224.ゲリエと勇者のその後。
「今、なんて?」
アルフレッドから告げられた予想外過ぎる言葉を聞き返す。停戦協議から数日してリベルタに戻った。それから半月、今はようやく各国との交渉も本格化してきたところだ。これから詰めていこうと思っていたところでの不意討ちは勘弁して欲しい。
「ゲリエのシュトライデン王の首が届けられました」
「ゲリエとの交渉は上手く行っていると聞いたけれど」
互いに使者をたてて、捕虜の返還や身代金、そして補償について話し合っていた最中だった。なのに、何で?
「それは私も確認しておりました。ですがつい先程、ゲリエから使者が参りシュトライデン王の首を差し出し、陛下への謁見を求めております」
「…………会うべきかな?」
状況が分からないのはお互い様らしく、アルフレッドも一瞬返答に困ったようだ。
「一度、俺が会う。ゲリエから来た者がどんな立場かは知らないが、宰相や女王が会うまでもないだろう」
戦の後からまた私の護衛として近くにいてくれているジルさんが探りを入れてくれることになった。いきなり国家元首の首を持ってきた使者に将軍が会うのはアリらしい。あ、今のジルさんは護衛隊長から私の護衛のトップである近衛隊将軍になりました。後、フォルクマーも繰り上がりで赤鱗騎士団の将軍になってもらったよ。
他国との交渉には肩書きも必要だから、今後は貴族的な支配階級も作っていかなきゃいけないのだろう。……選挙制度とも考えたけれど、国が国として立つまでは定期的な選挙は難しいと結論つけるしかなかったんだ。
「最初に対応した者の話では、ゲリエでは王の独裁に堪えかね、貴族の一部が蜂起したと聞きました。旗頭は元側近との報告もあります」
「元側近……。ならレントゥスも呼ぼうか。何か知ってるかも」
この半月あまり、ずっと協力的で大人しくしているらしいレントゥス団長の名を出す。彼の騎竜も保護をして、リベルタ近郊で過ごしている。主人に似ておとなしい竜も民達に大人気だ。
特に物怖じしないリベルタの子供達が隙あれば竜と遊ぼうと近づいていくらしく、竜の飼育係から警備を増やして欲しいと陳情が来ていたほどだ。
ジルさんの会談が終わった後に、レントゥスを呼び出そうという事になって別れる。一体、ゲリエで何が起きたんだか。
「そうか……陛下が」
ジルさんから報告を受けて、予定通りレントゥスを呼び出した。情報遮断状態に置かれていたレントゥスに、アルフレッドがゲリエの現状を話す。
「どう思われますか?」
「どう、とは?」
「その新代表は何を考えているのかとか、人となりとか」
「俺にそれを聞くのか?」
「ええ、知ってそうだから」
心外だと表情に表すレントゥスに頷く。さすがフェーヤとヴィアの娘。容赦ないなと苦笑を浮かべたレントゥスは重い口を開く。
「陛下は……シュトライデン王は王権の維持の為にかなり強引な手段を行ってきた。デュシス領主の処刑を初めとする敵対貴族の粛清。国土の放棄。冒険者ギルドとの関係悪化。ワハシュとの戦争への強制徴用等々、数え上げればきりがない。
それに加えてリベルタへの出兵前には民への締め付けも強化し、恐怖政治も行っていた。
リベルタに敗北し、神を敵に回したと判断したなら貴族どもが国王排除に動いてもおかしくはない」
沈痛な面持ちで話すレントゥスにお礼を言うと、今度はレントゥスから質問された。
「ゲリエは何と言ってきてるんだ?」
「レントゥス殿、それは……」
アルフレッドが返答を断ろうとしていたけれど、それを制して答えた。
「ゲリエをリベルタに併呑 して欲しいって」
「な?!」
「はは、驚くよね」
それを聞いたとき、私も絶句したもん。眼を見開いたまま固まるレントゥスに、使者が伝えてきた「ゲリエの総意」を更に伝えた。
「属国等と甘い事は言わない。植民地でも何でも構わない。貴族も含めて全ての民がリベルタの下位市民となる覚悟らしい。
どうか認めて欲しいって頭を下げられたよ」
ワハシュへの備えも限界を迎え、このままでは攻めいってくるだろう獣人達の奴隷になるだけだ。もしワハシュが手を出さなくても、周辺の小国や魔物の手により早晩消滅する。ならば、まだ王家の血を引く私に膝を屈したほうがいいって判断らしい。
「それで、どうなさる気ですか」
口調を切り替えたレントゥスが私に問いかける。
「正直さ、今のゲリエを貰っても利点ないんだよね」
肩を竦めつつ答えた。使者は私がゲリエ王家の血を受け継いでいるし、断られるはずかないと思っていたようだけれど、リベルタとゲリエは遠い。今の私に遠方の二カ国を統べる力はないからな。
「どうされる気か」
「んー……このままじゃ、取れるだけの賠償を貰って放置かな」
「では、ゲリエは…………」
滅びるしかないと言うのかと力なく続けるレントゥスは、恥も外聞もなくすがり付いてきた。
「代王をたてるくらいならしても良いよ」
「代王……」
「そう。私の……リベルタの意を受けその命令通りに動く総領事みたいな立場の人。普段のゲリエの運営は全てその総領事に任せる。所謂、傀儡政権? 自由に出来ることは少ないと思ってね。
ただ利点としては、派遣元はリベルタだから、何かあったら私達も手伝う」
まあ、ようするに名義貸しみたいなもんだね。『神に祝福されたリベルタの女王が命じた総領事』それくらいなら手伝ってもいい。他国への牽制にはなるだろう。
ワハシュとの停戦はバルド殿へ頼めば何とかなるだろうし。と言うか、バルド殿も最初は属国になりたいって申し入れをしてきていたし、対外的にはリベルタの一部になるようなもんだ。停戦協議云々すらもなくなるな。国力の回復までには数十年から百年以上の時がかかるだろう。その間にゲリエにはリベルタの価値観を植え込んでしまえばいい。
「……何故それを俺に話す?」
レントゥスは私が何かを狙っていることに気がついたね。察しがよくて何よりだ。
「英雄レントゥス。貴方が祖国を守りたいと言うならば、我々が手を貸しましょう」
そう、アルフレッドやジルさん達と話し合った結果、代王改め総領事はレントゥスしかいないって事になった。
腐りきったゲリエ上層部で愚直に王を守り続けてきた騎士団長。英雄フェーヤブレッシャーのパーティーにいた元冒険者。そして今まで対応したゲリエの貴族で比較的マトモだった人だ。
この人が誇りを呑み込み、リベルタの傀儡となる覚悟を決めるならば、ゲリエを助ける。それが私達の結論で最大の譲歩だ。
「責任重大だな」
少し考えさせて欲しいと話すレントゥスに退出を許し、その日はお開きになった。
その後、ケトラからも公式な併呑の依頼が来ている最中、キナ臭い報告がオルランドの部下を通じて上がってきた。
王家を中心に私財をまとめて他国への出奔の動きがあるとの報告だ。結果が出る前に逃げられては後々の禍根になる。そう判断した私たちは、騎士たちに加えてバルド殿の兵を借りてジルさんを武力制圧に向かわせた。
抵抗という抵抗もなく捕縛できたケトラ国王の側には、文官っぽい王弟殿もいて王を諌めていたらしい。
何事もなければケトラに関しても総領事を派遣、もしくはリベルタとの不平等条約を結ぶだけで済ますつもりだったけれどそうも行かなくなった。
そんなわけで、王と王弟を初めとする王位継承権上位の者たちには監視つきの囚われの身となって頂いた。
ミセルコルディア戦から一月が経過し、魔物が復活してきていると報告を受けた。その報告と前後して久々にハルトがリベルタに戻ってきた。
「よう!」
「おかえり。その顔だと首尾は上々ってところかな?」
城壁や街中は連合軍の捕虜達が働いている。身の危険があるといけないと気楽な散歩も許可してもらえない。仕方なく呼び出したハルトは喜色満面で私の前に現れた。
「三ヶ所解放してきた。あと少しで四ヶ所目も行けたんだけど、魔物が復活して諦めた。
これで二人は自由だ」
「おめでとう! あ、隠れ家の部屋はそのままにしてあるから、良かったら今日は泊まってね」
五年で四ヶ所の解放。それがハルトパーティーに課せられた復活の代償だ。それをこの短期間で済ますことが出来て、ハルトは大はしゃぎだった。ひとしきり自慢話を聞いてから問いかける。
「それでこの後はどうするの?」
「この後?」
「うん。神との約束は果たされた。もうリベルタにいる理由はないよね?」
「はあ? 何いってんだよ、ババ……ッすみません!!」
驚いたハルトがまた失言をしようとした所で、四方八方から殺気が飛んだ。慌てて土下座するハルトを確認し、私すら驚くレベルで充満した殺気が霧散する。
「俺はリベルタに永久就職したんだろ?
俺の剣の主はリュスティーナ陛下だ。今まで我が儘を許してくれて感謝している。これからは女王の勇者となる。何でも命じてくれ」
はい? ちょっと気持ち悪いんだけど。
心の声が漏れていたのかハルトが不服そうな表情になった。
「ミセルコルディアとの戦い。連合軍との戦い。そしてその戦後処理。勇者を有効活用したい場面は何度もあったはずだ。でも陛下は俺達の目的を優先してくれた。
仲間たちとも話した。誰も不満はないから安心して欲しい。もちろん、今回解放した三ヶ所も女王陛下に捧げる」
ハルトがあまりにもまともな事をいうから、アルフレッドを初めとする重臣たちが驚いている。
「うーん、なら領主でもやる?」
「陛下、それは難しいかと……」
解放した土地の一部を与えて領主にでもなってもらおうかと思ったけれど、新米領主で何とか成るほど甘くはないらしい。ハルト本人も含めて全員に否定されてしまった。
「なら、とりあえずは今まで通りで。冒険者するもよし、だらだらするもよし。ただし私からの命令は最優先でよろしくね。
宰相、勇者に手当金って出せるかな?」
「畏まりました。では、ハルト殿は冒険者ギルドと我々の助言者の立場とし、月々の手当を出します」
リベルタの王城が出来れば、そこの一角をハルト達の住まいとする旨を取り決め、ハルトとの謁見は終わった。
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