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始まりの地攻略戦【4】

【胸くそ注意】

自己責任でお読みください。

 誰にも見送られることなく、私たちは王都を出発した。ピオだけでなく王命で近衛の精鋭が私に同行させられていた。


 一小隊として同行した彼らは、死兵となることを覚悟しているのか、口数が少なく顔色が悪い。まぁ、顔色の悪さはピオも変わらないけれど。そんなに嫌なら断っていいのに……。それで左遷などは、元女王の名にかけて絶対にさせないのになぁ。


 内心堅苦しい雰囲気に苦笑しつつ、城下町を出て始まりの地に移転た。まさかサクッと跳ぶ事になるとは思っていなかったらしい彼ら一人一人に、移転石を渡す。


「危なくなったら構わないからソレを使って逃げてね」


 笑いかける私に対する反応は鈍い。王命ですのでと無表情で返す隊長格の騎士にむけて、堪えきれず苦笑を浮かべた。


 近衛は王個人に忠誠を誓うタイプと国に絶対服従するタイプがいる。今回付けられたこの護衛たちはどちらのタイプなんだろうか。


 息子個人に忠誠を誓ってくれているのならばなおのこと、何がなんでも無事に帰さなくてはならない。彼らはグレッグを守護してくれる大切な兵士だ。


「先王の命令よりも、現王の命令が優先なのは仕方ないね」


「女王陛下、それは」


 探りを入れるつもりでわざと肩をすくめる。何かを言いかけた隊長格の騎士は悩んだ末に口を閉じた。


「ごめんね。困らせたみたいだ」


 権力の板挟みに合わせてしまったかなと軽く謝罪して森へと視線を向ける。


 始まりの地はこの森の奥、深淵と呼ばれる場所だ。徒歩で数日。だが悠長に歩いていく気はない。そんなことをすれば徒に消耗するだけだろう。


 久々に重装甲モードに変えて、フルフェイスヘルメットの面覆いを下ろす。今日の私は本気装備だ。ポーションも潤沢に持ってきた。


 勝って帰るか、負けて死ぬか。

 撤退だけはない。


 建国譚で唄われる女王の武装を見たピオたちが息を呑む。


「森の魔物は少ない。深淵まで一気に攻め入る。着いて来られなければ無理に私を追う必要はない。各自撤退せよ。これは建国王の命である」


 背後で武器を抜く音がする。私の魔力に当てられることなく、すぐに行動できる胆力はあるようだ。


 リベルタも捨てたもんじゃないとヘルメットの下で小さく笑みを浮かべる。少しでも動きが遅くなるようなら置いていくつもりだったけれど、彼らならば、これから見ることも良い経験にしてくれそうだ。


 全員分の補助魔法を重ねがけし、飛行呪を唱える。


「行くよ」


 樹上に出れば恐らく狙い撃ちにされる。木立を縫う様にして飛ぶほうが安全だろう。


 そう判断した私は気合いを入れて森へと突入した。


 森の魔物は拍子抜けするほど弱く少なく、これならばグレゴリオや宰相が、始まりの地を脅威と認めないのも納得せざるを得なかった。


 それでも警戒は解かずに深淵部へと進む。


「うわっ」


 私が通りすぎた直後、樹上から降ってきた魔物に取り込まれかけた騎士が声を上げながら剣を振るう。慣れない飛行状態でこれだけ反応できれば上出来だろう。


 無詠唱のまま魔物を塵に変えて地面に降り立つ。


「補助魔法を重ねる。この後は駆け抜けるよ。距離にして凡そ2キロ程度で始まりの地だ。そろそろここも本気になるはず。注意して。私から離れないように」


 手短に指示して魔法を掛ける。その間に彼らは、正面先頭にピオ、私の両翼に2騎、そして後ろに3騎と三角形を描くように陣形を整えた。


「先頭は私が……」


「陛下は体力を温存されて下さい」


 狼人族のピオが頭部を狼の姿に変えつつ、先に進む。私を囲む兵士たちも意志は同じらしく、一団となって進んでいく。


 森が……いや、何故か大人しいミセルコルディアが本気になれば彼らくらい一捻りなのに、今日はどうしたのだろう。


 魔物は強くなってきているが、穏やかすぎる森に嫌な予感が強くなる一方だった。


「陛下、森が切れます」


 しばらく走った所で、先頭のピオが私に話しかけてきた。みんなの武器は既に魔物の血に汚れていたけれど、大きな怪我はない。それでも多少の疲労は感じる足取りに、押し退けるように先頭に出た。


「ご苦労様。ここまででよい。

 森の切れ目で結界を張る。中で休んでいなさい」


 一歩森から出ると、それまでとは比べ物にならないほどの殺気が私を襲う。


 後ろから押し殺した悲鳴が聞こえたが振り返る余裕はない。そのままドーム型の結界を張り、武器を構える。


「結界が破られたら、絶対にすぐ逃げなさい。これが本物の魔物よ。ミセルコルディアの子ら。あなたたちじゃ太刀打ち出来ない。

 結界が破られる前でも移転石は使えるわ。兎に角、無理だと思ったらすぐに逃げなさい。命を粗末にしないで」


 返事を聞く間もなく真紅に瞳を輝かせた魔物が私を襲う。ハサミ剣は深淵の中央にあるミセルコルディアの噴出点まで使わない。


 知らず知らずに歯を食い縛り、武器を持つ手に力が入る。剣の形で一閃し、そのまま右へと飛んで距離を稼いだ。増えゆく魔物を睨み付けながら弓へと変え、奥義を放つ。魔物の断末魔と轟音も消えぬ間に追撃となる魔法を放つ。


 剣へと戻った武器を振り土煙を飛ばすと、大量の血とドロップ品が散乱していた。


 小宇宙のような噴出点から次の魔物が喚ばれている。歩く度に地響きが起きる大きな魔物はタフそうだ。


「デカブツが」


 吐き捨てるように呟いて、私は戦いに没頭していった。


 タフな魔物、素早い魔物、魔法無効、特殊攻撃持ち……。次々と屠りつつ少しずつ噴出点に近付く。


 次で噴出点に直接攻撃が可能となる場所まで攻め入り、左手で神殺しの鋏剣を握り締めた。


 魔物の出現と出現の間、微かなタイムラグに乗じて鋏剣を突き立てようと振り上げた時だった。


「……グッ」


 背中が熱い。突然の事でバランスを崩した私を魔物が襲う。弾き飛ばされた私は、森との中間に落ちた。


 衝撃で更に突き刺さる何かを、背後に回した手で引き抜く。


「え……なんで?」


 血にまみれていたのは、剣だった。それも近衛隊に与えられる軍用品だ。


 てっきりミセルコルディアに夢中になり、魔物に背後を取られたのだと思ったのに何故?


 一瞬だが呆然としてしまった。私の動揺に影響されて、それまで無事だった結界が綻びる。


「撤退せよ! ピオ、後は任せたぞ」


 ピオを蹴り出した近衛兵たちは次々と移転石で消えていく。隊長格の腰にあったはずのナイフか消えていた。いや、今、私の手の中にあるのがそれか……。


 魔物をいなしつつ、傷を治そうと治癒魔法を唱えた。


 確かに発動したはずなのに、背中の痛みが消えない。刻々と増えていく魔物たちから逃げつつ、ポーションを使った。


 ……変化はない。何なのだろうか。ナイフが肺を傷つけたのか息が苦しい。


「無駄です、陛下」


 狼の頭なのに、器用に哀しみと苦悩の表情を表したピオが剣を向けていた。


「そのナイフには毒が仕込まれておりました。治癒魔法もポーションも効きません」


 毒という単語に反応して万能解毒剤を取り出した。

 

 背後にかけて一口飲む間に、ピオは私の面前まで近づいてきていた。


 魔物も多い。出血もある。だがピオ程度ならば何とでもなる。


 訳もわからず迎え撃つ私に、更なる追撃が襲う。


『憐れな女王。神の駒よ』


 見れば噴出点からひときは強力な魔物が現れていた。


「ミセルコルディア……」


 ギリッと歯軋りをしつつ、ミセルコルディアを魔法で攻撃した。


『ホホ……効かぬ。国に見限られ、仲間に裏切られ、肉親にすら邪魔とされた憐れな女王よ』


 魔物の肉壁で私の攻撃を防いだミセルコルディアは、嘲笑を浮かべ私を見つめている。


「どういッ」


 言い終えない間に今度は腹に灼熱を感じた。

 視線を下へと向ければ、無機質な鉄が脇腹から生えている。


「申し訳ございません、陛下」


 体ごとぶつかり、鎧の隙間に見事武器を差し込むことに成功したピオは、膝をつき頭を下げていた。


「なぜ」


 こみ上げる血を堪えながら呟く。


『我らとリベルタは密約を結んだ。残念だったのぅ、客人よ』


「王命でございます。リベルタの平和を乱すもの、例え肉親であっても許すことはできないと。陛下が途中で攻略を諦めてくだされば、我らも何もせずに済みました。ですが……どうかお許しを」


『ホホホ、信頼していたであろう狼人族に裏切られた気持ちはどうじゃ?』


 ピオの武器も毒が仕込まれていたのだろう。傷を治すことが出来ない。何より痛みと失血で朦朧としてきた。これは、私の、負け……かな。


「お許しください。今のリベルタは境界の森を失えば保ちません。どうか……」


 腰に下げたナイフで自分の首を掻き切ろうとしたピオの手を握る。


「逃げなさい」


「陛下?」


「逃げろ。私が死ねば、次はお前だ。ミセルコルディアがお前を見逃すはずがない」


 溢れ出る血で汚してしまったけれど、許して欲しい。私を殺すと息子が決めたのならば……、リベルタにとってそれが一番良い選択だと、王が決めたのならばそれでもいい。


 痛みを堪えて力を振り絞ってヘルメットを外し、髪を切る。


 血塗れの手で握ったから、髪もまた血塗れだ。だがここまで汚れていれば、遺品としては十分だろう。


 ジリジリと距離を詰めてきている魔物を睨みながら、ピオに髪を握らせた。


「逃げろ」


「せめて私だけでもお供致します。宰相閣下より計画を聞いた日より、その為だけにこの任務を受けました。お一人で旅立たせは致しません。黄泉への道中、お叱りは存分に受けますので、どうか」


「ルーカスにコレを届けて。いつか夫の墓の隣に埋めて欲しいと伝えて」


 悪いけれど時間がない。強硬策とさせて貰おう。薄暗くなってきた視界で必死に焦点を合わせる。


 押し付けられた髪を握り、首を振るピオを王城にあるルーカスの私室へと移転させた。ピオに握らせた髪は多い。せめて一筋だけでもグイドと共に……。


 仰向けに倒れた私に魔物が殺到する。残った気力を振り絞り、小さな結界で身体を覆った。


『客人よ、そなたが宿した愛しいお方の力、今こそ我が手に。長かった……、愛しきメントレ様、私の背の君。勇者から貰い受けた力だけでは足らないのです。貴方様のお側に』


 夢見るように語るミセルコルディアの意思を受けて、魔物たちが牙を剥く。


 魔物の向こうに見える空は、いつか見たあの時の青だった。


「…………ぁ……そらが、あおい……ね」


 このまま私がミセルコルディアに取り込まれては、リベルタの為にも息子の為にもならない。

 ならば取るべき手段はひとつだ。


「グイド……かなうものなら、もういちど、あなたに……あいたかった……。………………ごめんな……さい」


 力が抜け震える左手を持ち上げ、全力で胸へと突き立てる。


 ミセルコルディアにこれ以上力をつけさせるわけにはいかない。


 神が作った神殺しの剣だ。人を消滅させることなど簡単なことだと信じたい。


 手応えもなく身体に突き刺さった鋏剣から、力が抜けていくのを感じる。メントレのおっちゃんに与えられた、人の身に過ぎる力が消滅しているのだろう。


『おのれ』


 焦ったミセルコルディアが私に向かって来るがもう遅い。


 にやりと笑った私は「ざまぁ……」と呟き、瞳を閉じた。


 ――――ユリさん、待って!!


 意識がバラバラに砕け散り、闇へと落ちる私の耳に、酷く懐かしい声が響いた…………気が、した。





皆様ここまでお付き合いありがとうございました。残り2話で終わります。

週末には投稿します。

よろしくお付き合い下さいませ。


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