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201.先駆けのアーサー帰還する

 正直、なにやってんのよ。そう頭を抱えたアルフレッドの近隣の村制圧も、何とかアルに殺されなかった罪人扱いの村人さんを引き取って貰えて胸を撫で下ろした。


 自国の影響下に戻る事が出来た村人一家は、何とか生き延びるだろう。広場と言うにはショボい空き地に晒された人々を見つめながら考える。現村長的な立場の村の代表者がすっごい怯えながら私に挨拶をしてきた。弔いを許すと言った私に、過剰な程お礼を言って戻った村人達は常にひきつった表情をしていた。心が痛むけれど、リベルタの軍がやったことに変わりはないからなぁ。


 出来たらこの村から軍自体を撤退させてしまいたかったけれど、そうもいかないらしい。戦いの結果だからこの扱いが当たり前で、これから村人全員を奴隷にした上で、村を焼き払い、焦土に塩を撒き散らしても何の問題もないと真顔で言われて途方に暮れた。


 正気に戻って、問題しかないわっ!! と思いっきりアルフレッドとフォルクマーにツッコミを入れた私は普通だと思いたい。


 どうやら私の怒りがアルフレッドやフォルクマーにも伝わったらしく、顔色を変えて謝られる。二人とも即座に跪いたら、覗いていた村人が驚きに息を呑んでいた。いや、お二人さん。フォルクマーは今来た所だから、駐屯していた騎士が原因か? 一体何をやらかしたのよ!


 そんな怯える村人達が見ていられなくて、早々に出立することにした。




「陛下?」


 アルフレッドが躊躇いがちに私を呼んでいる。今の私は馬上の住人だ。一応、村には警戒の為に騎士の一隊を残してきた。ケトラに動きがあったら、即リベルタに連絡が入る手筈になっている。オルランドの部下も複数ケトラに入り込んでいるから、これで不意討ちされることはないと思いたい。


 村人との関係修復についてはあれだけの事をやっちゃったし、腰を据えて行うしかないだろう。修復不可能じゃないかと脳裏に過りつつ、とりあえずこれ以上虐待するな。暴力を振るうな。搾取するな。丁寧に扱うようにと、残る部隊の騎士達にしつこく何度も念を押してきた。


「我が君?」


 考え事をしていて反応が遅れたら、アルフレッドが恐る恐る、再度私の事を呼んでいる。


「宰相、何かありましたか?」


 周りの目を気にしつつ答える。いや、アルフレッドだけが悪い訳ではないのは分かっている。敵支配下の村を制圧し、こちらの支配下に置くためには多少過激な手段をとる必要もあっただろう。それには村の代表者や影響力を持った人間を処刑することも有効だろうし、公然と歯向かってきた村人を許すことも出来なかったのだろう。…………それでも、日本人的な思考の私としては、非戦闘員を巻き込んだアルフレッドの対応を許すことは出来なかった。敵兵すら戦う力がなくなったら全力で癒す私だよ? アルフレッドの対応がリベルタの支配にとって有効だと分かってはいても、民間人に手を出すのは許せない。


「……いえ」


「……そう」


 ギクシャクとした私たちの空気を感じているのか、赤鱗騎士団の人達も緊張している。雰囲気悪くてゴメンねと、内心では謝りつつ私は進行方向を見据えていた。




 そんなギスギスまではいかないが、決して居心地がいいとは言えない空気のまま、リベルタに戻る。初日だけはアルフレッドが近くに控えていたけれど、私の機嫌が治らないことに気がついたのか、二日目からはジルさんが久々に私の護衛についてくれた。


 最近、ジルさんは冒険者や新兵の訓練に同行する事が多い。一応、私の護衛の総責任者的な立場でもあるから、訓練した中からこれはと思う新人を私の護衛に引き抜いているそうだ。


「ティナ、街が見えてきた」


「欠損なしで戻る事が出来て良かったですね。森の中も随分平和になったみたいだし、これなら外からの商隊もそろそろ呼べるかな?」


 少し浮上した気分のまま、にっこりと笑ってジルさんに返事をする。


 留守番の騎士に出迎えられて街の中に入る。街の代表であるファウスタが道の中央で待ち構えていた。


「女王陛下に勝戦のお祝いを申し上げます」


 深々と頭を下げたファウスタにお礼を言いながら馬から降りた。私に合わせて数人、護衛の騎士達が下馬して周囲を囲む。


 街に入る少し前に部隊から別れたオルランドは、おそらく今頃別の入り口から目立たずに街に入ったのだろうなと、衆目に晒されながらぼんやりと考えた。


 ファウスタからの報告を受けて、移転場所となるオーナメントに向かう。私の留守の間には相手が相手だから、流石に移転を使う判断は出来なかったらしい。ダビデを呼んでくるようにと近くにいた人に頼んでおいたから、程なく来るだろう。


「陛下、お久しゅうございます」


 最初に「先駆けのアーサー」が護衛と共に移転してきた。その後次々と買ってきた()()が移転してくる。


 今回と言うか、まだ街道の安全が確認できていないから、移動は移転が主だ。相手側の神殿との交渉は冒険者ギルドを通じて話をつけた。今回は商業都市からの移転だから、ビジネスライクに元境界の森のドロップ品と魔石を少々渡すってことで交渉がまとまった。今後ともご贔屓にと笑う商業都市の司祭は、これからもリベルタから入るあちらとしては高レベルの魔石を期待しているのだろう。


「お嬢様!」


 呼ばれて慌てて来たのだろう。小麦粉を毛につけたダビデが私の所に走ってきた。息を切らすダビデに浄化をかけて身綺麗にした。


「いらっしゃい。早かったね。

 アーサー殿、お願いしていた方々は無事に?」


 私から話しかけるまで跪いて控えていたアーサーさんに問いかける。


「はい。お望みの者達はみな。これから参ります」


 不安げに周囲を見回す農業用の奴隷達の到着が終わり、一ヶ所に集められた。アーサーさんが自信ありげに微笑み、私に頷く。


 次に現れたのは、人間のご婦人と犬妖精だった。


「シバ?」


「きかん坊!!」


「食いしん坊!!」


 私とダビデの声が同時に響く。そのまま茶シバっぽいワンコに駆け寄ったダビデは抱きついている。大きさの違いが凄い。じゃれあう二人の犬妖精の体格の違いに圧倒される。


「食いしん坊ちゃん」


「おかあさん!」


 続いて移転してきた服装からして中年の犬妖精にダビデが抱きつく。おかあさんも同じく茶シバだ。その周りにいた犬妖精たちの多くも赤毛や茶シバで、ダビデみたいな真っ白なコはいない。


 それ以外にもダビデ達とは毛色の違う犬妖精たちが次々と移転してきている。リベルタにはダビデしか犬妖精がいなかった。これでは彼女を作ること以前に、友達すら作るのが大変だろう。二度目の人生、まだ若いダビデに同じ種族の友達と恋人候補になってくれればと思って、性格がよさそうな子達を優先して、老若男女それぞれ買ってきて貰っていた。


 全員落ち着いたら解放する予定だけれど、手に職つけないと生活も大変だろう。独り立ちして生きていけるようになるまで、ついでに全員面倒を見る予定だ。


 ダビデ一家は隠れ家の一角に居住区を作る予定だけれど、その他の犬妖精達は隠れ家近くに作った外の長屋住まいになる。手配していたお世話係に促されて犬妖精達はどんどん移動していった。


「お嬢様!」


 そんな事をしていたら、尻尾をパタパタ振りながらダビデは私を振り向いた。嬉しそうで何より。


「安心してね。ダビデのお母さん達が奴隷狩りに捕まった訳じゃないから。前に住んでいた場所や安全とは言いがたいって聞いてたから、アーサー殿に頼んでリベルタに来ないかって誘って貰ったの」


「食いしん坊、いや、ダビデだったよな?

 お前、女王陛下に仕えてるって聞いたぞ! すげぇよ。その女王陛下の命令で俺らに何かあればお前が悲しむからって迎えを寄越してくれたんだろう? それについでだからって、村にいた全員ここに連れてきてくれて、更には奴隷だった犬妖精も!!」


 下ろしたてと思われる洋服を着たきかん坊君がダビデを小突きながら笑っている。家族全員、尻尾を高速で振っていて微笑ましい。


「あ、あの……」


「ん? どうしたの?」


 私を見つめていた黒シバの女の子が恐る恐る話しかけてきた。黒、白、茶の毛並みのワンコ達。お父さんワンコは何色だったのだろう。


 どうでもいい疑問を考えながら、出来るだけ優しく黒シバちゃんに問いかけた。


「貴女が女王陛下、ですか?」


「え?」


「ウソだろ?」


 そこでようやく私に気がついたのか全員固まってしまった。振られていた尻尾がゆっくりと下がり、股の間に挟まってしまった。


「はじめまして。ダビデのご家族の皆さん。旅は快適でしたか?」


「じ、女王陛下におかりぇましては」


 あら、お母さんワンコが噛んだ。真っ青になったまま震えている。


「大丈夫ですよ、心配しないで。ダビデの家族に悪くするなんてあり得ませんから。

 住む家も準備しますし、生活に苦労はさせません。危険な目にも合わせはしません。

 お望みなら畑でも森でも、必要なものはなんでも準備します。私はリベルタの代表として皆さんの到着を歓迎します」


 ジルさんに目配せをして、驚き喜ぶダビデとそのご家族を隠れ家へと案内して貰った。さて、ダビデ一家をもふらせて貰うのを楽しみに、こっちを片付けてしまわなくては。


 シバ一家の中に一匹だけいるアキタ。遺伝子のイタズラ……ではなくちょい悪オヤジのイタズラだろう。


「先駆けのアーサー殿。あの者達が?」


「はい。お望みの奴隷落ちした元農民や農奴でございます。家族でとのご指定でしたので、少し苦労いたしましたが、二十八家族、計百五十九名でございます」


 私を見つめる怯える瞳。だが家族単位でまとまった彼らから絶望の匂いはしない。


「あんたが女王陛下か?」


「無礼者!!」


 よく日焼けし体格の良い見るからに農家の大黒柱のオヤジが私に声をかけた。無礼なと怒る護衛の騎士を下がらせて私はオヤジさんの前に立った。


「ええ、私がリベルタの女王です」


「あんたが土地をくれると聞いた」


「土地を開墾すればそこで住んで良いと聞いた」


「家族も引き離されず、必死に働けば自由になれるって本気か?」


 私が名乗ると同時に、方々(ほうぼう)から問いかけられた。


「ええ、本気です。貴方達はアーサー殿からどの程度まで聞いていますか? ここが何処だかご存知?」


「境界の森だと聞いた。俺達農夫にとっては手も足も出せずに、すぐに魔物にぶっ殺されるのが当たり前の土地だ。

 あんたとあんたの国のために、俺達が一人死ねば残された家族一人を自由にしてくれる。間違いねぇか?」


 質問役は最初に話しかけてきたオヤジさんか。腹が据わった人みたいだし、こちらも本気で相手をしなくてはね。


 後方に控えていたアルフレッドを呼び寄せる。ついでにファウスタも手まねいた。


「ええ、本気です。でも貴方達が魔物に殺されることは少ないでしょう。

 開墾してもらいたいのは森の外。ケトラとの国境線までにある荒野です。新しく作った村には、私の騎士達を常駐させます。砦を作るのも良いでしょう」


 戻ってきながらフォルクマー達と話していた事だ。占領した村と森の間、街道からは外れた場所に開拓村を作り、リベルタの食料庫とする。戦火に焼かれる不安もあったけれど、森を切り開き畑にするよりは安全だと言うのが話し合いの結果だ。


「開墾は私も手伝います。植生や土地の状況は近くの村の住人から先生を出してもらいますから、いちから手探りと言うわけではありません。

 種や肥料、農具等、初期に必要になる物は私が準備します。軌道に乗ったら、貴方達で村を運営してください」


「何故そんなに」


 警戒するオヤジさんを真剣な表情を作り見つめ返す。


「リベルタの穀倉地帯になって欲しいのです。食料の自給率を上げるのが、今の急務。隣国との戦争中ですが、最大限戦火を向かわせないようにしましょう。万一ケトラとの戦火が近づいて来るようなら逃げて構いません」


 私が本気かどうか探る視線に耐える。


「選択肢は他にない。あんたの慈悲にすがらなけりゃ、妻や娘は性奴隷。俺や息子は使い潰されるだけだからな」


 肩をすくめてそう話したオヤジさんは、いつからか開墾すれば良いと問いかけてきた。冒険者ギルドとアーサーさんに頼んで買っておいて貰った農具等々の配布や、食料が実るまでの繋ぎとなるものもいる。今後の事もあるから、詳しくは開墾村担当者から説明させると、場所を譲った。


 担当者が進み出て、リベルタの街の代表であるファウスタと実質的なトップである宰相のアルフレッドを紹介する声を聞きつつ、隠れ家に戻る。


 護衛を引き連れ、道を歩いているとあちこちから挨拶の声をかけられた。冒険者の他にも、一部店を始めた人達増えた。捕虜となったケトラ兵も騎士や住人の監視の元、労働に励んでいるようだ。その身体に鞭やら打撲やらの怪我が無いことを確認する。疲れてはいるようだけれど、色艶も悪くない。私の命じた扱いから大きく逸脱してはいないのだろう。


 たまには歩くのもいいなと思いながら、留守の間にも出来上がってきた街をブラブラと歩いた。






 数日後、明日から開墾村への魔法の行使を始めようという深夜、アルフレッドが尋ねてきた。どうやって下まで来たのかと尋ねたら、アルフレッドの後ろからダビデが顔を覗かせた。


「ごめんなさい、お嬢様。どうしてもアルフレッド様がお嬢様にお会いしたいって……」


 私に怒られるんじゃないかと心配しながらダビデがこちらを窺っている。


「……あー、……うん。そっか。分かった。

 なら話そうか。ダビデは悪いけど……」


 歯切れ悪く話す私にお休みなさいの挨拶をして、ダビデが上に戻っていった。


「入ったら?」


 村以来、個別に会うのは微妙に避け続けていた。アルフレッドも気まずそうにしていたから、一時的にはお互いに距離を置くのもいいかと思って放置してたんだけど、なんだろう?


「失礼いたします」


 下を向いたまま一度も目を会わせずにアルフレッドは中に入る。ソファーを勧めて私も向かい合った場所に座った。


「それで? 何か緊急の用事?」


 宰相として何かあったのかと問いかけた。無言で首を振る事で私の質問に答えつつ、アルフレッドは祈るように手を組み、更に深く頭を垂れた。


「陛下にお許し頂きたい事があり、このような深夜にも関わらず参りました。

 貴女様のご意志を汲むことが出来なかった、私の咎を罰して頂きたく。もしくは以前禁じられた、我が身を傷付けるなとのご命令を解除して下さい」


 思い詰めたアルフレッドの声を聞いて、湧き上がる怒りのままに私は下げられた頭を見つめた。


(c) 2016 るでゆん



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