ドロップした宝石と金貨を机に置く。


「確かに。……金貨も魔石もお前の物だ。魔石はかなり質が良いからな、出来たらギルドで買い取りたいが、大丈夫か?」


 おー、噂の魔石! 宝石かと思ってたけど、高レベルの魔石だったのね。低レベルの魔石はそのままでは、小石と区別のつかない地味さだったから、高レベル品質の魔石だと気が付かなかった。

 高品質の魔石は、高レベルの魔物からのレアドロップ品で、市場に出回ることはほとんどない。ちなみに魔石の正式名称は〇〇(魔物名)の核。いちいち言うのが面倒だから、一律魔石と呼んでいるらしい。

 精密なマジックアイテムであればあるほど、作成には高レベル魔石が必要になる。国家や教会、大きな商人ギルド等では、喉から手が出るほど欲しい逸品だ。

 もちろん冒険者ギルドも求めている。


「え、あの、出来たら記念に持っていたいんですけど。ダメですかね? ジルさんへの報酬でしたら、私の手持ちで足りるなら払いますから」


 今まで使ったことはないけれど、実はこっそりアイテム作成技能も所持している。何か作りたくなった時のために所有したかった。


 ん? 何故、そこでアンナさんもマスター・クルバもため息を吐く?


「ティナ、お前は話を聞かない天才か? それとも、3歩歩けば忘れる馬鹿か?」


「マスター・クルバ、さすがにそれは失礼ですよ。私はどちらでもありません。危険には正当な報酬を、と思っただけです。第一、ハッグ戦は私達二人で戦いました。報酬は山分けが基本でしょう?」


「そこが馬鹿だと言っている。

 いいか、よく聞け。そして理解しろ。

 ジルとか言う狼獣人は、奴隷だ。奴隷には一切の権利はない。正確には、奴隷を所有する主人に゛奴隷が奴隷ではなかった場合に受け取るべき権利゛を受けとる権利がある。

 ただし、狼獣人は今の所主人を持たないノラ奴隷だ。

 ここまでは良いな?」


 野良奴隷ってすごい表現だなぁ。


「故に、現在、ハッグ戦の報酬を受けとる権利を持つのはお前だけだ。

 また、出発前にも話した通り、ハッグ討伐を果たした場合、デュシスの町の冒険者ギルドは、所属冒険者が所有したまま死んだ、狼獣人の所有権をティナ・ラートルに認める。

 つまりは、今この瞬間から狼獣人のご主人様はお前だ。

 この事から、狼獣人の主に今回の報酬を受けとる権利が発生するが、それはお前だからな。全部一人で総取りすることになる。

 わかったな」


 反論は許さん! とばかりに言い切られる。


「えぇ?! ですから出発前にも話した通り、私は引き取りたくありません。 奴隷とか要らないんです。ヒト一人の命を預かるなんて未成年の子供には重たすぎるんですよ! 勘弁してください、まったく」


「では一度所有権を移した上で、集積場に売り払え。それなりの利益になるだろう。信賞必罰、受け取らないことは許さん」


 それでも私が納得していないのに気がついたのだろう。壁際に控えていたアンナさんに目配せをする。


「ティナちゃん、前にも話したわよね? それが正当な報酬なら、例え不本意でも受け取らなくては駄目よ。

 それに、どうやったかは知らないけれど、狼獣人は五体満足になっている。ティナちゃんが手放したら、どうなると思う?」


 あー、私、アンナさんの説得に弱いんだよね。一部の隙もない論理と、感情の両方に訴えかけてくるんだもん。


「死ぬまで、使い潰されるだけだ。要らないと言っている相手の慈悲にすがり付くようなことはしない。オレを売ればいい」


 それまで黙っていたジルさんが口を開く。相変わらず暗い顔だ。


「死ぬまで、使い潰す……?」


「やっぱり、気がついてなかったのね。そもそも知らないのかしら?

 狼獣人はその戦闘力の高さと、伝令能力を買われて、今戦争をしている獣人の国では主力の一部よ。そんな敵国の元兵士が、奴隷になってごらんなさい。

 戦争で家族を失った者達や、無理にでも迷宮を探索したい実力の足らない冒険者の格好の餌食よ。

 虐待され、こき使われるだけならまだ良いわ。

 買われた先にはよっては、飢えさせて、苦しめて、拷問の末に生きたまま家畜の餌にさせるなんて事もあるのよ。全ては、主人のストレス解消の為にね」


 うげッ、想像しちゃった。


「構わない。死に損ない、負けて、捕らえられた時に、覚悟は決めた」


「アンナさん、どうしてそんなに、私の弱点を的確に突いてくるんですか?」


 悲壮感すらなく淡々と当たり前の事の様に語るジルさんを見てから、アンナさんにクレームを入れる。その答えは、素っ気なく「事実よ」の一言だけだった。


「わかりました、負けましたよ。

 ジルさん、本当に私の奴隷になってしまって良いんですか?」


「あぁ、よろしく頼む。ただ、憐れみならば不要だ。負担になったら、いつでも集積場に売ってくれて構わないからな」


「いや、売りませんから。私は後衛メインの冒険者です。前衛は貴重です。秘密も多いですしね」


 笑顔ひとつなく言い切るジルさんに、私も真面目に答える。


「話がついたところ悪いが問題がある」


「まだ何かあるんですか? マスター・クルバ」


「奴隷契約の更新の件だ。運の悪いことに、今、上級隷属魔法を使える人間が、近くのケミスの町まで出掛けているとのことだ。

 戻りは一週間後。それまで更新が出来ないからな、事情を話し予約するついでに、コレを預かってきた」


 そう言って出してきたのは、無骨な金属製の鍵付き首輪。重いし冷たそう。


「何ですか? ソレ??」


 ダビデが飾りで付けている、細い革製の赤い首輪の3倍くらいあるし、禍々しい感じはするし、いい気分ではないね。


「隷従の首輪だ。内側に魔石が縫い付けられていて、隷属魔法とほぼ同じ効果を持つ。

 本来は隷属魔法だけでは縛りきれない、高レベルの奴隷や不服従の奴隷に懲罰的に着けるモノだな」


「また、イヤなものを。別に、要らないですよ、そんなの。

 ジルさんが逃げたければ、それでも良いし、やりたくない事を無理にやらせようとかも思ってないです。

 出来たら解放したいくらいなのに、なんでそんな禍々しいモノ使わなきゃいけないんですか」


 だから、「これだから……」見たいな顔で、首を振りながら溜め息を吐かないで!


「ティナちゃん、もしソレをジルさんに着けないとなると、一週間、城か奴隷市場にジルさんを預ける決まりになっているの。

 特殊奴隷は無期奴隷。ジルさんは戦争奴隷だから、その中でも特に扱いも過酷よ? 私はつけた方が良いと思うわ。大丈夫、ティナちゃんさえ変な命令をしなければ、ただの悪趣味なアクセサリーだから」


 私への説得係はアンナさんで決まったみたい。それでも悩む私に、当の本人からも付けるように促された。


「本当に良いんですか? こんな悪趣味なモノ。

 嫌なら良いんですよ? 城壁破ってでも、何とかします」


「大丈夫だ。さっさとつけてくれ」


 何か思うところはあるだろうに、まったく表情に出さず屈み込みかけて、何かを考えてから片膝をついて座った。


 えーっとさ、大人たちが驚いているんだけど、何でだろうね。


 クルバさんに誘導されるまま、魔石部分に魔力を通してから、ジルさんに首輪をつける。あー、なんか変な趣味の人みたい。


 首輪を装着された瞬間、一度何かを堪えるように眼を細めたがそれ以外はまったく変わらずに、ジルさんは立ち上がった。やっぱり、奴隷なんてゴメンなんだろうね。この人を解放する方法を探さないと。


「ようやく終わったか。まったく、たかが奴隷契約だけでこんなに手間取るとは思わなかったぞ。

 さて、ではハッグ討伐報酬とポイントを渡す。ギルドカードを出せ。ついでに、コボルドと狼獣人の所有も登録しておく。

 アンナ手続きを頼む」


 私から受け取ったギルドカードをアンナさんに渡して手続きする間に、小袋に入れた報酬を渡してくる。中を確認したら、金貨10枚だった。高いのか、安いのかまったく分からない。


「はい、ティナちゃん、手続き終わったわよ。

 さて、ダビデの所に連れていくわね。まだ目覚めていないから、そのまま起きるまで当直室を使っていても良いし、連れて帰ってくれても大丈夫よ?」



 ***


 ギルドからダビデを引き取り、町の外に出た。一晩離れたダビデは、物理的に一回り大きくなった見たいだった。

 きっともうすぐ起きるわね?と見送られながら、ギルドを後にした。次にここに来るのは一週間後だ。


 やはり古着でいいと強硬に主張されて、ジルさんの一週間分の着替えを買い揃える。首輪がなくなってから、もっと良い服や防具を揃えよう。

 ついでに初日に行った、バック屋さんで、大容量バックを買い、荷物はそれに入れて自分で持ってくれるように頼む。ジルさん用の何かを買う度に変な顔しているが、気にしたら敗けだ。


 食べ物も小麦粉を中心に少量の日持ちしない嗜好品も買い足して、城門に向かう。食器類は予備もあるし、大丈夫だろう。ちなみに、ダビデは私が背負ったままだ。ジルさんは自分が背負うと言ったけれど、丁重にお断りした。


「おや、薬剤師のお嬢ちゃん。噂は聞いたぞぃ。エライ目にあったな。あんまり気にせず、また来るんだぞぃ」


 出口でさっきとはまた別の冒険者からそう声をかけられる。本当にどんな噂が流れているんだか。曖昧に笑って別れを告げた。


 朝の丘の陰で、また移転を唱える。一回使うと便利過ぎて、使わずにはいられないわ。


 すっかり予定が狂ってしまったけれど、不凍湖の側、奥まった一角に隠れ家を設置する。リーベ迷宮とはちょうど反対の場所だ。


「な、これは」


「あはは、これから住む場所ですよ。『豪華で安全な隠れ家』と言うアイテムです。町では寛げないですから、基本的にこれで暮らしています。不便かもしれませんが、出来るだけ快適にするつもりなので、私が成人までは我慢してもらう事になると思います。さてと、ダビデを部屋に寝かせてから、中を案内しますね。ジルさんのお部屋も決めないと駄目ですしね」


「おい!」


 驚いているジルさんを伴って、隠れ家に入る。二つある寝室の一つにダビデを寝かせた。


「すみませんが、ダビデを見ていて貰えませんか? 私はキッチンにいます」


 ざっと隠れ家内を説明してジルさんにそう頼むと、私はキッチンに向かった。ジルさんの部屋は、今まで私が使っていた寝室だ。ボス部屋の様な主寝室では、どうにも落ち着かなかったのだ。私は今日から客間を使う予定。


 種族進化はお祝い事だから、ケーキのひとつも焼こうと思う。その為にさっき、市場で高いけど牛乳と卵を買ってきた。女子力はかなり低いけれど、パウンドケーキと簡単なパイくらいはいくらなんでも作れる。


 さて、一丁、頑張りますか!!







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