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208.葉っぱは伝説、根菜は……。

 土魔法とマジックアイテムを駆使して、境界の森との境に小屋を作った。今は小屋だけれど、追々立派な砦にグレードアップさせると、第二師団の工兵達が息巻いていた。


 初めて知ったけれど、団長直属のエリート集団が第一師団。工兵や衛生兵などの、戦闘部隊以外の兵が多く所属する第二師団。遠征が多く戦いに明け暮れる、荒ぶる野生の第三師団と一応赤鱗でも役割分担があったらしい。


 今回は、私と一緒に境界の森を攻略する第一と第三の混合部隊に同行して、自分の身くらいは守れる工兵部隊が境界まで来た。その工兵隊長さんに教えてもらった事だ。ちなみにビーバー族らしい。


「脳筋が多い赤鱗ですが、我々はインテリです。こいつらで無理な細かい作業があったらご用命下さい」


 第一と第三の師団長を目の前にして、そんな風に言い放った隊長が、実は第二師団の実質的まとめ役だそうだ。


 ただし本人は第二師団はあくまでも、ワハシュに残った師団長の物だからと、就任を拒否しているらしい。職人気質の頑固者。それが第一と第三での隊長さんの評価だそうだ。


「ティナ?」


「そろそろ行きますか。ハルト、大丈夫? 行ける?」


 ボーッと顔合わせの時の事を思い出していたら、出立の時間を迎えていたらしい。準備を整えた赤鱗の選抜隊が私を見つめていた。声をかけてきたジルさんに頷きつつ、主力となる勇者に準備はいいかと確認する。


 ワクワクした気持ちを隠しきれないハルトは、パチンと拳を打ち鳴らしてやる気を示している。


「では、今から広域境界の森、第七地区の攻略を始める! 総員、戦闘準備!!」


 私の宣言を受けて、騎士達が武器を抜いた。ハルトパーティーの女の子たちもそれぞれの得物を手にする。


「いくよ!」


 私とハルトを先頭に、選抜隊は隣接する第七地区へと足を踏み入れた。






「ポーションを!」


「流石に強い!」


 何度目かの接敵でとうとう重傷者が出た。正面に出た熊に似た魔物をハルトに任せて、側面を突いてきたアメーバ的な魔物の対処に向かう。


「まだ来るぞ!」


 警戒していた騎士が近づく魔物の気配を感じて警告を出す。ざわざわと私たちを包囲するように音が近づいてくる。


「ティナ!」


「陛下、どうなさいますか」


「部隊を集めて、防御優先!

 ハルト達は私の打ち漏らしを始末して」


 最初はフォルクマーに、次はハルトパーティーに指示を出す。僅かな隙にマップを確認すれば、全方向が敵を示す真っ赤なマーカーだらけだった。


「ヘーカ。このままじゃ危険だ! 一度逃げるか」


 恐らく私と同じく、マップ技能を持つハルトが、状況に気がついて青くなりつつ質問してきた。


「笑止! これくらいで怯えてどうすんのよ!! 本気で攻略したけりゃ、まだまだこんなもんじゃないわよっ」


 弱気になった勇者に気合いを入れつつ、魔法を唱える。


「こんなもんじゃねぇって……」


「ああ、ティナと第八を攻略した時はこんな密度ではなかったな。四人での攻略だったが戦闘に忙しくて、睡眠はおろか、食事や排泄の時間すらも望めなかった。今向かってきている程度ならば、ようやく境界の森も我々の排除に本気になったってところか……」


 一緒に第八地区を解放したジルさんがどこか懐かしそうにハルトに解説している。ピクピクと耳が動いているから、音で敵の大群が近づいてきているのに気がついたんだろう。


「めし、抜きかよ……」


「排泄も……」


 私たちの乗り越えた戦いの激しさを知り、ハルトパーティーが絶句している。まあ、排泄に関しては本当にキツかったとだけ言っておこう。詳しい表現は拒否する。…………私には浄化があるから、カブレなかったとだけ言おうかな。


 一瞬遠い目をした私だったが、魔法の有効範囲内に魔物の先頭が入った。次々と虚無塵の餌食にしたけれど、ごく稀に視界の中まで近づかれる。そこまで来たら、騎士団とハルト達に任せる事にして、私は近づいてくる魔物を狩る事だけを考えた。





「ラストォ!!」


 ハルトが返り血で身を染めつつ聖剣を振るう。首を落とされた魔物はその身を魔石と肉に変えた。


「陛下、もう少し先がレイモンド殿が話していた葉物野菜が採れる場所です」


 騎士が指差す場所へと足を向ける。


「キレイ……」


「美しゅうありんす」


 森の中にぽっかりと開いた空き地。古木が倒れて出来たと思われるその場所には、確かに葉っぱが群生していた。


「春菊。チンゲン菜。小松菜……。うん。葉っぱだね。根ごと掘り返してリベルタ周辺でも増えるか試してみようか」


 前世で見覚えのある複数の葉っぱの形を見つけ、脱力しながら指示を出す。奥の方にあるのは、紫キャベツか? ホワイト白菜にアスパラっぽいのもあるな。


 季節感無視で、もっさりと生える草を見て、知らず知らずに苦笑を浮かべる。


 邪気が強いリベルタ周辺では普通の野菜はまだ育たない。無理に育てても魔物化すると言われて、森の外に開拓村を作ったのだ。


 ただここの野草達は、邪気に適合している。いくつかだけでも、リベルタ近郊で育てられれば葉物野菜に苦労しなくて済みそうだ。


「陛下!」


「どうしたの?」


「これは……世界草、あちらは精霊草です。おかずにするにはあまりに豪勢かと」


 ハルトパーティーのステファニーちゃんが精霊に力を借りつつ、草の正体を言い当てた。せっかく現実逃避していたのに、まったく。


「……まぁ、食べられない訳じゃないから、いいんでないかな?」


「そんな! 万能薬や霊薬の素材とも言われ、死者すら蘇生させるかもしれない薬草ですよ?」


「あー……ムリムリ。これにそんな効果はないよ。死者蘇生は神の領域。 これを食べ続けても、魔力が爆上げするとか、寿命が伸びるとか、身体能力が上がるとか、それくらいの効果しかないから。食べ続ければ定着するかもしれないけど、一時的なものだし。平気、平気……多分ね……」


 手のひらを力無く振りつつ否定する。その話を聞いたジルさんを筆頭に採集していた騎士達の手が止まる。


「陛下、その様に貴重なもの……」


「気にしない。私達にはコレは貴重品ではありません。それよりも普通のお野菜の方がよっぽど貴重です。

 ここは半分も残せば、邪気の影響で次の日には完全復活するだろうし、どっこも貴重品ではありません」


 恐る恐る私の顔色を伺う騎士達に採集を続けるように指示を出す。


「なぁ、ババア……」


 私も採集にせいを出していたら、こっそりとハルトが話しかけてきた。


「どうしたの」


 泥で汚れた手を止めずにハルトに続きを促す。


「さっきの本当か?」


「さっき?」


「睡眠、排泄もままならず、戦い続けたってヤツだよ」


「本当。ハルトも覚悟した方がいいよ。色んな羞恥に耐えることになるし……まあ、吹っ切れるけど。吹っ切らないと死ぬけど」


 私の時よりは、頭数も多いし少しはマシじゃないかなと思いつつ、下手な希望は叶わなかったときのダメージが大き過ぎると思って言わなかった。


 多分、排泄の時間くらいは作れるよ。多分だけどね……。重いため息がもれる。


「マジかよ……」


「マジかよって、ジルさんから詳しい話を聞いてないの?」


 訓練していた間に、私達の攻略戦については聞く機会もあっただろうにと思って話を振れば、レベルアップに忙しくてそこまで考えが行かなかったらしい。


「……ま、頑張れ」


 冷たい様だけれど、こればっかりはハルト達が覚悟を決めるしかないからね。一応、私達もドロップ品の為に手伝いはするけれど、境界の森を解放なきゃならない事情があるのはハルト達だから、頑張れとしかいえないな。


「…………ああ」


 声が小さいぞ、勇者様。


 そのまま意気消沈して帰っていく若者の背中を見守る。しばらくして、今回の解放は諦めるとステファニーちゃんが伝えてきた。あわよくば私達と離れて、そのまま攻略に向かうと話していた癖に、怖じ気づいたか。


 項垂れ帰路につくハルトに嫌みのひとつも言ってやろうかと思って近づく。


「しっかりしろ。お前は覚悟を決めたのだろう。何を迷う」


 近づいた先で既にジルさんがお説教を開始していた。そんなハルト達のやり取りに、騎士達は周囲を警戒しつつ、聞き耳をたてていた。


「だってよ。寝ないで戦えって。しかも、俺のパーティーは女の子が多いんだ。ト……」


 そこまで言ってハルトは真っ赤になる。ああ、そう言うことね。


「ハルト様、私達は大丈夫ですよ」


 慰めるように微笑むステファニーちゃんを上目遣いで見つめる勇者は恨めしげだ。


「嫌だ。何でそんな恥をお前らにかかせなきゃならない」


「主様」


 ハルトの言葉を受けて、頬を染めたハルトパーティーの女の子達は寄り添った。


「お前達……本気で攻略する気があるのか?」


 イチャイチャし始めるハルトパーティーに呆れた目を向けつつ、ジルさんはため息をついた。


「ああ、もちろん。強くなって必ず攻略する」


「何処まで強くなる気だ。ティナですら苦戦したんだぞ」


 アホの子を相手にしている気分になるのか、ジルさんはとうとう頭を抱えた。助けを求める視線に気がついて、話に割り込む。


「まあまあ、まだ()()()()()()()()()、焦らなくてもいいんじゃない? 勇者様が第七と第五のドロップを納めてくれるのならば、国としては文句ないし」


 チラッと死んだ二人に視線を流しつつ、ハルトにプレッシャーをかける。時間がないのは、私じゃない。ハルトだ。だから、頑張るのはハルト。私はあくまでもサポート役だ。ハルトが攻略しないと決めたならば、噴出点までの道をリベルタが切り開く必要もない。


「チッ……」


 私の言いたいことが伝わったのか、小さく舌打ちしてハルトは頭を掻いた。







 その日は第七地区で野営し、翌日小屋に戻る。二日かけて今度は北にある第五地区の入り口へとついた。


 そこには既に小屋が建っていて、少人数だけれど冒険者達もいた。驚く私達に、冒険者の一部が、ギルドからの依頼を受けてたまに隣接する境界の森の魔物を狩っていたのだと知らされた。


 そろそろ遠征の時期だったから、第二師団と一緒に来たのだと笑う高レベル冒険者達から、第五地区の情報を買う。対価は第七地区の情報だ。


 境界線を行ったり来たりする様に戦う彼らにとって奥地の情報は貴重だったようで、スムーズに交渉が進んだ。


 冒険者達のリーダー格との打ち合わせはフォルクマーに任せて、私達は一足先に休ませて貰う。


「流石に疲れたね」


 外泊五日目ともなると、隠れ家が恋しい。浄化を掛けているとはいえ、お風呂に入りたい。安全なベッドで寝たい。


 それは万人に共通な様で、隠しきれない疲労が漂っていた。


「滞在は長くても二日だね」


「それで足りるのか?」


「今回は様子見だから。それに今後は移転ですぐに来られるし。みんな疲れてる。そろそろ限界でしょ」


 ジルさんに尋ねられて肩を竦める。こうして小屋の中で休める私達はまだ恵まれている。冒険者達や、赤鱗の選抜隊はずっと外だ。私達以上に疲労も溜まっているだろう。


「女王陛下のお心のままに」


 スッと頭を下げたジルさんは、外の連中に伝えてくると室外に出ていった。


「なあ……」


「何?」


 ジルさんがいなくなるのを待っていたのか、ハルトが話しかけてきた。


「陛下は噴出点を潰す難しさを知っていても、俺に協力を提案してくれた。何でだ?」


「前に話したでしょ。全てリベルタの為だよ」


 探る視線を絶ち切って、ハルトに答える。じと目で睨まれ、私の言葉を信じていないのが分かる。


「俺にその価値はあるのか?」


 しばらくしてポツリとハルトは問いかけた。私が利害度外視でハルトへの助勢をしているのに気がついたのだろう。


「……今の貴方には、ないかもね」


 私の返事を受けていきり立つパーティーメンバーを黙らせて、ハルトが続ける。

 

「なら何で今も協力してくれる?」


「他人事じゃないから……かな」


 驚いた様に目を見開くハルトに苦笑を向けた。


「同じ場所で生きて、同じ常識を持つ貴重な相手。神に与えられた剣を持つ勇気ある者。確かに若くて甘いけれど、善良で未来に希望を持ったまま年を重ねる強さもある若者」


「誉めてんのかよ。貶してんのかよ」


「両方だよ。頼りないけど、羨ましい勇者様」


 怒りに眉を上げるハルトを宥めるように片ひじをついて、ハーレムメンバーの顔を見回した。


「男の子の夢を実現させた勇者様。世界の希望となると自ら決めた同郷人。

 私にその強さはないけれど。

 貴方を見ていると眩しすぎて恥ずかしくなるけれど。

 それでも君が頑張ると言うならば、私は協力を惜しまないよ」


「恥ずかしいやつ」


「はは。今頃気がついたの? オバチャンに羞恥心はない。君みたいに繊細な心もね。

 君ならできる。君なら絶対に大化けする。だから、頑張れ。決して逃げるなよ」


 上目遣いにひたと視線を合わせて言えば、曖昧に頷いた。逃げちゃ行けないのは、ハルトも分かっている。時間がないのも分かっている。それでも若いからこそ、羞恥心が勝るのだろう。


 これ以上話しても逆効果だと後は放置と決めた。


 翌日から二日間、レイモンドさんが根菜を見つけた場所を中心に探索する。


 ちなみに根菜はマンドラゴラでした……。蒸かせば芋っぽい食感と味になるから、主食の代替品としても優秀なんだけどさ……。


 ――――葉っぱは伝説クラスの薬草達。

 根菜は引き抜く時の悲鳴を聞けば、もれなく死亡すると言われるマンドラゴラ。


 外に出ている葉っぱを縄で縛り、ステファニーちゃんと私のゴーレムで引き抜く作業をする。


 小さいゴーレムを働かせながら、これを常用食とするリベルタは大丈夫なのかしらと、思わず遠い目をした私は、普通だと思いたい。






(C) 2016 るでゆん

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