SSー冒険仲間が恋愛脳過ぎてツライ (本編52話前後)
悪辣女王裏話に投稿済みのSSです。
――……ある日、娘に冒険時代の話をせがまれた。
「ねぇ、お父さん、今日広場で吟遊詩人が『狂愛』の恋愛譚を唄っていたの!!
お父さん、元は一緒のパーティーだったんだよね? ねぇ、普段のお二人ってどうだったの?!」
年頃になって、そう言った話に目がなくなった愛娘にどうやって逃げようかと思う。
「お母さんに聞きなさい」
あの二人の話なら妻も知っている。冒険パーティーではなかったが、何度か泊まりがけで女子会もしていた。話題には困らないだろう。
「えー、お母さん? お母さんも知っているの?」
「あぁ、ほら、もう少しでポーション作成も終わるだろう。行って話を聞いてくるといい。お母さんは『血塗れの聖女』と特に仲が良かったからな。きっと楽しいぞ」
はーい。と間延びした返事をして部屋を出ていく娘を見送る。
何とか逃げることに成功した。あんな恋愛脳達の話を年頃の娘に聞かせるなんて、どんな拷問だ。羞恥で死ぬ。
****
「ヴィア! 今日こそパーティーを組んでくれ!!」
「イヤ」
冒険者ギルドの中に少年の声とにべもなく断る少女の声が響く。ここ最近の恒例行事となったやり取りに、周りの大人達から冷やかされる。
「どうして!」
「なんとなく」
粘る少年に切り捨てる少女。初めて少女がこのギルドに現れてから毎日続くやり取りだ。
「お前ら、いい加減にせい。フェーヤ、口説くなら他所でやれ。パーティー勧誘ならしつこくするな」
「だけどっ!!」
「うるさい。冒険者は自己責任。パーティーを組むのも、ソロでやるのも自由だ」
騒ぎすぎて目を付けられたのか、受付嬢ではなく内勤の元冒険者が最近では対応するようになっていた。
「フェーヤ、依頼だがこれでどうだ?」
すっかり慣れた騒ぎを気にせず、依頼掲示用のボードを見ていた仲間の少年が戻ってきた。
「クルバ、聞いてくれ!! ヴィアが冷たいんだ! オレはどうしたらいい!!」
「なにもするな。それよりも依頼だ。金がマズイ」
冷たく返す仲間を絶望の表情で見て、沈み込む。
「そんな、ヴィアが、もし、無理な冒険をして怪我でもしたらと思ったら夜も眠れない」
「だから、護衛任務についている昼に昼寝か?
それに、俺達よりもヴィアのほうがランクも高いんだぞ。まずは追い付くことが先決だな」
「そうだそ、フェーヤ。女は強い男に憧れるってもんだ」
宥めるクルバに乗っかり、うやむやに済まそうとするところまでが、毎日の流れだった。
「分かったよ! なら、ヴィア、待っててくれ!!
絶対に君に相応しい男になって見せる!!」
ビシッと虚空を指差し、そう宣言するフェーヤを周りは囃し立てた。だが、当のヴィアはさっさと依頼を受けて、ギルドを去っていたのだった。
そんな一方通行の好意を何とか実らせた友人を、クルバが祝福したのもつかの間、それ以上に頭の痛い問題が起きる。
「ヴィア! 危ない! 俺の後ろにいてくれ! 君が怪我をしたら俺は!」
「うるさいわね! 私に指図しないで!!」
毎度の事ながら、この恋愛脳どもは……と思いながらも、ただひとり冷静にクルバは戦況を確認する。
敵は、ノーマルゴブリン四匹。正直に言えば雑魚だ。ここで揉める必要は全くない。ゴブリンごとき、ヴィアひとりで何とでもするだろう。
「あのなぁ、お前ら。言い争うな! イチャつくなら他所でやれ! その方がよっぽど危ない!」
未だにごちゃごちゃと揉めている二人を一喝して、クルバは前に出た。雑魚を見据えて、武器を抜く姿を見て、ようやくスイッチが入ったと思われる恋愛脳二人も、顔つきが変わる。
………
……
危なげなくゴブリンを倒し、ドロップ品を回収したところで、クルバは二人に声をかけた。
「お前ら、何を考えてるんだ? フェーヤ、お前は前衛だろう。ヴィアを守ろうと突出するな。ヴィアもだ、接近戦も出来るとはいえ、本職は魔法だろう? 危機でもないのに、前線に出るな」
「だがクルバ! 万一にもヴィアが怪我をしたらッ!!」
「フェーヤだけに負担をかけるわけには行かないわッ!! 私だって戦えるもの!」
即言い返してくる二人を睨み付けて、クルバは無意識に足を踏み鳴らした。
「この恋愛脳ども!! 冒険者なら、危険は覚悟の上だろう。自分が勝手な動きをすることで、危険が増す事に気が付け!
今は雑魚相手だからいいさ! だが、本気でヤバい相手なら、お前らの判断でパーティーが全滅するぞ!!」
本気で怒るクルバを見て二人とも不味いと思ったのか、小さな声で謝る。それを見て、クルバも一つ鼻を鳴らすと、先に進もうと先頭に立って歩き出した。
「フェーヤ、さっきはごめんなさい。でも、私だって戦えるわ。守られているばかりなんて、イヤよ。私もフェーヤの横で戦いたい」
照れながらもそう言い、自分の袖を軽く握り訴える恋人を見て、フェーヤは笑みを深くした。
「ヴィア、俺の怪我なんかどうだっていい。君が傷ついたり、悲しい想いをしたりするのが嫌なんだ。
可愛いヴィア、意地っ張りで何でも自分でやろうとする君も可愛いとは思うけれど、少しは頼ってくれ」
「フェーヤ、もう、そんな風に言われたら、はいと言うしかないじゃないの」
聞くともなしに聞こえてくる、後ろの甘ったるい会話を振り切る様に、クルバは足を早めた。
…
……
「って事があったんだ。冒険仲間が付き合い出してから、甘すぎて辛いんだ。どうしたらいい?」
任務達成報告を受付嬢にしている時に、起きた事を説明しつつ、クルバは切々と訴えた。
「あはは、クルバ君も大変ね。ヴィアちゃんも可愛いし、フェーヤ君も格好いいもんね~。お互いに周囲に対する牽制の意味もあるのかな?
御愁傷様。どうしても、甘いのがイヤなら、クルバ君もおねえさんと付き合ってみる? 見せつけちゃえ~」
豊満な胸を強調するように身を乗り出して、ウインクする受付嬢を呆れた目で見つつ、クルバは親指で後ろを指差した。
「なぁ、アレを見ても、そんな風に気楽に言えるのか?
女は恋愛話が好きだとは聞いていたが、アレはありなのか??」
受付嬢はクルバの身体の影になって見えなかった、仲間達を見て我慢しきれず吹き出した。
「フェーヤ、これ、大切な人に今日花を贈ると、幸せになれるって聞いたの。だから、貰ってくれる?」
「ヴィア、ありがとう。君から貰った花は一生大事にする。
この花は、外で休憩の時に摘んでいた花だね。君の様に可憐で美しい。……愛してるよ」
そこまでの一連の流れを見てから、クルバは油を指していないブリキのオモチャのようにぎこちない動きで、受付に向き直った。
若い恋人たちに当てられた受付嬢を、完全に据わった瞳で見据えながら更に訴える。
「あの花、採集任務のものなんだ。今日は、聖なる日、恋人や家族に愛を伝える日だろ? 本来はその納品になるはずのものを、あの恋愛脳どもは私物化している。
なぁ、ギルドとしてアレはありなのかッ!?」
「まぁまぁ、一輪くらい良いじゃないの。
あの花は、確かに縁起の良いものだもの。ほら、クルバ君もそんなに目くじら立てないで。
任務達成、お疲れ様ね」
「あぁ、疲れたよ! 道中はコイツらのノロケを聞かされ、採集中は一番良い花はお互いに贈るとかふざけた話を聞かされ、帰りは帰りでさっきのやり取りを何回聞かされたと思う?!
冒険仲間が恋愛脳過ぎてツラい! 一体、どうしたら正気に戻るのか、誰か教えてくれ!」
最後はキレて叫ぶクルバに同調するように、居合わせた独り身の冒険者達からも悲鳴が上がった。
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……マリアンヌには、決して話せないエピソードだな。今でも、あの頃のアイツらは理解不能だ。若さとはあんな事を言うのかもしれない。
今でこそ、「真実の愛を貫いた『狂愛の妖精王と血塗れの聖女』の伝説」として、年頃の町娘たちには絶大な人気を誇っているザーガだが、リアルタイムでヤツラと付き合った俺からしてみたら、迷惑以外の何物でもない。
最近、あの恋愛脳達の一人娘が町にやって来た。どちらに似たのか知らないが、恋愛のレの字もない現実主義者だ。その癖、妙な所で抜けている非常識娘。親が恋愛脳だと、娘は違くなるものなのか?
親にしろ、娘にしろ、迷惑度合いは似たようなモノだが、ティナが成人を迎える前には、あの恋愛脳達の話をしてやらなくてはいけないと思っている。
……気は重いが友人としては、戦友であり仲間の真実を伝えてやらなくてはならないだろう。
なぁ、フェーヤ、ヴィア。
お前らはなんで実の娘に、一言も過去を語らずに逝ったんだ?
最後の手紙を成人までティナに渡さず預かれって、我儘過ぎるだろう。
あの非常識規格外娘は、順調に、訳の分からん仲間を増やしている。まぁ、迷惑ついでに、成人までは力の及ぶ限り守るが、それでも、ひとつだけ言わせてくれ。
『……なぁ、冒険仲間が恋愛脳過ぎて、やらかした結果が辛すぎるんだが、俺は一体どうしたら良いんだ?』




