217.精霊王達の怒り
挿し絵有。
酔勢 倒録先輩、素敵なイラストいつもありがとうございます。
上空から新たな領土と奴隷を獲得するべく押し寄せてきた連合軍を見つめる。私は、拡声魔法を展開し、戦場となる全ての場所に覇気を乗せた声を響かせた。
「連合軍に問う!!
何故、我が領土を攻めるのか?!
我らを敵とする理由は何か?!!
我らとて、この地で生きているのだ。ただで土地を奪わせる気はない!!
私の名はリュスティーナ・ゼラフィネス・イティネラートル・ユリ・タカハシ!! この地の支配者である!!
速やかに立ち去ればよし。さもなくば、我らの脅威と判定する!
命の保証はせぬぞ!!」
威嚇するように、二本の竜巻をジンにつくってもらう。両脇に現れた五階建てのビル程の大きさのソレに、イフリートとオフェーリアがそれぞれに炎と氷を纏わせた。面白がった大地の精霊女王ガイアが大岩を宙に持ち上げる。
風に舞い上げられた大岩が、隊列を組む軍の両翼の先、30歩程の距離の場所に落ちた。轟音に怯える馬を必死に宥める軍へと、更に追い討ちをかけた。
「返答せよ!
さもなくば……っ?!」
顔のすぐ側を矢が掠める。ここまで矢を届かせる事が出来ることに驚いて、射手を探せば前線に獣人の大部隊がいた。
――虎の獣人?
獣相化した大きな体躯の虎獣人がこちらを睨んでいる。その手に弓があったから、今私を射ったのがその獣人だと分かった。
「……え、虎の王様? なんで」
私に認識されたと気がついた獣人は獣相を解除した。遠目に見えるその姿は、虎の王様だった。
無言で第二の矢を構える虎の王様を凝視していたら、敵陣中央からドラムロールの音がした。それに気がついた虎の王様が弓を下ろす。
「何?」
『使徒様、誰か出て参ります』
物見台のようなお神輿のような、木製の高い台座に立ったきらびやかなその姿に覚えがあった。
「法王、ナスル……」
『あれがか』
私の敵を見つけたイフリートが炎を噴き上げる。
『あら、抜け駆けはダメよ、イフリート』
そら恐ろしい笑みを張り付けたオフェーリアが人よりも大きな氷弾を複数産み出した。キラキラと輝き美しいが鋭角に尖り、もし落下したら地上は大変な目に合うだろう。
『使徒殿?』
『使徒様?』
『まだ攻撃してはダメかしら?
あいつら、使徒様を口汚く罵っているし、聞くのも不愉快だわ』
大地の化身であるガイアは地上の動きを感じているのだろう。ジンに支えられて宙に浮きながらも不快げに眉をひそめている。
『確かに不愉快だな』
それに間髪いれずジンも同意する。いや、私には聞こえないから、何を言われてるか分からないんだけどね。
『ジン、ガイア、酷いわ。私たちにも聞かせてちょうだい』
『火も水もあるとはいえ、兄弟達の方がよく聞こえるだろう? 通訳を頼む』
『不快なだけだぞ?』
『ええ、聞くに耐えない妄言。罵詈雑言。我らが使徒様を蔑む音なんて、聞かなくてもいいわ』
精霊王達がお怒りだ。
「法王が何を言ってるか聞かせて。開戦を宣言しないといけないから。お願い」
私の頼みを渋々聞いたジンが力を行使した。下で喚いている法王の声がはっきりと聞こえてくる。
「偽王リュスティーナよ!
解放者を騙る詐欺師よ!!
そなたは我らの民である赤鱗騎士団を騙し、出奔させた!! のみならず、この地の支配者であるケトラの兵に不当に攻撃を加え、その財に損害を与えた!!
ゆえに我ら連合軍は、そなたに鉄槌を下す!!
今ならばまだ、神々にも慈悲はある。
投降せよ!! さすればそなたの命は保障しよう!!!!」
法王の演説を聞いたオフェーリアとイフリートから表情が消えた。そのまま力を行使して、眼下の兵士達を蹂躙しようとする二人を必死に止める。
「大丈夫だから。これくらい大したことないから」
『しかし使徒様!』
『ああ、至高神様の愛娘になんたる暴言!!』
『楽には……』
『ええ、駄目よ。我ら精霊王の逆鱗に触れた愚かな獣。後悔させて差し上げなくては』
呼び掛けに答えてくれただけで、精霊王達は私の支配下にはない。このままだと連合軍に精霊の四大要素が牙を剥くなぁ。
「偽王よ! 返答せよ!!
……攻撃準備。ペンベパンへも攻撃を命じよ。速やかに女王を撃ち落とせ。
なに、手足の一本二本は構わぬ。死んでもただの不幸な事故だ。本気でゆけ。バルド達を突入させよ。渋るようなら、妻子がこちらの手の内にある事を思い出させてやればよい」
あー……小声で喋ってるけど、丸聞こえですから。そっか、だから虎の王様はさっき私を射てきたのね。民を守るか、縁はあっても他人の私を守るかならば、悩むこともないもんね。
妙に納得してしまって、ひとり宙に浮いたまま頷いた。
『使徒殿!』
『使徒様!』
精霊王の警告を受けて下を見ると、攻撃魔法が発動していた。複数の魔法使いが協力して行使しているであろうソレは、広域破壊魔法だ。
十個程の光の内、八割私を目指し、残り二割は下に残してきた皆を狙っていた。
『ガイア!』
『ええ! こっちは任せますわよ!』
私が頼む前に精霊王達が動き出す。私に向かってきたものはジンの力で弾かれ、地上にいる部隊はガイアが大地の力で覆う。
土煙が収まり確認すれば、陣地も含め無傷だ。
「さすが」
『当然だ。さて使徒殿、もう良いな?』
明確な攻撃を受けて、精霊王たちも我慢の限界らしい。いまだに私の両脇にある竜巻を動かそうと、腕を上げる。
「……そうだね。ジン、悪いんだけど私の声を敵に届けて貰えるかな?」
『承知した。地上にいる虫けらどもに使徒殿の声を聞かせるのは勿体ないが、御身の希望であるならば致し方ない』
「連合軍に告ぐ!
我々リベルタはこれより反撃する!!
命惜しくば退け!! 逃げる者を追いはしない!」
ジンに頷き拡声を切る。
「ありがとう。下のアルフレッドに私の魔法が発動したら、軍を動かすように伝えてくれる?」
『承知した。既にガイアが大地の加護を与えし者に伝えている』
「では、竜巻を動かして。前線を蹂躙して欲しい。私はナスルのいた辺りに攻撃をする」
『楽しみだわ』
『心踊るな』
待機していたオフェーリアとイフリートが嬉々としてジンに竜巻を動かせと迫っている。
「さて、私もやるか」
その呪文の存在を知ったときには、凶悪過ぎて一生唱えることはないだろうと思っていたけど、人生何が起きるかホントに分からないな。
『崩壊せしは 世界の理
尽きるは 創造の慈悲
空を落とし 地を焼く
神の御手に委ねし 無垢なる魂に懺悔しよう
我の敵たる者共に 鉄槌を……』
私が力ある言葉を唱える度に、世界が軋む。
世界の理を壊し、敵に禍悪をもたらす呪文。効果は一定ではなく、何が起きるか分からない破壊呪。炎が出るか、水が出るか。はたまた空間が牙を剥くか……。まあ、なんでもいいけど。
私の呪文が完成して、ナスルのいた辺りを襲う。精霊王達の怒りに引きずられたのか、四大元素の力を内封した攻撃魔法だった。
「あれ?」
いくつもの防御魔法を破り敵と接触した瞬間、『紅に輝く』結界に阻まれ魔法が消滅した。
『ああ、あの女神に繋がる者がいたか』
『そのようね。力の元は……あちらかしら? 使徒様の街の方角から感じるわ』
オフェーリアに指差されたのは確かにリベルタのある辺りだ。突然土煙が上がり、強い力が行使されたのが分かる。
――リベルタは無事かな。ハルト、赤鱗の皆、頼むよ。
『ああ、下の虫けらがまた騒いでいるな』
「この結界は神の慈悲である!
我ら獣人の神の下位神の力である。これがあれば偽王など恐れるに足らず!!
進撃せよ!!」
ジンが運んでくれた声がする。それに精霊王達は失笑を浮かべた。
『下位神……』
『他世界とはいえ、最高神の女神を……』
『異界から侵攻してきた神に魂を売った愚か者』
『見よ、ミセルコルディアも怒っている』
ジンが指差したナスルは、今、まさに魔物に変じようとしていた。両目から魔物の輝きが吹き出して、がっしりとした体躯は中から弾け飛ぶのではないかと思うくらい膨張している。
法王のあまりの変貌に、周囲にいた人達が距離を明け警戒している。
『魔物化するな』
『ええ、魔族にはならなそうね』
妙に冷静に話す精霊王達の声を聞く。変身が完成したのか、法王ナスルは何人かの聖職者諸とも土煙を巻き上げた。
その姿は超巨大なガチムチゴリラ。ただし体毛はまばら。頬を貫き現れた牙は、ヨダレなのか紫色の液体にまみれている。
大地を踏みしめ身構えたと思ったら、私に向けて掌打を放つ。
『マズイっ』
慌てたようにナスルと私の間に立ち塞がったジンは、何かに切り裂かれて四散する。
『ジンっ!』
『…………グッ。無事だ。しかし、やっかいな』
風で体を再構築したジンも、ノンダメージとはいかなかったらしい。
『この世界の力ならば我ら精霊王で大概の物は防げるが、ミセルコルディアの力はそうはいかぬ』
『使徒様、気をつけて下さいませ』
『来るぞッ』
イフリートとオフェーリアの忠告を聞いていたら、ジンが焦ったように話に割り込んだ。
地上を見ればナスルが攻撃を放つところだった。さっきの掌打が効かないと判断したのか、今度は紅に染まった手で構えをとっている。
『退避を』
警告を受けて逃げようとしたけれど、このタイミングじゃ、間に合わない。諦めて結界を張り衝撃に備え、顔を両手で庇う。
精霊王達もダメージ覚悟で私を庇う位置に移動してくれた。
……
………
……………?
いつまでたっても来ない衝撃に、目を開ける。私達を囲むように、真珠色の輝きを持つ壁が出来ていた。私や精霊王が張ったものではないのは、みんなの反応を見れば分かる。
「何が起きたの?」
問いかけた私を振り向いた精霊王達が驚きに目を見開いた。それと同時にフワリと後ろから抱きしめられて、脳天に軽く衝撃を受ける。
とっさに頭突きからの回し蹴りコンボで反撃しようとした私の耳に、信じられない声がした。
「落ち着け。俺だ」
「っ?! は? え、何でっ?!」
かなり挙動不審のまま振り返ろうとしたが、抱きしめられていて身動きが取れない。これはどちらかと言えば拘束技じゃないのか?
『我が心血を注ぎし愛しき娘よ。世界の悲鳴を聞き、そなたの祈りに導かれ、我メントレここに降臨せん。
そなたを敵とするは誰ぞ?』
私に話しかけたモノとは異質な声で、調律神にして至高神であるオヤジさんが神様をしている。その気配は怒りも殺気も向けられていない私が震えるほどに恐ろしい。敵意を向けられた地上の連合軍が明らかに怯えている。
至高神の怒りを感じた精霊王達も慌てて集まり、メントレの前に頭を垂れた。
確かにメントレのおっちゃんの迫力は凄いが、ここは私の戦場で、かかっているのはリベルタの未来だ。
――……これから決戦ってタイミングで、何しに来たのさ。このちょいワルおやじ。
絶対安全なメントレの腕の中、私は呆然と地上を見ていた。
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