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200.箸休めー絶対なる悪辣女王

 ――――恐怖。

 それを体現する相手が現れるとは、夢にも思わなかった。


 囚われてから数日たっているが、その恐れは記憶にこびりつき俺を苛んでいる。俺だけじゃない。栄光ある国軍の将軍直属と言われている騎士達のほとんどが、毎夜魘されているのを知っている。一般兵と騎士の一部は同じ部屋に押し込められていた。その騎士達のほとんどが悲鳴を上げて飛び起きる。今もうつらうつらと夢現にいる近くの騎士が呻き声を上げていた。


 明かり取りの小さな窓から射し込む光をぼんやりと見つめながら、一人の一般兵はとりとめなく甦る記憶に翻弄され始める。気を強く持たなくてはと思いながらも、刻まれた恐怖を克服するには時も覚悟も足らなかった。




「開戦するぞ! 総員、抜刀!! 魔法使いは遠距離攻撃の準備をせよ。

 弓兵、矢、つがえ!!」


 自信に満ちた上官の声が甦る。

 相手は自軍の半分にも満たない数だ。しかも敵に有利に働く森から出て来て、愚かにも我々を平地で迎え撃つ選択をした。やはり戦闘経験もない愚かな小娘を支える有象無象。徴用に応じた仲間達と失笑したものだ。領主様の慈悲により陣中盤へと配置された俺達はまだ笑う余裕があった。


 それが接触間近になって一気に覆ったのだ。


「なんだ、あれ」


「嘘だろ」


 突っ込んできていた部隊に向かって放たれた矢が見えない何かに弾かれる。……そう、全てが、だ。有り得ない状況に俺の周囲でも騒然とした雰囲気になる。貴族の子弟に学問を教えていた俺の頭では魔法使いの結界だと分かってはいたが、その範囲、防御力共に常識を超えていた。


「がぁッ!!」


「ギャァ!!」


「イテェ!!」


 呆然と敵軍を見つめる仲間達から、突然悲鳴が発せられた。驚いて辺りを見回せば、数十人、地面に倒れて呻いている。当たり処が悪かったのか、既に物言わぬ死体となっている奴らもいた。その時点で既にパニックが広まり始めていた。


「衛生兵!!」


「治癒系術者を!!」


 あちこちで治療を求める声がする。


「来るぞぉ!!」


 前線に近い位置で、恐怖にひきつった声がした。無事だった者達が視線を前に戻す。そこには狼と熊、そして様々な獣の頭部にと変じた獣人の集団が迫っていた。凶悪な相貌で目を血走らせ「我らが女王に勝利を」と、叫んでいる。


 敵との接触に備える俺達だったが、敵軍からまばらに矢が放たれて煩わしい。最初の数十人が倒れ付した攻撃こそなく助かってはいたが、それでも無視できるものでもない。


 一人が頭上に支給品の大盾を構え、数人がその盾の下に身を寄せる。


 ――――……悪夢が始まる。


 嫌だと否定しても一度甦った記憶は消えることなく押し寄せてくる。

 何処か他人事の様に自身を観察しつつ、恐怖に体が震えるのがわかる。


「崩れるぞ!」


「あいつらバケモノかよ! 何で遮蔽物を気にしないんだ!!」


 接触してすぐに陣が崩され始める。攻撃しても避けられる。塹壕を飛び越し、内部に踊り込まれてからは一方的な蹂躙だ。特に前線に配置された槍兵が逃走し始めてからは早かった。


「逃げるっぺや」


「こんなん、助からねぇよ」


「こんなの聞いてねぇべや!!」


 支給された長槍を放り出し、後ろを向いて一目散に走り去る。


「逃げるな! 戦え!!」


 長槍を持ち壁となるべき徴用兵を上官が叱責する。それでも敗走が止まらないと見ると、混乱する前線から手勢を率いて本陣へと撤退を開始した。俺達も運良くその中に紛れ込む事が出来た。


 一塊となって撤退する俺達を獣人達がなぶる様に襲う。前線には冒険者ギルド本部から派遣されてきた冒険者達の一部が隠れ潜んでいるらしい。上手く襲ってきている奴等をやり過ごす事が出来れば、一発逆転、女王の首を取ることも出来るだろう。そんな微かな希望にすがりつつ、俺達は必死に馬を駆る騎士に続き地面を蹴った。


 本陣へと戻っても、追ってきた獣人から逃れることは出来なかった。投降を決めた総指揮官である将軍閣下が本国へと使者を走らせる。領主様も使者の後を追い、数少ない騎士を連れて逃げていった。残された俺達は呆然とその背を見送るしかなかった。


 指揮権を委譲されたと言う将校の言葉に従い、交渉しようと部下を率いて獣人達の元へと進み出る閣下に付き従う。


 獣人達へと使者を立てる前に、何処からともなく湧き出したそいつらに囲まれた。


 咄嗟に武器を抜いた俺達に将軍から叱責が飛ぶ。


 頭に衝撃が走り、全身が打ち付けられた。倒れたのだ、このままでは味方の馬に踏まれるかもしれない。そう思いながらも動くことが出来ない。次に目覚めるのは軍神様の元でか、出来れば知神様の御供へと旅立ちたいと諦めて、俺は瞳を閉じた。





 次に目覚めた時には、虜囚となっていた。閣下の側に仕えていた者達の多くは投降を認められた様で大きな怪我もなく再会できた。


 閣下がプライドを飲み込み、投降した兵士達への寛容な扱いをと懇願して頂いた為か、我々の扱いは驚くべき物だった。


 一日二食、量は少ないが定期的に支給される。騎士達に交じり、簡単な尋問は受けたが、肉体的苦痛を受けることはなかった。


 それもこれも………………。







 恐怖に震える兵士の耳に、上級将校の悲痛な叫びが響いた。


 それを聞いた周囲に囚われている騎士達も、見張りを呼ぶために、身近にある壁や扉を叩き口々に「誰か来てくれ!」と叫んでいる。


「何事だ!」


 飛び込んできた犬耳の獣人は促されるまま将軍の牢へと向かう。


「閣下が!!」


「どうかお気を確かに!!」


 狼狽する上官の声が耳を刺す。ガチャガチャと鍵音を発てていたが、程無くして上官達の咽び泣く声がしてきた。


 顔色を変え慌てて外へと出ていった獣人は、その数を増やしすぐに戻る。見張りであった獣人を叱責する声で、護国の英雄、インギール将軍が死んだ事に気が付いた。


 慌ただしくなる周囲を尻目に、記憶に苛まれ恐怖に怯える男は与えられたベッドから動けずにいた。








「…………ではリベルタに最も近い村まで同行します」


 将軍の死を知り、その死を悼んだ敵国の女王は丁重に扱う様に指示を出した。虜囚の中から十数人を選び出しケトラへ将軍インギールを送り届けて欲しいと頭を下げもした。選ばれた一般兵の中には、あの恐怖に震えていた兵士もいた。何故選ばれたのかと言う疑問と、家に帰れると言う安堵で泣き出した兵士を、選ばれなかった者たちは複雑な視線で遠巻きに眺めていた。


 時は順調に過ぎて出発の準備が整う頃、ケトラへと戻る兵士達を恐怖に陥れる通知が届く。


 女王自ら、宰相アルフレッドと合流するため、リベルタに最も近い村まで解放されたケトラ兵達を自身が率いる軍にて護衛する事としたのだ。初めはパニックを起こし、何を企んでいるのかと警戒を露にしていた騎士達も、ただ静かに行軍する女王軍へと次第に態度を軟化させてきていた。


「陛下、前方に村が見えて参りました」


 リベルタ軍の将軍フォルクマーが部下からの報告を女王に伝える。慣れない長時間の騎乗で疲労を隠しきれなくなっていた女王はホッとしたように微笑んだ。そのまま最も安全だと言う理由で近くを歩かせていたケトラ兵達へと顔を向ける。


 荷馬車一台と残りは歩行(かち)だ。代わる代わる馭者を行っていたとはいえ、自分よりも疲労が溜まっているであろう敵兵達を労る。


「……ご心配なく。我々は問題ありません」


 当初は明確な敵意を見せていた上級将校が返答する。口数は少ないが最初にあった敵意の棘は随分と丸くなっていた。


 一般兵たちはパニックこそ治まっているが、獣人に囲まれて怯えている。ケトラの民の間にリベルタへの恐怖を刻む為か、特に怯えていた兵士を選んだようだ。


「……あれ?」


 村の方向より風が吹く。その中に混ざる微かな腐臭を嗅ぎとり、女王は眉をひそめた。人間である女王が感じる異臭だ。獣人達が気がつかないはずがない。隊列が狭まり警戒したまま村に近づく。


 村の入り口には赤鱗の旗と宰相旗が飾られている。文字通りの赤い鱗をあしらった旗と、戦乙女の横顔を図案化した宰相旗の間には、リベルタ女王軍の接近に気が付いたのだろう。村から出てきた兵士達が並んでいる。


 赤鱗の旗を間近でみた上級将校は、記憶を手繰り寄せるかの様に目を細めた。


「お疲れ様、アルフレッド」


「このような土地までご足労を頂き、恐悦至極に存じます」


 数日前の雨で泥濘んだ野外であるにも関わらず、宰相は迷う事なく跪き女王へと挨拶を贈る。村を制圧していた軍も警戒する一部を除いて膝を屈していた。


「この村は……」


 問い掛ける女王に先んじ、宰相が村長の家へと案内すると立ち上がる。


「…………その者達がケトラの……でございますか?」


 女王に促されて同行するケトラの解放兵を冷たい視線で眺めた宰相が問いかけている。女王の向ける視線との明らかな温度の違いに、兵士たちは本能的に怯え身を寄せあった。


「宰相・アルフレッド。

 (わたくし)の決定が不服なのかしら?」


 アルフレッドの視線を不快そうに眺めた女王が、その視線を宰相のもの以上に冷たく変えて問い掛ける。滅相もないと首を振る宰相の後ろに見えた景色に、ケトラ兵達は息を呑んだ。


「何故」


「なんと言うことを」


 呻くように非難の声が漏れる。女王は目の前に現れた風景が予想外だったのか、キョトンとしていた。


「…………あの者は我々に石を投げました。

 ……あちらは駐屯する我々を籠絡(ろうらく)しようと賂を。

 この者は撤退するケトラ兵を匿いました。

 この者はケトラと内通を」


 アルフレッドは広場にさらされた死体を指差し罪状を述べる。感情を露にすることもなく、ただ事実だけを述べる口調で損傷の激しい十を数える死体の罪状を述べた。


「そんな事で!!」


「今までケトラの支配下にあったのだ!

 貴国に牙を剥くのは当然であろう!!」


 晒されていたのが兵士ですらない、老若男女の村人であった為に、解放兵から非難の声が浴びせられる。


「黙れ!!

 ならばお前達は我らリベルタを支配した暁には、一般市民の安全を保証するとでもいうのか!? この敗残者どもがっ!!」


 アルフレッドは怒声を浴びせると抜刀し一歩解放兵達に近づいた。そのまま数人切って棄てる勢いのアルフレッドに女王から声がかかる。


()()()()()()


 そう女王が名前を呼んだだけで、アルフレッドの歩みが止まったのだ。怯えていた解放兵達が驚いた視線で、女王と宰相を交互に眺めていた。


「陛下にはお休み頂いてから処断をと思っておりましたが、数人、その罪の重大さから刑罰を保留していた者達がおります」


 アルフレッドの合図を受けて、数人の囚人が引き出された。


 ひと家族。縛り上げられた男と、乳飲み子を庇うように抱き締めた母。兄だと思われる、顔立ちが似ているやんちゃそうな少年。そして前で手を縛られた高齢の女性だった。


「この人達が何を?」


 女王が問い掛ける。いつのまにか解放兵達は、村に駐屯していたリベルタ軍に囲まれて身動きが取れなくなっていた。女王軍とは違い、ケトラ兵に向ける視線は敵を見定めた時のものだ。一般兵達は戦争時の恐怖を思いだし、一塊になる。武器も持たない丸腰では抵抗する隙もなく、獣人達に殺されるだろう。


 内心の怯えを押し殺し、上級将校は女王と宰相のやり取りに耳を澄ます。


「夫はケトラ兵の撤退を助ける為に、村に火を放ちました。幸い、二軒焼失しただけで済みましたが陛下の財となるべきモノを傷付けた罪は甚大。

 妻は夫に命じられ井戸に毒を投げ込もうと致しました。

 両親を捕らえても子供は目こぼしておりましたが、藁で作った人形にリュスティーナと名付け、石を投げ踏みつけ燃やしておりました。

 祖母はそんな孫達に、陛下への悪意を聞かせ続けておりました」


 怒りのあまり平坦な口調となったアルフレッドが、完全に据わった瞳で一家を見ている。


 この村の村長の息子だと言うその男は、かなり念入りに痛め付けられた風情だったが、瞳にはまだ光があった。


「ちなみに村長はあちらに。

 こんな事でしたら、最初に始末せずにいるべきでした。申し訳ございません」


 村長と言うことで苦しませずに逝かせたのだと、一段高い所に括り付けられ晒された村長であったモノを苦々しく睨み付けながら、アルフレッドは続けた。


 いつのまにか集まってきていた村人達も恐る恐る広場を覗いている。


「以上がこの者達の罪状でございます。我が君。女王陛下。どうかこの者達に相応しい罰を。最期をお決めください」


「待ってくれ!!」


 アルフレッドに頭を下げられた女王は不快げに瞳を細めた。その表情をみた父親が女王に向かって縛られたままできうる限りの土下座する。


「俺達はどうなってもいい!

 ただ子供だけは助けてくれ!!」


「黙れ。お前達はその機会を自ら失ったのだ」


「見てください。ただの罪なき乳飲み子です!

 この子が御身に何をしましたか!!

 どうか、陛下!!

 同じ女ではありませんか!!

 お慈悲を。物心もつかぬ幼子に罪はございません!!」


 妻が抱いていた子供を突き出して女王に向かって涙ながらに訴える。


「陛下、僕は間違ったことをしました。でも妹はまだ何もわからないです。

 ごめんなさい。

 僕はなんでもバツを受けますから、妹は助けてください」


「夫を殺され、息子を喪う哀れな老婆にどうかお慈悲を!」


 口々に物心付く前の乳飲み子だけは助けてくれと訴える家族に、解放兵達は自分達に救う術があればと(ほぞ)を噛んだ。


 訴えを聞き、黙考していた女王が瞳を開く。


「宰相、アルフレッド」


「はっ!」


「後で私の執務室へ」


 何かしらの不興を買ったらしい宰相を冷たい視線で女王は見据えた。自分が何かを間違えたのだと気がつき、顔色を変えて謝罪するアルフレッドから視線を反らし、女王は一度大きく息を吐くと罪人一家へと向き直った。


「村への放火。公共物への毒汚染の試み。その二つを許すことは出来ません」


 絶望に息を止める家族に向かって女王は続ける。


「ですが今は、勇敢に戦ったインギール将軍を送る時。それ以上、()()()()()の血を求める訳にもいかないでしょう」


 例え今はリベルタの統治下にあるとはいえ、この村は公式にはケトラの領土である。そう宣言した女王は、罪人の一家から解放兵達へと視線を転じた。


「この人たちの同行を認めて頂けますか?

 そしてケトラの民が放火と毒汚染……無差別攻撃をそちらの領土であるこの村に行ったと報告して下さい。

 私はリベルタの女王として、彼らをリベルタ領土からの永久追放と致します」


 甘すぎると不満の声を漏らす仲間達を一睨みで黙らせた女王は、元上級将校へと回答を迫る。


「分かりました。我が誇りと家名にかけて、報告させて頂きます」


 顔色を悪くした将校は頷くと、荷馬車の上に一家を乗せた。


「……武器を戻してやれ」


 すぐにでも出発をしたいと訴える将校に同意したアルフレッドにより、量産品の槍と剣が解放兵達に配られた。


「…………ではリベルタの女王陛下。我らはこれにて」


 顔色が悪いまま去っていく解放兵達を、リベルタの狼達は静かに見送っていた。





「将校殿」


 ケトラに向かう道中、怯えていた男がリベルタの女王と別れてから沈黙を続ける元上級将校へと声をかけた。


「なんだ?」


「無事、リベルタの影響下からは抜けました。

 よかったですね」


 心底安堵した表情を浮かべるおめでたい部下に堪えきれず上級将校は拳で殴り付けた。それを見た村人一家が小さく悲鳴を上げる。


「黙れ! この罪人めが!!

 ケトラの恥を晒しおって!!」


 予想外に怒鳴られた家族は身を寄せあって震えている。



「将校殿?」


 口から一筋の血を流し、唾と一緒に口内の血を吐き出した一般兵は何がなんだか分からないという表情を浮かべている。


「何が良かっただ。これだから頭の足りない平民は嫌なのだ。

 我々が見たものを思い出せ。

 あの女王は、ワハシュの赤鱗騎士団を従えていた! 遠く離れているとはいえ、ワハシュの狂信者ども、赤鱗騎士団の旗を知らない貴族はいない。

 宰相の名は聞いたことがないが、村を支配するあの鮮やかな手並み。行動の端々に表れる支配階級、それもかなり高位の支配階級の反応。何より女王への盲信に近い心酔の様。どれを取っても恐ろしい。あの手の輩は女王の為になると判断すれば、どんな事でもしてくるぞ。

 そして女王自身も、どうやったかは知らないが、短期間で我々を捕らえる建物を作り、食事を与え、貴族であり国を代表するインギール将軍に名誉ある扱いをした!!

 それがどれ程恐ろしいか分かるか?!」


 上級将校の怒鳴り声に何事かと周囲の解放兵達も集まってきた。


「宰相は恐怖で村を支配した。

 女王は、微かな慈悲を示すだけで村を掌握出来るだろう。裏切った時の恐怖は既に体験している。あの村は先を争って女王に忠誠を誓うだろうさ」


「だが、あの一家の様に赦されると……」


 反論する解放兵を見た上級将校は、一家を縛り上げ自殺出来ないように猿轡を噛ませるようにと命令した。縄がないと訴える兵士に、服を破いてでも行う様にと再度強く命じる。


 助かったと安堵していた一家はその将校の命令を信じられない面持ちで聞いていた。


「何故ですか?」


 別の解放兵が将校に尋ねる。手にはマントを裂いて作った簡易の紐が握られていた。


「国の威信を示すためだ。こいつらを裁かねば、ケトラは早晩滅びることになるだろう」


「俺達一家は、ケトラへの忠誠を示すために、リベルタにあの村を渡さない為に!!」


 抗議する男をいっそ哀れんで将校は見つめる。


「ああ、それでお前達がケトラに逃げ込めていれば()()だったろうな。

 だが…………すまない。お前達には死んでもらわねばならぬだろう。宰相殿と陛下のお知恵にすがるしかないのがもどかしい。何か助けられる術があればいいのだが。お前達が救われるように祈ろう。

 罪人一家を逃がすな、縛れ。逃がせばお前達も同罪として死ぬことになるぞ」


 別れを告げる将校から逃げようとした一家を解放兵達が捕まえる。それでも迷いがある兵士達に、将校は語りかけた。


「リベルタの女王は冷酷無比であり、常識が通じぬ。だが知恵は回るようだ。私に決して断れぬ選択しか迫らなかった。後に誇りを失うと気が付いていても、無事に閣下をお連れし、見聞きした情報を国へと報告する為に同意するしかなかった。

 この一家はどう扱ってもケトラの毒にしかならない。罪状を明らかにすれば、国としては処罰をせざるをえない。だが国民の支持を失おう。

 この者達を逃がし、全てを我らの腹の底に沈めても、リベルタが掘り返すだろう。そしてケトラは法治国家ではない、蛮族が支配する場所だとでも言うのだろうな。

 全員で国を離れ出奔したとしても、リベルタの女王は魔術師だ。おそらく逃げ切れはしない」


 乾いた笑いを浮かべ将校は続けた。


「しかも今、我々はインギール将軍閣下のご遺体を運んでいる。それを持ち逃げするのか? あり得ぬだろう。

 俺は、あの絶対的な支配者である女王が心底恐ろしい」


「………………絶対なる悪辣女王」


 許してくれと泣きながら、子供を縛り猿轡を噛ませた中年兵士が呟いた。将校に話しかけ殴られた男だ。ただその瞳には怯えに変わり、怒りが渦巻いている。


「はは……、言い得て妙だな。お前、名は? 普段は何をしている?」


「フェス・ガウロ。普段は家庭教師の真似事をしております。しがない歴史家です」


「ではガウロよ。歴史家と言うならばこの戦いを記録に残せ。悪辣女王の姿を世界に広める助けをせよ」


 うー、うー、と救いを求める様に呻く子供の声を振り払う様に、ガウロは差し出された将校の腕をとった。


「俺は死にたくない。あんたの手を取ろう」


「当然だな。人は誰しも死にたくないものだ。

 死ぬのは一部の高尚な、そして真面目な相手だけだ」


「俺の見た戦場を伝えよう。俺の見た女王の姿を伝えよう。

 死なないために、俺は自分で地獄に落ちよう」


「それでいい。先を急ぐぞ。

 一刻も早く、この罪人共を引渡し、インギール閣下を家族の元へ返さねばならぬ」


 二人の男の狂気に引き摺られる様に、解放兵の一団は足を早めていった。そして彼らは街に付き罪人一家が投獄されるまで、どんなに声を上げても誰も一瞥すらしなかった。




(C) るでゆん 2016

200話記念SSを裏話に投稿してあります。

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