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始まりの地攻略戦【1】

予定を変えて、始まりの地攻略戦です。

数話~十数話続きます。ご了承下さいませ。

 退位より二十八年。

 世界に衝撃をもたらした勇者の死より六年。


 沈黙を守っていた建国の女王リュスティーナにより、唯一残った境界の地、通称始まりの地の攻略が発表された。


 当然のごとく同行を望む赤鱗騎士団へ、当代国王グレゴリオは国防を理由に待機を命じる。反発する騎士団を宥める為、一人の騎士が女王の護衛として同行を命じられた。


「初めまして」


「初めて御前に参ります。私は赤鱗騎士団所属のピオと申します」


 国王と宰相同席の元、引き合わされた二人は挨拶を交わす。


 今だ三十代とも二十代とも言われる若い見た目を保持する女王と、若手のホープと言われ、その剣技の腕は護国将軍ジルベルトの再来とも言われる騎士。礼儀正しく言葉を交わす二人を、息子である国王は無表情で見つめている。


「グレッグ、どうしたの?」


「母上、私はもう子供ではありません。愛称で呼ぶのはお止めください」


「ああ、ごめん。つい……ね」


 息子の機嫌が良くない事に気がついたリュスティーナが苦笑を浮かべ謝る。


 既に見た目が逆転して久しい。戦いに出ることもなく、年相応に外見年齢を重ねてきた息子は、中年を過ぎ高齢に片足をかけていた。


 己が死ぬ前に息子を見送る事になる。リュスティーナがその覚悟を決めて久しかった。


「ピオ、ご苦労だった。出発の日程が決まり次第連絡する」


 国王からの命令を受け、宰相と共にピオは騎士団へと戻っていく。


 人払いを済ませ二人きりになった室内でグレゴリオ一世は母へと向き直った。


「お考え直し下さいませんか」


「何を考え直せって?」


「境界の森です。今のままでよいではありませんか。魔物もあの森の中に押し込めており、民に被害も出ておりません。

 母上が気になされているミセルコルディアの影響も皆無。危険を侵す必要はありません」


 国王としての豪華な椅子に座ったまま、母親を説得するグレゴリオの顔には明確な焦りがあった。


「グレッグ……、いえ、グレゴリオ陛下、ねぇ、何をそんなに焦っているの?」


「母上!!」


「私が退位するときにも話していたはずだよ。

 境界の森はこのままにはしておけないって。それはグレゴリオだって同意していたはずじゃない。長い間をかけてハルトと協力して一つずつ解放してきたんだ。ようやくその時がきただけだよ」


 血管が浮くほど力を込めて肘置きを握りしめたグレゴリオは、椅子から腰を浮かせた。


「ですがあの地を解放すれば、いずれ魔物が……」


「うん、そうだね。魔物はミセルコルディアの影響を受けた産物。そのドロップ品もまたしかり。

 噴出点である境界の森が全て消えれば、これ以上魔物が現れることもなくなる。リベルタのアドバンテージも消えることになる」


「その事実を知る者たちは、一様に心配しています」


「心配って何を? 安全になるんだ。至高神の輝きも戻った。何を心配するの?

 準備期間は十分にあったでしょう」


「今まで魔物ありきで世界は動いておりました。それが魔物なき世界となって何とかなるのかと、やはり心配しています」


「故に四十年かけた。私の退位前から準備は進めていたはず。食料生産も増え、人々の生活は安定した。隣国との関係も何とか友好的なものになった。これ以上の安定は望めないはず」


「それでも、それでもです。

 何も今ではなくとも」


「あのね、グレゴリオ、今しかないんだ」


 確信を込めた母の言葉に二の句が繋げずにいると、リュスティーナは近づき握りしめられた手に自身の掌を重ねた。


「勇者を始めとして、共にリベルタを作り守ってきた仲間たちはほぼ死んだ。その息子達だって、肉体の絶頂期はとうに過ぎて第一線から退いて久しい。

 ミセルコルディアの恐怖を知る者たちは少なくなってしまった。だから陛下もそんな風に考えるのかな」


 にっこりと微笑んだリュスティーナは「グイドと約束したんだ」と続ける。


「父上とですか?」


「そう。グレゴリオが私の跡を継ぐことに最期まで反対で、死に目であっても会おうとしなかった頑固者。グレゴリオの即位前にはよく言い争いしたもんだよ」


 クスクスと笑うリュスティーナだったが、その瞳は哀しみで溢れている。


「グレゴリオ……私たちの息子には安全な世界で生きさせる。陛下が私の跡を継ぐって決めたとき、国は熱狂したけれどグイドや私は初めは反対だったんだよ」


「存じております。私が戦えず、赤鱗たちを御することも出来ぬからでしょう。不出来な息子で申し訳ありません。それでも私は王位に就きたかった」


「戦えないんじゃない。戦わないんだ。グレッグは不戦を選んだ。それは凄いことだよ」


「己の浅慮を恥じるばかりです」


 ポンポンの甲を宥める様に叩いたリュスティーナは、窓辺へと近づく。


「私は嬉しかった。

 手を血に染めて勝ち取った国土だ。維持する為に更に血にまみれた。

 部下の命も国へと捧げた。仲間の命も、民の命も……。

 多数を救うために犠牲にすると決めた命もある。

 だからこそ私は戦うことを、血にまみれることを躊躇することはない。それが先に逝った者たちへの、せめてもの責任の取り方だと思ったから」


 話ながらリュスティーナが窓から外を覗けば、庭園が広がっている。中央に配置された大噴水から噴き上げられた水は日差しを浴びキラキラと宝石のような輝きを放ち、小さな虹を作っている。


 周囲を彩る花壇には小鳥や蝶が舞い、近くを散策している人々の目を楽しませているのだろう。


 この風景を共に見たかった戦友たちは沢山いた。美しい庭園を歩いてほしかった民もいた。


「グレゴリオは戦わない路線を選んだ。それが今のこのリベルタの繁栄をもたらした」


「ならば国の事は私に任せてください!」


「うん、任せるよ。これが終わったらね。

 許されるなら始まりの地が解放されたら、一人の戦士として魔物を狩る旅にでも出るよ」


「ではどうあっても考えを変えては頂けぬ……と」


「陛下こそどうしたの? なんでそんなに嫌がるの? 何か理由があるなら教えて欲しい。理由があるなら私だって考えるからね」


「母上こそ何故そんなに焦っておいでなのですか」


 一度言葉に詰まったグレゴリオは逆に母親に問いかけた。肩を竦めて苦笑を深くしたリュスティーナはクルリと向き直りグレゴリオと視線を合わせる。


「退位して二十八年。今まで何度か攻略を相談する度に心配されて有耶無耶になってきた。でも、もう待てない」


「ですから、何故」


「見て」


 そう言って自分の腕を光に翳したリュスティーナは「分かるかな?」と続ける。


「ここ数年、一気に年をとり始めた。

 手にも皺が増えた。顔だってたるんできてる。亜神種となった私だって不老不死ではないんだ」


「そんなっ! 母上はまだまだお若い!!」


「自分の身体だからこそ分かるよ。

 体力も落ちてる。気力もおそらくなくなってきてる。

 キツい戦いに身を置けるのもこれが最後かもしれない。仲間たちもみんな死ぬか引退した。だから……」


「……ご意志が固いのは分かりました。ではせめて母上の身を守る騎士たちを選ぶまで数週間いえ、数日お待ち下さい。貴女の孫であるルーカスも会いたがっておりました」


 渋るリュスティーナを説得し、別室に控えさせていたルーカスを呼ぶ。今年成人を迎えた王子は昔からお祖母ちゃん子で、何よりリュスティーナを師と仰いでいた。


「リュスティーナおばあさま」


「ルーカス王子、お久しぶり。元気だった?」


「おばあさま、酷いです。僕の成人には参列して下さると約束したのに」


「はは、ごめんね。お祖父ちゃんが離してくれなかったんだ。お詫びに剣を持ってきたよ。

 私から贈る守り刀だから受け取ってくれると嬉しいな」


 むくれるルーカスを宥めながら、リュスティーナは一振りの剣を持ち出した。病床にあったグイドと相談して決めた守り刀。形見分けとなってしまった剣を差し出す。


 王族の前ということで封印措置が施されているソレからは強い魔力を感じた。


「ルーカスは風と水の加護を受けているからね。これなら十全の力を発揮できるよ。

 当代随一とされる鍛治屋に私が狩った素材を持ち込んで依頼したんだ。

 王族用に装飾にも気を使った。受け取ってくれるかな?」


 十五歳となり、自分と対して視線の高さが変わらなくなった孫は剣に目が釘付けになっている。父である王に許可を求める視線を向けたルーカスは、恐る恐る剣に腕を伸ばした。


「凄い……」


「魔力を込めるとね、氷弾が出るんだよ。やってみる?」


「はい!!」


 教えて欲しいとねだる息子と共に、リュスティーナが去っていく。その後ろ姿をグレゴリオはただ張り付けた笑みで見送っていた。




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― 新着の感想 ―
[一言]  いよいよ、ティナの最後の戦いが始まりますねぇ。  ホントはさ、最後に誰かが死ぬって分かっている話ってあまり好きじゃないんだよ。歴史物然り、戦国物然りで。  でもさ、足掛け2年ちょっと(…
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