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204.伯父と姪

 竜が向かってきていると聞いて、気色ばむ騎士達に、住民を隠れ家に誘導する様にと命じた。


「ティナ!」


「わが君!」


 知らせを聞いて駆けつけてきたジルさんやアルフレッドと合流する。オルランドはリベルタを離れており、ダビデは足手まといになるからと、隠れ家に避難した人々と共にいる。その代わりのように、フォルクマーとエッカルトが側に控えた。


 私も隠れ家に避難するようにと懇願されたが拒否し、竜が到着する予想地点である城壁に立つ。城壁の外には騎士団が隊列を整え、私達の背後には物見高い冒険者達がヒソヒソと話ながら見物している。


「陛下」


「ティナちゃんや、大丈夫かね?」


 人垣をかき分けてクルバさんとクレフおじいちゃんが現れた。


「お二人とも何が起きるか分かりません。どうか避難を」


 ヒョイっと手を上げて挨拶する二人にアルフレッドが避難を呼び掛けた。それに苦笑した二人は、避難するなら私の方が先だと周囲にツッコミを入れている。


「何故女王陛下がこちらにいるのに、我々が隠れなければならない」


「そうじゃのう。ティナちゃんが逃げるのが先じゃて」


「断固拒否です。上空にいる竜を撃墜するなら魔法が役に立つでしょ」


「竜……やはりか」


 噂になっているのかクレフおじいちゃんがため息混じりに呟く。


「ヤツの可能性が高い。いつか来るかもしれんとは思っていた。予想よりも遅かったが……」


 竜が向かってくる事に思い当たる事でもあるのか、クルバさんが苦々し気に話す。フォルクマー達が心当たりは誰かと尋ねると、その表情は更に苦しげな物になった。


「レントゥスだ」


「れんとぅす?」


 初めて聞く名前に首を傾げる。でもその名前に覚えがないのは私だけの様で、フォルクマー達どころか、アルやジルさんも警戒を露にしている。


「ゲリエの騎士団長。お前がデュシスから去る時に騎竜から逃げたのは覚えているか?

 その騎手だ」


 んー……と、唸りながら記憶を漁る。確かにデュシスから旅立つ時に、竜にあったねぇ。デュシスの住民が騎士団長の騎竜だって叫んでた気もしなくもない。


「来るぞ!」


 遠く上空に一点の染みが浮かぶ。


「前方に旗! ゲリエ国使者の物!!

 攻撃停止を求めています!!」


 騎士団唯一のキリン族が声を上げた。細身で高身長。首が多少長い彼は、見張りとしての能力を買われて正騎士の座を射止めたらしい。


「攻撃停止! 隊列を崩すな!!」


 近づいてくる竜の迫力に押されて、身じろぎをした騎士達へ、フォルクマーの激が飛ぶ。


 城壁の少し手前で地上に降りた竜には二人の人影が乗っていた。


「レントゥス……もう一人は、誰だ?」


 フードを被ったままのもう一人に、騎士たちの視線が集中する。


「ここがリベルタで相違ないか!!」


 騎乗したまま問いかけるレントゥスに、騎士の一人が回答している。女王への取り次ぎを求めるレントゥスに、アルフレッドが出ると答えた。


「無礼者!

 ゲリエ王の訪問である! この地は他国の王もてなす事も出来ぬのか!!」


 隊列の一部が動き、レントゥスともう一人を竜から下ろして案内しようとする。武器を預ける様にと促された所で、フードの人影が激昂した。そのまま跳ね上げられたフードの下から表れた顔に、アルフレッドが鋭く息を飲む。


「シュトライデン……陛下…………」


「ゲリエ王? 間違いないのですか?」


「ええ、これでも元はゲリエの貴族。王の顔を見間違えることはありません。しかし……何故」


 他国の王と言うことで顔までは知らなかったらしいフォルクマーがアルフレッドに確認している。血の気が引いた顔とは対照的に、柄に掛けられた手にはかなりの力が入っているようで、筋が浮き震えている。


「間違いない。アレはレントゥス。あいつが膝を屈するのは、シュトライデンだけだ。…………フェーヤ以外では……な」


「やれやれ。なんでこんなところにあの小僧がおるのやら……。王という職業も案外暇じゃの」


 どうやら知っているらしいクルバさんとクレフおじいちゃんからも、訪ねてきた人達がゲリエの重要人物だと太鼓判を押されてしまった。


「とりあえず行こうか」


 名乗られてしまえば、したっぱの騎士達では対応に苦慮するレベルだ。そのまま放っておくのも可哀想だから、皆を連れて移転しようかなと思った。


「危険です。まずは私が」


「ティナちゃん自らが出向くまでもなかろう」


 難色を示す二人に苦笑を向けて、心配なら着いてきなよと話した。拒否する人が誰もいなかったから、全員まとめて竜の前に移転した。


「ほう、来たか」


 まだ竜の上にいたゲリエ王に形ばかりの笑顔を向ける。


「初めてお目にかかります。私はリュスティーナ。この地の王です」


「ふん。あの忌々しい聖女の面影がある。

 偽物では無さそうだな」


 そう話すと手を貸そうとするレントゥスを無視して、王は滑り降りてきた。


「ゲリエ国王、シュトライデンである。

 もっと早くに会いたかったが、致し方あるまい」


「早く?」


「姪が生きていると聞けば、身内としてはあってみたくもなろう。頭の回転が遅いのではないか? それとも気が利かぬだけか」


 私を馬鹿にされて殺気立つ騎士団を制し、アルフレッドが進み出た。


「シュトライデン王、ご無沙汰しております」


「生きておったか、ベルセヴェランテ」


 路傍の石ころでも見るかのような興味のない瞳をアルフレッドに向けて王は答えた。レントゥスが立ち位置を変えて、いつでもアルフレッドとシュトライデン王の間に割り込める場所に立つ。


「お陰さまを持ちまして、今はリベルタにて宰相の任を賜っております」


 慇懃無礼にアルフレッドも答えた。そういや、アル父やアルの妹さんを殺したのが王だったっけ。ついでにアルオルも酷い目にあってるし。思うところはいっぱい有るのだろうね。


「久しぶりだな、レントゥス」


「クルバか。デュシスから去ったと聞いたが、そうか、ここにいたか」


 なんか私以外の因縁が凄いんだろう。あっちこっちで火花が散ってる気配がする。


「とりあえず休める場所に案内して貰おうか。姪よ、伯父からの頼みだ。受け入れてくれるな?」


 アルフレッドから私に視線を動かした伯父さんからの要求を受け入れて、リベルタの中へと案内した。


 流石に隠れ家に案内する気にはなれなかったから、出来上がっていた客用宿泊所のひとつに案内する。王を案内するレベルの建物ではないけれど、迎賓館なんて洒落たものはリベルタにはないから仕方がないだろう。


 今はまだ住民の家も作り終わってないから、役所や私の執務室なんかの運営施設は全て隠れ家で賄っていた。お客さんが来はじめたなら、建設も急がなくちゃ駄目だな。


 一度、旅の疲れを癒してほしいと別れ、お茶と身の回りのお世話をする人員の手配をする。フォルクマーとジルさんは、ここの護衛兼監視体制を整えるのに忙しそうだった。


 何とかおもてなし準備を終え、アガタとレイモンドさんに女王として賓客をもてなす時の衣装に着替えさせて貰った。そろそろあちらも体勢が整っただろうと、アルやジルさん、それに待っていた冒険者ギルドのメンバー達と合流して伯父さんの所に向かった。


 先触れを出していたから問題なく会談の運びになった。広さだけはそれなりにあるリビングで、私達は向かい合う。


 へぇ、この人が『伯父』ねぇ。


 初めてゆっくりとその顔を観察する。フェーヤ父さんとは似ても似つかない鋭い瞳。細身の顔。鍛えているのは分かるが、実戦的ではない体型。年齢は父親よりも十歳くらいは上かな?


「……こほん。陛下、こちらはゲリエ軍国第29代国王、シュトライデン陛下です。

 シュトライデン殿、こちらがリベルタの女王リュスティーナ陛下。貴方の弟であるフェーヤブレッシャー殿下の一粒種で御座います」


 見つめ合う私達に痺れを切らしたのか、アルフレッドが口火を切った。


「シュトライデンである」


「改めまして、初めてお目にかかれ光栄に存じます。私はフェーヤブレッシャーとクラサーヴィアの娘、リュスティーナで御座います。以後お見知り置き下さいませ」


 一応年長者だしね。礼儀を守って王族に向ける一礼をしつつ挨拶した。礼儀作法を知っているのかと意外そうな表情を浮かべた伯父さんは軽く顎を引いて答えてくる。さて、何の用件で竜騎士の騎士団長が護衛についているとは言え、王自ら乗り込んできたのやら。


「リュスティーナ、お前は自分の置かれた状況を分かっているのか?」


 しばらく当たり障りのない雑談をして場が暖まった所で、伯父さんが切り出してきた。


「それはどういう?」


「冒険者ギルドグランドマスター派。ワハシュの忌々しい獣ども。そして宗教国家ペンヘバン」


 新しい国名を突然上げられて、首をかしげそうになる。確かペンヘバンって人間が信じている宗教の総本山的な場所だったよね。それが何でいきなり出てくるんだ。


「獣が祀る『赤鱗の神子姫』それがペンヘバンの逆鱗に触れたらしいぞ」


 私の意表を突けた事に満足したのか、伯父さんはニヤリと笑って答えをくれた。神子姫という単語を聞いて、同席していたジルさんとフォルクマーが気色ばむ。


「落ち着け、狼ども。今は伯父から苦難の道を歩く姪っ子に助言をしている所だ」


 王同士の話に許可なく割り込むなど無礼であろうと、不快そうに言われてしまえば誰も口を挟めなくなる。この人ホントに支配することに慣れているな。生まれながらの王族ってこんな感じなのかしら。


「さて、可愛い姪っ子よ。伯父からの提案だ。お前、ゲリエに戻ってこい」


「……戻る?」


 予想外すぎる提案に、虚を突かれた私が反応できないでいると、忌々しそうに詳しく説明し始めた。


「どう考えてもこの状況でリベルタが生き残るのは難しい。今ならば受け入れてやれる。

 リュスティーナよ、ゲリエへと戻れ」


 尊大に言い切った伯父に二の句が繋げない。


「シュトライデン殿、それはあまりに」


「黙れ、ベルセヴェランテ。なんならお前も受け入れてやる。姪の家畜としてな」


 シュトライデンは反逆者でありゲリエに損害を与えたベルセヴェランテ家の人間ならば、その扱いでも寛大過ぎると笑みを浮かべる。


「シュトライデン殿、私は既に奴隷ではありません。リベルタの宰相兼混沌都市の騎士爵。リュスティーナ陛下の忠実なる臣。無礼な申し出はお止めください」


 怒りに震えながらアルフレッドが言い返す。


「ゲリエに魔族を引き込もうとした売国奴。人類の敵たる異端者。そのベルセヴェランテ家の唯一の生き残りが何を偉そうに」


 それまで王の側に立っていたレントゥスが初めて口を開いた。アルフレッドに思うところがあるのだろう。苦り切った表情だ。


「あの時も申し上げ続けておりましたが、我らベルセヴェランテ家は他国と内通し、国を裏切ったりはしておりません。ましてや魔族と通じるなどとは、酷い侮辱です」


「ほう、ではそなたは我々が間違ったとでも言うのか? 我が国の執行局がそなたらの調査で虚偽の報告をしたとでも? 証拠はあるのであろうな。ないと言うなれば、それはリベルタの宰相が我らゲリエを不当に侮辱したと言うことだ」


 王が嗜虐心も露にアルフレッドを問い詰める。いつか身内の不名誉を雪ぐと心に決めているアルフレッドだけれど、まだ決定的な証拠は掴んでいないのだろう。悔しそうに下を向いた。


「なんだ? 何故王の問いかけに答えぬ。リュスティーナ陛下、貴方の宰相は他国の王への礼儀も弁えておらぬと見える。ご苦労なされるな」


 申し訳ございませんと小さく謝罪するアルフレッドに、王は鼻を鳴らした。次にシュトライデンの標的になったのは、冒険者ギルドのメンバーだった。


「これはクレフ殿。そしてクルバ。両名とも久しいな」


「ご無沙汰しておりますのぅ、シュトライデン王」


「お久しぶりです」


「いやはや、意外であった。お前達が厚顔無恥にも我が姪の支配地におるとは」


 厚顔無恥? 何を言っているんだ??


「その表情。リュスティーナ、さては知らぬのか。もしやとは思うが、リベルタの防衛戦力に冒険者ギルドも計算に入っているのではあるまいな」


 嫌な笑みを浮かべて伯父を名乗る生き物は私達への攻撃を止めない。うん、これ、舌戦と言う名の戦いだわ。気合いを入れ直さなきゃ。呑まれたら負けだ。


 でも微妙にクルバさんやクレフおじいちゃんの顔色が悪いのは何故だ?


「止めておけ。こいつらは決して信用してはならん。特にフェーヤとヴィアの娘であるお前はな。親の二の舞にはなりたくなかろう?」


「二の舞?」


 人生経験が長いだけあって、この王は何を知っているのか。クルバさんは言うに及ばず、冒険者ギルドも両親を助けてくれていたはず。じゃなきゃ死に際に冒険者になれなんて、両親は言わなかっただろう。


「こいつらは……ああ、言葉は正確に使わねばな。クルバはもっとも救いと協力を必要とする場面でフェーヤとヴィアを売った。冒険者ギルドは助勢を約束していたにも関わらず、それを反故にしお前の両親を見捨てた。

 だからお前の両親は世界の何処にも居所が無くなって、隠れ住む事になった。追っ手を掛けられ、安全な寝床もなく、本来は王族として遇されるはずのお前は苦労を余儀なくされた。

 今のお前を支える者達を信じるなよ。皆一度は、己の身の可愛さで裏切った連中だ。神の写し身と崇めたてられても、それはお前を見ている訳ではない。ただお前を通して神の影を追っているに過ぎない。

 今のお前の立場が、周囲の連中にとって都合が良いだけだ。立場が変わればすぐに去る。手酷く裏切り、お前を敵に差し出し保身を図る。そんな連中ばかりだ」


「無礼な!!」


「我々は神子姫様に!!」


 武器に手を掛けたフォルクマーとジルさんに向けて、一拍早くレントゥスが剣先を向けた。


「それこそ何を証拠に。私は今あったばかりの伯父を名乗る貴方よりも、今まで共に過ごしてきた時間を選びます。信じることは出来ない」


 それに、価値観が一緒で私が役に立つ間は協力してほしいと頼んでいるだけで、そもそも絶対の忠誠なんか求めてないからねぇ。

 何を言ってるんだか。


「信じぬか。まあ、当然だな。では、レントゥスよ、お前が直接見た当時の事を語ってやれ。お前とパーティーを組んできたフェーヤやヴィアがどんな目にあったのか。

 もっとも信頼されていたクルバはどうやって親友(フェーヤ)を裏切ったのか。冒険者ギルドは……当時のグランドマスター・クレフはリュスティーナの両親にどんな対応をしたのか。仔細漏らさず教えてやれ。真実を知る権利がこの娘にはあるだろう?」


 ジルさん達に剣を向けたまま、レントゥスは頷いた。おそらく二人の間で打ち合わせは終わっていたのだろう。そっか。そう言えばこの人も父さん達とパーティーを組んでいたか。


 語りだそうとするレントゥスをクレフおじいちゃんが止める。


「待たれよ。そなたらに語ってもらうまででもない。わしが話す。当時の最高責任者であった、このわしがな。

 リュスティーナ陛下、……いや、ティナちゃんや。本当に申し訳なかった。今まで隠していたわけではないのじゃ。ただ話すタイミングがのうてな」


 深々と頭を下げてからクレフおじいちゃんは、遠い昔の記憶を話し出した。




(C) 2016 るでゆん



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