メントレの事情(132話裏話)
沢山のモニターに囲まれた部屋の中に、拍手が鳴る。ただ一人で手を叩いているらしく、疎らなパチパチと言うものだ。
「お見事。流石、勇者とプロトタイプだ」
部屋の一角にある豪華なソファーから、満足げな声が響いた。
「そうだろ?! さすが、ハルトだよ!!」
「メントレ様……、ユリさんは大丈夫でしょうか?」
大写しになったモニターを見ながら、二人の妖精は口々に話した。一人は嬉しそうに、誇りと自信をみなぎらせている。もう一人は心配そうに、立ち尽くす少女を見ていた。
「はは、勇者の剣に神殺しの力を授けたのは正解だったな。複雑に絡まった境界もあの剣でなら分離可能だ。流石は、俺だな」
「うふふ、相変わらず悪いオトコだねぇ」
満足そうに笑うメントレの後ろに、突然痴女が現れ、メントレを背後から抱き締めた。そのまま耳許に唇を寄せて囁く。
「自分の痴話喧嘩の始末を、まさか客人である魂にさせるとは。それを知ったら、天照様はどう思うのかしら?」
「ウブメか。何の用だ?」
わざと耳に息を吹き込まれても動揺することなく、メントレは現れた半裸の痴女を冷静に見つめた。
「ウチの上司から貸し出し中の魂たちを確認して来いって言われましてね。そうしたら、元カノがボコられたのに、笑って見つめる悪いオトコを発見しただけだよ」
「誰が元カノだ」
二人の妖精へ席に戻るように指を振りつつ、メントレはウブメを睨んだ。
「あの子さ。自分の世界が壊れかけて、アンタに助けを求めたんでしょ? 結果、メントレ様の世界とあの子の世界は入り交じった」
「ふん、認めてなどいない。ある日突然、押し掛けて来ただけだ。あの調和した美しい世界に異物は不要。世界の一部となった地母神が望むなら、下位の神として認めても良かったがな。何をトチ狂ったのか、夫婦になっての共同統治を望んできた。しかもあの世界だけではない。俺が管理する全ての世界をだ。
そもそも、あいつの世界が壊れたのだって、面白半分に勇者や聖人を作り、復活を認め、脅威となる生き物を放置したツケだろう。何故、俺が助けねばならん」
「相手はそうは思ってないんだろ、この色男。
天照様も、ヘラ様も、アルテミス様すらも、メントレ様を憎からずと思っている。
だから魂の貸し出しにも応じた。それも、適性値が高い、極上の変態民族の魂をだ」
「先を争って貸し出してくれた事には、感謝している」
噂で聞いていた異世界転生をやると宣言したメントレの周囲で起きた、美しい女神達の喧嘩を思い出し、遠い目をしながらメントレは答えた。
「ふふ、それで、色男殿、感想はどう?」
「思いの外楽しめている。そして、役にもたつのだな。同僚達がハマるのも分かる」
「そうかい、そうかい。なら良かったよ。私の上司も喜ぶだろう」
「用件はそれだけか?」
「ああ、そうさね。では、あまり長くいるのも悪いから、これで帰らせて貰うよ。……ああ、いけない。天照様からのご伝言を忘れていた。
メントレ様、お楽しみ頂けているのならば、望外の喜びです。次にお会い出来る日を一日千秋の思いで、お待ちしています。だそうだよ。頬を赤らめてお話になる天照様の可愛らしい事。罪作りだねぇ」
「承知した。次の会議には参加する。その時にお逢いしようと伝えてくれ」
「はいな。所で、その前に置いてある魂は何に使うんだい?
3つ全て、メントレ様の世界のモノだろう」
帰りがけ気になった様に、ウブメと呼ばれた女はメントレの目の前に浮いている魂を指差した。
「ああ、これか? 勇者と試作品への褒美だ。気にするな。まぁ、軛でもあるが……」
「……おお、怖っ。私の様なしたっぱには、上位の神々がお考えになることは分からないよ。あなた様の世界では、復活は禁忌だと記憶しているんだけどねぇ」
何かしら良くない予感に震えながら、今度こそウブメは自身の世界に帰っていった。
「……メントレ様」
「神様!! 何を考えてるんだよ!! ハルトをイジメたら許さないからね!!」
ウブメが消えると同時に、妖精たちがまた、メントレの所に戻ってきた。そして、一方は気遣わし気に、もう一方はあからさまにメントレを非難する。
「まあ、そう怒るな。コレを贈るのは、やつらにとって喜ばしい事のはずだぞ?
さて、勇者は神殿に来そうだな。ユリは……相変わらずか。全く、何故、あいつは何かあったら神殿に来ると言う発想がないんだ」
モニターを確認し、メントレは立ち上がった。
「メントレ様?」
「勇者と直接話す。クスリカ、供をしろ。
ハロ、お前はユリ番だ。プロトタイプが暴走するようなら、連絡を寄越せ。ついでに寄ってこよう」
浮かんでいた3つの魂の内、2つを手に取り、メントレは神としての命令を発した。
上位神からの命令に逆らえない二人の妖精は、態度を改めてその命令を果たすために動き始める。
これが、調律神の世界を救済する為の一手となることを、メントレだけが知っていた。




