23.後始末
一触即発の、私と疾風迅雷の第2ラウンドに待ったをかけたのは、クルバさんだった。
冷たい声で、審問を続けるように促す。正確にはまだ始まってもいなかったんだけどね。
最初に疾風迅雷から状況を聞き、私への質問が始まる。
「お嬢さん、リーベ迷宮から溢れた魔物を殲滅したと話したそうですが、間違いはないですか?」
「はい。正確には゛大体殲滅した゛です。広域破壊魔法を使いましたから、一部、攻撃範囲から逃れた魔物は無傷です」
「その広域破壊魔法の詳細を教えて下さい。
大丈夫です。審問の内容はこの部屋のみでしか語られません。お嬢さんのスペックが他に漏れるということはありませんよ」
「……氷結のウラガーン。氷の檻を作り、その中のモノを冷気を纏った風で切り刻む魔法です」
言い渋ったけれど、結局は話した。リーベ迷宮で使った魔法の詳細も同じように伝える。魔法名を言う度に、魔法職の大人達から息を飲む音がしていた。
「では、最後に聞きます。お嬢さんは、スタンピードの原因に関わっていますか?」
「いいえ、私は何も知りません」
「はい、お疲れ様でした。もういいですよ。
マスター・クルバ。冒険者ティナは何一つ嘘はついていません。どうやら疾風迅雷殿の勘違いだったようですね」
「ウソよ! そんなはず無いわ!! 第一、こんな小さな子があんなに強力な技を使えるはずないじゃないの!!
きっと、人ではないのよ。そうよ、人外の魔物かもしれないわ! だから、人族以外の種族をそれほど大事にするんだわ!
これは、異端よ!!」
結論が出ると同時に、迅雷さんが叫び出す。本当に何なんだ、この人は。情緒不安定過ぎるだろう。
「黙れ、メーガン。疾風迅雷、これ以上はティナに対する誹謗であり、ギルドに対する侮辱と判断するぞ」
威圧するクルバさんを見て、疾風さんがこれ以上は不味いと判断したのか、迅雷さんを羽交い締めにして黙らせ、私に謝罪してくる。
そんな疾風さんを突飛ばし、迅雷さんは走り去った。疾風さんもクルバさんに一礼して追いかけていく。
嵐のような人たちだったな。もう二度と会いたくないけれど、そうも行かないんだろうな。
部屋に残った冒険者たちの、誰からともなく溜め息が漏れた。
「噂には聞いていたが、疾風迅雷殿の他種族嫌いは凄いですね」
「ほんまですね。いや、人族至上主義者とは聞いとりましたが、これほどとは。ティナちゃん、災難やったな」
「いえ、皆さんにも不愉快な思いをさせてしまい、申し訳ありません。マスター・クルバ、査問官様、お手を煩わせたこと、謝罪致します」
元凶が目の前からいなくなって冷静に戻った私は、かなり感情的になって恥ずかしい所を見せてしまった大人達に謝罪した。
「えろう、できたお嬢さんやな。普通は、あんさん助けられなかった、わてらを怒るもんやで」
「相手はAランクですから、仕方ないです。これからも面倒そうですけどね」
申し訳なさそうにする冒険者達に、肩を竦めて答える。Aランク以上の冒険者の数は少なく、その特権は大きい。この町にきて覚えた新しい常識だ。
「さて、改めて状況を聞きたい。その前に、見たところ怪我は治っているようだ。狼を起こそう」
場が和んだのを確認して、マスター・クルバが先に進める。査問官はクルバさんに頷くと、床で寝たままのオオカミさんに近づく。
「確かに、怪我は無いようですね。ポーションでも使ったようですね。ただし、累積ダメージと疲労で昏睡状態になっています。
これなら、すぐに目覚めさせられますね」
オオカミさんを一通り診察して査問官さんはそう診断を下すと、鼻先に小瓶を近づける。
私のところまで微かな異臭がする。これ、狼の敏感な嗅覚に近づけたら、キツすぎるんじゃないの?
オオカミさんは文字通り飛び起きて、四肢に力を込め牙を剥いた。混乱しているのか、そのまま査問官さんに飛びかかる。
査問官さんはまったく動じず、飛びかかった鼻面を拳で殴り付け、床に再度這わせた。モンク?!
明らかに後衛のはずのその動きに、マスター・クルバ以外のメンバーは目が点だ。
「落ち着け、狼人。ここはデュシスのギルド。お前は意識がないまま、そこの冒険者達に拾われてここまで連れてこられた」
倒れたままのオオカミさんに向かって、マスター・クルバはどこまでも冷静に伝える。
「我々は、リーベ迷宮で何が起きたのか知らなくてはならない。戦闘用の獣相を解き、お前の知る事実を話せ」
「少しお待ちください。マスター・クルバ。俺達は外させて頂けませんか? 場合によっては、聞かない方がいい事実かもしれない」
「そやな、わてらも遠慮させてもらいましょか」
「はい。同感です」
これ以上の深入りは御免だと、逃げ出す冒険者たちに混ざって私も逃げだそうとする。
「待て、ティナには他にも聞きたいことがある。
自由の風、下弦の月のメンバーの離席は許す。ただし、今回見聞きした全ては沈黙しろ。万一、何処かに漏れたら、情報漏洩という事で処罰する。
下のアンナに話し、スタンピードの情報代金とポイントを受けとるように。それと、個別に頼みたいことが出る可能性がある。下でしばらく待機していろ」
えー、私も逃げたい。
逃げる冒険者たちを見つめるが誰も助けてくれなかった。
部屋にはマスター・クルバと査問官さん、オオカミさんと私、そして私に抱かれたダビデとリックさんが置いていった足元の荷物だけが残る。
「さて、仕切り直しだ。ティナ、いい加減、それを下ろしたらどうだ?」
「ダビデを床に寝せるなんて嫌です。抱いてますから、ご心配なく」
「気が散ると言っている。なら、そこのソファーを使っていい。そこに寝せてこい」
部屋の隅にある応接セットを示された。固そうだから嫌だけれど、仕方ないか。重くて肩が痛くなってきて、そろそろ限界だし。
出来るだけソッとダビデを下ろし、無限バックから毛布変わりの厚手の布をかける。
バックはそのままダビデの足元に置いた。
振り返ると、何処かびっくりしたような顔でオオカミさんがこっちを見つめている。
「何か?」
問いかける私に首を振ると鼻が縮みだした。見る間に毛皮が消え、長かった爪も短くなり、柔らかな人の手足に変わる。
びっくりした。変身ってこうやるんだ。
見つめている先には、変わらぬ狼の耳と尻尾がある、日に焼けた肌の眼光鋭い隻眼の青年が立っていた。フルポーションでも、目の古傷は癒せなかったか。その内機会があれば、霊薬か回復魔法を使ってあげたいな。潰れた瞳と、その周囲にある酷い火傷の跡が痛々しい。
「ふん、ようやく戻ったか。では教えてもらおう。
まずはお前の主人の名前からだ」
オオカミさんはしばらく話していなかったのか、ひどく掠れた声で話し出した。
オオカミさん曰く、やはりミンチになっていた冒険者が主人だったそうで、主人が逃げる時間を稼ぐために、囮としてあそこに残されたとの事だ。
主が死んで、己も隷属魔法の効果で死にかけている時に私が来た。
試しに疾風迅雷が置いていった、腕付きの袋とプレートを見せた所、主人のパーティーがリーベ迷宮の隠し部屋で見つけて回収したものだと話した。
そこまで話して、一気に顔色が悪くなっていく。
プレートは封印の鍵だったらしく、回収した途端に、巨大で醜い老婆の魔女が現れたらしい。そして、ゲラゲラと嗤いながら冒険者達と戦闘になった。
敵わないと判断した冒険者たちは撤退を開始するが、リーベ迷宮からプレートを持ったまま出た瞬間、スタンピードが始まったらしい。
「コレがスタンピードの引き金か。……鑑定をする。少し待て」
そう言うと、マスター・クルバは引き出しから、組み紐を出しプレートに押し付けた。
「あの組み紐、使い捨てのアイテム鑑定用のものです。すぐに結果がわかりますよ」
分かっていない私たちの為に、査問官さんが教えてくれた。
査問官さんは、何か私に問いかけたそうな雰囲気のまま見つめていた。
「待たせたな。これは、ハッグ封印の鍵だ。再度封印しない限りは、スタンピードが定期的に起こる」
「それは、大事ですね。封印方法は、お分かりになったのですか?」
「一戦して、ハッグを戦闘不能にする。そうしたら、元あった場所に、このプレートを嵌め込むだけだ」
私たちをそっちのけで、査問官さんとマスター・クルバが打ち合わせを始める。
長く立ったままだからそろそろ足が痛くなってきた。帰ろうかな。
「……と言うわけだ。ティナ、このプレートを嵌めてこい。狼も同行しろ」
「はい? なんで私が??」
「オレは奴隷だ。集積場に行くべきだろう」
気を抜いていた所で、いきなり話を振られて驚いた。
「……聞いていなかったな。
自由の風と下弦の月には、ダンジョンから逃げた3パーティーの保護をさせる。ついでにお前の事を口止めするために、全員をギルドまで連行させる予定だ。
今回の事で、お前はかなり戦える事を証明した。現在、上位パーティーでフリーなのは先の疾風迅雷ぐらいだ。他は依頼で出払っている。
……事は急を要する。
ハッグは゛邪悪な魔法使い゛に分類される知性の高い魔物。同じく魔法を使う者の方が相性がいい」
「オレが同行する理由はない」
「黙れ、狼人。先程お前は何と言った? 主人の死亡で死にかけていたと言ったんだ。それを誰が解除したと思う?
受けた恩を返さずにいる、それが赤鱗の戦士か?」
赤鱗? なんだろうね。狼に鱗はないはず。
オオカミさんはギリギリと歯を食い縛ってクルバさんを睨み付けている。
「助けてくれ、と言った覚えはない」
「ならば、もうひとつ提案だ。もしプレートを無事に嵌めて戻ったら、お前の所有権をそこのティナに持たせる。
さっきのダビデ…コボルドに対する扱いを見ただろう。悪い提案ではないのはわかるはずだ」
「ちょっと! クルバさん! 私はこれ以上、奴隷を所有するつもりないですよ!! 養えませんって!!」
流石に聞き捨てならない提案に、抗議をするけれど受け流されてしまった。
「ティナ、お前に拒否権はない。隷属魔法の上書きまでして助けたのだろう? 拾った命は最後まで面倒を見ろ。
それに後衛のお前に、生まれながらの前衛である獣人はパーティーバランスとしても最高だ。
……それはともかく、隷属魔法まで使えるとは、どれだけ規格外なんだ。後、どれ程手の内を隠している?」
最後は脅しつけられました。すっかり隷属魔法の件もバレてるし。
「それは、プレートを嵌め、そこのオオカミさんを引き取れば、不問にしていただけると言う事で、間違いないですか?」
「なんのことだ? ただ、我々の関係に変化を求めないのなら、こちらの提案を受けてくれるのが1番なことは確かだな」
くっそ、悔しいわ。逃げ場ないじゃん。これは、あれか? 一連の後始末だとでも思って、頑張るしかないのか??
成人男子、一名様、ゲット?? 真面目にいらんわ。自分の事も責任取れないのに、身内がどんどん増えていく。
「オオカミさんがそれでいいなら……」
妥協点を探すが思い付かなくて、オオカミさんに丸投げした。
「……主人とは呼ばない。だが、助けられたのも事実のようだ。ハッグ戦は手伝おう。しかし、たった二人で勝てるのか?」
「問題ない。もし、ティナが勝てなければ誰も勝てない」
「こんな子供が、な」
かなり高い所から見下ろされている。オオカミさんは長身だなぁ。所々白と茶色のメッシュが入った灰色に近い黒髪に、金色の瞳。人を寄せ付けない雰囲気はあるけど、それもまたよし!!
だだね、子供、子供って言うけどさ、おばちゃん、ちょっとばっかり強いんだよ?
「ティナ、持っていけ。狼人の装備は必要か?」
話は付いたと判断したのか、クルバさんがプレートを投げ渡してきた。お手玉をしつつ、何とか受け取った。
「ええ、お願いします。レンタルですよね? それと、ダビデ、どうしましょう? 目が覚めるまで、1日近くあります。ダビデが目覚めてから出発って訳にはいかないんですよね?」
「そのコボルドは、ギルドで保護しておこう。大丈夫だ、床に寝せるなんてことはしない。職員用の当直室があるからな。一室空けさせる」
諸々の打ち合わせを終わらせてから、オオカミさんの装備を整え、階下に降りた。オオカミさんの借り物の装備は、ハードレザーの鎧と、長剣だ。ダビデはそのまま、マスター・クルバの執務室で寝ている。誰かに運ばせるから、さっさと行けと追い出されたのだ。
私達と入れ替わりに、自由の風と下弦の月が執務室に上がっていった。
「ティナ! 大丈夫だった?!」
私の顔をみた途端に、マリアンヌが駆け寄ってきた。どうやらずいぶん心配かけたみたいだ。
「自由の風さん達に聞いたよ!! 疾風迅雷様の勘違いで、大変な目に合ったんだね! 大丈夫? 怪我してない??」
私の両手をとり傷がないか全身を見回しながら尋ねる。
「って、あー!! 手首!! 赤くなってる!!」
縛られていた跡を見つけて大騒ぎするけれど、やめてほしいわ。ほら、周りの注目浴びちゃってる!!
「落ち着いて、マリアンヌ! 大丈夫だから、すぐ治るから。それよりも、アンナさんいないかな? ダビデをお願いしたいの!!」
「あらあら、マリアンヌ、そんなに傷を触ると痣になるわ。
ティナちゃん、マスター・クルバから事情は軽く聞きました。ダビデ君の事は心配しないでね。大事にお預かりしてます」
「出来るだけ、早く帰ります。ええ、本気だして、ダビデが目覚める前に必ず戻ります。
少しだけ、ダビデの事、よろしくお願いします」
自由の風さん達と同時に、二階に上がったアンナさんは下に戻ってきつつ、私たちを見つけたのだろう。声をかけてきた。
そのまま、足早にギルドを後にする。オオカミさんは終始無言で私の後ろをついてきていた。
「えーっと、オオカミさん、遅くなりましたが、私はティナです。オオカミさんのお名前は?」
城壁に向かいながら話を振る。名前くらいは鑑定したからわかるけれど、いきなり名前で呼ばれたらびっくりするだろうから、軽い雑談のつもりで聞いた。
「好きに呼べ」
取り付く暇もなく、簡潔に答えてくる。
「え? お名前、好きにですか?」
「オレは奴隷だ。奴隷の呼び名など、主人の気分次第で変わる。ハッグ戦が終わるまでの付き合いだろうからな、好きに呼べば良い。それよりも、オレに対して丁寧な口調で話すな」
うわっ、ツンツンしてる。
まぁ、ねぇ、いつからかは知らないけど、戦争奴隷って言ったら、前世で言うところの、捕虜みたいなもんだろうし、奴隷にされて、殺されかけて、また危ない戦闘に駆り出されて、しかも、同行するのが子供じゃ、仕方ないか。
少しずつ距離縮めていけるように、頑張ろう。
「でも、そんな訳にも行きませんし、呼び名だけでも教えてもらえませんか?
あ、ハッグ戦、終わった時の身の振り方ですが、マスター・クルバはあんなことを言っていましたが、オオカミさんの希望が出来るだけ叶うように、何とかしますから」
解放は難しいかもしれないけれど、リーベ迷宮からドロップした銀貨や銅貨はかなりの量になるし、身柄を買い取ってこの国の外に逃がす事くらいは出来そうだ。
「出来もしないことを言われても、な。…ふぅ、ならジルとでも呼べばいい」
「はい、ジルさんですね! よろしくお願いします」
***
名前を聞き出し、城壁を越えてリーベ迷宮まで移転で戻った。
移転魔法を使うと話した時のジルさんの顔は見物だった。獣人は魔法が苦手なメンバーが多い。お気楽に次々と、比較的強力な技を使う私に驚いたらしい。
「ジルさん、隠し部屋の位置を教えてもらえませんか?」
リーベ迷宮に入ってすぐに、地図を起動して隠し部屋を探す。記憶を頼りに説明された内容から、場所を特定しマーキングをした。これで迷うことはない。
迷宮に入る前、太陽はかなり低い位置にあった。
今夜中に、ハッグを片付けて、明日の朝一番にギルドに帰るのが目標だ。
「ジルさん、今さらですが、空腹、喉の渇き等は大丈夫ですか? 無理をしないで教えて下さいね」
思えば、ジルさんも私もずっと何も食べていない。もう少しで夕飯の時間とはいえ、キツいなら早目に食べるのも手だ。
「いや、大丈夫だ」
「なら、しばらく進んだところで食事にしましょう。出来たら今日中にハッグ戦を済ませてしまいたいので、強行軍になります。疲れたら教えて下さい」
「問題ない」
どこまでも簡潔にしか答えない、狼を従えて、さて、迷宮探索です!!
「……ここだな」
スキルと魔法の大盤振る舞いをして、足を止めることなく迷宮を進んだ。
いや、だってさ、隠し部屋って迷宮の一階に有ったんだよ? スタンピードでは中層、下層の魔物相手にしてたんだし、足を止める理由がないって!!
「なら、入る前に食事にしますか? それとも終わってからゆっくり食べますか??」
邪気漂う、土壁の前でジルさんに声をかける。迷宮突入からおよそ三時間、夕飯にちょうど良い時間帯だ。
「……緊張感がないな。俺はどちらでも構わない」
「なら、終わってからゆっくり食べましょう。
出来たら、ここで待っていてほしいのですが、やはり同行しますか?」
「当然だ」
「なら、抵抗力を上げる魔法を掛けます。その後に突入しますから、準備を」
無言のまま武器を抜くジルさんに向けて、武器魔力付与(聖属性)、魔法抵抗力大アップ、状態異常全耐性、筋力増強、素早さアップをかける。私自身は、オススメシリーズの武器をいつもの弓形で装備して、耐性と素早さを上げる魔法をかけた。
諸々のスキルの利用や魔法の使用で減ってきていた魔力を、万が一を考えてポーションを飲んで全回復させる。
「行きます!!」
事前に教えられた窪みに触れ、私達は移転した。
「オヤオヤ、可愛らしいお客さんだこと。さっきの目覚めさせてくれた、冒険者とは一味違いそうだね。その、美味しそうな魔力、頂くとしようかのぅ」
天井に今にも当たりそうな、巨大な老婆がそこにいた。乱杭歯から漏れてくる息は、黄色く濁り、辺りに漂う。手にはスタッフ。ただ老婆のサイズが大きすぎるせいか、そのスタッフも巨大すぎるものだ。
破れて身体に巻きつくだけのローブから、蝙蝠とトカゲが這い出る。
「お行き!!」
ハッグの命令と共に、戦闘が始まった。
迷うことなく突っ込むでいくジルさんに、蜥蜴と蝙蝠が群がる。ジルさんの顔はまた完全な狼に戻っている。
蝙蝠の牙は唾液で輝き、唾液が落ちた床からは白い煙が上がっている。蜥蜴は一列に生えた大きな鱗から、七色に輝く胞子を撒き散らしている。あの胞子に寄生されたら最後、内側から食い破られるという、食人胞子だ。
ギルドで聞いてきた情報通りの攻撃に笑みが浮かぶ。これなら、負けることはない。
奴らの弱点は炎と聖属性。特に聖属性はハッグ自身にも有効だ。ギルドでの打ち合わせ通りに詠唱を始める。
「朝靄の中 一人佇む
穢れなき その姿
祝福せしは 生まれいでし陽光
歌うは 始まりの賛歌
鳴り響け スベートの鐘よ!」
部屋中に、高い鐘の音が響き渡る。ひとつ鐘が鳴る毎に、シャボン玉の様な輝きが現れ、魔物たちを飲み込み消えていく。
鐘が鳴り終わった時に残っていたのは、深傷を負ったハッグだけだった。
「おや、これで狩れませんでしたか。なら、もう一撃……」
当初の予定では、この魔法で十分に一撃死させられる予定だったんだけど、少々甘かったようだ。
息を吸い込み、詠唱を始めようとしたその時、突然ハッグの頭が落ちた。
えっ??
「終わった。さっさとプレートを嵌めろ。台座はあそこだ」
死角からハッグを切り捨てたジルさんは、今までハッグの影になって見えなかった小さな台座を指差す。そこにはちょうどプレートが入るくらいの窪みがあった。戦闘が終わったからだろう、頭部は狼から人に戻っている。
ハッグのドロップ品は、数枚の金貨と宝石だった。台座に向かう途中にある、それらを拾ってからプレートを嵌め込む。
一度台座が強く輝き、視界が白く染まったと思ったら、次の瞬間、リーベ迷宮の入り口にいた。
状況が分からずに慌てる私に対し、ジルさんはひどく落ち着いている。
「え、え、なに? なんでこんな所に? ここ入り口ですよね?」
「ハッグはエリアの隠しボスだったのか。
迷宮では、エリアボスを倒せばそこまでの移転門が開く。初めて勝利した場合は入り口に戻される。入り口から、ボス部屋までは、いつでも移転できるはずだ」
相変わらず目も合わせてはくれなかったが、初めてマトモに話してくれた。
「そうなんですね! 教えてくれてありがとうございます。さて、では食事を食べて帰りましょうか? ただ城壁から中には入ることは出来ないので、一晩野宿になっちゃいますけど」
このまま別れることを考えると、隠れ家を出したり、まだ公表してない治癒魔法を使うのは躊躇われる。でも、同じボス戦をした縁もあるし、耳と尻尾は魅力的だから何とか快適な一晩と、ついでに見ていて痛々しい顔の怪我を治したいな。
「なんだ?」
そんな風に思って見つめていたら、不審がられて睨まれてしまった。そう言えば、ワンコをじっと見つめるのは喧嘩を売っていることになるんだっけ。
「いえ、とりあえず城壁を目指しましょう。外に出たら、移転しますね」




