始まりの地攻略戦【3】
ルーカスと別れた私は、出発前にダビデ達と会っておこうと、共同墓地へと向かった。城の温室で馴染みの庭師に頼んでつくってもらった花束をみる。見習いだった彼がまさかトップに立っているとは思わなかった。温室にいって知り合いを見つけた私は気楽にお願いしただけだった。でも懐かしい私の出現に涙ぐんだ彼は、この花束を大急ぎで作ってくれたのだ。
ざっと纏めてもらっただけのそれを、バケツに山盛りにして、城の裏手にある墓地へと向かう。
渡り廊下を越えた辺りですれ違う人影もまばらになった来た。私が来たことが伝わりだしているのか、既に現役は引退したはずの懐かしい顔ぶれが廊下のそこここに立っている。
控え目にアピールしてくる人々と視線を交わし、身振りで旧情を深めつつ止まることなく歩き続ける。女王と使用人たちの距離は引退した今でも縮むことはないようだ。
外から来る参列者と城内を分けるために作られた厚い城壁の一角に、あちらに抜ける小扉がある。最近来る人間が少なかったのか、手入れはされていてもスムーズとは言えない動きで扉を押し開けた。
「久しぶり、みんな」
目の前に広がる墓標に挨拶を贈る。
初代女王の花とされた大輪のモリウリリを一輪ずつ置いていく。
モリウリリとは、百合の花弁を薔薇の様に幾重にも重ねてた形をしている境界の森最深部で見つかった美しい花だ。中心はほんのりとした薄紅色、外に向かうに従って純白に輝く。その美しさとリベルタ以外では育たない希少性から女王の花とされ、品種改良と栽培が盛んに行われている。
王墓予定地の近くに目標の墓標はある。道々、印象に残っている味方たちに挨拶をしつつ、その場所を目指した。
「おひさ、ダビデ、ジルさん。エッカルトさんも変わりないかな。どこも荒れてもいないし、手入れは続けてくれていたんだね」
並んだ墓標に話しかける。ぼっかりとひとつ空いた隙間には、おそらくアルフレッドが入る予定なのだろう。元宰相であるアルフレッドの家としての墓地は、十分な広さを確保して既に存在していた。けれどもアルフレッド自身は、頑として私が入る予定の王の墓に付随する個人用の墓地に入るとごねていた。ここは特に身内のない使用人や、共に側で眠りたいと望む孤独な友たちの為に造成したのだけれど。ダビデを何処に埋葬するのかで揉めて以来、定期的に議題に上がる問題は、いまだに解決には至っていないらしい。
二人のダビデ……ファーストダビデとセカンドダビデの墓標はそれぞれ四阿の下にある。両方とも私の命令により作られたものだ。この墓地の中では王家に次ぐ立派さを誇っている。
しばらく誰も来ていなかったのか、少し花瓶が汚れていた。浄化をかけて綺麗にしてから、水を入れ花束を活ける。コボルドの人生は短い。彼らにとってダビデは既に遠いご先祖様なのかもしれない。
「そろそろ私もそっちに行くよ」
「待ってなくていいからね」
うっかり待っていてくれなどと言ったら、千年であろうともマテをし続けそうなダビデ達に近状を報告する。赤鱗もなぁ……危ないんだよねぇ。相変わらずの狂信ぶりで、どうしてこうなったかなぁ…………。
ジルさんのお墓はつい最近も誰かが参った所なのか、まだ花が枯れていなかった。こちらはジルさんらしく質実剛健。無駄な装飾を一切廃し、凛とした佇まいだ。その武骨な墓には似つかわしくない豪華な花瓶にモリウリリを刺しいれる。少しだけ顔を寄せてジルさんの墓標に語りかけた。
「ようやく始まりの地の攻略を始めます。必ず勝ってみせます。皆に安全な未来を」
そんな風に旧友たちと話していると、遠くから近づいてくる人影があった。
「ご無沙汰しております、陛下」
ゆっくりと杖をついて近づいてきたのは、すっかり年を取り弱ったアイク。ジルさんの息子で現赤鱗騎士団の名誉顧問だ。ジルさんの孫に当たるジルアートがアイクを支えている。
「お久しぶり、アイク。顔色が良くて何より」
太陽の下で見るせいか、最後に会ったときよりも元気そうに見えて安堵する。
「モリウリリでございますね。父上やエッカルト殿も喜んでおりましょう」
供えられた花に目を細めながら、アイクは墓標を見つめていた。
「陛下、攻略を開始されるのですか」
ややあって問いかけてきた。頷く私にアイクの背筋が伸びる。
「御武運をお祈りしております。私はもう老いました。例えお供をと望んだところで、足手まといになるばかり」
「ふふ、君たちにはもう十分に助けてもらったよ。アイクにしろオトフリートにしろ、私が引退するまでずっと助けてくれていたじゃない」
「父の変わりにはついぞなることが叶いませんでした」
「ジルさんの変わりは誰にもなれないよ。アイクの代わりが誰もいないようにね」
「…………少し離れていてくれ、ジルアート」
後ろ髪を引かれるようにではあったが、私に一礼して去っていったジルアートの後ろ姿を見送る。
「肩のラインがジルさんそっくり」
「それを聞けば息子も喜びましょう」
ソッと腕を差し出し、アイクと墓地を回る。少し離れた所に公爵家ゆかりの者たちが眠る墓地がある。オルランドはそこにいるから、これから挨拶にいく予定だった。
「国は此度の件、喜んではおりません」
「知ってる」
「現国王陛下も」
「さっき話してきたよ」
「それでも」
「うん、約束だからね」
「何故、貴女様ばかりが」
「私がリュスリティーナだからだね。後悔はない……いや、違うな。後悔はあるよ。悔しい思いも、ああしていればと地を殴りたい気持ちもある。でも私は止めないよ」
互いに視線は交わさずに会話を続ける。
「覚悟は変わられぬのですね」
「もちろん」
「力及ばず申し訳ございません」
足が重くなったアイクを見上げて首を振る。
「君達のせいじゃない」
「ですが私は古狼種までしか行けませんでした。父と同じく神狼種まで進めばあるいは陛下のお役にたてたかもしれぬのに」
ジルさんは多くの戦場で戦い続ける間に、伝説とも言われる神狼種となった。年を重ねてからだったから、若々しいとは言えなかったけれど、最後まで壮健な姿で過ごしていた。
比較的安全になり、厳しい戦闘に身を置くことが少なかったアイクたちは古狼種までしかいかなかった。そして今の若い人々の多くは一度目の種族進化すら果たしていない。
「安全だったのは良いことだよ」
「ですが……いえ、お慈悲に感謝いたします」
不服そうに頭を下げるアイクに苦笑を浮かべる。まだオルランドの所まで少し距離があったから、話を変えてみた。
「今日、ピオに会った。良さそうな子だった。寡黙そうだったけど」
「ピオ……、ああ、あの」
「知ってるの?」
「はい。ピオ・テオノール、戦災孤児で姉と妹がおります。剣に才を見いだされ、赤鱗の特待生となった秀才ですな。寡黙ながら一本芯の通った男です」
私の供に指名されたと続ければ、納得したように頷いている。
「きっと陛下のお役に立ちましょう」
「まあ、ちゃんと生かして帰すよ」
「はは。陛下の約束とは心強い。ちゃんと皆で戻ってきてください」
「…………そうだね、若い子だけでも必ず」
小さく呟いた私の声に、腕を握るアイクの体が強ばった。
「陛下」
「もう陛下じゃないよ。ただのティナ」
「ならば貴女の友の息子として、お願いいたします。必ずお戻りを」
アイクが足を止めたから、数歩離れてしまった。私の老いを感じ取っているのは、アイクも同じ……か。
「勝ってくる」
「お待ちしております」
「うん、さて、オルランドにも挨拶しなきゃ」
「では私はこれにて……」
バイバイと手を振りアイクと別れる。
オルランドの墓の近くには公爵家縁の無縁仏の墓標もある。影とも草とも呼ばれた諜報員たちの多くはそこで眠る。
二世代、三世代目の今の子達は、このリベルタが多くの犠牲の上で作られたことを知らない。知ってはいても実感はない。
けれども犠牲を命じた私は忘れていない。墓標にレ点を刻むことで、そこに入っている人たちを悼むことしか出来ないけれど、決して私は忘れない。
「さて、では、最終決戦と行きますかね。アルフレッドにも会っときたいけど、自力で立てなくなってから、訪問は遠慮するって言われちゃったしなぁ。手紙でいいか」
目的の墓標に花を備え終わった私は、振り返って墓地の全体を見回した。ここには仲間たちが眠っている。いつか必ず私もここで眠ることになる。
その前に必ずこの世界を平和にしよう。
こそっと改題しました。でも違和感が……。なにかいいものを思い付いたらまた変えます。




