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203.箸休めー暗躍する冒険者ギルド・sideゲリエ&デュシス

「ほう、では我が国にそのリベルタとか言う国への出兵を求めると言うのか?」


 応接間のひとつで、ゲリエ国王は一人の妖艶な美女と対峙していた。にっこりと真意を気取らせぬ微笑みを張り付けたままの美女は上体を傾け胸元を覗かせながら肯定する。


「はい、陛下。リベルタは陛下にも因縁のある土地。このゲリエにとっても利点がございます」


 無意識なのか意識してなのか、媚びるような声音で話す女から甘い薫りが漂う。頭が痺れるようなその匂いに内心眉をひそめつつ、ゲリエ王もまた微笑みを口許に浮かべる。


「グランドマスターからの使者との事で、特別に謁見を許したが時間の無駄であったな」


 下がれと出口に向かいヒラヒラと手を振ると王は立ち上がった。


「陛下も冒険者ギルド長老議会のクレフが出した通達はお耳に入っているはず。その通達で語られていた新たな解放者たる女王の名はリュスティーナ。

 ……既にご存じでしたか?」


 女王の名を聞き訝しげな表情を浮かべるゲリエ王は、記憶を素早く探り、それが探していた姪の名前であることを思い出した。


 動きが止まった国王に、勝ち誇ったような微笑みを浮かべたまま使者の女は続ける。


「お心当たりがあるようですね。詳しくお話を致したいのですが、退出した方がよろしいですか?」


 わざとらしく立ち上がり、上体を傾けたまま問いかける使者に国王は座るように促した。自身も一度は立ち上がった席に戻り腕を組む。堪えきれなかった深いため息が王の口から漏れた。


「話せ」


 一転して不機嫌な表情になった国王を目の前にして、動揺することなく使者はリベルタの現状を語りだした。


「……………と言うわけでして、隣国であるケトラは敗北。将軍インギールを失いました。

 ケトラ王は隣国に救援を要請。(わたくし)ども冒険者ギルドにも同じく助勢の打診が参りました。

 リベルタを独立した国土と認めたのは冒険者ギルドの失策。ですので私共も最大限の助勢を決定した次第ですわ」


 どこか上から目線で語る使者の女に、王は顎をしゃくることで先を促す。


「宗教国家ペンヘバン宗国、ワハシュ首長国連邦。両国は既に協力を約束しております」


「何だと?」


「人間種族最大の宗教国家と、獣人の大国ワハシュは既にリベルタの討伐協力を約しております。もしも陛下が姪と運命を共にすることを望まれぬのであれば、世界に対し証を立てねばなりません」


 人間種族の宗教を牛耳る宗国と戦争中の敵国の参戦を聞かされ、王は目を剥いた。そのまま瞬時に計算を始める。


「しかし何故ペンヘバンが動いた?」


「神子姫などと言う獣の偽神に()がなった。許せるものではなかったようですわ」


「ならば何故、ワハシュが……」


「あちらは逆賊赤鱗騎士団の討伐が主なる目的。陛下の態度次第では、宗国もゲリエに破門を通知されましょう」


「どれ程の援助を望む」


 苦虫を噛み潰したような表情のまま、王は使者に問いかけた。


「兵力五万。戦争で領土を失ったとはいえ、大国ゲリエでしたらそれくらいは容易いでしょう? それに兵糧と医薬品もご準備ください。ワハシュも同数を出兵いたします。ケトラへは宗国の命令で神殿間移転が使えます。ご移動はご心配なく。またワハシュとの戦争もその間だけ停戦をギルドの名にて保証します。どちらかが破れば、我々が一丸となり助勢を致します」


 詳しく書面を交わす約束をして、使者は下がっていった。誰も居なくなった部屋で黙考をしていた王は、外で待っていた侍従に騎士団長と執行局の副長官を内々に呼び出すように伝える。


 程無くして表れた二人に、王は沈黙の誓いを立てさせ、冒険者ギルドからの提案の話をする。


「なんと……」


「まさか……」


 王より姪を探すように命じられていた二人は、予想外の事実に絶句している。


「出兵の準備と同時に、事実関係の確認をせねばなるまい。執行局を動かす。よいな?」


「は! 全力で探らせます」


「レントゥス。騎竜を準備せよ。ああ、二人乗り用の鞍もな」


「かしこまりました。ですが何故?」


「ふふ、あのフェーヤブレッシャーの娘だぞ? 殺し合いになる前に一度くらいは言葉を交わしておきたい」


 出仕を禁じられ、この二年リュスティーナを探し世界を飛び回っていた騎士団長に王は苦笑を向けた。


「な! 危険です!」


「黙れ。それもこれもお前がリュスティーナを見つけられなかったからであろう? 言い訳は聞かん。副長官、留守を頼むぞ。反乱など起こさせるなよ。方法は任す」


 難色を示す騎士団長を相手にせずに、王は後の事を副長官に任せた。方法を問わずと言うことならば、王が戻るまでの六日の間くらいはもたせると頼もしい返事をする侯爵にニヤリと笑みを浮かべる。


「では、俺はこれから急病だ。

 レントゥス、準備を急げよ」


「……お命の保証は致しかねます。どうかご再考を」


「くどい。

 斜陽の国の王とは言え、王命をなんと心得るか。お前は俺の命を聞いていれば良い。それがフェーヤを裏切り、俺についたお前が生きる唯一の道であろう?」


 何かを言いたげに唇を噛んだ騎士団長は、結局何も言わずに王命を受け入れ頭を垂れた。


 その騎士団長を馬鹿にするように見つめていた王は、自分がしばし留守にするために動き出す事にする。執行局に任せておけば、己が倒れたときに動き出すケトラの膿を見つけることも出来るだろう。


 六日程度であれば、最悪失敗しても皆殺しにすればよい。そんな暗い謀略を胸に、初めて会う姪っ子に思いを馳せていた。







 sideデュシス


「お引き取りを」


 冷たい声が領主館に響いた。


「おや、そのようなことを言ってしまってよいので?」


 明らかに年若い娘である領主を侮った表情で、冒険者ギルド本部から遣わされてきた使者は問いかけた。


「デュシスがリベルタに出兵することはありません。そもそもゲリエ本国に見捨てられた地をまとめ上げ何とか生にしがみついているだけの、忘れられた飛び地。そのような余力はございません」


「おやおや、これは女王ともあろう方が嘆かわしい。そうは思われませんかな、ケビン殿」


 突然話を振られたギルドマスター・ケビンは表情を読ませない為に極力感情を押し殺し、腕を組んだ。長くギルドに勤めた妻の言うことには、この使者の男は交渉の経験も多い中々に厄介な相手との事だった。


「そうは言っても使者殿、陛下の言葉も事実。先のマスターから引き継いだ日も浅い。俺も今のこの街から出兵させる余力はないと思うが……」


 救いを求めるように、チラリと神殿の代表に視線を送ったケビンは言葉尻を逃がし下を向いた。今日は年若いサーイが同席するよりはと、最近めっきり表舞台に出ることが減ったミールが来ていた。


「そうですわねぇ。確かにデュシスは前回の罪人の谷の事件、ゲリエ本国からの廃棄を受けて建て直しに躍起になっている所ですから」


 のんびりとなんでもない事のように、豊穣神殿のミールがイザベラやケビンを援護する。元貴族令嬢という出自もあり、対応は堂々としたものだ。


「豊穣神神官長殿。宗国の意向を無視されると言うことですかな?」


「まさかそんな。私共神殿を統べる宗国に楯突く等と。そのような恐れ多い。ただ私は今の我々にそのような余力はないと申しているのです。無理をしてこの街を失うようなことになれば、それこそ神のご意志を損ないますわ」


 民を守るのが神殿の役目と真っ当な主張を言われてしまえば、使者もこれ以上強いことは言えなかった。


「では、世界にデュシスが味方であると伝えるためにも数人派遣して頂きましょうか。イザベラ女王の王配殿であれば適任では?」


「パトリックをですか。ですが私の夫は元々は貴族では御座いません。皆様のお役に立つとは思いませんわ」


「であればこそ、この地の防衛には影響がないでしょう。そして王配の立場であるならば、他者にも面目が立ちます」


「…………すぐに結論を出すことは出来ません。一度、検討させて頂きます」


 これ以上押しても今日は回答を得ることはできないと判断した使者は、デュシスの街に数日滞在をする事を伝え去っていった。


「マスター・ケビン。ミール神官長」


 使者が去った部屋に、思い詰めたイザベラの声が響く。


「困ったことになったわね」


「全くです」


「ティナが国を作るなんて……」


「薬剤師さんが偽神の認定を受けるとは……」


「グランドマスター派と真っ向から対立するとは……」


 三者三様の悩みを口にし、デュシスの守護者達は頭を抱えた。


「そもそもここは、クレフ殿の影響が強いと思われていた。それにこれ……か」


「薬剤師さんは何を目指しているのかしら」


「…………今の段階で、デュシスはリベルタへの援助を表明することは出来ません。それは皆さんもお分かりのはず」


 苦しそうに問いかけるイザベラに二人は頷いた。


「明確に神殿を敵にすれば、移転もままならなくなるでしょう」


「心情的にはクレフ殿に味方したいが、それをやればすぐにも潰される。何より距離が遠すぎる」


「今はまだ宗国も薬剤師さんを偽神と弾劾してはおりません。しかしリベルタを滅ぼす準備が出来次第、世界中の神殿に対しリベルタと敵対する様に通達を出すでしょう」


「もしもリベルタに味方し、彼らが滅びれば次は私達。今のデュシスではひとたまりもありません」


 重いため息が三人から漏れた。


「…………パトリックと話します。護衛はお願いできますか?」


 辛そうな表情のまま問いかけられたケビンは、しぶしぶ頷いた。


「……では私はこれで失礼しますね。

 あらあら、忘れるところだったわ」


 話は終わったと席を立ったミールが思い出した様に手を打ち合わせた。


「マスター・ケビン。奥さまはお元気? 確かご妊娠されているのよね」


「はい、お陰さまで」


 突然何事かと訝しげな表情を浮かべるケビンに、ミールはイタズラを仕掛けるような微笑みを向ける。


「貴方の奥様にしろ、マスター・クルバの娘さんにしろ、貴方の妹分とは仲良しだったわよね? ギルドには妹さんとやりとり出来るアイテムがあるとサーイ様から聞いたのだけれど、たまには使わせてあげたらどうかしら?

 きっと喜ぶわよ」


 うふふと笑みを浮かべたまま、驚くミールからすれば年若い二人に先を続ける。


「私たちデュシスは貴方の妹さんには、とてもとてもお世話になったもの。個人的に交流を深めるのに、咎められることはないわよね?」


 イザベラは圧すら感じるミールの口調に首を縦に振ることで同意を伝える。


「ね、マスター・ケビン。その時に、ちょっとデュシスの事を伝えても罪にはならないわ。神もお許しくださいます。

 だって、仲の良い女たちの罪のないお喋りですもの」


 長くなったと謝罪して去っていくミールを見送り、イザベラ達も席を立った。


「ティナと敵対するのは……」


「これ以上はお話にならないでください」


 悩みを口にしようとしたイザベラに対して、ケビンは鋭く釘を刺した。


「ここですら安全とは言いがたい。どこで誰が聞いているか分かりません。……では失礼を」


 足早に去っていくケビンは、ギルドに戻り次第ニコラスを呼び出しマリアンヌと連絡を取らねばならないと考えていた。


 娘から父親への季節の挨拶。

 昔から交流のあった相手への懐妊報告。


 それら当然の慶事を伝える事を、妨げることは流石の冒険者ギルドも出来ない。知らせに驚いた非常識な妹分と直接、()()をするのは当然のことだ。


 決意を胸にケビンは足を早めた。





(C) 2016 るでゆん


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