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205.冒険者ギルドの後悔

「すまなんだ」


 そう話したっきり、クレフおじいちゃんは沈黙を続ける。痺れを切らした伯父さんが咳払いをしてレントゥスに目配せをする。それを見たクレフおじいちゃんが覚悟を決めたように話し出した。


「デュシスで大進行が起きた時、そなたの両親はゲリエのトップ冒険者として対応に向かった」


 深刻そうに話すクレフおじいちゃんだけれど、それより何より気になることがある。


 デュシスってそんなにちょくちょく大進行が起きてるのか? クレフおじいちゃんも昔大進行を抑えているし、私もスタンピードを抑えた事がある。辺境とはいえ危なすぎるだろう。よくもまぁ、今まで無事だったな。


「ティナ、集中しろ」


 気が反れている事に気がついたクルバさんが、私に鋭く指摘する。それに謝ってクレフおじいちゃんの話に耳を澄ませた。


「その時、王位継承争いは最も激化しておった。フェーヤが王の私生児だと知られ、パーティーは身の安全を確保するために他国へと逃れる予定じゃったのじゃ。なれどあの当時、大進行を抑えられるのは、妖精王率いるパーティーだけじゃった。群を抜いて強く、優しく、そして信頼がおける者達じゃったよ。

 わしら冒険者ギルドは、フェーヤ達にデュシスへ向かうように要請した。……ゲリエ王家と貴族社会はわしらが抑える。決してフェーヤを捕らえさせはせぬ。安心して欲しい。もしデュシスの一件が終わり移動を希望するなら、フェーヤ達を神殿間移転で逃がすと約束してな」


 まあ、そりゃそうだろうね。冒険者としてデュシスを見捨てられない気持ちも分かるし、身の安全を求めるのも当然だ。


「その当時、俺達パーティーは五人だった。昔、話したことがあったか?

 妖精王フェーヤブレッシャー。

 聖女クラサーヴィア。

 竜騎士レントゥス。

 流転の女傑リチェルカ。

 殺戮幻影と呼ばれていた俺。

 俺達はそれぞれに二つ名が付けられ、知らぬものはいない存在だった」


 懐かしそうに瞳を細めてクルバさんが回想している。


「大切な仲間だった。背中を預けられると、何があっても助け合えると思っていた。家族と言っても良いほどの関係だった」


「クルバ、暫し待て。最初にわしらがどう動いたか……それをティナちゃんに話すのが先じゃて」


 背筋を伸ばしたクレフおじいちゃんが私の目を見る。


「結論から言おう。

 当時の冒険者ギルドは、フェーヤブレッシャー率いるパーティーに約束していた全ての援助を反故にした。それゆえ逃げ場を失のうたお主の父親は、奴隷に堕ちることで生きる道を模索した」


 それだけ言われても意味が分からない。どう反応していいか分からないから、ただ無言でクレフおじいちゃんを見つめ返した。


「フェーヤ達は命の危険を省みず、デュシスの冒険者達をまとめあげ、防御体制を整えた。当時のデュシスにいた冒険者達は競ってフェーヤの指揮下に入ったものじゃ。

 フェーヤ達が大進行を必死に抑えている頃、ゲリエ王家は救援も寄越さなかった。あわよくばフェーヤが大進行と共倒れになることを望んでおったのじゃろう」


 ちらりと伯父に視線を流したクレフおじいちゃんは、他人事の様に肩をすくめる相手に首を振る。


「大進行が落ち着く頃、冒険者ギルドにはゲリエ王家から強い圧力がかかった。

 救国の英雄を他国へと逃走させることは決して許さない。強い意思を感じたよ」


「……同時に俺達パーティーメンバーも切り崩し

 を受けた。それに応じたのがレントゥスだ」


「女に溺れて友を裏切ったお前に言われたくはないな」


 二人の間に火花が散る。昔の仲間だからこそ、許せない何かがあるのだろう。


「冒険者ギルドは身の危険を感じ、約束の履行を求めるフェーヤをゲリエ王家へと差し出した。正確には他国へと移転させると約束したにも関わらず、王都へと移転させたのじゃ」


「あの時、クルバと俺が驚いていない事に気がついたフェーヤは、初めて絶望した表情を浮かべた」


「ああ、事情を知ったリチェルカは烈火の如く怒ったな」


 レントゥス団長とクルバさんが視線を交わす。


「クルバ、お前は王都に残した恋人を人質に捕られた」


「レントゥス、貴族の三男であるお前は、家名と誇りを盾に決断を迫られた」


「俺達はフェーヤを王子フェーヤブレッシャーとして扱った」


「ヴィアから引き離し、貴族の女の所へと売り渡した」


「英雄と称えられた俺達は、ゲリエに魂を売ることと引き換えに、安寧を手に入れた」


「強く優しいお前の両親は、そんな俺達を許した。貴族ならば、何処の馬の骨とも分からぬ冒険者よりも家名を取るのは当然。愛した女を人質にされ、それでも自分の味方をするならば、俺が殴ると笑われたよ」


「……逃げ場が無くなったお主の父親はヴィアの命を盾にされ、王家への絶対服従を制約し、貴族との婚姻を挙げることを求められた。

 それだけは認められないと抵抗したフェーヤは、執行局に囚われた」


「何度もお主の母親からは救助の要請があった。じゃがわしは冒険者ギルドを動かさなかった」


「フェーヤは敵対する貴族の尋問官を上手く誘導して自分を奴隷に落とさせた。少し間違えば死罪になるような危ない橋を渡った」


「父さんを奴隷に落としたのが、アーサーさん?」


「ああ、手続きをしたのがアーサーだな。その当時は貴族お抱えの奴隷商は他にもいたが、救国の英雄を奴隷に落とすとなれば国民からの反感を買う。危険すぎると二の足を踏む商人達が多い中、唯一手を挙げたのがその当時、店を大きくし始めていたアーサーだった」


 後は知っての通りだとクルバさんは口をつぐむ。


「すまなんだなぁ、ティナちゃん。冒険者ギルドは大国ゲリエからの攻撃を恐れ、そなたの両親を売った。それは否定できぬ事実じゃ。

 それ以来ゲリエの冒険者ギルドは、王家の影響力を廃せなくなった。どんどん状況は悪化していったよ。それゆえ我らはこれ以上ゲリエに、譲歩する事はない。安心して欲しい」


 頭を下げるクレフおじいちゃんに向けて口を開こうとした時、伯父であるシュトライデンが堪えきれないと笑だした。


 最初はクツクツと小さなものだったのが、次第に大きく最後には天を見上げて大笑いしている。


「……ハハハハ! これは参った!!

 クレフ殿、お主案外役者だな!!

 姪よ、騙されてはならぬぞ!

 そこにいるクレフは、私情でフェーヤを見捨てたのだ」


 嘲笑を浮かべたまま、シュトライデン王はクレフおじいちゃんを指差す。


「クルバの妻はクレフ殿の娘。それは知っているか?

 当時恋仲だった二人を盾にされ、クレフ殿は冒険者ギルドを動かさぬようにと、ゲリエから要請を受けていたのだ!

 国の為。ギルドの為。民の為。綺麗事を抜かしても、所詮最後は身内が大事だったのだ!」


 勝ち誇った様に言い放つシュトライデン王を、クレフおじいちゃんが殺気の篭った視線で睨み付けている。


 私が二人を見つめていることに気がついた瞬間に、クレフおじいちゃんは表情に後悔を一瞬覗かせて下を向いた。


 その反応で、私はシュトライデン王が話した事が事実なのだと分かってしまった。


「…………だから?

 それの何が問題ですか?」


 正直に言えばかなりショックだった。でも動揺を知られる訳にはいかない。せめてもの強がりに、全て分かった上で気にしないとシュトライデン王に話す。語尾も震えず、視線も泳がないままに言い切れたはずだ。


「ほう。姪御よ、お前は気にせぬと言うのか?

 父を騙し、母を裏切り、そして今もお前を利用する冒険者ギルドを許すと言うか」


 緊張が最高潮に達した時、私は場違いにも穏やかに微笑んでいた。


「ティナ?」


「ティナちゃんや?」


「リベルタの女王よ」


 責められるのを覚悟していたらしいクレフおじいちゃん達が意表を突かれて私を呼ぶ。


「昔の話です。それでも(わたくし)の両親は、マスタークルバと親しく付き合い、死ぬ数刻前にギルドカードを私に託しました。

 私はその両親の心を信じたい」


 話している間に覚悟は決まった。利害の一致する間だけ、彼らを信じればいい。絶対の味方なんて、そうそう簡単には現れない。


 穏やかな笑顔を少し力強い物に変えて、シュトライデンを見つめる。これだけ引っ掻き回してくれたんだ。こちらも少しは反撃してみよう。


「伯父様、何を求めてこちらに来られたのですか?」


 雰囲気が変わった私に対し、シュトライデンもまた表情を変える。


「忌々しい弟と憎らしい女の娘に会いたくてな。お前が揺らぐならば、ゲリエの為に利用としてやろうと思っておったが、そこまで甘くはないか」


「私がゲリエに与すれば、ワハシュとの戦さは激しさを増しましょう。それが分からぬ陛下ではないでしょうに、何故自国を空けてまでこちらに来られたのですか?」


 突然王同士の会話になった事に気がつき、アルフレッドが警戒している。


「斜陽の国とは言え、ゲリエは滅びておらぬ。まだ助かる道もある。お前を手札に加えれば、楽が出来ると思ったが致し方なし。

 リュスティーナよ、これより先は我らは敵だ。

 ゲリエ国王シュトライデンより、リベルタの女王たるリュスティーナへ宣戦を布告する。

 獣を率い、全ての生き物の敵たる半魔の存在を許す。生まれながらの優劣を乱し、他国へと争乱を広げる独裁者よ。我ら世界はお前の存在を認めん。覚悟せよ」


「ゲリエ国王シュトライデン殿、その布告確かに受けとりました。明日の昼までリベルタへの滞在を認めます。なれどそれ以降、我がリベルタと貴国は戦争状態とさせていただきます。どうぞ御身大事でしたら、それまでに出立を」


 会談は終わりだと一礼して、部屋から下がる。全員私と同行し、隠れ家へと戻った。


「すまなんだ」


 執務室に入るなり、クレフおじいちゃんが深々と頭を下げる。その横でクルバさんも同じように頭を下げていた。


「謝らないでください。どうか顔を上げて」


「そうはいかん。けじめは必要じゃ。それに先程もまた、わしは保身を図った」


「それは違います! クレフ殿はけっして妻を助ける為だけに、フェーヤを見捨てた訳ではっ!!」


「クルバ! 黙れ!!」


 耐えきれないとクルバさんが何かを言い掛けた。それを制したクレフおじいちゃんが床に膝をつく。


「この皺首で良ければお持ちください。

 それでご両親へのせめてもの誠意とさせて頂きたい。今の若い者達は当時の事を知りません。お怒りは我が身に。どうかお願いする」


 謝罪するクレフおじいちゃんからクルバさんに視線を動かす。


「クルバさん、説明していただけますね」


「当時、行方不明になっていたクレフ殿の娘が、俺の妻だと分かった。アンナと一緒に住んでいた妻には、護衛がつけられたがゲリエ側に懐柔され、妻は誘拐された。俺の所にきた脅しだけかと思ったが、同時にクレフ殿にも手紙が送られていた。

 事情を知ったヴィアがリチェルカと一緒に強襲して救ってくれるまで、俺は妻を拐った貴族の言いなりだった」


 淡々とした語り口だが、それに反してクルバさんの体には力が込められている。思い出しても悔しいのか、瞳に怒りを燻らせながら当時の事を話続けた。


「だが、クレフ殿は違う。義父殿は一人の父親である前に、冒険者ギルドを統べるものとして行動されていた」


「その選択が父をゲリエへと引き渡すことだった」


「ああ、当時のゲリエは今よりも、もっと力を持つ国で、世界でも五本の指に入る影響力を持っていた。逆らえば冒険者ギルド自体が潰されかねない。そんな中、必死にバランスをとられていた」


「わしが何を考え、どう行動しようとも、結果は変わらぬよ。わしは選択を間違えた。

 守らねばならぬ冒険者は奴隷になった。

 協力者であるテリオはギルドを身限った。

 一国に譲歩してからは、他国もそれに追従するようになった。

 今では一枚岩であった冒険者ギルドすら、分裂しておる。全てはあの日、フェーヤを犠牲にすると決めたわしの選択ミスじゃ。

 リュスティーナ、本当にすまなんだ。お主が天涯孤独となったのは、わしのせいじゃ」


「…………クレフおじいちゃんのせいじゃありませんよ」


「まだわしをおじいちゃんと呼んでくれるのかね?」


「クレフおじいちゃん嫌じゃなければ」


 すがるように私を見つめるクレフおじいちゃんに手を差し出す。その手を握って立ち上がったのを確認して、そっと抱き寄せた。


「今までありがとうございました。いつも良くしてくれるなとは思ってたんです。両親への罪滅ぼし。そうだったんですね」


 骨ばった背中を撫でる。いつも頼りになるおじいちゃんだったけれど、腕の中にいるおじいちゃんは年相応に細い。


「……冒険者ギルド長老議会議長殿」


「なんじゃね、改まって」


「貴殿が私の両親にした事を知ったことで、私の対応が変わらぬ事を約束しましょう。その上で改めて、リベルタへの協力を求めます」


「我々を信じてくれると」


「誠実なる隣人として」


 わざと少しだけ声を出して笑った。


「お二人とも、なんて顔をしてるんですか!

 リベルタは種族の垣根を越え、過去を乗り越え、手を取り合って進む国。その女王が私怨をいつまでも引き摺るとでも? そもそも、私だって同じ状況に追い込まれたら、父を売る選択をするかもしれませんよ」


「ティナ」


「ティナちゃん」


「さて、祖国ゲリエが宣戦布告してきました。

 距離があるとはいえ、シュトライデン王がどう動くか分からない。みんな、忙しくなるよ!

 手を貸してくれる?」


 クレフおじいちゃんも含めた全員の、頼もしい返事を聞きながら晴れやかに見えるように微笑む。女王である私が暗い顔をするわけにはいかない。今回知った事は、一人になってから消化すればいいや。


 そんな風に気合いを入れ直して、指示を出そうとしていた時、恐ろしく久しぶりに通話アイテムが鳴った。この音はデュシスからだが、何だろうと思いながら起動させる。


「やっほー、ティナ!!

 お久しぶり!! 元気だった?!」


 場違いに明るく元気なその声を聞いて、クルバさんが目を見開いたのは言うまでもない。




(C) 2016 るでゆん


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