227.群像国の代表者達
「待たせたか?」
少し疲労した顔色のパトリック君が部屋に入ってくるなり謝罪を口にする。それに構わないと手を振って否定して、移転する予定のモニュメントに移動し始めた。モニュメントでは、クルバさんが待っている予定だ。
「ティナ、やはり行くのか?」
「せっかくのお休みですから気分転換に」
何度目かの確認に笑顔で答える。休日の気分転換だけならば、リベルタでも出来ると制する周囲の心配を説得して、今日は久々の遠出だ。
デュシスのパトリック君を初めとした、戦闘員は出していないけれど連合軍に立会人的な使者を出していた国々。連合軍を捕らえた時に、その人達も保護された。彼らの扱いは少し迷ったけれど、敵対行動もしていないからと最終的にはお客さん待遇になった。
戦後処理が一段落して行われた話し合いは、小国の完全降伏ですぐに決着がつくことになる。非を認めて降伏するなら、捕虜にして賠償を要求しようという話もあった。けれどそれよりもリベルタを理解して貰ったほうが今後の為になるということになり、数日の観光をしてからそれぞれの国に帰ってもらうことになった。
私の隠れ家に入る事以外は、監視をつけるけれど好きにして貰う。そうは言ってもまだ観光名所なんて洒落たものはない。歓楽街や商店街、最初に捕らえたケトラの捕虜達を収容している収容所。後は噴出点跡地を確認するのに森を見て回るくらいしかやることはない。
それを元に観光計画をたてた。初日は街の見物と夜に歓迎会も兼ねたマダムの所での飲み会。私も主催者として初めは参加したけれど、早々に席をたった。その後は無礼講になり、かなり盛り上がったらしい。翌日の昼過ぎ、報告にきたマダムから聞いた話だから間違いはないだろう。
そんな特に目立った特徴もない街だけれど、それでも異なる種族が活気ある生活を送っているのに、使者たちはかなりの衝撃を受けたみたいだ。マダムのところの女の子達は、種族問わないしねぇ。……一部性別も問わないけど。まあ、趣味嗜好に何のかんのいうつもりはない。ただ無論のこと、強制していないかだけは確認済みだ。
翌日、街の外に出る使者達をひとまとめにして、フォルクマー達に護衛を任せる。これまでほどではないにしても、リベルタ周囲の森は危険地帯だ。他の地域から比べれば凶悪な魔物達を軽くあしらう騎士達を間近に見た使者たちは、私たちを敵としたときの恐ろしさを身をもって知ったのだろう。友好国として国交を結びたいと改めて申し出てきた。
各国それぞれに協定を結ぶのでは時間がかかりすぎる。そう判断したアルフレッドからの進言を受けて、一律に国交を結ぶ条件を作り書簡として後日送ることにした。
デュシスからの立会人はパトリック君だった。彼を送るついでに、デュシスに挨拶に行こうと思って準備を整える。私の動きを知ったクルバさんと奥さんも、ついでに同行してマリアンヌに会いに行くらしい。
冒険者ギルドがかなり忙しいと聞いていたから特に急がせる事もなく、パトリック君の帰還は延び延びになっていた。
「リュスティーナ陛下」
仮設神殿に入るとクルバさんと奥さんが待っていた。恭しく私に頭を下げた後に、付け足しのようにパトリック君にも頭を下げる。
パトリック君の護衛についていたデュシスの兵士も揃っていたから、全員でデュシスに跳んだ。
「ようこそお越しくださいました。リベルタの女王、リュスティーナ陛下」
「お帰りなさいませ、パトリック様」
「お待ちしておりました、マスタークルバ」
デュシスについた途端に、方々から挨拶の声がかけられる。
「あれ? ミール神官長……それにランダル君!」
ギルドのお迎え役は、ワハシュでお世話になったランダル君だった。一瞬分からないほど、健康的になっていて身長も伸びていたけれど、間違いなくランダル君だ。お忍びのはずの訪問で、迎えが控えていたこと以上に喜びがある。無事で良かった。
「ご無沙汰致しております、リュスティーナ陛下。その節は陛下のお慈悲を賜り、このように冒険者ギルドで勤めることが出来ております」
「今、デュシスの冒険者ギルドにいるんだっけ? ああ、あの時、デュシスの捕虜が解放になって戻ったって聞いたな。それで結局ギルドに就職したの?」
安堵しつつも疑問が一杯の私に、ランダル君がワハシュから戻ってきてからの日々を教えてくれた。今はクルバさんの部下として、クレフおじいちゃんや友好的な冒険者ギルド支部の連絡役をしているらしい。
「そっか……、良かった、本当に良かった。心残りだったんだ」
「あらあら、相変わらず薬剤師さんは優しいわねぇ」
柔らかく微笑んだミール神官長に先導されて、神殿の一室に招き入れられた。
「ご無沙汰しております。リュスティーナ陛下」
「サーイさん!!」
そこで待っていたのは、デュシスの重要人物たちだった。中でも懐かしい顔を見つけて笑みを浮かべる。
「陛下、戦勝のお祝いを申し上げます。軍神様のご加護があられたのでしょう」
「ありがとうございます」
「それと、これを……」
スッと美しい装飾に彩られた箱を差し出されて、ジルさんが受け取った。視線で許可を求められて頷くと、蓋を押し上げる。
「あ、これ……」
「長々とお借りしてしまいましたが、この度ようやくお返しできる運びとなりました。デュシスの一同に成り代わりまして、深くお礼申し上げます」
ミールおばあちゃんやその他の同席者達も一様に頭を下げている。
ジルさんが差し出した箱に納められていたのは、サークレットだった。そう言えば貸しっぱなしにしてたっけ。
「リュスティーナ陛下……」
おずおずと話しかけられて、意識して視線を合わせないようにしていた『彼女』に顔を向ける。
「イザベル様、ご無沙汰しております」
笑顔を引っ込めて、静かに挨拶を返す。ドリルちゃんも他所行きの表情で私に頭を下げていた。
「この度は、我が夫の帰還を許してくださりありがとうございます。領主館にて昼に歓迎の場を設けさせて頂いております。おみ足をお運びいただければ、末代までの誉れでございます」
マリアンヌやケビンさん、それに街の有力者たちが来ると聞かされて、少しげんなりしてしまった。せっかく休みにきたのに、これじゃ仕事じゃないか。
内心の私の葛藤に気がついたのか、ミール神官長が少し神殿で休んでからの移動を申し出てくれた。ドリルちゃんは先に領主館に戻るらしい。その申し出をありがたく受け、神殿の一室で休ませてもらうことにする。
通されたのは日が差し込む綺麗な応接間だった。
クルバさんはデュシスのギルドに用があるらしく、後で合流すると街に出ていく。同じく奥さんもアンナさんやマリアンヌに会うからと、神殿を辞した。
「…………陛下」
「あはは、サーイさん、ミール神官長、出来たら昔みたいにティナでお願いします。せっかく遊びにきたのに、仕事モードになっちゃう」
頭を下げる二人の神官にお願いをする。お茶とお菓子を出すと、二人を残し神官達は下がっていった。
「ティナ様は相変わらずですね」
「もう、薬剤師さんったら。こんな口調で話しているのが知られたら、神々に叱られそうだわ」
苦笑しながらも二人は元の口調に近いもので話してくれる気になったみたいだ。私から少し離れ、扉の近くで警戒するジルさんも仕方ないなと苦笑している。
「サーイさんが軍神殿の神官長になったときいて驚きました。今の代表も兼ねているとか」
「はい。あの後、スカルマッシャー殿たちにお世話になっていましたが、日々、スカルマッシャーに対するグランドマスター派からの圧力が強くなり冒険者でいることを諦めました。その際、ずっと戻るようにと話があった軍神殿へ戻りました。まさか神官長として戻ることになるとは予想しておりませんでしたから驚きはしました。
ですがそのお陰でティナ様からお借りしたサークレットは守りきれました。お返しできて良かった」
ほっとした顔でそう話すサーイさんは、グランドマスター派からサークレットを引き渡すように何度も申し出があった事を教えてくれた。軍神殿の力を使って、強硬に拒否し続けてくれていたそうだ。もしグランドマスター派にサークレットが渡っていたら、二度と返っては来なかっただろう。
「ふふ、それよりも薬剤師さん。私に教えてくれないかしら?」
しばらく雑談をして場が温まったところで、ミール神官長が問いかける。
「ペンへバンから神の加護が失われたと聞いたわ。何かご存じかしら? ……神子姫さま?」
にっこりと笑いながら問いかけられる。同じ豊穣神に仕える国全体で、加護が失われている。心穏やかではいられないのだろう。
「逆に私も聞きたいです。デュシスの豊穣神殿はお変わりなく?」
変わりはないと言うミール神官長の返答を受けて胸を撫で下ろした。ちょいワルおやじ殿も、関係のない人々の生活を破壊するようなことはしていないようだ。逆にこれでちょいワルおやじの怒りをかったから、魔法が使えなくなったことが確定する。
その事をオブラートにくるんでミール神官長に伝えると、瞑目され困る。
「かの国には豊穣神殿の宗主国の立場を降りていただかなくては駄目ね」
しばらく考えて、ミール神官長はそう呟くと私に向き直った。
「今回のお忍びに際して、私たちは神殿関係者達から沢山の質問を受けたの。もちろん、普段自国から出ることがない、神の愛娘様に聞いて欲しい質問よ」
「我々軍神殿関係者からも、似たような申し出を受けています」
「あれ? 私が神の愛娘であることは、神殿で認められているんですか?」
「ええ、世界の空を覆ったあの風景を見て、それでもまだ疑問を呈する場所はないわ。貴女様はリベルタの女王にして、至高神様から祝福を受けし神の愛娘。それが世界の認識です。
その愛娘様に弓引いた我々はどう罰せられるのかしら? 無論、償うことに否やはありません。ですが、知識なき民まで巻き込まれる事のないように、神々には慈悲を乞うています」
深刻な表情になった二人は私にすがり付くような視線を向けている。いや、何がどうしてそうなった。
「弓をひく?」
「連合軍に人を出した事実は変わりません」
「例え脅されたとはいえ、許されることでは……」
「ん? いや、デュシスの人達は良くしてくれてましたし、マリアンヌやアンナさんから時候の挨拶も貰っていましたから、私としては弓を引かれた記憶なんかないんですけど」
それに実質兵士を出さなかった国々まで何かしている余裕はないし。そんな事を考えながら否定した。
「では、お怒りではないと?」
「至高神様は御許し下さっているのでしょうか」
「さあ? 私はメントレ様じゃありませんからそこは分からないけど、大丈夫なんじゃないかなぁ。大丈夫じゃなかったら、もう報復措置に出てるでしょうし」
最後の方はポソッと小さく呟く。
それでも安心しない二人は、近い内にリベルタの神殿に参らせて欲しいと懇願して来た。至高神メントレを直接祀る唯一の場所として、リベルタのモニュメントは認識されているそうだ。
「構いませんよ。ついでにその、他の国の神殿の皆さんも一緒に来たかったら、どうぞ。人数が固まったら、日程の調整をしましょうか」
リベルタの街を治めるファウスタと神子姫教の神官達に丸投げしちゃえと軽い気持ちでOKを出した。
その後時間となり領主館へと向かうことになる。神殿関係者がリベルタを訪問する事を聞いたアンナさんやマリアンヌから、来たいとねだられて女王の名において招待する事にした。
それを聞いたドリルちゃんも訪問したそうにしていたけれど、そちらは気が付かない振りをして放置する。
まあただ、それだけで済むはずもなく、リベルタに帰還した後、噂を聞き付けた各国が動き出す事となる。我先にとリベルタへの公式訪問を打診されて、頭を抱えることになるんだけど、その時の私は全く気が付いていなかった。
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