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226.箸休めー冒険者ギルドの後始末

 厳しい表情を浮かべたまま男達は歩く。周囲の喧騒を尻目に重い沈黙が支配している。


 ――――逃がすな! 捕らえろ!!


 遠くから響く声に背中を押される様に男達は足を早めた。


「クルバ、ジュエリー」


 程無くして着いた扉の前で短く名前を呼ばれ、二人の冒険者ギルドマスターが進み出る。魔術師であるジュエリーが小声で攻撃魔法を唱え始めた。


 クルバは警戒しつつ聞き耳をたて、室内の確認をする。数人の息遣いは聞こえるが、危険はないと判断する。魔法の発動を待つように身振りで止めると、扉を引いた。


「遅かったな」


 中では現グランドマスターと数人の側近が待ち構えていた。それぞれに武装はしているが、武器は抜いていない。それどころかグランドマスターは落ち着いてソファーに腰かけていた。


「グランドマスター、もうお前は終わりじゃ。大人しく捕らわれよ」


「元議長殿、何の罪で俺を捕らえるとおっしゃるのか」


「分からぬと言うか。どの口でそれを言うか。構成員達への強要と虐待。ギルドの私物化。内紛。治安の不安定化……。数え上げればきりがない。これ以上、おぬしに冒険者を率いらせる訳には行かぬ。

 大人しく縛につけ」


「ハハッ……。何を言われるかと思いきや、そのような事か。

 御老、その言葉、そっくりそのままお返しする」


 乾いた笑いを浮かべたグランドマスターはクレフを見上げる。後ろに控えた側近達は視線だけで人を殺せるような顔で雪崩れ込んできた人々を見つめていた。


「俺は貴方が行った事のツケを支払っているに過ぎない。

 冒険者ギルドをここまで追い込んだのは、御老たち世代だ。

 冒険者ギルドのキマイラ殿よ。貴方が冒険者ギルドを率いた時代、ギルドの黄金時代とも言われるが、それは違う。

 伝統を壊し、構成員達の権利を保証し、各国との連携を強化し、確かに一時ギルドは安定した!

 だが、その後はどうなった?

 各国はギルドを利用することばかりを考え、我々は引き潰されていった!

 このままでは冒険者ギルドは滅びる!!

 我々が消えれば、困るのは民だ!!」


「ゆえに構成員達を強制してまで、国に紛れ込もうというのか」


「今の世界に余裕はない。国に属していれば最低限の救いは求められる。長い目で見れば、冒険者達も我々の選択に感謝するはずだ」


「愚かな。それこそ我々は消耗品として扱われるだけだ。それが分からぬか」


 平行線を辿る議論に終止符を打つため、クレフは待機していた仲間達に合図を送る。


「虜囚の辱しめはごめんだ」


 一歩踏み出したクルバ達の先を制するように、グランドマスターは口に含んでいた毒を噛み砕いた。


「な?!」


 即効性の高い致死毒だったようで、治癒も解毒も間に合わなかったグランドマスターは、無念の表情を浮かべたまま事切れている。


「……己の考えを守る為ならば死は選ばない。ただ長老議会の都合の良いように利用されるのならば、それは許さぬ。グランドマスターのお覚悟です」


 そう話した懐刀とも呼ばれていた書記長は、唇を噛みしめていた。その他の側近達も悔しそうに俯いている。


「私はどのようなことになっても、死は選びません。どうぞ、拘束してください」


 底光をする視線を向け、両手をクレフに差し出した。


「ほう……よい覚悟じゃな」


「覚悟? そのようなものはありません。ただ私は己の誇りのため、己の意思を貫いた。今でもギルドは国に属するべきだという考えは変わっていません。そしてあの忌々しいリベルタへの対応も間違っていたとは思っていない」


「リベルタとな」


「かの地に向かう冒険者達は、その忠誠に難があった。

 半魔を認めるかの国を許せば、世界を覆う秩序が壊れる。

 勇者に憧れた先達達が作ったこのギルドは、消滅させる訳にはいかないのだ。

 御老! なのに何故、勇者を私有化したかの悪辣女王にそこまでの肩入れをされるのか。

 神すらも、何故あの娘にだけ微笑むのか!!

 我々が何をしたと?

 世界よ! 我々の何処がいけなかったと言うのだ!!」


 堪えに堪えてきた激情を迸らせ、書記長は一気に叫んだ。肩で息をする書記長にクルバは憐れみの視線を向ける。


「何故そのような目で見られるのか!」


「能吏と聞いていた。ゆえに足元が見えんかったか」


「足元?」


「そうじゃよ。確かにわしは冒険者ギルド本部マスターとして、選択を誤った。妖精王の事件でも混沌都市の件でものぅ。じゃが、それでも冒険者達はわしについてきてくれた。

 それが何故じゃか分かるかね?」


 沈黙を持って答える書記長にクルバは憐れみの笑みを浮かべた。


「ギルドを形作るのは冒険者じゃよ。

 命をかけて働くもの達じゃ。その者達の心が離れれば、ギルドは生きてはいけぬ。

 おぬしらは既に見捨てられた。それが全てじゃ」


 連れていけと促されて、クルバとジュエリーが書記長を連行しようと動き出した。


「ならば、貴殿方が次の冒険者ギルドを作るがよろしかろう! 英雄の末はギルドの運営から手を引く。この都市は滅びる」


「何を言っておる?」


「グランドマスターの血筋は絶えた!

 英雄の末は滅びた!

 これで冒険者ギルドは終わりだ。この上は貴殿達が好きにすればよい。リベルタなり何処なりへと消えるがいい!!」


 引き摺られながら叫ぶ書記長に対し、クレフは厳しい表情を崩すことはなかった。




「グランドマスター派の捕縛終了しました」


「ご苦労」


「書記長の言を受け、グランドマスターの自宅を確認した所、全員殺されておりました。

 こちらに与しなかった親族の行方も杳として知れず。既に都市から逃げ去ったと思われます」


「探すしかあるまい。ギルドの備品は奪われておるまいな。今一度全て確認せよ」


 戻ってきた部下達に次々と指示を出していたクレフは、書記長を拘束して戻った二人の支部マスターを手招いた。


「どうじゃった?」


「あの後は憑き物が落ちたように大人しくしております。この後はどうされるおつもりですか」


 問いかけるジュエリーにクルバは人払いを命じた。武闘派の三巨頭と呼ばれるギルドマスターだけになる。


「この都市国家は解体する。ギルドの汚点を全て背負ったままの」


 黒い気配を漂わせたままクレフが話す。物言いたげなクルバを見てクレフが顎をしゃくった。


「議会はなんと?」


「ああ、此度の件は一任されておる」


「では次のグランドマスターは……」


「その件じゃが、リベルタを新しい本部とする。すぐには無理じゃがな、此度捕らえた者たちの処罰もせねばならぬ」


 クレフからの衝撃の発言を受け絶句するマスター達だったが、そこは戦いに生きてきた者たちだ。即座に切り替えて更に声をひそめる。


「しかし、長きに渡り冒険者ギルドの運営はこの市国が行っておりました。反発も激しいのではありませんか?」


「英雄の直系たるグランドマスターが死にました。その対応も済まぬ中では反発は必至」


「覚悟の上じゃよ。しかしそろそろギルドも新しい風が必要じゃ。そこには古いギルドもわしらも要らん。そなたらが望むなら、負の遺産を清算し、安定させるまでは働こう。じゃが、そこまでじゃ。老兵は全て抱えて去るのみじゃ。

 次を率いるのはおぬしらじゃよ」


「マスタークレフ!?」


「義父上?!」


 驚く二人のマスターにニヤリと笑うと、クレフは続けた。


「元々隠居の身じゃった。そろそろ潮時じゃて。

 泥も膿もしがらみも、全て抱えて消えてやろう」


 長老議会の総意だと続けたクレフは晴れやかに笑った。


「なんて顔をしておる。これからが大変じゃ。

 リベルタへと詫びをいれ、本部機能の本格移転を了承してもらわねばならん。それに此度敵国に与したギルドへの対応も考えねばならん。

 わしはしばらく、この都市に残らねばならぬだろう。リベルタとの交渉の詳細はクルバ、お主に任せる。

 ジュエリーよ、そなたには悪いが、ここで手を貸して欲しい」


「かしこまりました。光栄ですわ」


 艶然と笑んだジュエリーはそっとクレフに寄り添った。


「当然ですが、クレフ様がギルドを去られる時はお供いたしますわね」


 バイバイと小さく手を振り、クルバに挨拶を送るジュエリーは、他人事のように微笑んでいる。クルバは渋面を浮かべたまま二人を見ていた。


「……逃げる気か?」


「あら、何をいってるのよ。元々私はクレフ様の側にいるためにあの町にいたのよ?

 クレフ様が去るなら私がいる意味がないじゃないの。

 貴方はリベルタの女王と仲がいい。それに娘さんはデュシスのギルドにいるのでしょう?

 先の戦いで、そこの領主の配偶者が囚われたそうじゃない。これから大変ね」


 後はリベルタの女王と貴方に任せると微笑むジュエリーは、そのままクレフと去っていった。



(C) 2016 るでゆん

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