22.毒を食らわば皿まで
「さてと、ティナ。ちょっとそこ座れ」
木陰から戻りポーションを配り終えると、リックさんが声をかけてきた。自分はもう座り込んでいて、対面になる場所に座るように言われる。珍しく真顔だ。
あー、説教タイム? やーだーなー。せっかくうやむやにしたと思ったのに。
ただ、入口氷漬けの分は怒られてもしゃーないかと思っているから、渋々座った。ポーションを使った合流組の冒険者達も私たちを囲むように集まってきている。公開裁判状況、あー、いやだいやだ。
「座ったな。よし、さて、状況を聞こうか」
「状況?」
「なんでお前がここにいる? いや、森の何処かに住んでいるのは知ってるけどよ、タイミングよくここにいたのは何でだ?」
そこからかいッ!
「え、魚が食べたくなったとダビデに言われたので、近くの不凍湖に魚を獲りに来ていただけです。そうしたら、こっちの方が騒がしくなったので、心配したダビデが様子を見るように言って…で、まぁ、様子見に来たら、魔物がひしめいていたから、全力で攻撃しただけです」
「さ、さかな?」
本当の事を言ったのに、大人たちは頭を抱えている。一部は肩も震えてるし、失礼な。
「魚です。町では手に入りにくいし、自分で獲ろうかなと」
小さく、「この非常識娘…」と聞こえたような気がするけど、なんででしょうね。ご飯が変化があって豪華なのは良いことだよ?
「うー、まぁ、そこまではよしとしよう。
そこの獣人はどうした? ダンジョンの入口、氷漬けはどうやった? あと、スタンピードで外に出た魔物は大体殲滅したと言ったが、本当か?」
「なんやて!! 妙に魔物の気配がうっすいとは、思うとったけど、殲滅ってどないやったんや」
「質問が多いですね。 あと、下弦の月さんはどちらの方なんですか? この辺りの発音ではなさそうですけど」
日本で言うお国訛りがごちゃごちゃに混ざっていて、似非方言みたいだから気になる。
「わしかい? わしはあっちこっち旅してる内に、混ざってしもうて、もうどこがどこやら、やな。1番キッツく出とんのは、商業都市訛りやろうけども、商業都市は知っとるかいな」
「…ゴホン、雑談は後でやってくれ。ティナ、話を逸らすんじゃない」
「ハァ、仕方ないですね。
まず、そこのオオカミさんは、鎖に繋がれた状態で戦っているところを見つけました。おそらく、主人が逃げる時間を稼ぐのに捨て石にされたんでしょう。主人がどうなったのかは知りません。
2つ目と、3つ目の質問の答えは一緒です。
魔物の数が多すぎたので、奥の手を出しました。詳細は秘密です。ただ、力加減を間違えてダンジョンの入口まで氷漬けにしてしまいました。その点は謝罪します。ごめんなさい」
軽く頭を下げて謝る。魔法の話は、奥の手って程ではないけれど手の内を明かすのは嫌だからそう言うことにした。
「……どれだけ規格外なんだ」
耐えきれないと言うように、疾風と呼ばれた暗殺者風のお兄さんが呟く。首を振らないでよ。
「奥の手ってお嬢ちゃん、それはさっきダンジョンの入口で発動した魔法と一緒なのかしら?」
「迅雷さん、申し訳なく思いますが、その質問に答えるつもりはありません。自分のパーティー以外に、詳しい自分のスペックを教える冒険者がいますか?」
さっきから迅雷さんは空気読まない発言が多い。少し腹をたてて鋭く答えていた。Aランクパーティーにマズイかも知れないけれど、プライベートに土足で踏み込まれるつもりはない。
「迅雷殿、申し訳ない。ティナ、失礼だぞ」
とりなすリックさんに再度軽く頭を下げる。迅雷さんは鼻白んだ様で、それ以上突っ込んではこなかった。
「あはは、でも、お嬢ちゃん、本気で助かったで。えろう、おおきにな」
重くなりかけた空気を変えるように、下弦の月のリーダーが話す。
「そうだな。何はともあれ、助かったのは事実だ。さんきゅな、ティナ」
「どういたしまして、です。さて、この後の後始末、どうしたらいいか教えてもらえますか?」
「ん? ギルドに報告後、指示を仰ぐ。そんだけだろ」
「ダビデもこうですし、行きたくありません。変わりにお願い出来ませんか?」
「ふざけないで。何を言っているのよ! 大体、魔物と戦った理由が、たかが犬が言ったからなんて、あり得ないわ!! あなたは、私たちと共に、デュシスのギルドに出頭してもらいます!!」
迅雷さんがいきなりキレて叫んできた。出頭もびっくりだが、それ以上に「たかが犬」だと、取り消しやがれ。
「メーガン、落ち着け!」
「でもッ! この子は異常よ! いきなりのスタンピード、都合よく現れた薬剤師を名乗る、この子。しかも、殲滅に氷漬け?! 何か使ってはいけない、危ない力を使っているとしか思えない。いえ、今回の全てはこの子が仕組んだことじゃないの!? 私はAランク冒険者として、デュシスの町で、ティナへの審問を求めます!!」
『迅雷どの!!』
リックさんを始めとする、自由の風のメンバーが悲鳴を上げている。審問って、そんなに不味いことなのかな。探られて痛い腹は一杯あるけど、非合法なことはしてないつもりだ。
ヒステリックに叫ぶ内容の中で、その他にも幾つか聞き捨てならないことがある。不味いな、本気で苛ついてきたわ。
「メーガン、証拠もない状態で審問など、落ち着け」
「イヤよ! 私は、ティナに対する審問を要求します!! 狼獣人の主人だってどうなったのか! この子が殺したんじゃないの?!」
リックさんたちは落ち着いたのか、あっちゃーとでも言いそうな表情を浮かべているし、下弦の月は呆気にとられている。迅雷さんの相方、疾風さんは弱りきった顔だ。
多分言い出したら聞かない、思い込みの激しい人なんだろうな。よく今まで生きてこれたもんだ。本気で面倒。
「わかりました。ギルドにでも、何処にでも行きましょう。
ただし、私は今回のスタンピードの原因ではないし、迅雷殿の話していることは事実無根です。
ここに着陸する前に、冒険者の姿を見かけた場所があります。こちらの方が近かったので、そちらには行っていません。もしかしたら、狼獣人の関係者かも知れないので、確認してからデュシスの町に向かいませんか?」
正しくは、マップで確認した最後の位置だけどね。昔から怒り狂うと、逆に冷静な口調になる質だ。ダビデが言うから、ついでに助けただけなのに、そこまで言われて黙ってられるか。
「信じられると思うの? 私たちをどうにかしたくて、誘っているだけでしょ!!」
「なら、武装解除の上、縛るか武器でも向けていたらいかがですか? 私は構いませんよ」
お互いに一歩も引かず、火花散る。女の喧嘩は始末に負えないって言われても仕方ないかも。周りの大人たちオロオロしてるし。
疾風迅雷に渡すのも癪だから、弓形態のまま所持していた武器と、腰の後ろに差しっぱなしていたポイズンナイフを無限バックに納め、そのままリックさんに渡した。これで私は丸腰だ。
「防具も脱ぎましょうか?」
無表情で問いかけると、疾風さんのほうが慌てて、不要だと言ってくる。
不満げなメーガンさんを促し、全員で移動した。ちなみに、ダビデは私が背負い、オオカミさんはリックさんたちが背負うと言ってくれたから甘えてしまった。
しばらく歩くと、ドロップアイテムに変わる魔物と違い、辺りには濃厚な血と臓物の据えた生臭い臭いが充満してくる。
激しい戦闘のあったと思われる跡地で元冒険者達を発見した。おそらく、肉食の魔物に食い殺され、スタンピードで踏み潰されたのだろう。まともに形を残している箇所の方が少ない。
臭いに耐えきれず、数人の冒険者が木陰に駆け込みもどしている。
何らかのエグいものを見る覚悟をしていた私でも辛い、この風景に、疾風迅雷は眉ひとつ動かさずに検分している。激昂していたさっきまでとはまるで別人だ。これが本来の高レベル冒険者の姿なんだろう。
「ギルドカードがあったわ。これで誰かわかるでしょう。あと目ぼしいものはないわね」
ひとしきり見終わって、戻ってきつつ声をかけられる。流石に少々顔色が悪い。
「メーガン、待て。木の上に何かある」
疾風さんが身軽に木によじ登り、何かを掴んで飛び降りてきた。
「ぐッ……ゲッ…、すまん!」
そのモノを凝視して確認したらしいリックさんも、木陰に駆け込む。リックさんの陰でよく見えなかったソレを初めてしっかりと見た。
赤茶けた染みの付いた、上履きか何かをいれるくらいの大きさの地味な袋だ。袋の口には、何か変な装飾があって……って、う…アレ、人の手だ。
しっかりと袋を握りしめたまま、腕を食い千切られたのだろう。金属の籠手の途中までしかない腕の断面は潰れ、拳は骨が浮き上がるほど袋を強く握りしめている。
それを顔色ひとつ変えずに握っている疾風さんは、本当に凄いよ。流石に吐き気してきた。そろそろ限界かも。
「中身はなに?」
「少し待て。開ける。……何かのプレートか、オブジェの様だな。これは、一応、ギルドに提出しよう」
無理矢理、拳を開かせ袋の中を覗き込み確認すると、中身を確認して腕ごと運ぶ。よく気持ち悪くないな。
「ぅ、グッ……」
風向きで、まともに充満する空気を吸ってしまった。もう限界、早く移動しないと無様なところを見せてしまう。
「町に向かいましょう。良いわね?ティナ」
蒼白になっているであろう私を見ながら、問いかけてきたけれど、今の私に返事をする余裕はない。軽く頭を下げて同意した。
「はよ、ここから離れまっせ。臭いがきつうて、無理やわ」
「ああ、移動しよう」
口々に同意しながら、冒険者達も歩き始める。これから町まで歩くとなると、夜通し歩いても昼間でかかるだろう。
服に臭いもついてキツいし、何よりこんな悪意の中でダビデが目覚めるのは嫌だ。
どうせ規格外の非常識といれている現状だし、毒を食らわば皿まで、さっさと町まで帰ろう。
「待ってください。これから町まで歩くとなると到着は早くて明日の昼間でしょう。なら、私がギルドの近くまで全員送ります。
ダンジョンから撤退した他のパーティーを探すにも、魔物の残党を狩るにも早い方がいいでしょうから」
「…何を言っている? まさか魔法か?」
「はい。移転魔法を使います。制御が難しいので、城壁のすぐ前とは行きませんが、近くには行けます。
ただ、ダビデをどなたかにお願いしないといけなくなってしまうので、それが申し訳ないです」
「ティナ、移転ってお前、そんなのまで唱えられるのかよ。マジでバケモンだな」
呆れた様に言うリックさんに苦笑する。さて、1番反対しそうな、迅雷さんの様子はどうかな?
「駄目よ。移転だなんて、あなたがどこかに逃げるか、私たちを危険な場所に送るためでないと、何故言い切れるの? そんな危険な事はさせられないわ」
やっぱりね。反対すると思った。
「迅雷殿、そうはゆうても、はよ帰れるのは魅力的でっせ?」
実利を取ったのであろう、下弦の月は移転に賛成してきた。
「なら、迅雷殿、私に縄でもかけて逃げられないようにし、その上で、首でも握っていればいい。……詠唱に多少動きが必要なので、手は前でお願いしますね。
移転は精密な制御のいる術です。直接触られていては、その人間を外して自分だけが移転すると言うのは無理です。自分も移転するのに、危険な場所に移動はしません。しかも、縛られて身動きが難しい形でです。これで少しは安心してもらえませんか?」
私の提案がよほど意外だったのだろう。迅雷さんは驚いている。その他のメンバーは、なにもそこまでしなくても…とでも言いそうな顔だ。
「メーガン、それで構わないな」
曖昧に頷く迅雷さんを確認してから、リックさん達にダビデを渡す。アリッサさんが背負ってくれるみたいだ。力持ちだなぁ。
ダビデを渡した私を疾風迅雷が縛り上げる。とは言っても、手首を前で縛り、腰にロープを巻き付け、足を一括りにする程度だ。
リアル犯罪者経験中。食い込んだ縄はあまり痛くはないけれど、バランスを崩して転びそうで怖い。
「出来るだけ私の側に全員寄ってください。移転します」
出来るだけ今の自分の状況を意識の外に追い出し、準備が整ったのを確認して、全員に呼び掛ける。自分で言い出した事とは言え、かなり恥ずかしいわ。なんせ、私を縛る腰のロープは疾風さんが握り、首は後ろから猫の子でも持ち上げるかの様に、迅雷さんが握りしめているんだから、なんでさっきは名案だと思ったんだろう。
「月夜に踊る 小さき宴
調和を乱し 常識を超える
切り離された メビウスの環
祖が新たに着くは かの地なり
切りて繋げ 移転」
移転する範囲を指定する青い光の和が輝き、眠りに落ちる瞬間の様に落下する感覚が襲う。ぐらりと揺れた視界が落ち着くと、街道だった。
ー…どうやらうまくいったようだ。良かった。
何とか全員移動させることに成功して、安堵のため息をつく。総勢15人の大規模移転なんて、もちろん初挑戦だった。
歩いて30分程の距離に、見慣れた城壁もある。さて、縄を外してもらおう。
「無事に着いて良かったです。縄を外して貰えますか? 早くギルドに行きましょう。っ、痛!」
私の首を掴んだままの迅雷さんの握力が一気に上がった。
「縄を外せですって? まさか、外すわけないでしょ??」
「少し力を緩めてください。痛いです!」
急所なんだから、もう少し優しく扱え!
「メーガン! いい加減にしろ!!」
疾風さんが割り込んでくる。迅雷さんの腕を弾き、足の縄を切ってくれた。
「何をするのよ! 幼い子供が、マトモな手段でこんなに強力な術を連発できるはずがないわ!」
一体この人はなんでこんなに、頑なに私を悪人にしたがるんだろう?思い込みだけじゃなさそうだ。
内心ため息を吐きつつ、提案した。
「もう、いいです。早くデュシスのギルドに行きましょう。
ただし、その前に一度手の縄を外して下さい。ダビデを背負ったら、また縛って頂いて結構ですから。これ以上、自由の風さんに迷惑はかけられません。腰の縄をどうするかはお任せします」
***
結局、私の腰縄は外され、手はダビデを背負った形で拘束された。私の前後は疾風迅雷が固めている。時々落っこちてくるダビデを背負い直すのは大変だけれど、もう、一刻も早くギルドに着いて、査問でも審問でも受けて自由になりたい。
目深に被ったローブの下で私はそればかりを考えていた。
城壁でひと悶着あるかと思ったが、Aランク冒険者は伊達じゃないらしく、大して詮索される事もなく町に入れた。
無論、一直線にギルドを目指す。
ギルドに着くと、中にいた冒険者や受付嬢たちからの注目を浴びた。
「おかえりなさい! 疾風迅雷様、自由の風さん、下弦の月さん、それに、ティナ?」
見覚えのない組み合わせだからだろう、挨拶をするマリアンヌの声にも段々と不審が滲む。
「マリアンヌ、アンナか、ギルドマスターを呼んでちょうだい」
そんな空気をまったく気にせず、迅雷さんが宣言する。マリアンヌが動く前に、アンナさんとマスター・クルバが共に階段から降りてきた。どうやらアンナさんが呼んできたらしい。
「疾風迅雷、何事だ?」
相変わらず、動揺のまったく感じられない冷静な口調でクルバさんが口を開く。
「リーベ迷宮で゛スタンピード゛が発生しました。その報告と共に、現場にいた未成年冒険者、ティナへの審問を要求します」
アンナさんを始めとした、ギルド内にいた全員が目を剥く中、クルバさんだけは無表情だ。
「詳しく聞こう。全員、上に来い」
「お待ちください。ティナへの審問はAランク冒険者としてのものです。こちらのギルドとティナが懇意なのは聞きましたが、速やかに査問官を呼んでください!」
上に戻りかけたクルバさんを迅雷さんは呼び止め詰め寄る。振り向いたクルバさんの視線は絶対零度だ。
小さく脅すように「本気か?」と聞くが、迅雷さんの意志が変わらないと見ると、アンナさんに査問官を呼ぶように指示を出す。
「これでいいな? このギルドでの首席を呼んだ。すぐに到着する。上に移動するぞ」
そう言い捨てると今度こそ振り返らずに、階段を上がっていった。
沈黙の中、査問官の到着を待つ。ちなみにリックさん達に運ばれていたオオカミさんは、まだ目を覚まさないからカーペットの上に寝かされている。ダビデは、床に寝かせるのは嫌だから、私が背負ったままだ。ついでに手も縛られたまま。いい加減、解いてほしいな。感覚がなくなってきた。
「失礼致します」
しばらくすると、地味な灰色のローブを着た見るからに不幸そうなバーコードハゲのギリギリおじさんが入ってきた。
「では、審問を始めよう。
その前に、これは審問であり、査問ではない。当ギルドとしては現状で、ティナに対する査問が必要となる事実を確認していない。
この審問が、Aランク冒険者の疾風迅雷メーガンからの申告により行われる事を宣言する」
審問と査問って、どう違うんだろうね。なんでもいいけどさ。
「はじめまして、お嬢さん。
私はギルドの首席査問官です。査問官を知っていますか?」
柔和な笑顔を浮かべたまま、査問官は聞いてくる。私は緩く首を振り、知らないことを伝えた。
「そうですか、無理もありません。本来、私の存在は、成人した冒険者にのみ伝えられることですからね。では、少し説明します。
査問官とは、ギルドに害なす存在の罪を確定させる為の存在です。我々には、嘘は通じません。誤魔化しや、罪の押し付けもすぐにわかります。そんな沢山のスキルを所持した上で、訓練を積んで査問官になります」
厄介な存在が出てきたものだ。つい、顔に出ていたのだろう、私を宥めるように話を進めてくる。
「怖がらなくても大丈夫。
お嬢さんは今回、査問ではなく、冒険者同士の審問です。罪があると決まった訳ではなく、疾風迅雷殿が話していることが本当かどうか、確認する為の作業でもあるのです。
さて、少し時間がかかると思います。その背中のコボルドは下ろしましょうか?」
優しく私の手を外させようとして、縛られている事に気がついたのだろう。眉に皺が寄る。
「疾風迅雷殿、コレは貴女方が?」
部屋の隅、リックさんを初めとした冒険者達の1番前にいた疾風迅雷に問いかける。
「最初に縛れと言い出したのは、その子よ」
取り付く島もなく、迅雷さんが吐き捨てる。分かってはいたけれど、ずいぶん嫌われたもんだ。
「確かに、ティナは縛れと言った。だが、それはさっさと町まで帰って、危険と救援要請を知らせるためだ。迅雷殿がティナを信頼せず、移転を受け入れなかったからだろう」
今まで何を言われても口を開かなかったリックさんが、迅雷さんに反論する。迅雷さん、リックさんと見た査問官は最後にクルバさんを見て、ひとつ頷いた。
「双方に嘘は無いようですね。それでは、拘束を外します。手伝って頂けますか?」
「あぁ、わかった。ティナ、縄を切る。動くなよ」
査問官に指示をされ近づいてきたリックさんは、そう言うと縄を切った。長い間きつく拘束されていた手に感覚はなく、力も入らない。ダビデを落としそうになり、慌てて前屈みになり背中全体で支えた。
そっとダビデが持ち上げられたから、振り替えるとリックさんがダビデを抱き上げてくれていた。引き取ろうと手を伸ばしたその時、迅雷さんが呟く。
「そんな犬、落とせば良かったのに。人の腕に抱かれるなんて論外、カーペットも床も勿体ないわ。外の地面にでも繋いでおけば十分よ」
私の中で、耐えに耐えてきた何かがブツリと切れる音がした。
「いい加減にして!!
理由は知らないけど、私を嫌うなら嫌うで結構。
悪者にしたいならすればいい!
でもね、ダビデを悪く言うのは許さない!!
そもそも私は、リーベ迷宮なんて様子見にいく気もなかった!
ダビデに頼まれたから、面倒でも行ったの!!
オオカミさんを助けたのも、リックさん達を助けたのも、見捨てたらダビデが悲しむだろうから、自分がいるから私が戦えなくて見捨てさせたときっと自分を責めるだろうから!
貴女達、疾風迅雷と下弦の月を助けたのは、乗り掛かった船だから、一度手を出したことはやりきらないと駄目だから、ただそれだけよ!!
それを何?! 犬、犬って、確かにダビデはコボルドよ、種族奴隷よ!! でもね、その犬の善意に貴女は救われたのよ!!
私は自分が規格外の化物だと知っている。罵りたければ罵りなさい!! 存在を認めないと言うならそれでも構わないわ。
でもね、善意の存在を、借りのある相手を、貶めるような発言だけは絶対に許さない!!」
一息にそう叫んだ。興奮し過ぎて、頬に涙が流れる。制御し損ねた魔力が漏れ、髪を揺らしていた。
「ティナ、わかった。わかったから、落ち着け。大丈夫だ、誰もダビデを悪くなんて言わない」
肩で息をする私を宥める為か、低くゆっくりと言い聞かせてくる。この口調、何処かケビンさんに似てるな。
「お嬢さん、落ち着いて下さい。マスター・クルバ、今のお嬢さんの発言に、偽りはひとつもありません」
隅から、「わしらはついでかいな」と突っ込みが入ったけれど、今は相手をしていられない。私はグイとローブの裾で涙を拭うと、疾風迅雷を睨み付けた。
「うるさいわね、叫ぶんじゃないわよ。
たかが犬の善意に私が救われたと? ふざけないで」
この女。まだ言うかッ!




