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206.箸休めー暗躍する冒険者ギルド・sideワハシュ

「法王様! 本気でございますか。

 本気であのにっくきゲリエと手を結ぶと!!」


 司教の一人が唾を飛ばし激昂する。それに煩そうな表情を浮かべ筋肉質な体を揺すり、法王ナスルは立ち上がった。


「本気だ。何か問題があるのか?」


「問題? 問題と申されましたか!!

 人間であり積年の敵国であるゲリエと結ぶ以上の問題がありましょうか」


「落ち着け」


 唾を飛ばし訴える司祭を冷徹に見つめた法王ナスルは、黙った部下達に不遜な微笑みを向けた。


「猊下?」


「冒険者ギルドの者たちもたまには役に立つものだな」


 つい先程までいた鼬族を思いだし、ナスルは堪えきれない含み笑いを漏らす。


「聞け。ゲリエとワハシュが結ぶとは言ってもそれは一時のこと。

 リベルタ討伐には、バルドを初めとする神に仇なす種族から人を出させる」


「先の国王、虎族のバルドで御座いますか? ですがヤツは王の座を追われてより、本来の領地に引っ込み暮らしております。我々の命令に従いますかどうか」


「神のご意志である。赤鱗と親しかった者達は、王都に妻子を預け、身の潔白を証明せねばならない。それが出来ねば、赤鱗と同じ異端だ。民も納得するまい」


「一部の噂では、バルドの領地に赤鱗の者達が逃げ込んだとも……」


「だがあそこは守りも厚い。我々の息がかかった者達は誰一人として帰っては来なかった」


 話し合う司祭達を見、呆れた様にナスルがため息を吐く。


「故にこそ、噂で十分。それに兵の供出を命じるときには、我々、神の尖兵達が足を運ぶ。我らの大軍の前には、いかにバルドと言えども要求を飲むしかなかろう」


「神殿騎士団を動かされると?」


「うむ。それに近隣の我らに従順な領主の兵も足そう」


「……それでも、もしバルドがリベルタへの出兵を拒否した場合には?」


「力ずくで蹂躙してくれよう。

 神に楯突く逆賊だ。どんな扱いをしても許されよう。

 そしてそなたは何を憂いる」


 我が意を得たりを微笑む法王は、考え込んでいる司祭に水を向けた。


「その様に血の気の多い兵を多数動員した場合、バルドが大人しく従った時に暴走するのではないかと思いまして」


「ふふ、それゆえのゲリエよ」


「は? 猊下、何を」


 人払いを済ませてはいたが、周囲の腹心達を更に近くに呼び寄せたナスルは声をひそめて話し出した。


「リベルタとの戦い始まると同時に、ゲリエの息の根も止める」


「な? それでは冒険者ギルドとの約定が」


「声が大きい。

 奴らに何が出来る? 所詮は無法者の集まりよ」


「しかし!」


「今、世界は変革の時を迎えておる。気高き獣人を導く我らが、この好機を逃してどうする? 人間どもの信じる宗教国家もリベルタ攻略には手を伸ばすと言うが、出来れば奴らはリベルタに敗北して欲しいものだな」


「なれど猊下、それでは世界から我らが非難されるのではございませんか?」


「ゲリエの領土を奪えば、世界屈指の大国だ。その我らにどうこう言う者達がいるとは思えないが、ならばトカゲの尻尾を準備すれば良かろう」


「トカゲの尻尾?」


「生け贄を?」


「バルドの息子は齢十を数えよう。そろそろ初陣を飾ってもよいはず。

 父が果たせなんだ、宿敵ゲリエ討伐の指揮官に任じよう。なに、年若いとはいえ、周囲は神の御心で守られておる。問題はなかろう」


 言外に傀儡の指揮官として、問題が起きれば全てバルドの息子に押し付けると宣言した法王に司祭たちは一斉に頭を下げた。


「流石猊下でございます」


「その慈悲深き御心にバルドの子息も涙を流し感謝することでしょう」


「奥方もそれならば、息子と夫の無事を願う為に、この本神殿で祈りの日々を過ごされる事でしょう」


「リベルタ攻略には私自ら赴こう。ゲリエ攻略は……、うむ、そちに任す。上手く立ち回れよ」


 以前から信頼している知恵の回る司祭を指名すると、法王ナスルはその豪華絢爛な装束を翻し、きらびやかな部屋を出ていった。





「本当にこれで良かったのですか?」


 先程まで法王と謁見していた鼬の優男は、ウサギ獣人である部下に問いかけられて、苦い微笑みをその顔に張り付けた。


「一応だが、法王からの約定は取り付けた。ワハシュで我々冒険者ギルドの立場は弱い。これ以上の譲歩を求めるのは無理だろう」


「ですが、あのゴリラ。絶対に何か企んでいますよ?」


「こら、地上における神の代行者様にそのような呼び方をしてはいけないよ」


「でもあのっ!! …………筋肉ばかりで頭に行くべき栄養も消費したのかと思われていたくせに、お腹の中は見事に育っていたクソ猊下は、絶対に何かやらかしますよ?」


「ふふ、それは我々は感知しないことだ。我々が本部から命じられたのは、ワハシュとゲリエ、ついでにペンヘバンを同じ戦場に引きずり出す事。後は本部の人間が何とかするだろう」


 本来であれば本部から交渉のために人員が送られてくるはずだったが、法王の拒絶により急遽交渉を任されたワハシュのギルドマスターは他人事のようにあくびをした。


「しかしマスター!!」


「時代の流れだ。もうどうすることも出来ない。バルド王の時代には、それでもまだ我々冒険者ギルドの居場所もあった。だが、ナスル猊下が牛耳るこの国に、我々の居場所はない。諦めるしかないんだ」


 いっそのこと、リベルタへ逃げるか? そんな風に笑うギルドマスターに何も言い返せなくなった兎人は悔しそうに下を向いた。


 その部下の肩をポンと叩いたワハシュのギルドマスターは、話し合いの首尾を報告するため、通信機に手を伸ばした。






 ******

 ****

 **


「ふざけるな!!」


 正面に草原、背後に森が広がる館の中に、バルドの怒声が響いた。


「族長?」


「バルド王?」


 心配する部下達へ首を振り、神経質に歩き回る。王の座を追われてから、少しずつ追い詰められ苛立ちを募らせている主君に、周囲の猫科獣人達は不安げに見つめていた。


「貴方。使者は何と?」


 苛立ちを隠さない王を宥める様に落ち着いた声がかかる。


「フィーネ」


 王妃フィーネの側には、つい先頃十三歳の誕生日を迎えた一人息子も立っている。姿だけならば成人と見間違える息子と、この地に戻ってから常にどこか強張った表情の妻の顔を交互に見つめる。


「出兵の命令だ」


「…………誰からでございますか?」


 出兵という単語を聞き、息子の体が強張った。


「王からだ。連盟で猊下の署名もある」


 それだけで逆らえばワハシュを敵に回すと気がついた周囲の者達は、固唾を飲んで言葉の続きを待った。


「…………出兵の数は、()()()()()()()。向かう場所はリベルタ。

 フィーネ、お前は戦勝を祈願するために、王都の神殿に滞在する様にとの事だ」


「そんな!」


「無礼な!!」


「格なる上は、我々猫科獣人族の誇りを見せつけてやりましょう!!」


 あからさまな人質の要求に、色めき立つ部下達を頼もしそうに見たバルドはその四肢に力を籠める。


「お待ち下さい」


 今にも現王への反逆を口に出そうとしている夫へ、妻は鋭く呼び掛けた。


「……なんだ」


「窓を開けて、外をご覧下さい」


 王妃に促されるまま窓を開けたバルドは、遠く地平線から土煙が立ち上っているのに気がついた。


「何事だ?」


 素早く屋根に上がった部下の一人が、神殿騎士団の旗を見つけ、バルドの元へと駆け戻る。


「法王が! 」


 それから程なくして、バルドの館は神殿騎士団に包囲されることになる。


 森や草原から集まってきた住人達の前で、妻子の引き渡しを求められたバルドは拳を震わせたまま、使者を睨み付けた。


「命がいらないと見えるな」


「おや、恐ろしい。その様に顔を歪められては、我々の様な神に仕える者達は一歩も動けなくなりますね」


 言葉とは裏腹ににこやかに微笑んだ使者は、騎士団に合図をし、数人の獣人を引き出した。


「王よ」


「バルド殿」


「貴様、何をした」


 引き出された獣人達は一様に怪我を負っていた。その顔を見て近隣集落の長老たちである事に気がついたバルドは、使者に牙を剥く。


「恐ろしい。落ち着かれませ。

 我らはただ近くの町に陛下や猊下の命令を伝えただけでございます。抵抗されましたので、数人捕らえました」


 その言葉を受けて、騎士団の一角が左右に避け、後ろに隠していた住人達の姿を晒す。


「くっ!!」


 女達、それも子を残せる若い女達のみが武器を向けられて怯えたようにたっていた。


「さあ、フィーネ殿もこちらへ。我らが責任を持って神殿にお連れします。ああ、それとご子息も共に。何、なんの準備も要りません。身一つで来てくださればそれでいい」


 人質を取られ、逆らえない住人達のすがるような視線を受けて、フィーネは毅然と騎士団へ歩み寄った。


「フィーネ!」


「あなた。大丈夫です。私のことは心配しないで」


「さあ、ご子息殿も」


 無理に連れられる息子の行く手を遮ろうとしたバルドは、死角から妻に押し当てられた武器を見せられ臍を噛む。


 無理矢理馬に乗せられ連れ去られていく妻子を見送るバルドに、使者は出兵の日程を伝えた。


「妻と子は……」

「ご安心を。王都でなに不自由なく過ごして頂きます」


「掠り傷ひとつでもつけてみろ」


「ご安心下さい。ああ、そうだ。バルド殿は赤鱗をお持ちのはず。リベルタへはそれもお持ちください」


「何を企んでおる?」


「さて、いと高き場所に居られる方々が何を考えるか等は私には分かりません。では、これにて。出兵の件、決して遅れませぬように。ご子息や奥方が悲しまれましょう」



 にこやかに去っていく使者を見送り、バルドは館へと戻った。


「我らを庇ったせいで、申し訳ございません!!」


 室内の隠し扉の奥、地下へと続く廊下で平伏していた狼獣人がいる。赤鱗の陥落を前後し、保護した赤鱗の関係者達だった。


「気にするな。法王と俺は犬猿の仲だった。嫌がらせを受ける覚悟は出来ている」


「なれどそれで、奥方様や王子様が!」


「それよりも赤鱗の騎士達には謝らねばならん。フィーネを初めとする女達を人質にとられた。これで我々は逆らえん。

 リベルタに……赤鱗の神子姫に牙を剥かねばならなくなった」


「では、出兵を?」


「ああ。隙あらば奴らの喉笛噛み千切ってやるが、今は従うしかない。お前達を庇護し続けるつもりではあるが、戦える男達に加え、女達も拐われた。守りはどうしても薄くなる。

 どうする? 心当たりがあるならば逃げるか?」


「いえ。いいえ!

 我ら赤鱗を受け入れてくださった陛下へのご恩、今こそお返しするとき。我々はたった今より、赤鱗にあらず。草原狼族です。

 法王は我らを数には入れておりますまい! この地の守りは我らにお任せを」


 突然増えた部下に頷き、バルドはもう一人の信頼する部下を呼んだ。


「オスクロ、我々がケトラに到着した後、お前は軍から離れろ」


「は!」


「コレをジルベルトに届けよ」


 そう話して隠し部屋の一角、更に細工机になっていた所から取り出した、一枚の黄金の鱗をオスクロに向かって滑らせる。


「これは神子姫様からジルベルトが賜った鱗?」


「ああ、もう我々と赤鱗の友好はなくなった。せめてジルベルトにコレを戻してこい」


 視線も合わせずに話すバルドの真意を探ろうと、オスクロは必死に観察する。


「おい、そう見るな。

 ティナ……か。隙さえあればな。

 王都には今ならばまだ俺の影響を及ぼせる。法王が何かミスをしてくれれば、あるいは……」


 わざと聞かせる為に呟いていたバルドは、次の瞬間戦意を身体にみなぎらせて、隠し部屋から外へと出た。


「兵を集めよ!

 兵糧を確認しろ!

 戦だ!!」


 先のワハシュ王の支配者としての声が館の隅々にまで響き渡った。











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