20.軽食は何を持ってきてくれたの?
森に引っ越しをして早1ヶ月、何度かケビンさんたちの回復薬を作ったり、新しいフィールドを探検したりと案外忙しい日々を過ごすことになった。町には納品に一回だけ渋々行ったが、周りの注目の的だったから、しばらくは行きたくない。
今日、西の森に初雪が降った。昼までには溶けて消えるだろうけれど、うっすらと白く積もっている。
雪と共に兵隊に取られていた住人やポーション職人たちが前線から戻ってくる。
アンナさんの話では、この地方は大人の背丈くらいまでの雪に閉ざされる事になるから、これからの依頼は緊急の物のみ。素材採集も屋外のものは春までお休み、ダンジョンで取れるもののみでしのぐ事になるそうだ。それを分かっている貯蓄の足らない冒険者たちは、雪の少ない地方に移動してしまっていた。
幸運な事に、スカルマッシャーのメンバーも自由の風のメンバーも、今年はここに残ってダンジョン攻略に勤しむとの事だった。
ちなみに、私は14歳になった。成人まであと一年を切ってしまった。およそ11ヶ月で今の後ろ楯を失う。そろそろ本格的に今後を考えなくては。
「ティナお嬢様、お昼に食べる軽食の準備が出来ました。でも、ボク、本当に一緒に行って良いんですか?」
考え込んでいた私に、森で獲れるドロップ品で作った防具に身を包んだダビデが不安そうに聞いてくる。腰には町で買ったダガーを下げていて一端の駆け出し冒険者のようだ。
今までは雪が降ると採れなくなる素材採集を優先して、森の中のみ活動していたけれど、今日は初めてダンジョンに潜ります!
そうは言っても、地下三階までしかない、命に関わる様な罠もない初心者用、練習ダンジョンと呼ばれている"囀ずり洞窟"だけどね。
私にとっては、ヌルすぎる敵しかいないこのダンジョンに潜る理由は、ダビデだ。
コボルドの種族限界はレベル30。ダビデはレベル4。最初はわざわざ危険な思いをさせてまでレベルを上げる気はなかったのだけれど、能力値の合計が上がれば、老化が遅くなり、寿命も伸びると知って気が変わった。
森の実験では近くにいて、戦闘に参加、もしくは止めを刺した人間が仲間だと判断していれば、経験値は自動で頭割りになった。
近くにって言うのは、おそらく同一戦闘フィールド内だろうと思う。
という訳で、無理しない程度に、ダビデをカンストさせようと思う。本人に打診したら、喜んでもらえたしね。この冬の目標。
しばらく出しっぱなしだった隠れ家を収納し、ダンジョンを目指す。隠れ家は森の北、山脈との境にあたる深部で展開していたから、ダンジョンに近けば近づくほど魔物は弱くなっていく。
せっかくだから、遭遇した魔物は美味しく経験値になってもらった。
ダンジョン到着時点でレベルは11。このまま森でレベルアップをさせたほうが効率は良いけど、万一ダビデに攻撃されたときには危険も大きいし、当初の予定通りダンジョンに入ろう。
「お嬢様、松明はどうしますか?」
洞窟の入り口で背負子から木の棒を出しつつ、ダビデが尋ねてくる。うん、王道だよね。ワクワクしてきた。
「冒ギルの情報では、中には光ゴケが生えていて少し薄暗いけど視界は確保出来るって話だから、すぐ取り出せる所に入れておいて必要なら使おうか?」
「はい。ならベルトに差しておきます」
「最初に私が入って、次がダビデ、警戒は怠らないつもりだけど背後に注意をしてもらえる?」
無難に隊列って程ではないけれど、順番を指定した私に、珍しくダビデが反論した。
「お嬢様、ボクが先頭に立ちます。お嬢様はお強いとは言え、後衛です。ボク、お嬢様を守ります」
……可愛い。明らかに自分より弱い相手に守られるのは、どうかと思うし、ダビデがかすり傷でも負うのはごめんだけど、この洞窟は弱い敵しかいないし、たまには守られてみましょうかね。万一の場合でもフォロー出来るし。
「んー、ならダビデが先頭でいいよ。そのかわり、防御魔法を掛けるから、抵抗しないでね」
頷くダビデに持続時間延長、効果アップで防御魔法を唱える。ついでに、状態異常全耐性と万一を考えてダメージ床回避の魔法も唱えた。
こっそり中級ダンジョンのラスボスとも殺り合える規模の援護になったけれど、ウチのコが怪我をするよりはいいさ。
さて、囀ずり洞窟にお住まいの魔物の皆様、今日は皆様の厄日です。経験値になっていただきますよ♪
大人が両手を広げた程度の幅の通路を歩き、ひとつ目の広場に着く。今自分が入ってきた所を含めて、分岐は3つ。
広間の床にはグリーンスライム。闇に沈んだ天井には吸血コウモリが少し隠れている。
「お嬢様、スライムです。核を攻撃するか、魔法で攻撃するかですが、どうしますか?」
ピンと尻尾を上げて警戒しつつダビデが指示を仰ぐ。
「そうだね、ダビデはどうしたい?戦ってみたいかな?」
私がマップで確認して、広範囲魔法を使えば簡単に殲滅出来るけど、ダビデもたまには戦いたいかなと思い聞いてみた。
「お嬢様がお許しくださるなら、ボクが戦います」
「うん、ならお願いね。危なくなったら魔法で片付けるから」
「はいっ!」
慎重にスライムとの距離を詰めて、攻撃を仕掛けようとするダビデの武器に、魔力付与をかける。これで物理攻撃が効きにくいスライムにも有効打を与えられるハズ。
ポヨンポヨンとジャンプして体当たり攻撃をするスライムを一生懸命切り刻むダビデを応援しつつ、マップで吸血コウモリの動向を確認する。スライムはダビデの防御力を上回れないのか、ノーダメージだ。
コウモリはまだここの戦闘には気がついてないみたい。ならまだしばらくはダビデに任せておこう。
ダビデに危険がないことを確認して、のんびりと戦闘を鑑賞する。しばらく体当たりとダガー攻撃を繰り返していたが、何とか邪魔が入る前に戦闘が終わった。
ドロップ品は、グリーンスライムの核と銅貨1枚。
ダビデが満面の笑みで渡してくる。
「お疲れ様、どうだった?」
「はい! お嬢様、体当たりされても全然痛くないし、攻撃は簡単に入ります! これならボク一人でも、大丈夫です!」
「そっか、ならよかった。じゃ、先に進もうか? 疲れたら言う事。あと、飛行系のコウモリがいるハズだから、注意してね」
「はい!」
元気なダビデの声を聞きながら、攻略を続ける。コウモリは多少手こずったけれど、何とかダビデ一人でも倒せた。複数の魔物を相手にするときだけは加勢したけれど、それ以外は全てダビデの戦果だ。
マップを頼りに全ての通路と部屋を巡り、時にはわざと鳴子の罠なんかも試しに作動させてみたりしながら、下層を目指す。
ちょうど地下三階に降りた所で、お腹が減ってきたから少し休憩をすることにした。
潜り初めてから約二時間。そろそろ集中力も切れる頃合いだ。
「ダビデ、軽食って何を作ってきてくれたの?」
レジャーシート代わりの布を敷き、魔物避けの香炉に火をつけながら確認する。
ダビデの料理は何でも美味しい。
最初の頃は私も手伝おうと思ったんだけれど、少しでも何かをやるとひれ伏してお礼と謝罪を言われてしまい、気まずい思いをした。最終的にはキッチンはダビデの聖域となって、私は足を踏み入れられなくなった。
昭和の亭主関白みたいと思いつつも、楽だし、まぁ良いかと甘えてしまっている。……私が作るよりも、豪華で美味しいし。
ダビデは、私が転生時にゲットしてきた、オススメシリーズを有効活用して研究も重ねている。確認したら複数の種類があった調理系のオススメシリーズは私よりもダビデの方が確実に詳しい。
最近、ダビデの使いやすい様にキッチンをカスタマイズして、私のアイテムボックスと共有化している保冷庫を隣に作り、調理に関係しそうなオススメシリーズは全てキッチンにセッティングした。どこぞの大きいお店の厨房クラスまで広くなったが後悔はしていない。
そんな新しいキッチンを見て、ダビデは白目を剥いて卒倒してしまった。起きたと思ったら泣きながらお礼をいい、その日から声をかけなければ、ほぼ1日中キッチンに籠っているレベルで、更に料理に力を注ぐようになった。
そんなダビデが作ってきた軽食は、軽食ってレベルではない。
前にどうしても食べたくなって作ってもらった塩味のポテチ、森の果物で作った甘い手作りジャムを塗り、渦を巻くように丸められたサンドイッチ、肉と野菜を挟み、これまた手作りのソースで味を付けたバケット。
付け合わせは数種類の野菜の浅漬け(シソ風味)、彩り楽しい夏野菜のピクルス。
一見焼鳥の様に焼かれているのは一口大に切られた、ウサギとイノシシの肉だ。それぞれの肉の間には、森で見つけた匂い消しの香草が刺さり、肉自体にもスパイスが聞いていて、臭みが旨味に上手く変わっている。
飲み物は、私がアルコールが苦手な事を伝えるたら草原と森でそれぞれ種類の違うハーブを複数収集してきて乾燥させ、その時の気分に合わせてダビデが調合する、自家製ハーブティーだ。
今も苦味が出ないようにと、一度温めたポットのお湯を捨て、茶葉を入れてから再度入れた温めのお湯で蒸らしている。
なんだかダビデは時々、育ちの良さそうな行動が出るんだよね。元々は何処で育ったのか。興味はあるけれど、プライベートの事だから聞き出すような事はしなかった。そのうち自分で話してくれると嬉しいと思っている。
「お嬢様? お疲れですか??」
物思いに耽っていると、ダビデが心配そうに声をかけてきた。
「そんな事ないよ。第一、ほとんどダビデが倒したんだから、疲れてるはずないよ」
「ならいいんですけど、時間がかかってしまい申し訳ありません」
「いや、ほぼ一人で戦った様なものだもん、当たり前だよ。今のレベルは13? いいペースだよね。帰るまでに14までいくかな?」
手渡されたお茶を飲みつつ尋ねた。ここはレベル10までのダンジョン初心者用の迷宮だ。二桁の半ばまでレベルが上がればこれ以上のレベルアップは難しくなる。
「はい。おそらくそれくらいまで行くかと思います。でも、ビックリです。たった1日でこんなに上がるなんて、初めての経験です」
「うん、急激にレベルアップしてるから、筋力とか敏捷とかに違和感が出る場合があるからね。戦闘ではそれが命取りになる可能性もあるし、今日が終わったら、しばらくは成長した能力値に身体を馴らそうか」
「はいっ! ボク、頑張ります!!」
そのあとは雑談をしながら、軽食をパクつく。話の切れ目を狙って、地下三階のマップを表示してこっそり魔物の分布を確認する。
まぁ、これなら何とか、ダビデ一人でも攻略可能かな?
何ヵ所かあるモンスターハウス化している部屋だけは手伝おう。
「さて、すこし休んだら、この階も攻略しちゃおう!」
出来る限り一筆書きになるように、各部屋を周り、最後の部屋に着いた。このダンジョンにはボスはいない。
20畳ほどの部屋は手前は光ゴケで覆われ、奥に行くにしたがって鍾乳石で覆われている。光ゴケの柔らかい光を鍾乳石が反射して、とっても綺麗。町でも有名な、ちょっとした観光地だ。
「綺麗だね、ダビデ」
「はい、お嬢様、とても綺麗です」
洞窟内を歩き回って火照った身体に、少しだけ低いここの気温は気持ちがいい。これが夏ならもっと気持ちいいんだろうな。
「いつか、ダビデに素敵な恋人が出来たら、連れてきてあげるといいよ。きっと喜ぶよ」
女の子ならこんな雰囲気大好物だと思う。
「お嬢様こそ、次はボク以外の誰かとご一緒されてください。その時は、もっともっと美味しいご飯、作ります!」
なんの疑いもない瞳でそう勧められるけれど、私は、ねぇ……。興味ないのよ。
曖昧に笑って誤魔化し、上に戻ることにした。
行きと違い、帰りは一端魔物を殲滅したこともあり、スムーズに進む。最短経路を進み、30分程で地上に出ることが出来た。
さて、引っ越し先を探さないと。
「ダビデ、引っ越し先だけど、何処か希望はある? せっかくだから、このまま南に下ろうか?」
1ヶ月近く、森の北深部で暮らしていたからあそこ周辺の素材はもう十分だ。ダンジョンに潜るついでに、住む場所を変えようと相談していたけれど具体的な場所は決めず仕舞いだった。
「あの、お嬢様……」
ダビデが何かを言いたげにこっちを見ている。何処か行きたい場所でもあるかもしれない。
「どうしたの? 何処か住みたい場所でもある?」
「はい、実は先日、スカルマッシャーのカイン様から聞いたんですがケド、森の西部に不凍湖があるそうです。そこでは川魚と、川の魔物から食べられるドロップ品が獲れると聞きました。
出来たらそこに行きたいです。お嬢様はお魚食べたいと思いませんか?
ただ、魔物はそれなりに強くて、近くには複数の迷宮があるから、冒険者も来ることがあると言うことです」
あぁ、確かにお茶にするハーブを採るついでに落ち合い、草原で回復薬を作ってる間、カインさんと話し込んでたっけ。狩人のカインさんは、野生の食べられる草木や獣に詳しいんだよね。
「ならその不凍湖を目指そうか。私もたまには魚も良いかなと思うしね。他所の人が来にくい場所を探して隠れ家を設置しよう」
ダビデが食べたいならもちろん喜んで湖に行こう。私は肉派だけど、魚嫌いという訳ではないし、たまには南蛮漬けとかフライも食べたい。
広域マップで確認すると、確かに西の外れに大きな湖がある。町から日帰りは難しい距離だけど、ここからなら何とか日暮れ前までには辿り着けそう。……普通に歩けば、だけど。
わざわざ苦労するつもりもないし、隠蔽をかけて飛んで行こうと思う。湖の畔に降りて、拠点となる場所を探せばいい。
問題は広域マップだとあんまりにも細かい敵とか中立を表すマーカーが出ないって事だけど、それは高度を下げたときに念入りに確認すればいい。
「ならダビデ、手を繋ごう。今、近くに人はいないし、飛んでいくよ!」
「え、で、出来たら歩いて行きたいです」
そう言えば、最初に飛んだ時以来、ダビデ、飛行は苦手だったっけ。
「ん? それだと遅くなるし、魔物との遭遇も多くなるから厳しいかな。怖ければ、抱き付いていていいから、ほら!」
ダンジョンに入ってからずっと自信に満ちてピンと立っていた耳を倒し、怯えるダビデを正面から抱き締め宙に浮き上がる。
木々の切れ目を選び、空まで上がると圧し殺した悲鳴が聞こえた。私の方に顔を押し付けるようにして耐えているダビデの眉間から耳の間を軽く撫でて落ち着くように促す。
恐怖の時間が出来るだけ短くなるように、風圧等を感じないように結界を張った上で最高速度で飛行した。
ー…なんか森が騒がしいな。
不凍湖の上空で魔物に襲われないギリギリまで高度を下げて、マップを確認しながらそう思った。湖から町に向かう線上で、鳥が騒がしく飛び立っている箇所がある。なんかこの状況、実家の森を思い出すわ。
地図で確認すると、ダビデが話していた湖周辺のダンジョンの辺りだ。あそこは確か、広域ダンジョン『リーベ迷宮』 中級から上級までの冒険者が攻略中の未踏場ダンジョンだ。
中立を示す黄色の複数のマーカーが敵を示す一面の赤いマーカーに囲まれている。いや、黄色1つを残して離脱してるのか?
「お嬢様?」
上空で止まったままの私に不審を抱いたのかダビデが質問してくる。
「リーベ迷宮の近くで何かあったみたい。こっちには来なそうだから、大丈夫。さぁ、降りてどこで暮らすか決めよっか」
こんな奥まで来るなんて冒険者しか考えられないし、まぁ、嫌な単語だけど、自己責任だよね。
「お嬢様、確認に行かないんですか?」
「うん。今のところ、助けに行く気も、様子を確認する気も無いかな。なんで?」
「ボクがいるせいですか? お嬢様だけなら大きな危険もなく状況を確認できるハズです。ボクならここで待っていますから、行ってきてください!」
ー…いやいや、そもそも必要性を感じてないんだけど。わざわざ危険に頭を突っ込まなくても生活に苦労はないし。
「お嬢様! 万一、その何かがこっちに向かってきたらどうするんですか?!ボク……」
「あぁ、泣かないで。分かったから、様子を見に行くから。ただし、一緒に行くよ。安全確保出来ていないここに、ダビデ一人を置いては行けないからね!!」
自分が足手まといになっていると思い込んで、泣きそうになっているダビデを見ていられなくて危険を承知で様子を見に行く事にした。マップの魔物はどんどん増えている。本当に何事だろう?
ー…いつか私は、ワンコで身を滅ぼすかもな。本望だけど。
そんなどうでもいい事を考えながら一度湖の岸辺に降り、本気の防御魔法を二人分かけた。武器も魔法主体と言うことで、今までは持っていなかったんだけど、オススメシリーズと壊死毒のポイズンナイフを出す。装備は常にオススメシリーズのローブだから問題なし。
上空からの広域殲滅技の可能性を考えて、武器は弓形態にしておく。
万一を考えて、ダビデに高位回復薬と高位魔力回復薬を複数持たせる。余談だが、私が死んだときには、ダビデは奴隷から解放されるように設定し直してある。
手早く準備を整えていく私の様子から、ただ事でないと感じ取ったのか、ダビデが震えている。
「大丈夫、万一の為の準備だから。怪我をしたら、今、渡したポーションをケチらずに使うんだよ?」
ダビデが頷くのを確認して、再度飛行呪をかけた。
*****
マップを頼りに飛行を開始して直ぐに前方で砂煙がたった。
気合いを入れて煙の方に進む。飛行系モンスターが襲い掛かって来るが、弓で撃退する。
今の私は、ダビデを背負い、久々にスキル『吝嗇家の長腕』を発動している。これでどんなに乱戦になってもドロップ品を回収し忘れると言うもったいないことはない。
背中にダビデがしがみついているから、敵に後ろを見せることも出来ない。私とダビデのパーティーは継続しているから、この調子だと様子見が終わる頃にはダビデはカンストしているだろう。
これじゃ、正確には様子見じゃなくて威力偵察だな。
経験値、ごっつぁんです!!
リーベ迷宮上空に到着した。中立のマーカーの残りは少ない。
一人この近くに残ったマーカーの方は無事なのに、複数の方が減っている。
ー……近い方から見に行きますかね。
地上の魔物にエンカウントしない高度を維持しつつ、マップで状況を確認する。
分布している魔物は、オーガ、レットキャップ、オーク、ビッグスパイダー、コカトリスに……レッサーデーモン?!
統一性のないコイツらは、リーベ迷宮中層の魔物のはず。
ダンジョンの魔物は外には出てこないはずなのに、なんでよ!!
「お嬢様、あそこに誰かいます!」
ひときは大きな古樹の根本で誰か戦っている。離脱していた中立マーカーは赤い波に飲まれて消えてしまった。
「降りるよ! 注意して、攻撃せずに防御のみに専念して!!」
後ろのダビデに叫ぶ。
着地点を作る為に、複数の魔法を準備する。本来は身内以外には本気を見せたくないけれど、出し惜しみしていたらダビデが危険だ。
ー…本気で行く!
怪我をしない程度まで高度が下がったら飛行魔法を切る。
自由落下しながら、トリプルスペルを発動した。全部は無理でも古樹を中心に安全地帯を確保する!
無詠唱で爆撃が炸裂する前に、下で戦う冒険者(仮)に警告をする。
「デュシスの町の冒険者です! 加勢します!!」
私の声に反応して上を降り仰ぐ影が爆撃に飲まれた。大丈夫、同士討ちはちゃんと制御している。
爆煙の中を着地した。地図で見る限り近くの魔物は始末できたみたいだ。
痛い位背中にしがみついていたダビデを降ろす。黄色のマーカーもまだある。間に合ったようだ。
「攻性守護壁!」
本邦初公開、シールドなのに接触してきた敵性反応には攻撃も可能な万能結界だ。一度突っ込んできた魔物を挽き肉に変えてからは、警戒して魔物たちも様子を見ている。
ただし、この守護壁の中からは攻撃できないのが難点。
「大丈夫ですかッ? ……え?」
樹を背にして戦っていた冒険者に向き直り声をかける。目の前に広がった予想外の光景に言葉の接ぎ穂を失った。
「お嬢様! この人、獣人です! この反応…主が死んだのかもしれません!!」
樹に首輪から伸びる長めの鎖で繋がれた、顔と手足が獣になっている成人男性は、首を掻き毟りながら泡を吹いて転げ回っていた。
全身傷だらけで周囲には血溜りが出来ている。見開かれた瞳は片方潰れていて、これは今の戦闘のせいじゃなさそうだ。
あまりにも衝撃的な光景で、逆に冷静になってしまう。余裕がある首輪で呼吸も問題なく出来るはずなのに何故こんなことになっているのか。
「ダビデ! とりあえず、鎖と首輪、外すよ! 手伝って!!」




