SS-コボルドキングの物語#魔女集会で会いましょう
「行くところがないんなら、この魔女が拾ってやろうか? お前にその勇気があるならならだけどね」
ニヤリと笑いながら声をかけたのは、ただの気まぐれだった。自分を魔女と呼んだのもこれが初めてだ。
「ボクを拾ってくださるのですか?」
魔物が出る森にいた小汚い仔は、無駄に丁寧な口調で話していた。
――……あぁ、不味かったかも。
純真無垢な瞳を見て、嫌な予感が一瞬したけれど、口から出た言葉を戻すことは出来ずに、表情を輝かせる子供を連れて家に戻った。
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「それがこんなになるとはねぇ。確かにマズイ予感はしたんだよ」
「何か言いましたか? 魔女殿」
「ふん、何でもないよ」
魔物が出る森で拾った小汚い子供は、生意気な小僧になり、私の背を追い越して立派な青年になっていた。
「魔女殿は変わりませんね」
「それが魔女ってものさ、坊や」
私に拾われた坊やは見上げられため息をつかれても嬉しそうに笑っている。
「魔女殿に置いていかれた時は悲しかったです。戦えないとされる己の種族を恨んだものでした」
「ふふ……それが今では勇者さまの従僕かい」
努力しましたからと穏やかに微笑む顔に、久々に手を伸ばした。
「……魔女殿」
「どうするんだい?」
「……魔女殿」
くしゃりと表情を歪ませて自分を呼ぶ姿に、魔女は苦笑を浮かべた。
「何を泣いているんだい。5度の種族進化を果たし、王の位に就いたのだろう。たかが口の悪いババアひとりの…………カハッ」
堪えていた空咳が魔女の口から漏れた。それに慌てた青年は地面に寝かせていた魔女の身体を抱き上げた。
「魔女殿、お気を確かに。
許してください。私が……」
「馬鹿なのは変わらないねぇ。坊やのせいじゃないさ。魔女と名乗った私の愚かさが原因さ。
坊やの主人が境界の森を解放し、欲に目が眩んだ連中が戦える者達を集めた。失敗したら今度は勇者を意のままにするために弱点を探した……」
ケホケホと咳き込んでいた魔女の口から一筋の血が流れる。
「魔女殿!」
「犬妖精の王になっても泣き虫は変わらないねぇ。坊や、すぐにでも追っ手がかかる。さっきの闘いで私が深手を負ったのは知られている。足手まといはごめんだよ。坊やだけでもお逃げ」
「イヤです。魔女殿も一緒に!
勇者さまならば治癒魔法も使えます。そこまで行けば!!」
「この怪我だ。そこまでは保たないよ」
魔女の視線の端には、自分の腹から生える槍があった。坊やを捕らえるために投げられたそれを無意識に身を呈して守っていた。
「勇者さま。勇者さま、どうか助けてください」
魔女の腹から流れる血をとどめようと、獣の手で傷口を必死に押さえる養い子に魔女は逃げろと緩慢に腕を動かした。
――――……魔女を捕らえろ!! 犬妖精は殺すなよ!!
遠く風に乗って追っ手の上げる声が聞こえてきた。どんどんと近くなる気配を感じつつも顔を伏せて動かない犬妖精を魔女は仕方のないことだと苦笑した。
「坊やまで死ぬことはない。私は紫魂の魔女として戦って死んでやろうじゃないか。お行き。そして生き残るんだよ」
「イヤです。絶対にイヤです。魔女殿が死ぬなら私も死にます」
「……いたぞ!! 囲め!!
魔女は死んでいない!! 注意しろ!!」
「ほら、言わんこっちゃない」
「お供します」
苦しい息の合間を縫い、呪文を唱え出した魔女を守るように犬妖精の王は立ちふさがった。
「…………おバカが」
多数の兵士に囲まれ手傷を負った犬妖精の王の耳に最後に聞こえたのは、呆れたような嬉しいようなそんな魔女の声だった。
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「王よ! 何故逃げないのですか!!」
1日の労働を終え鎖に繋がれたまま小屋に戻った仲間に何度目かも分からない非難を受ける一匹の犬妖精がいた。
痩せこけ毛並みは乾燥し、明らかに虐待の痕が見えるその姿は悲惨の一言だ。
「…………人は優しい」
嗄れた声で呟く犬妖精の片頬には大きな傷痕があり、瞳も潰れている。耳は当然の如く途中から切られ、片足も根元から失っていた。
「……捕らえられ拷問され、取引材料とされて、仕えていた勇者王には見捨てられた。我々犬妖精は奴隷種族とされ、弾圧の標的となった。王が仕えていた者達は我々の窮状を知りつつも、誰も何もしなかった。
その全ては人間がしたこと。それでも王は人は優しいと言われるのか!」
激昂する若い犬妖精に壮年となった犬妖精の王は首を振った。
「違う。だが優しいヒトもいる。強く優しい私の母よ。守れなかった恩人もまた人間。私が人に牙を剥くことはない。だが…………」
捕らえられた同胞と、己の血筋を視界に入れた王は悲しそうに顔を伏せた。
「……お前達は逃げろ。西へ行け。山脈を越えれば小国が覇権を争う地域に出る。そこでならば隠れて住むことも出来るだろう」
犬妖精の王は自らの錆びた鎖を螺切り立ち上がる。近くにいた犬妖精の足輪や鎖を同じく切りつつ苦笑を浮かべる。
「逃げるのは夜明け前だ。その時が一番警戒が緩む。お前のその武器でも戦えるだろう」
屑鉄を尖らせただけの武器を隠し持つ若い犬妖精の元に、ゆっくりと王は歩み寄った。利き手に武器を握らせ、その上から両手で包み込む。
「種族進化をしたら守れると過信するなよ。努力と覚悟がなければ何事も達成は出来ない」
「王よ、何を。我々を率いてくださるのでは?」
「……すまないが、疲れた。この状況を良しとしないお前達が頑張ってくれ」
それだけ言うと王は自らの首に武器をめり込ませた。
「………ぐっ…………すみませ……まじ……ど……の」
「え?」
顔に血がかかりそれでも状況を把握出来ない犬妖精が声を漏らす。力の奔流が流れ込んでいるのが分かった。
「王よ!」
「お父さん!!」
押し殺した悲鳴が小屋に満ちる。
しばらくたちすすり泣きが響く小屋にひとつの声がした。
「今夜逃げる」
種族進化の眠気を堪えたまま若い犬妖精が血で汚れたまま宣言した。
「嫌よ。お父さんが」
「王が死んだのが分かれば、人間どもが何をしてくるか分からない。今夜しかない。逃げる意思があるやつだけでいい。
オレは王の遺志を守る。西へ逃げて、自由を」
――――その夜、数十匹のコボルドの集団脱走が確認される。国は懸賞金をかけ、捕縛に全力を上げるも、数匹のコボルドの行方だけはようとして知られなかった。
ぶっちゃけ、ダビデ二世のご先祖様の物語。




