222.虎一家の再会
どうしたもんかと下を見ていても、助けてくれそうな人はいない。……いや、人間の部隊の中央で移転が発動したから、誰かは逃げたのかな?
アイテムはおっちゃんが回収したけれど自前の魔法でならば逃げられる。こっそりとだが確実に人間の部隊がいるあちこちで移転が発動していた。
おそらく逃げている人間は高位の者達だろう。出来れば捕縛したいが広範囲だし、何より人手が足らない。諦めるしかないか……。
切り替えてこれからの事を相談しようとアルフレッドを目指して降下する。地上に降り立った私を出迎えたアルフレッド達もまた一様に頭を垂れていた。
「ただいま」
「はっ!」
誰ひとりとして顔を上げないから仕方なく頭頂部に向けて挨拶をする。
「どうしたの? 立ってよ」
「いえ、そのような」
「メントレのお……いや、調律神メントレは貴方達を怒った訳じゃない。これからの事を話したいし、皆には連合軍への対処を頼みたい。
立ってくれないと話しにくいよ」
「しかし尊き御身の前で頭を上げるような不敬をおこなう訳には……」
「いいからさっさと立って」
「……かしこまりました」
押し問答の末に赤鱗達も含めて全員が立ち上がる。まったく今だに戦争の最中だぞ。敵も地に伏せているとはいえ、殺されたらどうする気だったんだか……。
「アル、どうしようか?」
見渡す限りの平伏する人、人、人、時々馬、稀に龍、そしてまた人、人。遠い目になったのも仕方ないと思いたい。
「どう……とは?」
「いや、これだけの人数、捕虜には出来ないよねぇって」
私たちの会話が聞き取れる位置にいる敵兵の肩が揺れた気がした。襲ってくるかと警戒して、動きがあった場所付近を見つめるがそれ以上の反応はなかった。
「……陛下?」
行動を止めた私を騎士達が注視している。
「陛下、バルド殿が謁見を希望しております。いかがしますか?」
フォルクマーが静かに問いかけてきた。虎の王様か……そういえば奥さんを助けにいった坩堝さんと、息子さんを救出にいったオルランドは無事かしら?
「陛下、リベルタよりクレフ殿から連絡が来ております」
「クレフおじいちゃんから? 街の現状報告かな。アルフレッド、連合軍の指揮官クラスを集めなさい。降伏するか否か、まずは会談をもたなくてはダメだよね?」
アルフレッドは頷くと、森の近くに設置した陣地に戻る事を提案してきた。交渉する拠点が必要だとは思っていたから二つ返事で同意して赤鱗達を連れて移転した。
「アイテムを」
無事だった天幕のひとつを私用として、クレフおじいちゃんと繋がる通信機に手を伸ばす。
「女王陛下、戦勝をお祝い申し上げる」
「ありがとうございます。リベルタの現状は?」
「街を囲む城壁は破壊されましたが、死傷者は少ないのでご安心を。また、勇者ハルト、冒険者達の協力により、魔物は退けました。突然魔物達は逃げ去ったことから、神様の御助勢ゆえと思うております」
「それは何より。城壁は悔しいけれどまた作ればいい。今は怪我人の手当てと動揺しているであろう住人達へのフォローをお願いします」
「うむ、任せよ。それでの、ティナちゃん。坩堝より連絡があり、フィーネ王妃の救出が完了した。既にリベルタの冒険者ギルドにて保護しておる。同時に囚われておった女衆は坩堝に護衛されワハシュのギルドに匿われておる。危険はないゆえ安心しておくれ」
「それは助かります。ワハシュの冒険者ギルドもこちらにつきましたか。
我々も独自にご子息の消息を掴み、今、オルランドが救出に向かっています。これからバルド殿との会談を持ちます。ご婦人がたの無事と共にお伝えすれば喜んでいただけるでしょう」
その後、簡単な打ち合わせをして通信を切る。それなりの数の捕虜を連れていく事になるから、冒険者達への有償での協力要請も出した。
「……ハニーバニー」
さて、バルドさんを呼ぼうと思ったらオルランドから連絡が入った。
「どうなったの?」
「ご子息を確保したが流石に逃げ切れなさそうだ。迎えに来てもらえるかな?」
気楽そうに切迫した状況を伝えてくんな!
「すぐ行く。
誰か! 宰相をここへ!!」
慌てて天幕の外に呼び掛ける。私の声と同時にアルフレッドが入ってくる。天幕の前で待っていてくれたのだろう。
「オルランドの所に行ってくる。クレフ殿に連絡し、冒険者ギルドの魔導師にフィーネ王妃をここに移転させるように頼んで。もちろんお礼は支払う。それとバルド殿との会談の準備を」
「かしこまりました」
頭を下げるアルフレッドをそのままに、オルランドの所へ向かう。
離れすぎているし、大体の距離と方角しかわからない。ざっくりと跳んで、詳細を調べるのは近くに着いてからだな。
そう考えて二度に分けて移転をした。
上空に移転しオルランドと合流する。ワハシュの兵士に囲まれたオルは、数人の部下と共に虎の王子様を守りながら戦っていた。
「先ほどの娘!!」
私の顔はメントレのおっちゃんのせいで全世界に知られている。オルランドの所に降り立った途端に顔バレして、獣人達は一様に驚いているみたいだ。
「オル! 行くよ!!」
オルが背後に庇う仕草をしていた若い虎獣人とそのお付き、オルランドと数人のオルランドの部下を連れて移転しようとする。
「ワハシュの民よ!
そなたらの法王は我らリベルタが討ち取った! そなたらの敗けだ!!」
ついでに混乱させてやろうと獣人達に向けて叫ぶ。驚愕に見開かれる瞳を見つつ、今度こそ天幕の中に戻った。
「お帰りなさいませ」
「ただいま、アルフレッド。ジルさん、誰も怪我はないから安心してください。それと皆も出迎えご苦労」
軽く頭を下げてざっと増えた面子の紹介をする。
「外へ降伏するとの連合軍の使者が参っております。またそれ以外の高位の指揮官及び貴族を抽出し、赤鱗を捕縛に向けております。
なお、バルド殿も近くの天幕でお待ちです」
「父上が?」
「父……ああ、殿下でございますか。この度は無事のご帰還お祝い申し上げます」
私たちの会話に思わずと言う雰囲気で割り込んできた王子様にアルフレッドが冷たく答えた。さっき紹介したのに必要以上に冷えた口調はリベルタの宰相としての反応なのだろう。
「……申し訳ない」
「殿下が謝罪されることでは」
アルに向かって軽く頭を下げる王子様にお付きの人が話している。お付きはなんの獣人だろう? 虎猫? 尖った耳とシマシマの尻尾が可愛らしい王子様よりいくつか年上の青年だ。
「……駄目だ。
リベルタの女王陛下に申し上げます。部下の方に命じ私を助けてくださった事、深くお礼申し上げます」
王子様が膝をつきかけて、慌てて押し止める。
「当然の事をしたまでです。この後お父上とお母上も参られます。どうぞお寛ぎ下さい」
身支度を整えるのに何処か天幕を準備した方がいいかなと思ったけれど、アルフレッドがすぐにバルド殿を呼ぶと話して騎士を向かわせた。
それと前後してフォルクマーが手配した護衛騎士達もまた天幕に集まった。王子様と面識があったメンバーもいたらしく、無事を喜んでいた。
程なくして鎧下姿のバルド王が表れる。多くの供は外に残り、一緒に入ってきたのはオスクロだけだった。
「殿下!!」
そのオスクロが虎の王子様を見つけて驚きの声を上げる。
「父上、申し訳ございません」
「ティナ、よもやと思うがお前達が王子様を捕らえていたのではないだろうな?」
厳しい表情のまま無言で佇む虎の王様に変わり、オスクロが問いかけた。それに「無礼な」と反応する騎士達を抑えてそっとアルフレッドに目配せする。あー……ジルさんは剣柄から手を放そうね?
「誰に向かって何を話しているのですか?
そちらにおられるのはリベルタの女王にして、調律神メントレの加護を受けしリュスティーナ陛下。貴殿が気楽に話しかけて良い相手ではありません」
冷たいようだけれど今回は王同士の公式会談の場だ。オスクロの失言に私が答えるわけにはいかない。あ、無言で荒ぶるジルさんの気配が落ち着いた。
「違う! 僕はリベルタの女王によって助けられここにいる。オスクロ殿、リベルタの女王陛下に謝罪を」
慌てて仲裁に入る王子様を眼光鋭く見つめた虎の王様は、間違いないのかと確認し膝をついた。
無防備に跪く王を見た獣人達が驚いている。うん、私も驚いた。
「虎族を代表し、リベルタへの無条件降伏を申し入れる。また我が息子を救ってくださったこと、お礼申し上げる。この通りだ」
深々と頭を下げて動かなくなる虎の王様の姿を見た王子様も王様の後ろに移動して頭を下げた。
「虎の王様?」
「俺はもう王ではない。名前でお呼びください」
えーっと、確か……。
「バルド殿?」
自信なさげに名前を呼べば、敬称もいらぬと言われてしまった。フォルクマーやジルさんが難色を示すかなと思って周りを見ても、当然だと言うように誰も動揺していない。
「我々は唯一リベルタ軍へ直接攻撃をした。
全ての責任は俺にある。出来れば俺と息子の命で贖いたいが認めて頂けるだろうか」
おーい、バルドさん。息子の無事を喜んだ舌の根も乾かない内に、息子さんの命をかけてどうする。
「あなた!」
なんとツッコミを入れたら良いか視線をさまよわせていたら、女の人が飛び込んできた。
「フィーネ様!」
「母上!」
「無事であったか!!」
いや、外も騒がしかったからおそらく来たんだろうとは思ってたんだけど、やっぱりと言うかなんと言うか虎の王妃様が現れた。
抱き合って喜ぶ王様達に天幕の外にいる獣人達も嬉しそうだ。
「陛下……お願いがございます」
悩んでいたフォルクマーが再会を喜ぶ虎の王様達の邪魔をしないように控え目に話しかけてきた。
「何? 今回の功労者の望みだからね。出来るだけは叶えるよ?」
まあ、この状況だと虎の王様の助命嘆願か、逆に処刑嘆願かどっちかだろうけどさ。
「何とかバルド殿のお命だけはお助け頂けないでしょうか」
「赤鱗の皆がいいなら良いけど、騎士たちは大丈夫なの? お互いに損害なしとはいかないでしょ? 恨みとか……」
「我々に死者は出ておりません。バルド殿の部下の死者も片手で十分に足りるかと」
激しく戦っていた風だったのに、予想外に少ない死者数に驚いてしまった。
「決して手を抜いた訳では御座いません。ただ、殺気ない相手を殺す事は出来ず……」
申し訳ございませんと謝罪するフォルクマーに合わせて中にいた騎士達全員に頭を下げられた。
「……そう。ならば」
私達の会話に気が付いたのか、虎の一家がまた膝を屈した。
「夫と息子に一目会わせて頂けたこと、陛下の恩情に感謝いたします。これで思い残す事はございません」
「一国の王たる立場からは退いたが、その責務は知っている。草原種族を率いてリベルタに敵対した。その指揮官としての責は負う」
「無論、その子である僕も責から逃れるつもりはありません」
三人が三人ともに頭を垂れる。
「昔の友誼にすがり伏して頼む。
どうか我らの兵には慈悲を与えて頂きたい」
自分達の処刑も覚悟の虎一家を見て、私もまたこの人たちを死なせるのは惜しいと思ってしまった。
「……フォルクマー達の望みでもある。命はいらない。ただ」
「ただ?」
言葉を切った私をバルド殿を見つめる。
「泥を被ってくれませんか?」
「泥、とは?」
突然何を言い出すのかと首を傾げるバルド王に私はひとつの提案をし、そしてその提案は受け入れられた。
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