始まりの地攻略戦【2】
月日が経つのは早いものですね……お待たせしました。
久々のおばちゃん視点。(精神的に)年老いたおばちゃんをお楽しみください。
おばあさまと私を呼ぶ可愛い孫。比較的平和になってから生まれたこの子は戦を知らない。
「おばあさま?」
「なんでもないよ。ほら、この辺りならいいかな? ちょっと貸してね」
贈ったばかりの守り刀を借りて軽く魔力を込める。刀身が光り振り抜くと同時に氷弾が飛ぶ。
「わぁ!!」
歓声を上げるルーカスに微笑みながら刀を返す。無邪気な笑顔を浮かべている。命のやり取りを知らないこの子だからか、私たち世代よりも随分と幼い気がした。
それでも国を継ぐものとして教育を受けている為か、案外器用に魔剣を使う。幾度かの失敗の後に、無事氷弾を出すことに成功し誇らしげに笑いかけられた。
「殿下、先王様、お茶になさいませんか?」
ルーカス付きの執事が私たちをお茶に誘う。回廊の一角にテーブルが準備されていた。
甘いケーキに柔らかいムース。それだけでは飽きるからか、私が広めた甘くないクッキーやおかきもある。急いで準備したとは思えないそれらに、この国も豊かになったものだと改めて実感する。
最初は私の隠れ家住まいだった王城も、今では複数の尖塔があり大庭園を有する立派なものになった。
燦々と光り差す庭で楽しげに話すルーカスに、私の表情も自ずと柔らかいものになっていたのだろう。控える従者や侍女たちから緊張が消えていく。私が城を離れて随分たった。顔見知りも減ったから仕方がないとはいえ、気楽に話せる相手が減るのは悲しいものだ。
「おばあさま、始まりの森を攻略されると言うのは本当ですか?」
首を傾げ問いかけるルーカスに頷くだけで答えにかえた。
「わぁ! 凄い!! さすがおばあさまですね」
無邪気に称賛するルーカスにほんの少し苦いものを含んだ笑みを向ける。
「ありがとう。知らせを聞いて喜んでくれるのはルーカスだけだね」
いい子だと続けながら、反対する陣営のメンバーを思い出す。現国王である息子に、アルフレッドの孫である宰相。それに赤鱗騎士団の上層部ですら難色を示した。
始まりの地を滅ぼすと言うことは、この国のアドバンテージを失うと言うことだ。建国以来、多くの犠牲を払いながら魔物と戦ってきたリベルタの戦士たち。生き残った戦士たちは、魔物狩りの恩恵を受け、種族進化しその寿命を伸ばしてきた。
また戦わない市民たちも、戦士たちのもたらす物質を材料に生活の糧を得ていた。始まりの地を消滅させれば、新たな魔物を産み出す場所はなくなる。それは安全を意味すると同時に、生活の糧を失うことも意味する。
それを知るリベルタ上層部は、始まりの地を生かさず殺さず管理しようと思っていたようだ。
だがあの動乱期を過ごしてきた私たちからすれば、その考えは甘いとしか言いようがない。
ミセルコルディアの恐ろしさも、噴出点の厄介さも今の若い世代は知らない。一時はレベリングして無理矢理にも体験させようかとも思った。でもハルトと相談し、戦いに身を置くのは私たちだけで十分だという結論に達した。
まぁ、メントレのおっちゃんから渡された聖剣にしろハサミ剣にしろ、私たちがいなければ上手くその力を発動しないのだから仕方ない。現にハルトが死ぬと同時に聖剣は消えた。今はきっとメントレのおっちゃんの元にあるのだろう。
生え抜きの戦士たち……今は亡きジルさんやフォルクマー、エッカルト、オルランドたちと比べて、今の新生赤鱗騎士団の強さは一段どころじゃなく落ちる。
最低最悪の一時期に比べれば、ジルさんの息子であるアイクやオルフリートたちが頑張って立て直したとはいえ、その彼らも既に引退の身だ。軍に老兵は不要だと笑って後進に道を譲った彼らが残ってくれていたら、少しは状況も変わっていただろうか……。
「おばあさま?」
「ああ、何でもないよ」
物思いに沈んでいた私をルーカスが不思議そうに見つめていた。私にはこの子の他にも三人の孫がいる。例え世界に恨まれようと、噴出点をどうにかできる手段があるうちに、出来る限り戦争を知らない世代を守る平和を確保しなくては……。
身体の老いを感じてから、日に日に強くなる焦りに、ルーカスにばれないように拳を固める。
「おばあさま、どうして僕以外の人は喜ばないのですか?」
私からしてみれば幼い子だけれど、ルーカスも既に成人の身だ。攻略を開始すれば次にいつ会えるかも分からない。少しだけ大人扱いしてみようか。
そう思いながら、周囲に目配せをして人払いを済ませる。ついでに結界を張って盗聴や読心術対策も済ませた。
マップを確認して近くに人影がないことを確認する。まずはこの子の覚悟を聞かせてもらおう。
「ルーカス、貴方は王を目指すの?」
「おばあさま、突然なにを」
「おばあさまに教えて欲しいの。
ルーカスはどう生きたい? 何をしたい?」
突然の質問に驚いたルーカスが私の顔を見ている。
「おばあさまはね、王だったけれど世襲には反対だった。おじいさまも反対だったの。でも、ルーカスのお父様、グレゴリオは国を支えることを選んだんだ。
ねえ、ルーカス。今ならまだ間に合うよ。君は国を継ぎたいのかな?」
生まれながらに重い責任と期待を背負った可愛い孫。もしもこの子がもっと自由に生きたいと言うのならば、私が何とかしよう。
「僕はこの国の第一王子です。この国の未来を背負うのは当然のことです」
背筋を真っ直ぐに伸ばして、私から視線をそらさずにルーカスは答えた。一途なところは夫似か、それとも頑固なところが私に似たのか。どちらにしろその決意は変わりそうになかった。
「そっか。ならルーカス、おばあさまは君を、今から成人として扱うよ。少しだけ厳しいことを言うけれどいいかな?」
こくんと頷いて聞く姿勢を整えたルーカスに、始まりの地を滅ぼすということを教える。大人たち……上層部が隠しているであろう事実も含めてだ。
「ルーカス、それで…………これを知っても君は私を祝福し、送り出せるかな?」
わざとにっこりと微笑みつつ、次世代の国王に尋ねる。
「おばあさま……それでは世界は幸せにならないのですか?」
「幸せが何かによるね。例え生死をかけて沢山の屍の上に築かれたものであろうとも、長い寿命が欲しい。他国よりも有利な生活をしたい。そう考えるならば、境界の森はあったほうがいいのかもしれない」
「でもそのままだったら、勇者ハルト殿は既にお隠れになり、おばあさまもその後を追われたら、例え境界の森が昔の勢いを取り戻し、人の世に害を及ぼしても滅ぼすことはできない」
「そう。そして恐らくそれはそう遠い未来じゃないよ。グレゴリオ……お父様の世代か、遅くともルーカスの世代では恐らく新たな噴出点が開くだろう」
「その頃には、僕らの中で戦う術を持つものは少なくなっている」
「そうだね。一応ね、おばあさまが引退する数十年前から少しずつだけれど、魔石やドロップ品に頼らない国作りをしてきたんだ。だから一時的に苦しくなっても国の根底が揺らぐことはない。安心していい。ただ……」
「寿命だけはそのまま」
「そう。ルーカスはまだ若いから感じないかもしれないけれど、老いを感じるようになれば分かる。その問題だけでも国を揺るがすことになるだろう」
悩んで下を向いてしまった孫の頭を見ながら、温くなったお茶を一口含んだ。馥郁たる薫りが口の中いっぱいに広がる。
「おばあさま、どうか頑張ってください。この世界に平和をもたらしてください」
ややあって顔を上げたルーカスは悩み苦しみながらだけれど私を応援する。
「それが次期王としての結論? 理由を聞いてもいいかな」
「リベルタ一国の事だけを考えれば、始まりの地はそのままでも良いと思います。でも噴出点は何処に口を開くか分からない。ならば危険は世界に及ぶ」
「うん、そうだね。もしもリベルタやその属国以外の国に開いたら大変だろうね」
「僕は王族です。本来であればリベルタの益を考えるべきであり、他国のことなど考えてはいけないのかも知れません。でも、それではいけないと思うのです」
幼いながらも必死に考えたのだろう。ルーカスの頬は紅潮し、瞳はキラキラと輝いている。
「世界の安定を考えるならば、始まりの地は滅ぼすべきです。例えそれで一部の者たちが長命を手に出来なくなってもです。
ひとりの長生きよりも、大多数の幸福な生を守れる、僕はそんな王になりたいです。だからおばあさま、頑張ってください。
僕はおばあさまを誇りに思います」
ふふ、可愛い事を言うものだ。ついついニヤリと笑ってしまい怯えさせてしまった。
「ルーカス、お父様も知らないおばあさまの実家のお話をしようか。私の一族の若き後継者として、君にこの話をしても、みんなはきっと怒らないだろうからね」
突然声をひそめて身を乗り出した私にルーカスは驚きを隠せていない。
「もう知る人はいない、異世界の一族の家訓を君に教えよう。覚えるもいないも、それを守るも守らないもそれはルーカスの自由だ。
でもおばあさまはこの家訓に随分と助けられた。だから君にも伝えたい。聞いてくれるかな?」
今日ここまで話す気はなかったけれど、きっと私も老いたという事なのだろう。遠い記憶となってしまった別の世界の記憶を孫へと引き継ごう。そしてそれに一滴、こちらの世界での私の歴史を加えよう。
どうかこれがこの子のこれからに役に立ちますように。
次は1ヶ月以内にはなんとか……。頑張ります。




