221.法王戦
オルランドを送り出し、ジルさん達に援護を飛ばしつつ状況を確認する。赤鱗と虎の王様の部隊では、あちこちで衝突が起きていた。
殺すなと命じたいけれど、今の私たちは多勢に無勢。数の上ではとんでもなく不利だ。味方に殺すなと命じれば、赤鱗の騎士達は自分の命を犠牲にしてでも私の命令を守ろうとするだろう。後で後悔することになったとしても、赤鱗の犠牲を望む事は出来なかった。
「ジルさん! アル! 下がって!!
大きいの一発行くよ!!」
一度唇を噛み、迷いを断ち切るために法王との戦いに目を向ける。最優先はリベルタの、私の民達だ。戦いに集中しなくては……。
私の声を受けて下がったジルさん達を確認して、法王へと魔法をぶつけた。
「やっぱり駄目か」
「あれはスライムなのでしょうか? 獣の様に見えるのですが……」
「異常な回復力だな」
至近距離で爆発を受け、体が半分飛び散ったにも関わらず法王は生きていた。その上、飛び散った肉が集まり、盛り上がり身体を再構成している。そもそも痛みを感じたのかどうか。攻撃した私を視界に捕らえて、拳を握っている。
「ミセルコルディアの加護かな?
厄介な……」
「ユリさん、前にメントレ様から贈られたハサミを出してください。あれならば有効打になります」
法王から視線を逸らさないままハロさんが私に声をかけた。
「ハサミ? ああ、コレ? って何で光ってんのよ」
アイテムボックスからハサミを取り出す。ピカピカと点滅を繰り返すハサミをハロさんに差し出した。
「かなめを抜いてください」
「かなめ?」
確かに二つの刃を合わせる要の部分が強く光っている。指を近づけたら弾け飛ぶように抜けた。
「うわっ!」
要を抜かれたハサミの刃は巨大化し、見る間に双剣っぽくなった。まぁ、良く見ればハサミの刃だけど。
「なに、この面白武器は……」
「ユリさんの性格上、剣だと即封印されるか死蔵されるかになりそうだと、メントレ様が普段使いしやすい鋏の形にしました。ですがソレの本質は勇者の剣と同じ『神殺し』です。
あのミセルコルディアに飲み込まれた獣人にも有効でしょう」
確かに神を殺す武器なんて贈られたら、即アイテムボックスの奥底に地層処分だね。それでもこれは……。何と言うか、台無しじゃね?
「ティナ! 来るぞ!!」
「我が君!」
ジルさんの警告を受けてアルフレッドが法王の突撃線上に躍り出た。そのまま盾をかざし、勢いを殺そうと踏ん張る。
「なっ!」
「跳んだ?!」
アルフレッドの目前で宙に舞った法王は、掌を組み合わせ振りかぶった。
「警戒! 上空!!」
ヒラリと高度を上げ、法王の攻撃範囲から逃げたハロさんが周囲で戦う赤鱗騎士達へ警告を発する。
「カァァァァ!!」
鳥のような奇声を発しながら腕が振り下ろされる。衝撃波は地面を割り、風は騎士達を含めて周囲にいた全てを薙ぎ払った。
「うわぁ!」
「ぎゃぁ!!」
「危ない!」
倒された人々の中でも、早く立ち直った騎士が敵を狩る。反撃されている者もいるが、互いに助け合って防いでいるようだ。
「常にとんでもない状況で生活しているからな。流石に立ち直りが早い」
チラッと騎士達を見たジルさんは、安心した様に呟くと法王に向き直る。んー……微妙に失礼な事を言われた気がするけど、今はそれどころじゃないか。
「ハロさん!」
「何でしょう?」
上空のハロさんに話しかける。
「コレは私しか使えないの?」
「いえ、要を外してしまえば誰でも使えます。ただ鋏の形の場合はユリさん専用です。当然ですがかなめを外すことが出来るのはユリさんだけです」
ハロさんの答えを聞いて、右手に持っていた鋏の片方をジルさんに差し出す。
「ティナ?」
「使って下さい。その剣では法王には届かない」
「すまん」
ジルさんは本来指を引っかける場所の少し前を持つ事にしたようだ。私も同じ場所に手をかけ、更に左手は輪の後ろを支えるように添わせる。
「アルフレッド! 法王の動きを止めなさい!!」
アルに指示を出すと同時に、法王に向けて突っ込む。アルフレッドは法王に近付いてヘイトを稼いでくれている。
「これなら!」
「行けそうだね!」
ジルさんと協力して法王を斬りつける。ジルさんがつけた傷口は焼けた様に炭化し、私の方は腐敗したようだ。回復しようとしているけれど、今までと比べて明らかに遅い。
「獣人としての弱点はそのままです。その鋏剣で倒せば蘇りはしません!」
ハロさんの声を受けて攻撃をする手に力が篭る。
いつの間にか私たちを囲むように戦っていた騎士達は手を止め見守っていた。
ジルさんが得意の敏捷性を生かし背後をとる。背後から斬られた法王は怒ってジルさんに向き直り腕を振るおうとしたけれど、その攻撃をアルフレッドが受ける。
死角となった一角から私が飛び出し剣を突き刺す。
「グゥルゥゥガァァァァ!!」
ダメージが蓄積して怒り狂う法王が、範囲攻撃を放とうと腕を振り上げる。
「ティナ!!」
ジルさんが私の名を呼ぶと同時に、法王の懐に飛び込んだ。それに合わせて私も法王の背後に回る。
「グゥゥゥゥ……ガァ!!」
ジルさんが正面から法王を突き刺す。庇う様に丸めた背に私は飛び乗り、体重を掛けて心臓があるであろう場所を刺した。
苦痛の呻きをあげながらも法王は倒れない。それどころか足に力を入れ踏ん張ると、ジルさんに向けて拳を突き出す。
「ジル!」
突き出された拳は、割り込んできたアルフレッドによって防がれる。ジルさんが鋏剣を回転させて更に深い傷を負わせる。堪えきれなかったのか、法王が初めて片膝をついた。
「トドメ!!」
背中を蹴って刺さっていた剣を抜く。そのまま後頭部からうなじを狙って剣を振るう。
とっさに差し出された法王の腕を斬り飛ばし、硬い骨に当たる。それ以上鋏が動かせなくなった。
「ウォォォ!!」
鋏剣を抜いたジルさんが下から同じように首切りを狙う。上下から挟み込まれた法王の頭部はようやく落ちた。
倒れる法王の身体に巻き込まれないよう、法王から離れた。ジルさん達がすぐに私に合流する。
「コレは如何しますか?」
盾を裏側にしてお盆のような形にしたアルフレッドが恭しく法王の首を差し出しながら問いかけてきた。
「……貸して」
触りたくもないけれど、髪というか毛と言うべきか、持ちやすい場所を選んで宙に浮かぶ。
「ユリさん?」
「ハロさん、ちょっと私の近くにいてもらえますか?」
上空に浮かんだ私に近づいてきたハロさんに頼む。
『連合軍に告ぐ!!
武器を捨てろ!! 法王は我らリベルタが討ち取った!!
これより先、敵対行動をとるならば、我らリベルタが相手になる。ただひとり足りとも、生きて祖国の土を踏めると思うな!!』
黒い血を滴らせる法王の首を高く掲げる。後ろでホバリングしていたハロさんが、神々の気配を身に纏ったまま、地上へと声を響かせた。
『我が神の愛娘にこれ以上刃を向けると言うならば、神の加護を喪う覚悟をなさい。それを望まぬならば、今すぐ武器を捨て膝を屈しなさい』
完全武装の神の御使いに睨まれて、地上に動揺が走る。
「ちょうどいいタイミングですね。流石、メントレ様」
そうハロさんが呟くと、リベルタに向けて深々と頭を下げる。つられて背後にあるリベルタの方角を見れば、禍々しい空は光が差し急速に青空が広がり始めていた。
「あっちも終わったのかな?」
「そのようですね。メントレ様もすぐにこちらに……」
ハロさんが言い終わるのを待たずに、メントレのおっちゃんが移転してきた。
「なんだ、こっちはまだ終わらんのか?」
呆れた様に私を見ると、地上に声を響かせる。
『ワハシュの法王を惑わせし、堕ちたる女神は我が手により退けた。そなたらは堕ちたる女神の眷族か。この地に生きる民か。我へと示せ』
『リュスティーナよ、そなたが望むならばついでに地上の掃除もするが如何する?』
威厳に満ちた口調と声で問いかけられた。それに首を振って否定する。
「不要。ミセルコルディアの討伐は感謝するけど、これ以上はしなくていい。今回神に助勢されたことで、リベルタの勝利とはならないだろう。次の戦いに備えなくてはならないから……」
言外に面倒臭いと滲ませて答えた。
例え犠牲を払っても自力で撃退したならば、周りの国々もリベルタを認めざるをえないだろう。でも神の横槍と判断されたら……そして本来メントレのおっちゃんはここに降臨出来ないと知られたらまた戦争になるだろう。
それに備えて、これからの外交と軍備を整えて行かなくては……。
「やはり心配性は変わらぬか」
明確に呆れられて苦笑混じりにため息を吐かれた。
「ユリさん、大丈夫みたいですよ?」
ほら、と指差された地上では連合軍の多くが武装解除してメントレのおっちゃんに頭を垂れている。
『……集まれ』
メントレのおっちゃんの力ある言葉の影響で下に散乱していた剣やら槍やらの武器と、バラバラに砕け引き剥がされた防具が空一面に集まる。
『分別、圧縮、純化、精製、変化』
一言ずつ宙に浮いた武器と防具は形を変える。それぞれが素材、インゴット、魔石、布、革等々に変わる。
「ユリ、保管しろ」
私のアイテムボックスを勝手に開き、作った素材を入れられる。なんか地上からも光点となったアイテムが大量に入ってきてるんだけど!
何やってんのよ、神様。
「え? は? なんで」
「武器、防具、食料、金銭。全てお前のアイテムボックスに格納した。武器と防具は素材に戻したからな。これで使えまい。下の連中は捕らえるなり殺すなり好きにしろ。
手ぶらで戻れる程この世界は甘くない。
もうすぐ時間切れだ。これが俺の出来る最後の手助けになるだろう」
「はい?」
「ああ、それとハルトはミセルコルディアが弱体化している今の隙に、境界の森を解放すると突撃している。おそらく三ヶ所は解放できるだろうな」
「いや、ミセルコルディアは滅んだんじゃ」
「滅んではいない。現世に出てくることは難しくなっただろうが、腐っても女神。滅ぼすことは出来なかった」
「……あらら」
何といっていいか分からずにそれだけを口に出す。
時間だと呟いたメントレはハロさんを見る。
「ユリさん、いえ、リベルタの女王にして調律神メントレの使徒リュスティーナ様。どうかお達者で。貴女の人生が実り多きものであることを祈っています」
ギュっと一度抱きしめると、ひときわ強い輝きを纏って上空に消える。それと前後して境界の森からも光が立ち昇ったから、クスリカちゃんも帰ったのだろう。
「ではな。
次に会えるとすればお前が寿命を全うした時か。それとも今回の様にまた条件が揃うか……。
お前もハルトも良くやっている。ならばこそ、俺もこの世界に戻る気になった。
礼を言う」
面と向かって初めてお礼を言われて、驚きに目を白黒させている間に、おっちゃんもまた光を纏う。
『我、調律神にして唯一神メントレは、リベルタを祝がん!
リベルタに幸あれ。リベルタを守りし女王に幸運を。リュスティーナよ、我の地上の代行者にして愛娘よ。この世界を楽しむがいい』
目を潰すほどの輝きに瞳を閉じて腕を翳す。恐る恐る周囲を見渡した時には、メントレのおっちゃんは影も形もなかった。
「……さて、どうしたもんか」
メントレのおっちゃんの神気に触れて、地上一面に平伏す兵士たちを見つめながら、私は途方にくれていた。




