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バレンタインSSーマリアンヌ(本編四章開始直前)

「マリアンヌ、まだ作っていたの?」


「うん、お母さん。明日は大切な人に贈り物をする日でしょ。だからみんなの分を作っていたの!」


 年頃になっても無邪気な笑みのまま元気に笑う娘の顔を見て、母親もまた微笑んだ。


「そう、なら頑張ってね。

 マリアンヌもそろそろ誰か本命の人はいるのかしらね? そうなら最初に私に話してね。お父様やクルバの対策を練らなくちゃ」


 冗談めかして笑う母親の顔を見て、マリアンヌは頬を膨らませた。


「もう! お母さんったら!!

 私だってもう20歳よ? 本当なら独立してなきゃおかしいんだから!! そりゃ、ゲリエからの独立騒ぎや立て直して忙しかったのはあるけれど、もう子供じゃないよ」


「そうね、もう素敵なレディだものね。

 ……そんな素敵なレディさん、焦げた匂いがしている気がするのは私だけかしら?」


 視線の先には竈があった。今日だけでも何度も使われているそこから、白い煙が漏れていた。


「え? あ! キャー!!

 大変!! 手伝って!!」


「くすくす。はいはい」


 甘い薫りの充満する家に、騒がしくも暖かい空気が満ちていた。






「ようこそ! 独立都市デュシスの冒険者ギルドへ!!」


 今日も今日とて、元気な声が響く。


「あ、お帰りなさい。依頼は無事に?」


「は、はい!! これ、依頼品です!!」


 駆け出し冒険者が緊張しながら差し出す薬草に、マリアンヌは目を凝らした。先輩たちに習って一人前の認定は受けたけれど、油断をするとついうっかりが出る。


 納品の鑑定が終わったマリアンヌは、そんな真剣な眼差しに怯える駆け出しにニッコリと笑いかけた。


「確かに質もいいし、よく集めてくれたね!

 ありがとう!! 確かに依頼の達成確認しました。あと、今日は特別、これもあげる」


 微笑みと同時に差し出されたのは、可愛らしくラッピングされた焼き菓子だった。微かに甘い香りが漂っている。


「あの、これ」


「冒険者ギルドに所属してくれてありがとう。いつも頑張ってるし、これからもよろしくって意味で食べてね。手作りだけど味は大丈夫だから」


 お姉さんの表情を浮かべたマリアンヌは、そう言うと菓子を手渡し、次の冒険者の対応へと意識を切り替えた。


 受付嬢の微笑みに熱を上げ、突つき合って誰かアピールしろと譲り合う少年達を遠巻きにベテラン達は笑って見ていた。



「おー、マリアンヌのお手製か? 楽しみだな」


「もう、ジョンさんったら。去年もあげたでしょ。茶化さないでよ」


 夕方近くになってギルドに現れたスカルマッシャーは手渡された甘味に目を細めている。


「だってよ、最初を思い出せよ。

 あの炭……」


「ジョンさん! 没収!!」


 プレゼントを回収しようとカウンターから身を乗り出すマリアンヌの腕を華麗に回避したジョンは悪びれない笑みを浮かべたまま謝罪している。


「ジョン、あの時マリアンヌはまだ8つです。今と比べては可哀想ですよ」


「あの……」


「ああ、サーイ殿はご存じないのですね」


「サーイ殿は冒険者になってまだ3年だからな」


 年長組のスカルマッシャーは顔を見合わせて頷く。それを笑って見ていたのは、ニコラスだった。


「サーイ、マリアンヌさんはギルマスの娘さんだから、昔からよく冒険者ギルドに顔を出していたんだ。だから、今日みたいな日は俺達女っけがない冒険者達にこうしてプレゼントをくれることが多くてさ。

 最初は母上と作られていたけれど、それはもう何と言うか……」


「ニッキー」


 言葉を濁したニコラスにマリアンヌから地を這うような声がかかった。


「あ、ごめん、マリアンヌさん」


「もう。ニッキーにはあげない」


 プンプンと怒りを振り撒きながら渡されたプレゼントを取り上げられた。


 必死に謝るニコラスだったが、プンプンと怒ったマリアンヌはそのまま次の相手に向かっていってしまう。


「残念だったな、ニコラス」


「まったく、口は災いの元ですよ?」


 年長組に諭されてガックリと肩を落として去るニコラスの背に、古参の冒険者からの慰めの声がかかっていた。









「……さっきはゴメンね」


「いや、いいよ。バレたら大変だからな」


「うん、お母さんには付き合っている人がいるってバレてるっぽいけど、お父さんにはまだ気がつかれていないから。普通なら気がつかれていると思うのに……何だか最近忙しいみたい」


 今日は少し遅くなっても大丈夫と笑うマリアンヌの肩を抱き寄せて、ニコラスはため息をついた。


「マスター・クルバか。難敵だよ」


「あはは、頑張って。私も頑張るから。あ、ニッキー、ちょっと離して」


 するりと腕から逃れたマリアンヌをソファーに座ったままニコラスは待った。

 スカルマッシャーの一員となり、ようやく手に入れた貸家だ。狭いが居心地のよいその住まいに恋人がいる。それだけでニコラスにとっては夢のような時間だった。


「ふふ、はい、これ」


 慎重に差し出されたのは、リボンをかけられた箱だった。開けてみてと急かすマリアンヌに返事をしてニコラスは包みに手をかけた。


「……え、やっぱりマリアンヌ、まだ怒っているのか? これ焦げ……」


 目の前に黒に近い茶色の塊が現れて、目に見えて落ち込みながらニコラスは尋ねた。


「もう! なんでそうなるのよ!!

 これは商業都市から、ニコラスの為に取り寄せたチョコレートを練り込んだの!! 疲労にも効くし、健康にもなれるフルーツなんだよ」


「俺の為?」


「大好きだよ、ニコラス。だからニコラスの為だけに特別に一生懸命作ったの。ねえ、一緒に食べよう」


 満面の笑みで好意を伝える相手の顔を見ていたニコラスは真っ赤になって下を向いた。


 そのままブツブツと何かを話している。


「何? ニッキー。お姉さんに話してみて」


 昔のように一歳違いを意識させるように話すマリアンヌをニコラスは下から覗き上げる。


「……不意討ち禁止」


 不服そうなニコラスを宥めるように抱きついて、マリアンヌは顔を首筋に埋める。


「赤くなった。可愛いなぁ。私よりずっとおっきく強くなったのに、ニコラスはそう言うところ、変わらないよね」


 しばらく抱き合ってから、お茶を入れて二人でケーキを食べた。茶色いケーキは思いの外甘くほろ苦いものだった。


 口の中に残る余韻をお茶で流しながら、ニコラスは覚悟を決めてマリアンヌに話しかけた。


「なあ、マリアンヌ。頼みがある」


「うん、何?」


「マスター・クルバに、いや、お父さんに会わせて欲しい」


 思いがけない願いに、マリアンヌはキョトンとした表情を浮かべ固まった。ゆっくりと確実に赤くなっていくマリアンヌを、ニコラスは真剣な表情で見つめている。


「……うん、良いけど。

 ねぇ、ニコラス。その前に私に言うことはないの?」


「…………ある。誤魔化そうとしてごめん」


 すっと立ち上がり跪くニコラスを、腕を祈るように組んだマリアンヌが見つめる。


「本当は今日話すつもりはなかったんだ。でも、花も誓いのプレゼントも用意できていない駄目な俺だけれど、聞いて欲しい。

 どうか、俺と……………」







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