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215.箸休めー策謀と矜持【オムニバス】

【とある国王の話】

「猿どもめ。何を考えている?」


 不快感も露にゲリエ王は部屋を歩き回っていた。


「陛下、落ち着かれてください」


 機嫌の悪い王に怯えながらも、従者が宥める。腰に下げた宝剣へと手を伸ばし、叱責しようとした王へと外から来客の知らせが入った。


「ふん、命拾いしたな」


 吐き捨てる様にそう話すと、王は一瞥すらせずに部屋を出ていった。


「陛下の虫の居所は悪い。死にたくなければ話しかけぬことだ」


「しかしレントゥス団長、それでは従者として」


「もう俺でも止められん。次も幸運に恵まれるとは限らない。これ以上、あの王に仕えられる貴重な従者殿を俺は失いたくない」


 ため息交じりに話すと、レントゥスもまた王の護衛をするために後を追っていった。





「では、ケトラは出陣式で密偵の処刑をされるのか」


「はい。にっくきリベルタから戻った兵士に捕らわれた密偵どもです。幼い子供も含め計五名。罪状も明らかな為、我々が出発前に片付けることに致しました」


「そのお知らせは感謝するが、わざわざケトラの宰相殿が来られることか?」


「ふふ、陛下、同じ人間の国家として貴国には最大の敬意を払います。それの表れと思っていただければ」


 優雅に頭を下げる宰相に向けて、ゲリエ王は労いの言葉をかけた。


「ところで陛下。お気づきだとは思いますが、ワハシュと冒険者ギルドにはご注意を」


「ふん、そちらもな。あの猿どもと人としての矜持を捨てた冒険者ギルドの者達、こそこそと何かをしているようだ。ケトラはどこまで掴んでいる?」


「はは。やはりお気づきでしたか。

 恥ずかしながら、我らの力では何も。特に我らは救いを求めた側ですから、強いことも言えず。この上は、我々の国土さえ無事であればと願うまでです。

 陛下もまた姪子殿の身、心配でございましょう?」


「あれは、政敵の娘だ。我々ゲリエとは何の関係もない。逆に王権を脅かす者。思い入れもないな」


 吐き捨てるように言い切る王に、宰相は大袈裟に驚いて見せた。側近も含め次々と粛清しているとの噂は本当なのだろう。


「では陛下、我々は同じ人として、そしてリベルタに敵対する者として協力致しませんか。兵士もただで生きるわけではありませんからな。少しでも利益を得ねばなりません」


 例え国では暴君であれ、この地では頼りになる国王。宰相は味方につけようと媚びを含んだ微笑みを張り付けていた。


「それが目的か? まあ、よい。

 旨い汁を獣やどっち付かずのグランドマスターなどに食わせてやるのも腹立たしい。

 してそちらの望みは何だ?」


「リベルタの消滅。そして少々の奴隷を」


「ああ、境界の森を攻略させるのか。ならば狼でこと足りるな」


「その代わり、リベルタを滅ぼしたのち、獣退治をされるなら協力を……」


 声を潜めて話す宰相に王もまた、身を乗り出して答えた。


「神殿を押さえることは出来るか?」


 言外にワハシュ勢を帰還させないと伝えてくる王に、笑みを深くしつつ宰相は頷いた。


「無論。我らは人でございますれば」


「それは重畳。では……」


 後ろ暗い話を続ける二人の為政者を、気配を消し護衛するレントゥスは暗い瞳で見つめていた。




【とある法王の話】


「では先陣はワハシュが行われると?」


「うむ。そうである。勇猛果敢な我々が一番槍をお引き受けしよう。のう、皆」


 自信に満ちた法王の笑みを見て、冒険者ギルドから派遣されてきた男は内心の疑問を押し殺し称賛の声をあげた。


「さすがはワハシュの法王様でございますね。我々人ではその様な覚悟はございません。

 ケトラや女王と因縁があるゲリエに先陣を任せた方が、兵の消耗は抑えられるのではありませんか?」


「ふん、我々の中にも神への忠誠を示さねばならない者達もいる。その機会を奪うことは出来まい。それに味方は我らだけにあらず。まあ、かの地に行けばわかるか。

 してそなたらはいかがするのだ?」


 含み笑いを浮かべた法王はそれ以上話さずに話をかえた。


「恥ずかしながら我々冒険者は騎士の皆様や聖職者の皆様のように、誇りを持っているわけではございません。後ろからおこぼれにあずかれれば十分でございます」


 卑屈に頭を下げつつ上目遣いで様子を伺う男に法王は興味を失い、退出を促す。男が去った室内からは勝利を確信した忍び笑いが漏れていた。


 十分に離れ盗聴もないと確認したところで、冒険者ギルドの男は秘書に話しかける。


「どう思う?」


「何か隠しておりますな」


「やはりそう思うか?」


「本国での動きを知らぬ訳ではないでしょう。ワハシュの冒険者ギルドからの報告では、人質を救出する作戦があるとか。その上であの自信。あの獣ども何を隠しているのやら」


「まあ、ワハシュのギルドの立場は弱い。何か掴み損ねている情報があるのかもしれん。気持ちが悪いな」


「そのワハシュですが、一週間ほど前から連絡が途切れております。法王側の妨害か、はたまた長老議会か。あちらは独立する力はないので独自路線が外せるのがせめてもの救いですな」


「ああ、あちらもこちらも火種だらけか。これもリベルタのせいだな。まったく引っ掻き回してくれるものだ」


「それも今少しのご辛抱でしょう。リベルタが滅んでからが本当の勝負。ある意味、リベルタが三勢力の代理戦争の場と化しておりますからな」


「ワハシュとゲリエ。ワハシュと赤鱗。我々冒険者ギルドの内紛か。あの地の女王も災難なことだ」


「そう思えば三つでは済みませんな。それに加えて、おそらく時が経てば経つほど、ゲリエ内部ではあの娘を女王にという声が高まりましょう。現王も放置は出来ますまいな」


「まあ、それもペンヘバンの怒りが解ければだがな」


「赤鱗を引き渡せばすぐにでも許されるのでは? 女王を抱き込みたがっておりますゆえ容易いことかと」


「まったく、面倒なことだ」


 もしもの時のためにも、ゲリエにも挨拶をしておくべきだと判断した男は、進む向きを変えて歩みを早めた。





【ある聖職者の話】


 軍を率いる枢機卿としては質素な部屋で一人、静かにカルデナルは祈りを捧げていた。


「我が神豊穣神様、どうかこの祈りをお聞きください。

 此度の遠征、味方の数は多く安全なものになるでしょう。ですが安全であるが故に、既に勝利したも同然の空気が流れ、一部では良からぬ企みがあるようです。

 神よ、私はどうすべきでしょうか。教皇様のご命令を、しいては御身の望みを果たすために私は何ができるのでしょうか」


『…………――――リベルタの女王は聖女にして救世主。

 その道を邪魔してはなりません』


 突然エコーがかかった様に聞こえてきた『声』に、カルデナルは弾かれた様に顔をあげた。


「今のは、まさか神託?」


 歴代教皇にしか聞こえないとされる『声』の真意を問おうと更に祈りを捧げるが再び声が降る事はなかった。





【とある首長の話】


「愚かな」


 熱狂する群衆を眼下に、虎の獣人は小さく吐き捨てた。


「バルド王」


 側にいたオスクロが窘めるように呼び掛ける。


「分かっておる。だが、幼子まで始末して何になる」


 視線の先には今まさに止めを刺されて息絶えた罪人に、火をかけようとする処刑人の姿があった。


 赤々と燃え盛る炎に無造作に置かれていた布の塊が投げ入れられる。甲高い泣き声が広場に響き、すぐに歓声にかき消された。


「……あれに率いられると思うと、舌を噛み切りたくなるな」


 壇上で演説をする指揮官達を見つめて吐き捨てる。


「……リベルタからの密偵はここに死んだ!

 かの国はあのような何処にでもいる家族すら、洗脳し変える!!

 かの国は魔族に毒され、反逆の騎士に乗っ取られている国だ。近く周囲の国々も飲み込むだろう!

 ここに多くの国が協力し……」


 まだまだ続く演説に呆れたバルドはただひたすら正面を見つめていた。





 行軍が始まり一週間。翌日にはリベルタに着くという最後の夜営地で、法王に呼び出された帰り道、バルドはオスクロを含めた数人の側近を連れ歩いていた。


「ティナからの連絡は……」


「いえ、まだ」


「間に合わなかったか。あの娘ならあるいはと思ったが」


「先程の呼び出しは」


「光栄にも我々が先陣だ」


「は?」


「法王ナスルからの命令だ。明日は我々が先陣を切る。そのつもりで準備しろ」


「しかし……」


「口上は不要。ペンベバンの魔法隊の攻撃を合図に突撃せよだそうだ」


「あの……猿めが」


 死んでこいと言わんばかりの命令に側近たちは一様に怒りを堪える表情となった。


「ふん、民と家族を人質に取られてはどうにもならん。この上は、虎族にバルドありと歌われた誇りのままに戦おうぞ」


「しかし!」


「クドイ! 堪えよ。我々が死んでも領地にはまだ年若いもの達がいる。しばらくは苦難の道を歩くことになるだろうが、種族が滅びはせん」


 戦意を滾らせる王に引きずられるように、出陣の準備は整っていった。



 翌日、報告よりも少ない敵影を不思議に思いながらも、陣営を整えていたバルドの耳に、懐かしい声が響いた。


「連合軍に問う!!」


 声に導かれるまま上空を見上げれば、そこには武装を整えた懐かしい娘の姿があった。続々と到着する味方の土埃を確認しているのか、視線は遥か先を見つめている。


「リュスティーナ」


「神子姫」


「あれが悪辣女王か」


 こそかしこで囁く声がする。ここ数年で更に凄みを増した美しすぎるその姿に生唾を飲む人間の兵士もおり、獣人たちが冷たい視線を送っていた。


「ティナ、すまん」


 バルドは側にいた弓兵から弓を奪い、迷うことなく射る。少しでも多くの民と兵を救える機会を無にすることはできないという、苦渋の決断だった。




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