表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/250

21.スタンピード




 転げ回る獣人に近寄りながら、ダビデに声をかける。


「とりあえず、鎖と首輪を外すよ! 手伝って!!」


「お嬢様! ムダです!! この人が奴隷で主が死んだなら、隷属魔法を上書きしないと!!」


「奴隷?!」


「そうです! ボクら獣人はこの国では、種族奴隷です!!」


 周りの溢れる魔物に怯えて、震えながらも必死に伝えてくる。魔物の中でも知恵のあるモノ達が、投石や魔法攻撃等で防御壁を壊そうと試みていて騒がしい。


 ああ、もう!仕方ない!!


 ー…鑑定!!


 名前:ジルベルト(♂)

 年齢:18才

 職業:戦争奴隷(主人死亡)、戦士

 レベル:42

 ………


 オイ!! ダビデ正解?! なら、初期登録になっていると言う、主が死んだら奴隷も死ぬとかいう状況ってこと??

 しかも特殊奴隷?! 勘弁してくれ!!


 見捨てるかどうか、一瞬悩んだ。

 見捨てた方が後々も、今も楽なのは分かっている。

 だけど……、すらりと伸びた鼻筋、ピンとたった耳、苦悶に悶えながらも精悍な顔。


 なんでよりにもよって、犬属、しかも転生前に見かけたオオカミ少年の面影を残してんのよ!

 家族? 子孫? ご先祖様??

 本人ってことはないと思う。でも、一度関わったワンコが不幸になるなんて、許せるわけないじゃない。しかも、見ている間にも力なく開いた口から、だらりと舌をはみ出てきて。

 自他共に認める犬馬鹿に何てもの見せるのよ!出来る事なら、なんとかするしかなくなるじゃない!! 


 ダビデは隷属魔法の上書き可能と言った。余らせたスキルポイントで取得は出来る?

 冷静になれ!

 時間はあまりない。


 転生して初めて、スキルツリーを表示させる。

 探すのは隷属魔法。


 ー…あった! 特殊スキルだ!

 ポイントは? よし、足りる!!


 迷わずにスキルを取得する。


 頭の中に高速で魔法の知識が流れ込む。今の私が取得可能な『初級隷属魔法』で、なんとか主人死亡時の奴隷の道連れはキャンセル出来る。


 本来は大規模な魔方陣を書く呪文だが、接触でより多くの魔力を消費するならそれも省略できると知り、私は古樹の根本、既に痙攣を始めているオオカミ青年に向かって走った。


 ー…痛っつうぅ!!


 オオカミ青年の肩を抱き起こし、魔法を発動しようとした時、それまで意識なく痙攣していると思っていた彼が噛みついてきた。

 始めての魔法だから詠唱と制御に気を取られていて、攻撃を完全には避け損ねてしまった。


 右の頬から耳にかけてが熱い。


 この世界のオオカミって、意識なくても咬んでくる種族なのかしら? オオカミ少年と言い、青年といい、まったく! 助けようとしているんだから、噛み付くんじゃありません!!


「お嬢様!!」


 エコーがかかったような音で、ダビデの叫び声が聞こえる。鼓膜でもやられたか?

 マップで確認する限り安全地帯は破られていないし、おそらく私が怪我をしたから慌てているんだろう。


 怪我をした顔でどれだけ出来ているかわからないが、ダビデに笑顔を向け安心させるように頷く。


『隷属魔法:条件変化、主人死亡時、奴隷の自死キャンセル。次の主を設定すること』


 隷属魔法を行使する。目に見えてオオカミさんが落ち着き、怪我のせいで意識を失った様だ。

 出来たら自由の身にしたかったけれど、初級魔法ではこれで精一杯だった。特殊奴隷は上級隷属魔法を使われている。完全に解除出来るのは同じ上級魔法のみだ。

 現在の私のポイントでは取得に足りないし、中級以上の取得には知識の他、隷属魔法の使用実績も必要になっていて、実質不可能だったのだ。


「お嬢様! お怪我を!!」


 駆け寄ってきたダビデが、もしもの時の為にと持たせていたフルポーションで治療してくれた。

 跡形もなく治るから良いけど、これ、痕でも残ったら恨んでたかも。インナー、後で洗濯するの面倒だなぁ。服が血で濡れて気持ち悪い。


「ありがとう、ダビデ。ついでにそこのオオカミさんにもポーション、使ってもらえる?」


「お嬢様! ご自身を攻撃した獣人にまで、優しくしなくても!」


「あはは、オオカミさんは律儀だからね。意識がなくても戦いを継続していただけだよ。

 このままじゃ、死んじゃうから、お願いね」


 返事は聞かずに結界に向けて歩き出す。よく見れば細かいヒビが入り始めている。結界は遠からず破られる。


 弓を準備しマップで狙いを付けた。1つ深呼吸してその時を待つ。


 パリリィィン……


 薄いガラスが割れる様な音をたてて結界が壊れた。

 雪崩れ込んでくる魔物をターゲットに、弓術奥義を振る舞う。


 虚空に打ち上げられた、光の矢は無数に枝分かれして接敵してきていた魔物を蹂躙する。中層クラスの魔物ならほぼ一撃だ。魔物達が怯んだ隙に、設置型の防御壁をダビデとオオカミさんをすっぽり覆う様に発動させた。


 ーよし、これでしばらくはダビデ達を気にしなくても大丈夫!


 今度は攻撃などは出来ない変わりにひたすら頑丈なものを作った。マップを確認する限り、まだまだ魔物は沢山いる。森に拡散していく魔物の内、一部は町に向かっている様だ。これが、ギルドで話していた秋から冬にかけて活性化する魔物の状態なのかな?


 出来うる限り数を減らしたいけど、森の中だし、メテオストライク(物理)や、火炎系は禁じ手だろうし、さて、どうしたものか。


 ーうーん、水と風と土属性の魔法で今後の影響が出来るだけ少なくなるように頑張りますか!


 とりあえず、これ以上魔物が広がらないようにしないと。


 広域マップを表示して空中に浮かび上がる。大気中の水分と地面の水分を結合させ、リーベ迷宮を中心に巨大な氷の檻を作った。一部の魔物は範囲外に出てしまったけれど、誤差の範囲だ。


 ざっと魔物の密集具合を確認してから、使う機会の滅多にない広域破壊技を唱える。

 植物、凍って絶えたらゴメンね!

 無詠唱だと発動が早いのはいいのだが威力が心持ち落ちる。恥ずかしくても、威力重視なら詠唱するしかない。

 唸れ、私の中二病!!


「凍てつくモノ! 無慈悲なる平等!

 祖、全てを留めし!

 遥かなる高みより来たりて その(かいな)に抱け!

 氷結のウラガーン!!」


 詠唱と共に、遥かなる上空から降りてきた冷気を縦糸に、氷の檻から作られた冷気を横糸にし、絶対零度の風は縦横無尽に森を駆け巡る。


 檻の中の気温は一気に落ちた。


 冗談抜きに寒い!!

 慌てて自分にも結界を張り、影響が出ないようにする。


 あ、ヤバイかも。これ誰かいたら、下手したら凍死してるわ。


 魔法の行使が終わり、檻を消してから、慌てて誰かいなかったか詳細検索をかける。あるのは魔物と魔物に殺された冒険者の死体だけで……って、ゲッ! リーベ迷宮の入口、凍りついてる!!

 うわっ! 誰か中にいたら怒られる!!


 入り口に移転をして中を覗き込む。

 分厚い氷の先に、動く影。


 あっちゃー…こりゃ、やっちまったか??


 氷を溶かそうと炎属性の魔法を準備し始めたら、氷の先が赤く染まった。火属性の魔法かな?


 ダンジョン内は別フィールド判定で地図が効かない。入り口まで戻ってきてた人が魔物に殺られたなら、どうしたもんか。


「おい! そこに誰かいるのか?!」


 くもぐった声が氷の奥から微かに響いてくる。


「ごめんなさい! 今、開けます!!」


 拳に無属性の振動波をまとわりつかせ氷を殴り付ける。ついでに入ったヒビを広げるように炎を操った。あっという間に、氷は溶けて人の頭大の穴が空いた。


「そのままでいい! いや、これ以上開けんな! やめろ!!」


 穴が空いたせいで聞き覚えのある声がクリアに聞こえてきた。


「え、リックさんですか??」


「ん? もしかしてティナかッ、お前がコレをやったのか?!」


「ごめんなさい! 手加減を間違えました!! 誰か怪我してませんか? すぐに入り口開けますから!!」


「だから、開けんな、この非常識娘! 今、この迷宮では、どっかの馬鹿のせいで、"スタンピード"が起きてるんだよ!」


「スタンピード?」


「迷宮版、大進行だよ!!」 


 スタンピード:迷宮の魔物密度が一定以上、または各迷宮に設定された一定の条件を満たすことにより、迷宮より魔物が吐き出される現象。停止には、迷宮全体の魔物密度が規定水準以外になる。またはダンジョンコアが破壊される必要がある。


 おー、って大事だ!

 

「え、うわ、本気でですか? でも入り口塞いだままじゃ、撤退出来ないですよね?? どうするんですか?」


「ギルドから、増援呼んできてくれ! 今、ここには、4パーティーいる。戻るまでなんとか持たせる」


 ー無理よ! ここを開けて!!

 ー出せ! 逃げるんだ!


 そんな声が聞こえるが、本当に大丈夫なの?


「くそッ、黙れよ! 俺たちが抑えていたとは言え、今まで外に出た魔物だけでもかなり不味いんだよ! その上、ここを開けたらどうなると思う! 下手すりゃデュシスの町まで、魔物の餌食だ!」


 氷の先で争う音がしている。あー、こりゃ駄目だ。とりあえず開けよう。大丈夫、魔物のほとんどは凍死か斬殺したから。


「砕破!」


「ティナ! このバカ野郎!!」


 飛び出してくる冒険者の集団は皆、満身創痍だ。こんなんで良くギルドの増援が来るまで持たせるとか言ったもんだ。死なれたら、私の寝覚めが悪くなるじゃないか。

 魔法を使って氷を砕いた私の、襟首を掴み上げて怒鳴り付けるリックさんを見つつそう思う。


「説教は後で聞きます。それよりも、あと、この迷宮に残っている冒険者はいませんか?」


「知らん。だが、何故だ?」


 迷宮の奥からは湧き出す様に魔物がひしめき合っている。その瞳だけが爛々と輝き、ちょっとしたホラーだ。誰もいないなら、また氷漬けにしちゃおうと思ったけど、ダメか。


「分かりました。離してください」


 静かに言うと、リックさんは手を離してくれた。ちなみに自由の風以外のパーティーは一目散に町に向かって逃げ去っている。


 道に残った氷を踏まないように気を付けつつ、入り口を潜った。


「お、おい。ティナ?」


 後ろから困惑した空気が流れてきてるけれど、今は説明している暇はない。


 乗り掛かった船、実力の一端を見せるのにはいい機会と割りきって、どこまでやれるかやってみましょうか。


「ここから少し歩いた、ひときわ大きな古樹の根本にダビデがいます。ポーションを預けていますから、それで怪我を治してください。

 ダビデ達に掛かっている防御壁はもうすぐ消えます。私が戻るまで守っていてくれると嬉しいです。と言うか、絶対に守っていて下さいね。恨みますよ」


「何を言っている!」


攻性防御壁(アタックシールド)。あ、これ、触れると攻撃しますから、気をつけて下さい。あと、最初に溢れた魔物は大体殲滅したはずです。では、行ってきます」


 目撃者が、自由の風さん達だけの事に感謝しないとな。




 ****



 オープニングは、雷の槍。直進しか出来ないけれど、一本道に密集している今の状態では、ベストの選択のはず。


 魔力残量は、残り3割。外で行った広域破壊技がコスト的に重かった。

 迷宮に入って、すぐにダンジョン全検索を実行する。生き残っている冒険者は、2組6人。両方とも迷宮の出口を目指しているみたいだ。広大な地下一階に上がってきている。


 これなら、こちらから魔物を蹂躙しつつ奥に進めばそのうち合流できる。3つ先の大広間で待つのが、効率が良いかな。そこまで逃げてこれなきゃ、実力不足だったって事で諦めよう。


 誰も見ていない事を良いことに、久々に武器を剣に変えて、魔法と接近攻撃を組み合わせて目に付く端から魔物を殲滅していく。狩り残しは出口と言うか、入り口と言うかに張ったアタックシールドの餌食になっている。


 ふふふ、楽しくなってきちゃった。あとどれだけ狩ったら、このスタンピード、終わっちゃうのかな。


 無心に、炎を、氷を、雷を、水を繰り出し、それでも倒れない根性のある魔物は、物理で切った。途中何度か、マナポーションのお世話にもなる。こんなに魔法を行使したのは、転生前のラストミッション以来だ。


 どれ程切り捨てたか、血の匂いも麻痺する頃に、広間の1つの入り口に群がっていた魔物が蹴散らされた。咄嗟に武器の形状を弓に変える。ついでにもったいないけれど、『吝嗇家の長腕』のスキルは切った。まぁ、もう十分稼げたから、よしとしないとな。


「誰か、いるの!?」


 飛び出してきたのは、重装備のお姉さんと暗殺者っぽいお兄さんの二人組。おそらく高レベル冒険者だ。


「お嬢ちゃん、こんなところにいたら危ないわよ!」


 お姉さんの警告には答えずに、範囲攻撃の魔法を連発する。

 その隙に二人組は私と合流した。もう一組も、もうすぐ合流する。あと少しの辛抱だ。


「……ツ!もしかして、お嬢ちゃんがここを支えていてくれたの!?」


「もう一組、来ます。それでおそらくは最後です。脱出はそれまで待ってください」

 

 私と背中合わせになって魔物を牽制してくれている二人組に伝える。支えるって意味わからないし、無視だ無視。どうせ、後は関わることのない人たちだし。


「わかったわ、感知系の魔法でも使えるのかしら? 少しの間なら、付き合ってあげる」


 装飾の効いた槍を振り回しながら、そう言うと、お姉さんは槍の先から雷撃を繰り出した。暗殺者っぽいお兄さんは無言のまま的確に魔物を狩っている。この二人組、文句なく強い!


「誰かいるんかッ! 貫通型の魔法を使うよって!! 避けてくれよ!」


 二人組が入って来たのとは別の入り口からまた、声が聞こえてきた。

 その声と同時に、炎の槍が入り口から飛び出してきた。


 ー…あら、火炎放射器みたいだわ。


 不謹慎な感想を懐いている内に、四人の冒険者が合流してきた。何人かは怪我を負っているが、逃走に影響はなさそうだ。


「Aランク冒険者パーティーの、疾風迅雷さんやないですか! ここを支えていてくれはったのですか!! えろう、おおきに!」


 あまり見たことがない、褐色の肌の冒険者が二人組にお礼を言っている。この世界で初めての方言っぽい話し方だし、他国の人なのかな?


「いえ、私達も合流よ。支えていたのは、この子…」


「はいッ? 冗談キツいで。こんな嬢ちゃんが…」


「退きます。皆さんから先に。先頭をお姉さん達、真ん中を、後から合流したお兄さんたちが、殿(しんがり)は私です」


 いい加減、飽きてきたしダビデも心配だから手短に撤退を促す。訛りの冒険者は驚いている様だったけど、Aランクだと言う二人組に促されて、歩き出した。


 特筆することもなく出口に辿り着く。アタックシールドは冒険者達の視界に入る前に遠隔解除した。


「さぁ、お嬢ちゃんも!!」


 外で私に呼び掛けるお姉さんに首を振る。随分減らした筈だけれど、まだスタンピードは止まっていない。後ろから、地鳴りのような足音と、振動が伝わってきている。


 ……仕方ない。一度手を出したことは、最後まで責任取らなきゃな。


 ローブの隠しから出した風を装って、高位魔力回復薬(フルマナポーション)を飲み干した。


 マップで魔物の分布を確認し、コッソリさっき切った『吝嗇家の長腕』を再度発動させる。


「原始の混沌 始まりの終わり

 全てを飲み込む 貪欲なる静寂よ

 我が意に従い 今ここに!

 姿なき虚無塵(イネインダスト)!」


 きちんとした詠唱バージョンで魔法を行使する。効果も持続時間も倍加させたから、私の影から産み出された様に錯覚する、黒い蛇モドキの数も多い。


 さすがに少しやり過ぎたか!


 私の制御を破って暴走しそうになる魔法を必死に操り、地下一階に上がってきた魔物を殲滅していく。無数に枝分かれするひとつひとつの道で、魔物を食い散らかす虚無の蛇は、ひとつの魔物を喰う毎にその威力を増している。


 無意識に歯を食いしばり、仁王立ちで目の前に広げたマップを睨み付ける。端から見たら虚空を見つめている様に見えるだろう。


 殲滅した範囲が地下一階の半分を越えた辺りで魔物の侵攻が止まった。スタンピード停止条件を満たしたのだろう。

 中層、下層に魔物達が戻っていく。


 ー…やっと終わった。流石に疲れたわ。


 魔法を解除して、後ろを振り返った。



「お嬢ちゃん、あなた、一体」


 冒険者達が一塊になって見つめてきている。その目に浮かぶのは、恐怖? やっぱりちょっとやり過ぎたか。


「デュシスの町の冒険者です。仲間が外で待っているので、私はこれで失礼します」


 ダビデ、ダビデ、ダービーデー! 私は今、猛烈に毛皮に触りたい!!


「待って! なら、一緒に町まで行きましょう?」


「それは構いませんが…」


 Aランクなら余裕で町まで帰れるだろうに、そう言うお姉さんの相手が面倒になって受け流す。ダビデと合わない様なら、その時に改めて別れればいいか。外には自由の風さん達もいるし、面倒なら押し付けちゃえ。

 ダンジョンを出れば、さっきまでの激闘が嘘のような晴天だ。


 ダンジョンの入り口からも見える古樹を目指して歩みを進める。マップを見る限り、ダビデたちも自由の風さん達も全員大丈夫そうだ。


「おーい、ティナ! こっちだ!!」


 最初にやった爆撃の為に見晴らしの良くなった古樹の根本から、リックさん達が手を振っている。怪我はちゃんと治ってるな。良かった。


「リックさん、お待たせしました。ダビデの事、ありがとうございます」


「こんの、バカ娘! 歩く非常識!! 一人で突入って、なに考えてやがるんだッ!! ……って、あれ、疾風迅雷殿に、下弦の月じゃねぇか。ダンジョンにいたのか?」


 案の定怒鳴られたけれど、連れの冒険者を見つけて私への説教は回避できたみたいだ。ラッキー。

 どうやら顔見知りだったらしい大人たちを横目で見つつ、ダビデの方に向かう。帰ってきたのに、おかえりなさいがないのはおかしい。


「ダビデ、ただいま。大丈夫だっ……」


 古樹の根本に、怪我の治ったオオカミさんと並んでダビデが寝かされている。お腹は動いているから、呼吸はしているけれど、なんで?


 私の動揺に気がついたのだろう。リックさんパーティーの魔法使い、アリッサさん(リックさんの恋人)が声をかけてきた。


「あ、大丈夫よ、ティナちゃん。そのコボルド、種族進化の眠りについているだけだから。おそらく、何らかの理由で一気にレベルが上がったのね。1日くらいで目が覚めるはず。

 一応その子、私達が来るまでは起きてたのよ?」


 種族進化:種族限界を向かえた個体が、種族限界を超え、更なる進化をすることがある。大量の累積経験値が必要なため、稀にしか起こらない。


 んー? 多分、外の魔物を殲滅する間、パーティーを組んでいると言う判定になって、大量の経験値がダビデに渡ったのかな?そのせいで種族進化が誘発されたと。

 大丈夫なら良いんだけどね。心配しながら、ダビデの頭を撫で、頬をさする。


「おーい、ティナ、そろそろこっちに戻ってこい。

 なぁ、ポーションはもうないのか?」


 しばらく、ダビデの顔を見ていた私にタイミングを計って、リックさんが声をかけてきた。


「ポーション、ですか? なぜ? リックさんたちに怪我はないようですけど」


「俺たちじゃなくて、下弦の月にだ。疾風迅雷殿も、俺たちもポーションを使いきっていてな、残念ながら、治癒魔法を使える人間もいない。ティナならあるんじゃないかと思ったが、お前、荷物は?」


「リック、こんな小さなお嬢ちゃんが何故、高価なポーションを?」


 私を知らなければ当然の疑問をお姉さんが聞いてくる。


「迅雷殿、ギルドの臨時お抱え薬剤師の噂を聞いたことはありませんか?」


 小首を傾げるお姉さんだったが、暗殺者風のお兄さんや下弦の月のメンバーは知っていたようで、話に混ざってきた。


「知っとりますよ。高位のポーションまで作れる噂の、将来有望な、若い薬剤師がおるそうやないですか? その件でっしゃろ?」


「ギルドのお姫様、眠れるキマイラ、クレフ殿の被後見人。高位魔力回復薬すらも作成可能な少女……しょうじょ?」


 暗殺者風のお兄さんが私を訝しげに見つめる。リックさんは、そんなお兄さんに頷きながら、親指で私を指している。


 周りも、「噂の薬剤師=私」の構図が出来たのか、驚きを隠しきれない。


「はじめまして、ギルドの臨時お抱え薬剤師です」


 わざと軽い感じで挨拶した。

 ダビデに持たせていたポーションは、オオカミさんとリックさんたちで売り切れか。さて、アイテムボックスの中には、ポーションの在庫も大量にあるけど、どうしたものか。

 無限バックもアイテムボックスの中なんだよね。


「少し待っていて下さい。この近くに荷物を置いてあります」


 少し離れたところで、必要なものをアイテムボックスから出してこようと声をかける。


「あら、なら一緒にいくわよ、護衛は必要でしょ?」


「えっと、迅雷さんでいいのでしょうか? あまり見られたくないので、ご遠慮下さると助かります。では、すぐに戻ります」


 他のメンバーまで同行しようとしない間に森の中に入る。マップで誰かついてこないことを確認して、一応の用心に魔力感知も唱えた。

 その上で、古樹から死角になる場所を選んで小さく座り込む。誰も見ていないけれど、その上で、ローブで隠すようにしてアイテムボックスを開き、無限バック(大)に大量の各種ポーション、今の戦闘で手に入れたドロップ品を入れる。

 アイテムボックスから無限バックへの移動は思考対応可能だからとっても楽チンだ。


 さてと、ポーションを渡すのはいいとしても、どうやって町まで行こうかな。いっそのこと、全員ら移転魔法で町まで送っちゃおうかしら?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 誤記でしょうか? 全員ら移転魔法
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ