202.開拓村
冷たい怒りを瞳に乗せたままアルフレッドを睨み付ける。無言のままの私を不思議に思ったのか、暫くして顔をあげ睨まれている事に気が付き動揺する。
「申し訳ございません」
「なんで私が怒るか分かってる?」
「…………申し訳ございません」
何も言わずにただ謝るアルフレッドに更に怒りが燃え上がった。これは理不尽な怒りかもしれない。けれども私はアルフレッドの反応が許せなかった。
「お前はこの国の宰相よ。周りがそう呼び、お前もそれを認めていた。宰相はリベルタの支柱のひとつ。その自覚はあるのかしら」
冷たい声音で話す私をアルフレッドが見つめている。思い詰めた瞳に浮かぶのは、苦悩と後悔か? 甘えるな。
「例え私の不興を買っても、リベルタにとってそれが最良だと判断したのならば、グダグタ悩むな。安易に罰を求めるな。
私は女王として最終責任を負うと決めた。
アルフレッドも宰相としての覚悟があると思っていた。でも違ったみたいだね」
「我が君……」
私にはアルフレッドを宰相にした責任がある。赤鱗騎士団をリベルタの国防軍にした責任がある。ジルさんやエルダを護衛にして、危険にさらし続ける責任がある。住民達の安全を確保し、餓えさせず、その自由を確保し続ける責任がある。そしてその結果を受け止め続ける義務がある。
だからこそ、アルフレッドや赤鱗騎士団があの村に行った全ての事を、リベルタの女王として一生抱えていくつもりだったのに。私が背負う重荷の一翼を担う、その立場の宰相がこんなだとは……。
アルフレッドの顔から視線を反らし、ため息を吐く。少し冷たい室内の空気が、血が昇った頭を冷やしてくれた。
「申し訳ございません」
三度謝るアルフレッドの声を聞き、部屋の中央に眠る彼の姿を見つめる。まあ、私も人の事は言えないか。
「……宰相、私からの命令です」
あの子が死んだとき、私も心の中で罰を求めた。後悔に身をよじり己を責めた。
一回だけならば、アルフレッドの甘えを許そう。それで気持ちの整理が付くなら良いじゃないか。
真剣な表情で私を見つめるアルフレッドに向けて苦笑を浮かべる。
「裁判を行いなさい。
被告人の名はアルフレッド。私と出会ってから色々と……ええ、本当に色々と予想外のことをしてくれて、迷惑もかけられたし、助けられもしたわ。
開拓村が落ち着いたら報告を求めます。それまでに私に対する全ての罪状を明らかにし、その咎の判決を出しなさい。罪状、量刑ともに宰相の申告に任せます」
驚きに目を見開くアルフレッドへ念を押す。
「これは試験よ。
お前が私の意を汲み取れるか、人々に過剰に厳しく当たらないか。この国の宰相として私の片腕足り得るのか。
冷静に判断しなさい。今回だけならばお前がどのような量刑を具申したとしても、出来る限り受け入れましょう。
……それで自分を許してあげなさい」
再会した時から、いや、ヤハフェ達が死んで私のところに戻った時から、ずっと謝罪し続け全てを捨てて私の役に立とうとしてくれていたアルフレッド。出会いからのアレコレを引きずり、苦楽を共にした唯一の味方にすら当たった青年。
でもさ、もう何年も前の事になるんだし、許して忘れて、アルフレッドは自分の幸せのために行動しても良いと思うよ。
「我が君……」
感極まったという風情で私を見つめるアルフレッドを半分呆れて眺めてしまった。
「明日から慣れない精霊魔法を使うから、もう休むわ。退出しなさい」
私に促されて、アルフレッドが立ち上がる。一度扉を向いたけれど、再度私に向き直り跪いた。
「感謝致します。心より感謝致します。
必ずや陛下のお心に沿うよう、ひとつの咎も洩らさず、どんなに軽い非であろうと残らず白日の元に明らかに致します。例え命喪うような重罪であっても、誤魔化すような不正は許しません。
正しい罪に正しい裁きをすることを、ここにお誓い申し上げます」
足の甲に熱烈な口付けを落としたアルフレッドはそう話すと去っていった。あー……なんか、嫌な予感がするのは気のせいか?
墓穴掘った気が……。
いやぁな予感はしつつも時間は待ってくれない。少し寝不足を感じつつも、翌日隠れ家の外へと向かった。
そこで待っていたのは、一部の犬妖精達だ。奴隷として来た農夫の皆さんは、赤鱗の馬車を借りて、既に開拓村予定地へと向かっている。
力仕事が主になる開拓村へコボルド達が移住したいと言ってきた時には驚いた。しかしダビデ一家は元々狩りと畑で食べてきたと言われれば、頭ごなしに拒否も出来なかった。
「お嬢様!」
ダビデが私を見つけて駆け寄ってきてくれた。ダビデ一家も今回の移住者のひとりだ。別れを惜しむ兄弟にまたいつでも会えるとダビデは笑っている。
「行こうか」
ぴったりと私の背後に控えるエルダに声をかけた。一日でも長くダビデと家族が一緒にいるために、犬妖精達の出発は遅らせていた。仮住まいについては、護衛役の赤鱗騎士団に作っておくようにと頼んでおいたし、問題はないだろう。
二十人程の犬妖精と共に移転する。開拓村予定地には、テントが建てられ忙しそうに働いている。
「女王陛下だ」
「ようこそ」
私達の到着に気がついた住人達が寄ってくる。
「コボルド様達もおいでになったのですね」
「これはダビデ様、お早うございます」
私が犬好きだと知っている農奴達が、到着したコボルドやダビデに積極的に挨拶している。特にダビデにはみんな恭しいまでの態度で接していた。
「皆さん、お早うございます。あの、ボクはただのコボルドですから、そんなに丁寧な口調で話さないでください」
毎回、困惑気味に普通に話して欲しいと頼むけれど、農奴達は恐れ多いと拒否している。ダビデと住人達の間に距離があるのは寂しいけれど、虐められたり軽んじられたりするよりはマシだ。
「お嬢様も何とかおっしゃってください! ボクはそんなに尊いモノじゃありません」
困ったダビデが私に話を振ってくる。
「ダビデは尊いよ。私の可愛いダビデ。
お前をイジメる相手がいたら、私が相手になってやる」
周囲に見せつけるようにフワッと抱きついてから、慌てるダビデを離す。周囲にいた農奴へと顔を向けて微笑んだ。
「ダビデが悲しむから、もう少しくだけてください。距離があるのが寂しいみたい」
「女王陛下がそうおっしゃるなら」
「女王陛下の御心のままに」
「ティナ!」
農奴達へ頷くと同時に、ジルさんの声がした。
「ジルさん、お早うございます。ハルトもみなさんもおはよう」
ハルトパーティーとジルさん、ついでに村の護衛任務を受けた冒険者達に挨拶をする。騎士達だけではどうしても固くなる。もう少し臨機応変に村の為に行動できる戦力をと思って、クルバさんに頼み手配して貰った常駐冒険者だ。
「周囲の魔物は狩った。ティナが魔法を使う間くらいは問題ないだろう」
「ば……陛下。こいつ、容赦なさ過ぎだ。もう少し配慮しろって言ってくれよ」
ハルトがジルさんを指差しながらクレームを入れる。それに対してジルさんは十分に手加減していると反論していた。
「ハルトが強くなりたいって言ったんでしょ。ほれ、まだチョイ悪オヤジとの約束を果たしてないんだからガンバレー」
疲労を隠しきれていないハルトをテキトーに激励する。同行している女の子達も疲労困憊って雰囲気だけれど弱音は吐いていなかった。
「主様、わっちらは平気でありんす」
「ハルト様、ジルベルト様は貴重な時間を割いて私たちを鍛えてくださっています。そのように言ってはバチが当たりますよ」
「だけどよ、それなら俺が強くなる!
ケーラ達がこんなキツイ目に会わなくたって」
「我々はもう死にたくない。我々が弱かったせいで、主はどれだけ大変な目にあったか」
アマゾネス風の野趣溢れる美女が反省するように呟く。周囲の女の子達も同じ意見みたいだ。
「まったく、女達の方がよほど覚悟が決まっている。ハルト、お前もいい加減諦めろ。ティナの慈悲だって無限ではない。
自分の身は自分で守れるようになれ。大切な者から手を離さずにいられるだけの強さを持て」
呆れた口調で諭すジルさんは、すっかり訓練教官だ。悔しそうに頷くハルトの肩を叩いて慰めると、私に向き直り待たせてすまないと謝罪する。
「いえいえ、ハルトの事、お願いしますね。
さて、私は私で頑張りましょう。
村の周囲を聖水で囲います。その後、農地予定範囲を精霊魔法で整えます。魔物避けの設置も急ぎましょう」
神殿がない村は魔物から身を守るために魔物避けのアイテムを村の中央に置く。レイモンドさんが複数持っていたからひとつ譲って貰った。境界の森では邪気が強すぎてあんまり効かなかったアイテムだがこの開拓村では有効だろう。
「オフェーリア、イフリート」
村の中央で仲良くなった精霊さんに声をかける。
「お呼びかしら?」
「何用だ?」
程無くして現れた精霊さんにここに村を作る手伝いをお願いする。
「私は土壌内の水分を整える位しかできないわ」
「魔物や細かな毒虫、それと病気の元を燃やし尽くす位しか出来んぞ」
風と大地についてはこれから精霊魔法で何とかするから大丈夫だと答えて、オフェーリアとイフリートに仕事を依頼する。
魔力を周囲に満たして、風と大地に呼び掛けた。
『どうか私の声を聞いて。私の声に答えて。
自由を愛する乙女よ、なにものにも囚われぬ乙女よ。
不動なりし賢者よ。忍耐強き賢者よ』
ムクリと何処かで反応する気配がある。
『私はリュスティーナ。近くの森に住まう者。
この地に村を作りに来ました。
風の加護を。大地の加護を。
邪気を払い、豊かな実りをこの地へ』
精霊語で語りかける私の目の前に複数の力の塊が現れる。
『はじめまして』
『初めて御目にかかります』
『お会いできて光栄です』
『少しお待ちを』
『もう少しだけお待ちを』
『我らの上位者が今参ります』
『我らが母は永く眠っておりました。すぐに参りますのでどうかご容赦を』
見えないけれど頭を下げる気配がする。
『皆さんで十分です。開墾を手伝ってほしいだけだから』
私の言葉に謝罪を重ねる精霊さん達の声を聞いていたら、とても強い力の塊が現れた。オフェーリアとイフリートが嬉しそうに笑っている。
『狂ってしまった我が兄弟よ』
『他の者を助けるために自ら邪気を引き受けた優しい姉妹よ』
『オふェーりあ……』
『いふりーと……』
舌足らずな口調で話す二つの高位精霊には邪気に侵食されている事を示しているのか、禍々しいシミがある。マーブル状に混ざったソレに苦しんでいるようだ。
『カミのいトしゴよ』
『イカイからのキャク人よ』
『たのむ。邪気にサラされた箇所をキリトッテクレ』
『ブンリさせて……』
「ハルト!!」
救いを求めるように手を伸ばす二人の高位精霊を見て、ハルトを呼びつける。
「なんだよ」
「あの染みを聖剣でえぐりだして」
「は? なにいってんだよ。何もいねぇ……いや、力は感じるか」
「役に立たない……。なら仕方ない。私がやる」
そういやハルトは精霊魔法の適性なかったっけ。具現化していない精霊さんを見られないハルトでは役に立たない。下手に切りつけたら精霊ごと切り裂きかねない。
衆人環視の中抵抗はあったけれど、アイテムボックスを開いて、裁ち鋏を取り出した。
『痛かったらごめんなさい』
『アリがとウ』
『カンシャスル』
ジョキン、ジョッキンと音を発てて染みになった部分を切り取った。分離された邪気は精霊魔法に適性がない人間にも見えるようで、ギャラリーから動揺の声がする。
半分を過ぎる頃になると、二つの高位精霊もコツを掴んだようで、邪気に犯された部所を端に集めだした。
「こんなモンかな?」
まだ少し残ってるけど、大体は切った。
『使徒殿、感謝する』
『使徒様、お礼申し上げます』
具現化する力はまだ戻っていないのか、力の塊のまま高位精霊達は私にお礼を伝えてきた。周囲にいた下位の精霊達もみんな喜びに踊っている。
『我が名はジン。風の王なり』
『私の名はガイア。大地の女王』
「陛下……」
ハルトパーティーの精霊使い、ステファニーちゃんが今の精霊達の声を聞いて目を剥いた。
『おや、風と大地の兄弟達よ。お前達だけ抜け駆けとはずるいぞ』
『まったくだわ』
オフェーリアとイフリートが冗談めかして笑いあうと力の塊に戻りジン達に並ぶ。
『我が名はイフリート。炎を統べし王なり』
『私の名はオフェーリア。水を統べし女王』
『『『『使徒様、何なりとご命令を』』』』
張り合うように精霊力で周囲を満たす王達を見て、一般人はおろか冒険者達まで怯えている。
『あー……、とりあえずここ周辺をリベルタ、えーっと私の国の穀倉地帯にしたいの。だから開墾を手伝ってほしいなぁって。そんな、王様達が揃い踏みするような話しじゃなかったんだけど』
無論、喜んでと話した王達は先を争うように力を行使する。
風はカマイタチとなり荒れ地を平定していく。
炎は風に刈られた草木と害虫を燃やし尽くす。
しっとりと降り注いだ水は燻る灰に染み込み、大地に混ざりやすくする。
大地は大小様々な石を砕き混ぜ、フカフカと柔らかく、すぐにでも種蒔きが出来る状態にした。
――おお!!
精霊魔法の効果だと思っている一般人達から、どよめきが起きた。
見るまに豊かな畑が出来ていく。
『陛下は緑の手をお持ちです』
『陛下が植えればどんな作物も実るでしょう』
『使徒殿の国民が植えても陛下ほどではないですが、沢山実るように私達が見守りましょう』
『『『『この地に風と大地と炎と水の祝福を』』』』
『『『『使徒殿の御心に従う限り、我ら精霊王達はこの地と共におりましょう』』』』
力が開拓村を中心に広がっていく。王達が帰還して落ち着いた頃には、何処の聖域にも負けない場所になっていた。
「あー……終わったよ?」
何があったのか見えていなかったはずの農奴達に話しかけた。ステファニーちゃんは腰抜かしちゃったか。いや、まぁ、私も驚いてるけど。こりゃ、気楽にホイホイ精霊魔法を使えないな。下手に使えばまた王達がやってくる。
温泉と穀倉地の加護だけで十分すぎますよ。
その後数日かけて少しずつ作物を植えていった。特に果樹に関しては、植樹祭のノリで私が植えた。だって、苗木って高いんだもん。出来れば病気や害虫に負けずに育って欲しいじゃないか。
そんな風に願いながら植樹したせいか、若木に害のあるものが近づくと、種火が飛んで撃退してくれるようになった。目を凝らして見ると小さい火の精霊さん達がキャピキャピと遊びながら撃退数を競いあっている。
ありがとうとお礼を言って、住人達に危害を加えないでほしいと頼んだ。快く同意してくれた精霊さん達の事を農奴や常駐する騎士達に伝えて回る。
そうしたら畑の方でも異常事態が起きていたそうで、朝晩適切な量の水が勝手に畑に撒かれているらしい。害虫撃退用の炎も出ていたらしく、農奴達が遠い目をしていた。
「ま……まぁ、楽できるならいいんじゃないかな?
作物ができたらお礼に何か渡そう」
そう話した私の目も泳いでいたと思う。何だかんだで十日近く開拓村に通い、何とか形になった。
最初に私に話しかけてきたオヤジさんが村の代表となった。名前をつけるのにモメたけれど開拓村改め「ガイスト村」と言うことで落ち着いた。コボルドへの差別禁止だけはしっかり釘を刺して、後の運営は騎士達と彼らに任せた。最低限は決めるけれど、その他の細かいところをどうするのかは、住人達に任せればいいさ。
ガイスト村から戻り数日たった所で、万全を期してアルフレッドを私の部屋へ呼びつけた。裁判の報告を求める私に、アルフレッドは分厚い書状を差し出した。
中を開いて見れば、よくもまあここまでと言いたくなる程、微に入り細に穿ち自身の罪状を書き出している。大小様々な咎への判決は私が叫び声を上げたくなるほどのもので、それでもまだ甘いと謝罪される。命を落とさないこれ以上の罰を思い付かなかったのだと続けられ、もし何か思い付いたら執行中に追加してほしいと懇願された。
出来るだけ受け入れると言った手前、否定するわけにも行かず、しぶしぶ具申された量刑を執行する。途中で何が起きているのか気がついたオルラントの乱入があったりと、何と言うか落ち着かない日々だった。
全てが終わり、憑き物が落ちた様に穏やかな顔になったアルフレッドに、今度は私が力ある言葉を口にする。
『我、リュスティーナ・ゼラフィネス・イティネラートル・ユリ・タカハシはここに誓う。
アルフレッド・エーレ・アークイラ・ベルセヴェランテの意思を尊重し、その選択を妨げぬ事を。
世界の理よ。我が意思を聞け。今ここに我に捧げられしアルフレッドの誓約を受け入れ、そして命ず。
己が生を貫け。汝が汝である限り、私は決して見限らない。
…………我に仕えよ』
無言のまま啜り泣くアルフレッドを見て、ようやく少し落ち着けるかなと私は安心していた。
何だかんだで更に数日。
すっかりアルフレッドも落ち着きを取り戻し、精力的に働いている。
「陛下!」
ドタバタと足音も荒く近づいてきた騎士が私を見つけて安堵の表情を浮かべる。
今は街の視察中だった。増えた捕虜と戦争が落ち着いたことでやって来た移住者たちの労働力を最大限に生かし、あちこちで工事の音がしている。
「何事です!!」
エルダが咎めると、駆け寄ってきた騎士が謝罪を叫ぶ。そのまま悲鳴の様な声で私に向かって報告してきた。
「陛下!! 竜がっ!!
騎竜がこちらに向かってきております!! どうか避難を!!」
――今度は何!!
(C) 2016 るでゆん




