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209.箸休めー暗躍する冒険者ギルド・sideペンヘバン

「……神は語られました。

 悔い改める者、我に頭を垂れる者は幸運であると。

 神はおっしゃいました。

 我を信じる者に祝福を。

 愚かにも神の手を振り払った者達にも神は救いの手を差しのべておられます。神の慈悲を乞いましょう。隣人を愛しましょう。

 生まれながらの悪はおりません。神は皆平等に全てを愛しています」


 群衆に向かい、教皇は優しく語りかけていた。敬虔な信者、そして他国から来た巡礼者達は静かな熱狂に包まれる。それを見た教皇は、慈悲の微笑みを浮かべて両手を大きく広げ、人々に祝福を与えた。




「……お疲れさまでございました」


 日に三度の祝福を終え室内に戻った教皇から、上着を受け取りつつ、侍従の一人が頭を下げる。


「司祭達は既に?」


「はい。大司教様をはじめとして主だった司教様、司祭様はみな青の間に集まっております。皆様、猊下のお出ましをお待ちです」


 別の侍従がすかさず答えた。


「では参りましょう。憐れにも道に迷った娘に救いの手を差し伸べねばなりません。

 冒険者ギルドからの使者もそこに?」


「はい。グランドマスター殿がお見えです」


 教皇は満足げに頷くと、ゆったりと歩き出した。その後ろを側近である枢機卿達が付き従う。廊下は装飾で埋め尽くされ、天井には神話の一場面や聖人達が神に迎え入れられる景色が鮮やかに描かれていた。この世の楽園。そう言われるに相応しい場所を、静かに教皇達は歩く。


 此度、神々の敵たる魔物の女王(ミセルコルディア)より祝福された土地を奪い返せしうら若き乙女。道に迷い、獣に騙され、同胞である人と敵対してしまった子羊を救うことが、神の望まれる事と教皇は決意も新たにする。今回の神託を果たせば、自身もまた聖人の仲間入りを果たせるやも知れぬと、野心が心をざわめかせたが、努めて表情は普段と変えぬように心がけていた。




「教皇様のおなりである!」


 荘厳なる青の間に声が響く。集まった高位の聖職者達は一様に立ち上がり頭を垂れた。その中に一人異彩を放つ男がいる。


 上等なものだが動きやすさを追求した服装に鋭い眼光。鍛えられた身体に隙のない身のこなし。世界から独立を果たす組織である冒険者ギルドの首魁だ。歴代の冒険者ギルド本部の代表と比べれば、見劣りする男だがそれでも祈りの場である神殿では目立っていた。


 ゆったりと現れた教皇はそのまま椅子に深く腰かけた。枢機卿達がそれに続く。上座の着席を確認してから、青の間で待っていた大司教から順にゆっくりと席につく。


「みな、今日は集まってくださったこと感謝します」


 穏やかな声で教皇が話しかけると恐れ多いとばかりに全員が顔を伏せた。


「今日は特別に冒険者ギルドのグランドマスター殿もご臨席頂いております。この場を借りまして今一度感謝致します」


 教皇からの目配せを受け、一人の大司教が進行を行う。この声に黙礼で返したグランドマスターは、ただ静かに座っていた。


「さて、では早速議題に入りましょう」


「魔に惑わされ、道を誤った憐れなる娘を助け出さねばなりません」


 それだけで誰の事を指すか分かった大司教達と、目星がつかぬ一部の司祭達で空気に差が出る。


「リベルタですな」


 恰幅の良い大司教が分からぬ司祭達に教える為に、わざと国名を出した。


「ゲリエの貴種でありながら、憐れにも魔族に洗脳され、隣国の異端者赤鱗騎士団にも謀られ、人の世から弾き出された憐れなる王女」


「数百年ぶりに現れた解放者。先の解放者の血族の末がゲリエ王族。かの一族にはやはり解放者としての能力が宿っているのでしょうか?」


「何を血迷ったのか、世界の敵たる半魔を国民とした堕ちたる姫」


 口々に囁くリベルタの女王の噂を、静かに聞いていた教皇は、手に持っていた錫杖を鳴らし衆目を集めた。


「我が神、豊穣神様は仰られた。リベルタの女王は、世界の救い主となり得る娘。聖女にして救世主。

 それが敵の手に堕ちたのは、人類の喪失」


「しかし、ケトラからの報告では、リベルタの女王はすっかり半魔と獣達に心酔していると。魔法による洗脳だったとしても、それをどうにかできますかどうか……」


 ケトラがある大陸中部を統べる大司教が懸念を述べる。それに対し、教皇は頷くことで理解を示した。


「なればこそ、リベルタを解体してでも救い出さねばなりません。それこそが神のご意志。幸いな事に冒険者ギルドから協力の申し出もあります」


「我々冒険者ギルドは、ケトラにある支部を通して、ケトラ王家よりの打診を受け動いておりました。

 此度のリベルタ攻略には、ゲリエ、ワハシュの両軍合わせて十万。そして我々冒険者ギルドからも5千の戦力を出します。その全てがケトラの国軍一万五千と同行し、リベルタを攻める予定でございます」


「ゲリエとワハシュが? しかしやつらは犬猿の中……」


「ゲリエは姪を諌める為。ワハシュは国を裏切りし逆賊どもを討つためにございます」


「そち達は何故だ?」


 司祭の一人がグランドマスターに問いかける。その質問を予想していたのか、グランドマスターは苦く笑って問いかけた司祭に向き直った。


「我々は長老議会、()()()クレフによって不法に持ち出されてギルドの財を取り戻さねばなりません。大変貴重なアーティファクトでして」


 五千もの冒険者を動員してまで取り戻さなくてはならないモノとは何か。そう問いかけようとした司祭だったが続く教皇の声に質問の機会を失った。


「グランドマスター殿。それほどに大規模な軍ならば、同行する神官の数も足りぬでしょう」


 教皇の目配せを受けて、大司教が大きく頷く。


「確かにおっしゃられる通りです。教皇様は慈悲深い。

 豊穣神様の御心を安んずる為にも、我々からも人を出しましょう」


「カルデナル」


 突然名を呼ばれたひときは若い大司教が弾かれた様に立ち上がった。慌てて従順に(こうべ)を垂れる青年に教皇は微笑みを浮かべる。


「カルデナル、そちがゆけ」


「ですが、私は若輩。皆様ほど神々の御心に沿った行動が出来るか……」


 口ごもる若い大司教に、教皇は無言のまま瞳を細めた。


「カルデナル大司教。教皇様の命である。口ごたえするとは何事か」


「これだから、血により立場を得た者は嫌なのだ」


「信仰心に問題があるのか」


 自分よりはるかに年上の司祭達が呟く内容にカルデナルは唇を噛んだ。


「カルデナルよ、これも豊穣神様から与えられた試練。そなたの信仰心を見せてほしいのです」


 穏やかにだが有無を言わせぬ口調で教皇が話す。それでこれ以上の抵抗は無駄だと悟ったカルデナルは頭を下げた。


「かしこまりました。このカルデナル、我が身をかけて豊穣神様の為に働きます」


「少なくとも神官を二千名。その護衛に四千名の神殿騎士を連れて行きなさい。魔の者達を退治するには、神の慈悲の他に剣も必要でしょう。神の慈悲を魔に分からせておあげなさい。ただし、詳しい方法はそなたに任せます。

 神のご加護を」


 グランドマスターから情報を得て、魔の者達を殲滅し子羊の救出を準備をする様にと、指示を出されたカルデナルは静かに肯首する。それを確認した教皇は、側近達を引き連れて退出していった。


 その後、若輩のカルデナルに口々に祝福の形をとった皮肉を口にしつつ、大司教達も去っていく。


「カルデナル殿、では我々は」


「グランドマスター殿、リベルタの情報を出来るだけ詳しく教えて頂きたい。私はどんな準備をすべきですか」


 不服そうな顔色を隠すことなくカルデナルはグランドマスターに問いかけた。


「前線には我々冒険者ギルドとワハシュ、ゲリエ連合軍が立ちます。大司教様は後方におられればいい。危険はありません」


「そうも行かぬでしょう。先程の会話を聞いたのです。グランドマスター殿であればおおよその予想はついているのでは?」


 聖職者として取り繕っていた表情を消し、苦く笑ったカルデナルは、その特徴的なスカイブルーの髪をかき揚げた。


「……そうお困りにならなくとも良いのです」


 どう返答したものかと口ごもるグランドマスターに、カルデナルは語りかけた。


「私が父の影響で大司教になったのは知っているはずです。それが私の望みかどうかは別として」


 その言葉を受けて、真しやかに囁かれる「カルデナル大司教は教皇の私生児である」という噂が脳裏に過る。


「やはりご存知でしたか。

 今回の事は実績を持たせて私に対する囀りを封じ込めようという、教皇様の慈悲なのでしょう」


 苦い笑みを内省的なものに変えて、カルデナルはため息をついた。


「だからこそ、失敗は許されません。グランドマスター殿、どうかそのところ、お忘れなきように」


 グランドマスターは、自由に焦がれる瞳をしつつも、絶対権力者である教皇に逆らえない若い大司教に頭を下げた。







「教皇様、先程カルデナル大司教とグランドマスター殿が青の間からお帰りになったとの由」


 報告を受けて夕方の務め前に、休憩をと飲んでいた茶器を下ろしつつ、教皇は頷いた。


「カルデナルには苦労をかけます」


「猊下のご命令を果たすことになんの苦労がありましょうか」


「私は長く生きました。神のご意志のまま、従順に力を振るい続けたつもりです。

 リベルタのリュスティーナ。豊穣神様ですら、手出し無用と語られた年若き女王ですか……」


「カルデナル大司教では荷が重いのでは?」


 神託を正確に知る枢機卿が教皇に問いかける。それに悲しそうに微笑んだ教皇は、伏し目がちになり祈りを捧げるために腕を組む。


「どちらかと言えば、神託は、かの女王を見守る様にとのニュアンスが強いものでした。ですが魔や獣と共に、至高神様の愛娘が生きることなど許せることではありません。

 カルデナルには可哀想な事をしますが、もし成功し魔と引き離せればそれでよし。もし失敗しても至高神様にお仕えする豊穣神殿の大司教が害されれば、更に女王やその周囲に圧力をかけることが出来ます。その為の犠牲ならば、あの子も喜んで神々の御座所に連なるでしょう」


 私生児とはいえ実の息子の死すらも覚悟し、リベルタへの攻略を命じた教皇に周囲の人々は頭を下げた。


「…………カルデナル、愛しい子よ。そなたの道が神々の光に照らされん事を。リベルタへと向かい、無事に女王へと出会える事を」


 教皇の祈りを唱和し、周囲に聖句が響く。


「そして神へと至る(きざはし)を昇る私の役にたっておくれ」


 教皇の口から漏れた静かな呟きを聞き咎めた者はいなかった。




(C) 2016 るでゆん

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[気になる点] 誤記でしょうか? 不法に持ち出されてギルドの財 スカイブルーの神
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