自由のまもりて(リベルタ軍歌)
さあ、進め
我らの前に道はなく
我らの後に道はできる
さあ、共に
我らの自由を守るため
死地であっても笑おうぞ
女王は我らと共にある
栄光なりし リベルタよ
我らの屍を越えゆけ
さあ、声をあげろ
我らリベルタの民なり
祖国に勝利を捧げよう
さあ、鳴らせ
戦意の歌を 軍靴の音を
栄光こそが我らが全て
神の加護は我らと共に
その気高き独立 リベルタよ
我らが向かうは神の庭……
………………
…………
……
御披露目以来、爆発的な人気を誇り、第2の国歌とも言われる曲を歌いながら、兵士たちは隊列を進ませる。
正面には進む部隊の五倍はある大陣地。武装を整えた敵が油断なく待ち構えている。
世界の守護者となった女王を始め、多くの将兵は別の戦線に出ていた。この地に援軍として来ることなど出来ないだろう。己たちが生き残る確率はほぼゼロだ。
それでも兵士たちは歌う。高らかに力強く歌い上げる。
我々はリベルタの民なり。
自由の護り手たる女王と共に戦う兵なりと……。
ここにいるのは志願兵のみ。揃いの装備など望めず、酷い者では防具すらなく厚手のコートでその体を守っていた。
リベルタを盟主と認めていたはずの隣国は、国内戦力が不足していると見るや、突然同盟を破棄し襲いかかってきた。その相手をする兵士たちは、つい先日までただの民だった者たちだ。。
祖国を守るために立ち上がった民たちは、絶望的な戦場に身を置く。
勝てないまでも命と引き替えに抵抗を続ける間、これ以上の蹂躙は避けられる。
その間に王都に国境侵犯の一報が届けばいい。そうすればきっと家族や他の民たちは、この国の守護神たる女王が助けて下さる。
そう信じた民たちは愛する家族や恋人の笑顔を思い浮かべ、喉も裂けよと歌い上げる。
「……さあ、死地へ。
我らの足を止めるものはなし。
栄光の階を駆け上がれ」
「リベルタの下衆どもだ!
ただの農民に過ぎない!! 蹂躙せよ!!」
リベルタ兵の倍の兵員が陣地から出撃する。
「抜刀せよ!」
「リベルタに栄光を!!」
激突した両陣営だったがその地力の差は明らかだった。訓練された兵士とつい数日前まで農民だった民。勝負になるはずがない。
次々と屠られていく仲間たちに怯むことなく、リベルタの民は勇猛果敢に向かっていく。
「…………増援だ!! 増援が来たぞォォ!!
リベルタの狼だ!! 何故ここに!!」
どれ程戦い続けたか。激突したリベルタ兵の数が十分の一を割り込んだ頃、敵陣から悲鳴混じりの警告が発せられた。
確認しようと首を巡らせる間もあればこそ、悲鳴と血臭が辺りを満たす。
「おい、無事か?!」
血煙を生じさせながら突撃してきた青年が、今にも止めを刺されかけていた民を引き起こす。
「何故赤鱗騎士団がここに……」
小さく咳き込み、血を吐きながら民はその武装に目をとめた。
「これを飲め。
我ら女王守護隊……これだけ言えば分かるだろう。良く頑張ってくれた。君たちの献身のお陰でこれ以上の被害は免れた」
四方を敵に囲まれたままだが気にすることもなく、女王守護隊を名乗った兵士はポンポン肩を叩く。
「…………ああ、お怒りだな」
状況が分からず目を白黒させる民を支えて立たせながら、兵士は憐れみを込めて敵本陣を見つめた。
取るものも取り敢えず撤退していく敵の先には、黒装束の女が一人。
バチバチと走る紫電を身に纏ったまま、敵兵たちの前に身を置いている。
「同情する」
「全くだ。だがこのまま我々ものんびりしているわけにもいかんぞ」
「隊長、陛下の護衛は良いので?」
「邪魔だと言われた。全力で暴れると仰られてな。ほらお前たちも、ぼんやりする暇があれば敵を始末しろ。彼らは俺が守る」
「はっ! 我らが至高の輝きと共に」
力強い敬礼と共に救出に来た騎士は答えると、剣を片手に蹂躙を再開する。隊長と呼ばれた男は血濡れた剣をブラリと下げ、救出された民兵を護衛していた。
「もう大丈夫だ。我らが陛下はお強い。これくらいの敵兵ならば四半刻もかからず鏖殺 されるだろう」
「あの、何故こちらに……。陛下は別の前線だと……」
「ふふ、リベルタの守護女神を甘く見るな。
既にあちらは片付いた。今頃宰相殿が講和条件を詰めていらっしゃるだろう」
―――わぁぁぁぁぁ!! にげろぉぉぉ!!
特大の紫電が煌めき、敵陣から逃げ惑う兵士に襲いかかる。
「捕虜はいらん。陛下からも宰相殿からもそう指示を受けている。君も戦うか? ならば我々が護衛するが」
「良いのですか?」
「ああ、無論だ。今、救出が間に合った兵たちはここに集めている。君たちもまた我らリベルタの誇り高き牙。共に戦おう」
ニヤリと笑んだ隊長は頭部を獣のそれに変えて一声吼えた。それを聞いた部下たちが三々五々集まり隊列を組む。
「オルフリート隊長!」
「陣を組め!! これ以上はかすり傷ひとつとて認めない! 我ら女王守護隊。女王のお心を守る者なり!!」
いつか見た父の背中を思い出しながら、オルフリートは指示を出す。最後の最後で油断した前任者の二の舞にはならない。
あの時の女王の荒ぶり方はいまだに語り草になっている。
世界の盟主となった今、全てを捨てても仕えるべき女王は、畏怖と共に決して逆らってはならない【絶対女王】と呼ばれている。敵からは相変わらず【悪辣女王】とも呼ばれる。
せせら笑って利用出来るものは何でも使うと答えた女王が、誰よりも傷ついてリベルタを守り続けているのは我々兄弟が一番知っている。
女王に理想を夢見る宰相殿や、その宰相に絶対の忠誠を誓うオルランド殿、そして油断で討ち取られた父では決して気が付かなかっただろう。
比較的平和になってから前線に出た我々だから知っている。まだ余裕のある戦地だからこそ気がつけた。
民が傷つけば女王は己を責める。
我ら兵士が死ねばその責任を一身に背負う。
故に無駄な傷ひとつたりとも、この身に受けてはならない。
きっと女王は我々が任を果たせば、誉めてはくださる。その途上、力尽きた仲間たちを笑顔で労い、遺族たちに手厚い補償を約束するだろう。
心から血を流していても、決して揺るがぬ瞳を向けて、人々を労る陛下の心を支える人員が足らなかった。
父が生きていれば心配性の世話焼きを遺憾無く発揮して、今でも背中を支えていただろう。
護国将軍とまで言われた父に並ぶことは出来ないだろうし、陛下は不要と言うだろう。
だがこれ以上負担はかけないという決意を込めて、オルフリートは部下たちを鼓舞していた。
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