100話記念SSー月夜の晩に(裏)
ティナが出ていった扉をしばらく見つめていたダビデは、主人が戻ってこないことを確認すると、キッチンへと戻った。
「ダビデ、いるか?」
「あ、ジルさん! 何かありましたか?」
「いや、ティナは月見とやらに出かけたのか? 一体何が楽しいんだが、分からないが……」
秋は月見だ。こんなキレイな晩はなかなかないから、ダンゴでお月見しなきゃと、よく分からない事を騒いでいた主を思い出し、ジルベルトはダビデに尋ねた。
「はい。美味しいのかどうか分からないソースがかかった短いパスタを持って、お出掛けになりました。今日は遅くなるから、各自休んでいるようにとのご指示があります」
洗い物をしていた手を止め、ジルベルトに向き直り、ダビデはティナからの伝言を伝えた。起きて待ってることないからね! ちゃんと寝ててよ!! としつこいほど何度も話し、ティナは夜の空に消えていったのだ。
「……そうか。ならダビデ、少し飲まないか? いつもはティナが飲めないから、こういうことはしないが、ご主人様もいないなら構わないだろう」
「え、あ、はい。喜んで! なら何か摘まめるものを作りますね」
そうしてダビデとジルベルトが小規模な飲み会の準備をしているところに、オルランドが通りかかり、リビングで留守番の全員が集まった飲み会を開催することになった。
「ふふ、宴席など久し振りですね」
「そんな宴席なんて上等なモノじゃないです。夕御飯も込みですから少しはお腹に溜まるものも作りました。お口に合わなかったらゴメンなさい」
目の前に並べられたツマミの数々に、顔を綻ばせるアルへとダビデが頭を下げる。
「だがな、犬っころ。なんでまた飲み会なんだ? 唐突だろう。気分としては、大歓迎だが。ここの生活は潤いが無さすぎる」
オルランドはさっさと強い蒸留酒に口をつけながら、ジルベルトに問いかけた。
「だれが犬っころだ。俺は狼だぞ。
まぁ、主人が下戸だと飲む機会もほぼないからな。せっかく買った酒がある。なら、楽しんでもいいだろう?
それより、先に飲むな」
内心を気取られない様にジルベルトは表情を取り繕いながら、オルランドに話す。出掛ける前に、今日は遅くなるから、良かったら飲み会でもして交流を深めてはどう? きっと楽しいですよ! と無邪気に進めた主の笑顔が浮かぶ。
「ふふ、そんな気分の時もありますよね!
ボクも今日は飲みます!!」
普段は片付けがあると滅多に飲まないダビデもまた、グラスに並々と注いだワインを持ち上げた。
そのまま、しばし時が流れる。最初は当たり障りのない会話に終始していたが、酒が入り全員良い気分になってきた所で、話題は少々際どい所へとシフトし、そして現在の所有者であるティナへと変わっていった。
「……ティナの、あの警戒心のなさは、なんとか出来ないだろうか?」
酒のせいか、本来の高位貴族の口調となりかけているアルが、口火を切る。
「警戒心? 有りまくりでしょう。何なのですか、あの怪生物は」
「オルランド? ご主人様を愚弄するなら覚悟しろ」
「そうです! そうです!! ティナお嬢様は、凄いんです。優しいんです。強いんです。いくらオルランド様だと言っても、お嬢様をバカにするなら、ボク、許しません!!」
ジルベルトとダビデに責められて、オルランドは口を閉じ、誤魔化す様に酒を一気にあおった。
「オルランド、私も確かにティナはかなり変な生き物だとは思う。そこは否定しない。だが、私が警戒心と言ったのは、そう言うことじゃない。
我々に対する警戒心だ」
「ボクたち?」
「ああ、ダビデは当てはまらないかもしれないな。
だが、私にしろ、ジルやオルランドにしろ、成人男子だ。性的に未成熟というわけでもないのに、まったくの無反応。もう少し、警戒心を持って貰えると嬉しいとは思わないか?
特に、娼館でのあの対応……」
アルフレッドがポツリとこぼしたその一言で、全員の脳裏にあの時の事が鮮明に思い出された。
着替えをするからと話す主人を待つため、廊下にでて待機していたら、扉が開き、軽い口調で奴隷の一人を呼ぶ。着替え終わったのかと思い、そちらに視線を向ければ、ドレスを羽織り、胸元を片手で押さえるだけの格好で、呼び掛けていた。これが年端もいかない少女ならまだ分かる。だが、相手は今年成人を迎える大人になりかけた少女だ。後ろを締めてと頼まれたダビデのパニックは同情を禁じ得ない。
「……ここで着替えていた時もな」
顔を赤らめて、ジルベルトが補足をする。
「あのときは、完璧に中身が見えていたからなぁ。日々成長している様で何よりだが……確かにどうにかして欲しい」
オルランドが酒のグラスを覗き込みながら、呟いた。すけこましと呼ばれたオルランドでも、どうかと思うらしい。
「そこは認めます。お嬢様は無用心です」
「中身はどうあれ、なまじ可愛い分、質が悪い。下半身直撃だ」
この中で一番すれているオルランドがあからさまな表現をした。不快そうな表情を浮かべつつも、周囲にいるメンバーも否定はしない。
「化粧をして、可愛らしいワンピース姿のティナ様は、王都でもいないレベルの美人ですから」
「種族を超えた美貌……だろう。あれはマズイ」
「そうだなぁ、一戦交えたいな」
「?? 確かにお可愛らしいとは思いますけど、そんなにですか?」
ダビデだけが、キョトンとして周りの仲間達を見た。
「そう言えばダビデは、時々怪生物の抱き枕になっているが、何も感じないのか?」
「え……」
オルランドに問われ、あからさまに動揺し始めたダビデを面白がって全員が弄りだした。
「おや、何かあるらしい」
「何があった? まさかとは思うが、一線を超えた訳では……」
「チ、違います!!
お嬢様に、全身くまなく触られるのが気持ちいいとか、ボクを後ろから抱き締めて眠るから最近は温かい他に柔らかいとかじゃなくて。お休みになってるお嬢様の睫毛が長いとか、寒くなるとボクの体を強く抱き締めて、頭も布団に潜ってくるから、時々唇が当たるとか、考えてません!!」
「ダビデ、そんな事をされているのかい?」
「おやおや、そんなに眠っていて淋しいなら、声をかけてくれれば良いものを……。恥ずかしがっているなら、襲ってしまうか」
「オルランド、それは許さない」
「おや、アルフレッド様、目の色が変わっていらっしゃいますよ。ああいった者がお好みでしたか? ならば、手練手管を身に付けさせて、寝所へ」
スパコンと音をたてて、ジルベルトのスリッパが振り抜かれた。狙いはもちろんオルランドだ。
「犬っころ、痛いぞ」
「当然だ。それよりも、ご主人様を襲う事など許さん。もしやるなら……」
酒の影響もあり、本気の殺気を放ち始めたジルベルトに釣られるように、オルランドも戦闘体勢をとる。
オロオロと二人を見つめるダビデを守るように、アルフレッドは位置を変えた。
「あの、アル様?」
「ふふ、ストレスの発散は必要だろう?
じゃれているだけだ。心配することはない。それよりもダビデ、我々は我々で楽しもう」
手酌で酒を継ぎ足したアルは、グラスを掲げ、唄い出した。
故郷を離れる戦士が、思い出だけを共に、勇敢に戦う事を誓う歌だ。ゲリエの国では有名な曲だからこそ、アルフレッドの技量がよく分かる。
素手での闘いから、いつのまにか得物を抜いての勝負となっているジルベルトとオルランドを見物しながら、二人はまったりと、酒を楽しんでいた。




