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始まりの地攻略戦【5】

【胸くそ注意!!】







 誰もいない室内に呆然と立つ狼人族の若者がいる。血に汚れた姿で片手には汚れた黒髪を握りしめていた。


「何者です! ここを第一王子殿下の寝室と知ってのことですか」


 掃除の為に入ってきたメイドと執事に見咎められ、声を掛けられるまて、その若者は身動ぎひとつせずただ、呆然と立ち竦んでいた。






「それで……お前が狼藉ものか」


 赤鱗騎士団の軍装ではあるが不審すぎると捕らえられた牢内で、ピオは柵越しではあったがようやく王子と面会することができた。


 王子を庇う位置に立った護衛の問いかけに伏せたまま答える。その手にはどんなに痛め付けられようと、放すことを拒絶し続けた髪が握られたままだった。


「……ルーカス王子殿下、初めてお目にかかります。私は赤鱗騎士団所属の正騎士、ピオと申します。此度、王命を受け、建国王リュスティーナ上皇陛下と共に始まりの地に参りました」


「お祖母様は何処ですか?」


 汚れたピオの姿に怯えながらも王子として問いかけるルーカスとは視線を合わせず、ただ床を見つめたままピオは続けた。


「陛下よりの御伝言でございます」


 そのまま両手を頭上に上げ、握りしめていた手を開く。


「どうかグイド王配殿下の隣に埋めて欲しいと申されておられました」


 ピオの掌は乾いた血でどす黒く汚れている。


「それは……」


 側近が身を乗り出し、差し出された髪を見つめた。星を含んだような独特の輝きを持つ髪は、リベルタ王族の中でも唯一建国王のみが持つ特徴だった。


「なぜ僕に託す?」


 絶句する側近を押し退け、ルーカスはピオの前へと進んだ。


「…………リュスティーナ陛下は王命により、始まりの地にて誅されました。私は遺詔を果たすためにこちらに送られました」


「王命? 馬鹿な事をいうな。何故、陛下が上皇を害する!」


「うるさい。黙れ」


 背後で喚く側近を黙らせたルーカスは、柵から腕を出し髪を渡すようにピオに命じた。


 ズルズルと這ったまま近づいたピオは腕を伸ばしルーカスへと髪を差し出す。


「残存魔力は確かにお祖母様のもの。ご苦労だった」


 そっと受け取ったルーカスは、ピオを労う。


「いえ、そのような勿体ないお言葉を受けることは出来ません。どうか私に死をお与えください」


 床に擦り付けるように頭を下げたピオを、ルーカスは訝しげに見つめた。


「陛下を弑たのは私です。どうか死をお与えください」


「ありえない。赤鱗騎士団はリュスティーナお祖母様に唯一絶対の忠誠を誓う騎士団だ。何故、そのようなことを」


「姉妹を質に捕られました。おそらくはとうに殺されているでしょうが、それでも俺は……」


 最初は困惑の度合いが濃かったルーカスだったが、ピオが話す内容に真実だと気がついていった。どうか死をと頭を下げ続けるピオの後頭部を、怒りに震えながらルーカスは踏みつけた。


「答えろ。お前を僕の部屋へ送ったのは、お祖母様だな?」


「はい」


「なんと仰られていた?」


 グリッと捻りを加えて踏みつけ続ける足に抵抗はせずにピオは答える。


「逃げろと仰られていました。死出の旅路のお供をとお願い致しましたが、ただ逃げろと」


「いくらお優しい陛下とはいえ、おのれを殺した人間の供など願い下げだろう」


 冷たく吐き捨てるように続けられた側近の言葉が牢に響く。


「しばらく黙っていろ。出来ないなら去れ」


 心優しく聡明な王子から発せられた冷たい声に側近が目を剥く。一瞥で黙らせたルーカスは、ピオの頭を軽く蹴り顔を上げさせた。


「僕の力だけではお祖母様の希望を叶えられない。ピオとかいったな。手伝え」


「手伝い、でございますか? 何をすれば」


「その前にひとつ聞かせろ。赤鱗はこの件を何処まで知っている?」


「何も報告はしていません。宰相閣下より計画を知らされ、王命だと……。その場には陛下も同席を。それ以来、私には監視がついていました。上層部も知らぬことかと思われます」


「知っていれはどうしたと思う?」


「お諌めしたでしょう。そしてそれが叶わなければ、国を割ることになってもリュスティーナ様に従ったはずです」


「お前以外は、か?」


 悔しそうに身体を強ばらせたピオは、きつく唇を噛んで下を向いた。


「内々に赤鱗を訪ねる。彼らは女王の兵だ。

 この王都を離れれば、魔物も出る。お祖父様の墓まで護衛も必要だ。ならば、普段からお祖母様と親交もあり、王墓を管理している赤鱗騎士団に加勢を頼むのが一番だ。

 だが……」


「殿下、お父上には報告なさらないので?」


 口を挟む側近を睨み、ルーカスはピオを指差した。


「その男の言うことが正しければ、父を信じることは出来ない。取り上げられる可能性もある。ならば一部だけでも赤鱗の……いや、お祖母様の兵に託すべきだ」


 身内を殺すように命じるとは思えないがと、苦悩しながらもルーカスは遺言となってしまった祖母との会話を思い出していた。


「最善を模索せよ。ただし常にもしもにも備えよ。ひとつの策で上手くいくとしてもそれはただの幸運……ですよね、お祖母様」


 決意を込めた声に、側近の背筋が伸びる。


「ピオ、お前にも赤鱗に同行してもらう。詳しく話してもらう。殺されるかもしれないがな」


 問題ないなと続けたルーカスは、側近へと目を転じた。


「宰相に探りを入れろ。方法は問わない。この男の姉妹がどうなったか探れ。出来るな?」


「…………殿下個人に忠誠を誓う影を使いましょう。ですが元を正せばその者らとて、宰相家の草。どこまで信頼できるか」


 悩む側近へとルーカスは命じる。


「僕個人で動かせる資金はどれほどある? 元々はお祖母様から頂いたものだ。それを元手に黒猫に依頼しろ」


「黒猫……。畏まりました。急ぎ繋ぎをとります」


 黒猫の単語に反応したピオを蹴りつけ、ルーカスは冷たく呟いた。


「姉妹のことは調べてやる。獣人ならば黒猫の能力は知っているだろう。その代わり」


「この命、捧げます。どうかご命令を」


 みなまで言わせずにピオは居ずまいを正して頭を下げた。










「陛下が亡くなられた? 馬鹿な……なぜでございます」


 今も仕える主はただ一人と王ですらその扱いに手を焼く赤鱗騎士団。その現団長は突然現れた王子へと問いかけた。そして部下であるピオを見つめる。


 ポツポツと語られた状況に対し、その場にいた全員が憤怒に支配されるまで時はかからなかった。


「脱げ」


「何を」


「お前に赤鱗の資格はない。制服を脱げ」


 王族の前との事で抜刀だけは堪えた団長が、鞘に入ったままの剣を突きつけながら命じる。


 それに頷き、防具と上着を外したピオの腹を無造作に蹴ると、団長はルーカスへと頭を下げた。


「なんとお詫びを申して良いか分かりません。この上はこやつを殺し、リュスティーナ様を弑する計画を立てたものを全軍をあげ後悔させてやります」


 今にも飛び出しそうな団長をルーカスが止める。


「それよりも頼みがある。お祖母様の御遺言だ」


 リュスティーナの名が出た途端に跪く団長の頭を見下ろし、ルーカスは続けた。


「これを内々にお祖父様のお墓の隣に埋葬して欲しい」


 紐で括られた一筋の髪を差し出されて、団長は震える手を伸ばした。


「これはリュスティーナ様の…………これは、本当に、お亡くなりに…………」


「その男の話を信じるなら、国は信頼できない。残念ながら父もだ。だが赤鱗騎士団ならば……、頼めるか?」


「喜んで。命に変えましても、必ずや」


「これからその男にも髪を持たせて、宰相の所に報告させる。すぐに騒ぎになるだろう。その騒ぎに乗じろ。王墓への部隊はいつ出発できる?」


「すぐにでも。誰か! ジルアートを呼べ!!」


「先生を? ああ、そうか、ジルアート先生は護国将軍の孫だったっけ」


「殿下の剣の指南役に抜擢される腕と忠誠心はございます。あの者であれば決して期待を裏切らぬでしょう」


 腹へのダメージでいまだ蹲るピオを虫でも見るように見つめながら、団長は確信を込めて頷いた。


 ほどなくして現れたジルアートと同行して、名誉顧問であるアイクが室内に入ってきた。頭部は既に獣化を済ませている。


「顧問?」


「話は聞かせてもらった。

 ルーカス様、大変申し訳ございません」


「気にするなとは言えないが、アイク殿が責任を感じられることではないだろう」


「そうは参りません」


「殿下、顧問、赤鱗は解散させようと思います。主人に牙を剥く犬など不要。処分されるべきです」


 団長は一気に言いきった。


「駄目だ。それは許さない。

 お祖母様の邪魔をしたと思うならば、償いたいと思うなら、僕を手伝え」


「殿下?」


「僕は例え父上がなんと言おうと、始まりの地を滅ぼす。それには力が必要だ。お前たちの力を貸せ」


 突然の申し出に驚く三人を見つめて、ルーカスは次期王として命令する。


「建国王を害するなど、例え現国王といえど許されることではない。必ず罰する。

 また建国王の遺志も私が継ぐ。境界の森を滅ぼし、ミセルコルディアを倒し、世界に平和をもたらす。その為に力を尽くせ」


 心優しい王子との評判からは予想もできない血生臭い決意と冷酷なまでの視線を受けて、室内のものたちは一様に頭を垂れた。


「……ならば私がやることはひとつですな」


 沈黙が支配する室内に、いっそ明るいともいえるアイクの声が響く。


「ご老?」


「殿下は強くならねばなりません。誰よりも強く。リュスティーナ様よりも。違いますかな?」


「ああ、必ず強くなってみせる。子供と言い訳をするのはやめる。ぼく……いや、私はルーカス・タカハシ。父と同じくする家名など不要。建国王の遺志を継ぐものだ」


「ならばこの老骨、最後のご奉公を致しましょう。

 信頼のおける古い戦友たちにも声をかけておきます。どのみち、主に付き従うのが我ら赤鱗。此度のリュスティーナ様の訃報を聞けば、多くのものが自裁しましょう。

 故に殿下、我ら老兵の命、お受け取りください」


「ご老、何を話しているのだ」


「勇者の死より、人と人との間でも経験値の蓄積が確認されております。無論、魔物を狩るよりも効率はかなり落ちますが、それでも殿下を強化する役にはたちましょう。

 現王が我らの主人の死を発表した翌日、この赤鱗本部にて集団自裁いたします。殿下にお覚悟があるならば、どうかご同席を」


 暗にその場で自分達を殺せと提案されて、ルーカスの表情が歪む。確かに種族進化を果たした赤鱗の勇士たちから経験値を受けとれば、自身の強化に繋がるだろう。だがそれは…………。


 一度きつく目を閉じたルーカスは、心を凍らせる。決意を語り、それに答える覚悟を見せられた。それを拒否するのは己が弱いからだと自らを追い詰める。


「わかった。同席する。

 その忠義、お祖母様も喜ばれるだろう」


「はははっ、まさか、まさか。

 きっときつくお怒りになられますよ。愚か者。命を大事に。来るのが早い。と……」







 ・・・



 国から公式に建国王リュスティーナの死が知らされるまで、更に五日の時が必要だった。悲しみに暮れる国民に翌日更なる衝撃が走る。


 初代女王を悼み殉死した者が出たのだ。その数、新生赤鱗騎士団 42名、元赤鱗騎士団に所属していた臣民 23名。だが名だたる古兵たちの名が連なるその列に、赤鱗騎士団の現役たちの名は少なく、人々は一様に安堵していた。


 しかし同年 新生赤鱗騎士団解散の一報を受けて、その安堵は不安へと変わる。魔物の脅威に怯える民へと寄り添い、前線へと身を投じた王子はほどなくして王となる。


 王子時代の穏やかさからは一転、即位直後から先王の側近たちを中心とした国の中枢で粛清の嵐が吹き荒る。同時に国軍の兵士たちを容赦なく境界の森へと送り続け、除隊が認められるのは死した時のみ。強制徴用と姿を変えた国軍は、一部の狂信的な国王の配下に支配され、戦い続けることとなる。


後世【暴虐帝】と呼ばれ恐れられる国王の誕生であった。



次でラストです。

本日23時投稿予定です。

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