ホワイトデーSSーある受付嬢の結婚
「本当は今日話すつもりはなかったんだ。でも、花も誓いのプレゼントも用意できていない駄目な俺だけれど、聞いて欲しい。
どうか、俺と……………」
そんな会話をしてから早1ヶ月。
今日はとうとうマリアンヌが設定した実家訪問の日だ。
「なあ、おかしくないか?」
今日、何度目かになる質問がニコラスの口から発せられる。
「何が? 大丈夫だよ。私服も似合ってる。それに防具姿でお父さん達の前に行く気だったの?」
朝から何度も問いかけられて、いい加減面倒になったマリアンヌは少し強い口調でそう言うと、恋人の腕を引いて玄関に立った。
「ちょっと待って。心の準備が……」
「もう! 約束の時間に遅れる方が大変でしょ。大丈夫、お父さんも普通だったし、お母さんも一緒だから」
グイッと袖口を引き、マリアンヌは中へと声をかけた。
「……お前か」
出迎えたクルバの冷たい視線を浴びて、ニコラスの背筋は凍った。対照的ににこやかな母親はニコラスを歓迎し、リビングへと招き入れた。
自家製だというお茶を出され、手作りの菓子を勧められる。
マリアンヌに肘でつつかれ、ようやく正気に戻ったニコラスは手土産をおずおずと差し出した。
「まぁ! ありがとう。これは私も夫も好きな物だわ。ねえ、あなた」
場を繋ごうと話す母親に同調し、マリアンヌも手土産についての思出話を披露する。
「…………少し、話したい」
「え? お父さん?」
「ニコラス君と少し話したい。マリアンヌ、お母さんと一緒に、替えのお茶を準備してくれないか?」
しばらく時が経ち、出されたお茶も冷めきった所で、淡々とした口調でクルバが初めての口を開いた。
「あのっ……」
「お父さん?」
怯える恋人をひとり父親と残す不安にマリアンヌは再度父親に呼び掛ける。
「……分かったわ。でも、あなた、約束は忘れないでね」
クルバがチラリと妻と視線を合わせる。仕方がないと言うようにため息をついた母親は、動揺する娘を連れて外に出た。
「………………」
「……………………」
「あの」
「おど」
二人の声が重なり、気まずい思いに視線を反らせた。
「…………驚かせてくれるな」
改めて咳払いをし、話し出したクルバをニコラスは神妙な面持ちで見つめた。
「いつからだ?」
「は?」
「いつから娘と付き合っていた?」
殺気が篭った視線で射抜かれて、ニコラスの喉がなる。
「二年前です。ここが襲われたすぐ後に、ティナの事で仲良くなりました。スカルマッシャーのメンバーは知りません」
「当然だ。知っていて隠していたならば、ヤツラをシメる」
キッパリと言い切るクルバに二の句が繋げないニコラスは背筋を伸ばしたまま固まった。
「…………マリアンヌとは正式に結婚する気か?」
「もちろんです! 俺は孤児で頼れる肉親もいません。マスター・クルバが心配するお気持ちも分かります。
でも、俺は本気でマリアンヌを、娘さんと一緒になって生きていきたいと思っています。
どうか、結婚を認めて下さい!!」
突然立ち上がり深々と頭を下げるニコラスを見詰めていたクルバは、ひとつ深いため息をつくと座るようにと話す。
「マリアンヌは生まれたときからこの家を出て生活したことはない。職場も俺の影響力が強いギルドだった」
「はい」
「教育は妻に任せていたが、荒くれ者が集うギルドで大きくなったせいかお転婆なところもある。ついうっかりをやらかすことも多い。
家事は一通り出来ると思うが、得意とは言えないだろう。
それでも……」
「そんな事はどうでもいいんです! 俺はマリアンヌだから結婚したいんです」
「周りから何を言われるか分からん。ギルドマスターの娘を冒険者が娶るんだ。嫉妬で陰口を叩かれることもあるだろう」
「覚悟の上です」
「危険な職業である冒険者稼業を続けながら妻を娶る気か? お前が死ねば娘が哀しむ。それを俺が許すとでも?」
「確かにマスター・クルバからしたら、俺はまだまだ危なっかしいヒヨッコかもしれません。でもだからこそ、どうかお願いします」
「そこで絶対に死なないとは言わないのか?」
「出来もしない約束はしません」
「それで俺が結婚を認めないと言っても」
挑みかかる様な視線で自身を見詰める若者に、クルバは若い日の自分を見たような気がした。そして脳裏に昨日妻に約束させられた内容が甦る。
「…………分かった。娘を頼む」
深々と頭を下げられて、逆に動揺するニコラスは喜ぶ所ではない。
「まあ、このタイミングで娘の婚礼が決まるのは正直ありがたい」
「え?」
「なんだ聞いてないのか?」
不思議そうにしているニコラスに、クルバはごく当然の事として爆弾発言を投げつける。
「近々、俺は罷免されるからな。
マリアンヌもクビになった男の娘ではギルドに居づらいだろう。次のギルドマスターの元パーティーメンバーの妻の方が外聞も良いだろう」
「え?」
「何を呆けている。冒険者は柔軟にかつ瞬時に状況を判断しなくてはならない。鍛え方が足らんぞ」
呆然としているニコラスはクルバに叱責されて、ようやく口を開いた。
「あの、罷免ですか? それにその言い方だと次のギルドマスターはスカルマッシャーの誰かなんですか」
「妻もマリアンヌに話しているはずだ。身内になるなら隠す必要もないだろう」
「何でっ?! 何故ですか?!
何故マスター・クルバが罷免されるんですか」
突然の話に身を乗り出したニコラスを睨み落ち着かせ、クルバは静かに口を開いた。
「二年前にこの土地は魔物に包囲された。デュシスも滅びかけた。誰かが責任を取らねばならない」
「ですが、マスター・クルバはこの土地を守り、この二年、建て直しに奔走されていた。獣人の国から捕虜達が戻されたのを保護したのもマスター・クルバだし、職にありつけない難民達を見習い冒険者として抱え込んだのも貴方だ」
「だから何だと? 俺は本来なら二年前に罷免されるはずだった。だがギルド本部の温情で今まで処罰が保留されていたに過ぎない。
この街のギルドからも追放されることになる。デュシスにもゲリエにも俺の居場所はなくなるだろう」
「そんな……」
「妻は気にするなと言うが、せめて娘だけには苦労をかけたくはない。ニコラス、娘を頼むぞ」
「いつなんですか」
「春だな。次のギルドマスターの推薦が許されたから、スカルマッシャーのケビンを推薦した。本人も肉体の最盛期は過ぎたと自覚していたから、何とか承諾して貰えた」
「え? ケビンさん!」
「ジョンやマイケルがどうするのかは知らないが、サーイ神官には何度も軍神殿より復帰の打診が来ていただろう。今回は断りきれないと覚悟を決めたようだぞ」
後で確認して見るといいと言われたニコラスはショックを隠しきれないでいる。
「……そんな」
「ニコラス、お前もギルドに入る気はないか?」
「え?」
「若い連中の教官として、冒険のイロハを教えてやって欲しい。Aランクが半壊するとなると後進の育成が急務だ。
駆け出し達へのサポートも強化しなくてはならないだろう。
なに、すぐに返事をしろとは言わない。娘と相談し、仲間と話し合って決めてくれ。
俺かケビンなら、君を冒険者ギルドに迎え入れる力もある」
席を立ち、話は終わりだと態度で示すクルバは部屋から出ていってしまった。入れ替わる様に顔色を悪くしたマリアンヌが入ってくる。
「ニコラス……」
「マリアンヌ」
お互いに聞いたかと探り会う視線が交じる。
「…………大丈夫だよ、マリアンヌ。マスター・クルバならば何処へ行ってもうまくやるさ」
マリアンヌの顔を見て、自分が動揺していることは出来ないと切り替えたニコラスは慰める為に肩を抱く。
「うん……そうだね。そうだよね。
もう、お父さんったら。自分が娘さんを下さいされて驚かされるだけなのがイヤだったんだね。
こんなビックリすること隠してたなんてさ」
泣き笑いの顔でそれでも気丈に振る舞うマリアンヌをニコラスは見つめた。
「結婚の準備を急ごう。ご両親に見て貰うんだ」
「うん! 頑張ろうね」
そんな決意を語る二人を、柔らかくなりつつある日差しが照らしていた。




