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223.終戦協議

「虎めがッ! 裏切りおって!!」


 翌日、連合軍の高位の者達を集めた天幕に怒号が響く。王を面罵され顔色を変える護衛たちを尻目に、バルド殿は眉ひとつ動かさなかった。


「何とか言ったらどうなのだ!」


 ダンッと音を発てて両手をテーブルに打ち付けると、残されたゲリエの指揮官の一人が身を乗り出した。その衝撃でお茶が溢れたけれど誰も気にしていない。


「…………裏切ってなどおらぬ。我々は当初からリベルタと友誼を結んでおった。だが法王ナスルにより、質を取られ従うしかなかった。

 リベルタの女王に包み隠さず状況を伝え助けを乞うた所、王妃をはじめとする女達が戻った。

 故に我々は()()()()()()()()()リベルタと同盟を復活させたのみ」


「それを裏切りと言わずに何と言う気か!!」


 激昂する指揮官から私に視線を戻したバルド殿は先に進めてはどうかと問いかけてきた。


 バルド殿に頼んだ「泥」の内容は多岐に渡る。主な所だけ確認しておこう。


 一つ。

 バルド派は当初よりリベルタと協定があった事にする事。


 二つ。

 法王の死去に伴い、バルド殿が国王に復帰する事。方法は問わない。


 三つ。

 バルド殿がワハシュの国王として公式に我々リベルタと国交を結ぶ事。


 四つ。

 ワハシュの国教は調律神メントレとし、法王派を解体もしくは二度と権力を握らせないようにする事。


 五つ。

 赤鱗騎士団にかけられた疑いを晴らし、その名誉を回復させること。


 六つ。

 今回のバルド派と我々リベルタとの間で起きた()()()()()について、その賠償の一切はワハシュが責任を持つ事。


 他にも色々とあるけれど大きな約束はそれくらいか。静かに私からの提案を聞いた虎の王様はそんな事でいいのかと確認してその全てを受け入れた。


 いや、すんなり全て呑むとは思わなかったから驚いた。だけどもバルド殿からしたら、想定の範囲内の当たり前の要求ばかりだったから、そんな事でいいのかと念を押されてしまった。


 他国との信頼関係やら何やら、かなり今後の運営に関して影響の出る要求のはずなのに、悩まず受け入れるバルド殿に、王の器とはこんな風なのかと感心して、今後も参考にさせてもらおうと思ったのは内緒だ。


 焦れた様に私に反応を求めるバルド殿の視線を受け止めてから、控えていたレイモンドさんにお茶を入れ替える様に指示を出す。


「貴殿達はご自身の置かれた立場を分かっておられぬのでしょうか」


 バルド殿を睨むばかりで一度も私を視界に入れぬ連合軍の代表者達に話しかける。


「…………」


 顔を伏せ沈黙を持って返事とする代表者達を、軽く睨み付けたまま言葉を続ける。


「ワハシュより、ミセルコルディアに支配された法王ナスルの右腕であった司教長ヤコリエ殿。

 ペンヘバンより教皇のご子息、カルデナル司教殿。

 ケトラより王弟、モナンサバン殿。

 ゲリエより、前線指揮官である男爵家当主殿。

 間違いはございませんか?」


 冷たく問いかける私にようやく視線を合わせ、見つめる眼は、恐怖、猜疑、怒り、恨み、興味等々、複雑奇怪な色を浮かべている。


「降伏の申し出と聞きました。そちらからの提案を聞きましょう」


 今、バルド殿の兵士にも手伝ってもらって、高位の者、強者を優先して捕虜にし、リベルタへの護送の手配をしている。

 ちなみに強者の中には現ギルドマスターに見捨てられ、もしくは見捨てこの地に残った冒険者達もいる。こちらは代表を出せと言っても無理だろうから、リベルタのクレフおじいちゃんとクルバさんに相談して対応を決めるつもりだ。


「何故私だけ名を呼ばぬ」


 噛みついてきたのはゲリエの男爵だった。


「何故貴方ごときの名を呼ばねばならぬのですか」


「私はゲリエの代表である! その私を愚弄するならばそれ相応の覚悟があるのだろうな」


「……ふ。貴方は確かにゲリエの代表ではある。でも今だけでしょう?

 王は移転で祖国に帰った。同行していた多くの高位貴族も同じくお抱えの魔法使いに命じ、領地もしくは王都に戻った。

 残ったのは自己で移転を使える魔法使いを確保できなかった下位貴族のみと報告を受けています。……ああ、一部逃げられたのに逃げなかった方もいらしたようではありますね。失礼しました」


 バカにしていることを隠さずに話す。残った一部はもちろんこの人ではない。竜騎士であり、ゲリエの騎士団長でもあるレントゥスだ。


 あちらは早々に無条件降伏を申し入れ、縛についた。立場やら背景やらを考え、私と会わせるのは危険と判断したアルフレッドにより、第一陣でリベルタへの護送が決定している。


 そう言えば連合軍の中にデュシスからの使者が確認されたらしい。見つけた赤鱗からの報告を受けて、ジルさんが教えてくれた。こちらは対応に注意を払い「お客さん」対応で一陣でリベルタへの移動を指示したとのことだ。


「王を見捨て命乞いをした者のことなど知らぬ」


 吐き捨てるように話した男爵は音を発てて席に座ると、顎をしゃくる。ああ、もう。自分が敗残者だと言う自覚ないな、こいつ。


「さて、では聞きましょうか」


 ピンと背筋を伸ばし、入れ替えられたお茶を持ち上げつつ誰から話し出すかと様子を窺う。


「ワハシュよりリベルタの女王へ申し上げる。

 我らワハシュは逆賊赤鱗の討伐を掲げリベルタへと攻めいった。神に逆らう赤鱗をそなたが引き渡して頂けるならば、全ての兵を引き国交を結ぼう」


 うん、あり得ないな。


「宗教国家、ペンヘバンを代表し申し上げます。我らペンヘバンは神託に従い、リベルタの女王を救出するために兵をあげました。

 それが間違いであったと言うならば償わねばならぬでしょう」


 へえ、まともだね。


「ですが……」


 ん?


「私ごときではペンヘバン全土はおろか、軍全てに命令をする事は出来ません。恐らく女王陛下にはご迷惑をお掛けすることになると思います。申し訳ございません」


 ………………。素直で正直な所は評価できるけど、指揮官としてはイマイチ。まあ、この人の背景を考えれば妥当な判断だとは思うけれど、これは保留かな?


「ケトラは無条件降伏する。これは兄王からの命令でもある。もし連合軍が敗れることあれば、我が国に次はない。

 命じられれば王族の首はすぐにも届ける。処刑すると言うならばそれも受け入れよう。ただ無辜(むこ)の民への配慮を頼みたい」


 潔く言い切った王弟殿下は、命じれば今すぐにでも首を掻き切って死にそうだ。見た目文官っぽいのに随分と漢らしいねぇ。この人となら良い関係が作れるかな?


「ゲリエは……戦場に出ている兵へは停戦を命じた。それ以上は何も約束出来ん。先程女王がおっしゃられたように所詮下位貴族だ。期待はしないでもらおう」


 うん、度胸は評価しよう。だがそれだけだ。自分の立場を弁えているならば、バルド殿に喧嘩を売ることはないだろうし、私たちへの態度ももう少し何とかするだろう。


「リベルタの女王と我らが王は血族だ。ならば直接お話になればよろしいだろう」


 ほらね。また余計な一言を……。うん、ゲリエは虜囚となって頂こう。後はアルを通してゲリエ本国との交渉だね。何人か馘にして送らなきゃダメかもなぁ……。


 連合軍の中でも温度差があるとは聞いていたけれど、これ程とはね。まあ、国も違うし、今回攻め入ってきた理由も違うし仕方ないか。これからは担当者を決めて個別交渉としよう。


「…………申し出はお伺いしました」


 私の目配せを受けてアルフレッドが場を引き取る。


「皆様の申し出への返答は後日行わせて頂きます。本日はご苦労でした」


 無言で席を立つ私に非難の声が上がるが、意識的に反応はせずに天幕を出た。この後はアルフレッドとフォルクマー達に任せよう。


「お疲れさまでした」


 一緒に外に出たバルド殿に挨拶する。


「見事な女王ぶりであった。

 リュスティーナ陛下に折り入って頼みがある」


 周りを気にするバルド殿を連れて、私用の天幕に戻った。

 

「すまんが一度ワハシュへ戻りたい」


「何故?」


「今のうちに神殿を解体する」


「ほう? どうやって?」


「叩けば埃が出る。法王亡き今が絶好の機会。何より俺が王に返り咲くには、今を逃せば機会を失う。

 戻り次第大首長達の会議を召集し、今の国王を追い落とす。どうせゴリラ族の傀儡だ。もし地位に執着するようならば不幸な事になるだけだ」


 迷いなく言い切るから勝算は高いのだろう。


「私との約束を果たすためと言うならば協力は惜しまないけど」


「兵はここに置いていく。王子に権限を移譲する事を許して頂けるならば問題なく回るはずだ」


「お気遣い頂いてどうも」


「補佐のためにフィーネもここに残る。心配は要らぬ。それと……」


 言いにくそうなバルド殿だったが意を決して先を続けた。


「リベルタとの友好関係を明らかにしたい」


「ああ、もちろん。構いませんよ。バルド殿が今一度国を掌握するのに必要ならば、いくらでも使ってください」


 そんな事かと拍子抜けてして承諾する。証拠代わりにこれを返せばいいかなと、前に渡した赤鱗を荷物から取り出した。


「良いのか?」


「これが一番分かりやすいですから。

 でも今度はこれに危害を加えられる様なことはゴメンですよ」


 気楽に笑いながら釘を刺す。神子姫教の象徴たる赤鱗は、フォルクマー達赤鱗騎士団の象徴でもある。


 私だって赤鱗の街が陥落した時の惨劇を忘れた訳ではない。犠牲になった獣人の事をなかった事には出来ない。


 気楽に話したつもりだったけれど、どうやら眼は笑っていなかったのかもしれない。緊張した面持ちでバルド殿は赤鱗を恭しく受け取った。


「心しよう」


「では、今度はお互いに政治的な戦いですね。よろしくお願いします」


 私たちはにっこり笑って握手を交わし、それぞれの戦いへと向かい別れた。




(C) 2016 るでゆん

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