199.え、マジで?
森の外で敵と向かい合う。
フォルクマー達は森に引き込んでの戦闘を望んだけれど、私達の数は少ない。散開されてリベルタの街を目指されては不利になる。そう進言するアルフレッドの意見を聞き入れて、最終的には森のすぐ外で迎え撃つ事になった。
ケトラの旗を持つ使者が冗長な前口上で開戦を宣言したのがついさっき。ウチからはフォルクマーとアルフレッドが対応に出た。互いの使者は自軍へと戻っている所だ。
内心の緊張から、無意識に唇を舐めていた。それに気がついたエッカルトが苦笑しつつ、宥めてくる。
「大丈夫ですよ、陛下。たかが2倍の兵力です。敵ではありません。陛下は後ろでのんびりと観戦でもしていて下さればいい」
「そうもいかないでしょ。今回は私も出る。護衛に人手をとっちゃうからそこはゴメンだけど。……いっそのこと、護衛、いらないよ?」
何度目かの、護衛は不要の申し出をしてみる。ご冗談をと取り合ってくれないエッカルトにため息が漏れた。確かに女王が討ち取られたら終わりだけれど、そんなに弱くないつもりだ。一人の方が身軽でいいのに。
「陛下。そろそろ開戦します。どうか準備を」
戻ってきたアルフレッドが馬上から私に呼び掛ける。それに頷いて今回用にフォルクマーから献上された馬に飛び乗った。私や指揮官クラスの馬は角つきだ。軍馬の中でも特に好戦的で極上の馬らしい。他にも翼がある馬やら、雷を身に纏う馬やら、鬣が炎になっている馬やら、世界には沢山の軍馬がいるらしい。
初めてこの子を見たときに、ユニコーンだと喜んだ私に、男でも騎乗出来るから残念ながら違いますと苦笑しながらフォルクマーが教えてくれた事だ。
「さて、始めますか。策はアルフレッドが作ってくれた。実際の運用はフォルクマーに任せる。いいよね?」
「はい」
「光栄です。では陛下、兵達にお声を」
私達を注目する旧赤鱗騎士団のメンバーに瞳を転じる。前々からこのタイミングでの演説を頼まれていたから、準備万端だ。
「我が兵達よ! 共に国を作る仲間達よ!!
私に力を貸して欲しい!!
強欲にも隣国は我らの祖国を奪おうと攻めてきた!! 我らは決して負けない!!
何故ならば我々には譲れぬ決意があるからだ!
我が兵よ!
私の騎士よ!!
私は常に貴方達と共にいます!!
共に未来を勝ち取りましょう!!
勝利を!!」
「「「「「勝利を!!!!! 我らが女王に!!!!!!!」」」」」
私達の声と同時に相手側から進撃太鼓とラッパの音が鳴り響く。整然と並んだまま、地面を揺らし私達に向かってきている。
正面に構えているのは盾。そのすぐ後ろに見えるのはおそらく槍の穂先だ。さらにその後ろには軍馬に乗った重装の騎士達。最後に射手が並んでいる。射手が矢筒に手を伸ばす。
「第一射、来るぞ!!
前方、盾、正面!! それ以外は頭上に構えろ!!」
フォルクマーに指示されたエッカルトが、各部隊に命令を出す。私はチラッとアルフレッドを見てから、魔法を唱えた。
「陛下?」
訝しげに私を見たフォルクマーは、何の呪文を唱えているか分かったのだろう。部隊の隊列の幅を狭めるように命令を出した。
ヒュッ! ヒュンッ!! ヒュンッ!!
風切り音が耳を打つ。
『防御壁!!』
弓が接触する前に、元赤鱗騎士団を結界が覆う。弓を弾ききったと同時に、魔法を解除した。
「一番槍は貰うよ」
周囲の回答を待たずに、弓形にして持っていたオススメシリーズに魔力を注ぐ。
「弓術奥義・審判の矢」
「射よ!!」
魔力が矢を形作り敵に向かう。それと同時に、少数だがいる弓兵から矢が放たれた。
「突撃せよ!!」
放たれた矢を追うように、血気盛んな騎士達がケトラ兵に向かっていく。奥義の着弾を確認せずに、先陣をきる騎士達を守るためにケトラから飛んできた攻撃魔法を弾く。
「陛下、初手からそのように飛ばされて大丈夫ですか?」
魔法を連打する私を心配そうにアルフレッドが見ていた。
「大丈夫。距離も範囲も拡大してるから普通よりは魔力を使うけど、問題ないよ。……接触するね。ここから乱戦になったら、流石に私も守り続けることは出来ない。ここまでは予定通り負傷者死者共になし。
あとは彼らに任せるしかない」
私の護衛として百騎、そしてフォルクマーとエッカルト達指揮官部隊三十騎。馬上から戦況を見守る。心配そうな顔をしているのが私だけなのは何でだ?
フォルクマーやエッカルトは笑ってこそいないけれど、どこか余裕がある表情だし、アルフレッドに至っては、のんびりと微笑みを浮かべる余裕もある。
「…………え、マジで?」
敵味方が接触してから程無く、私から女王らしくない独り言が漏れた。
「ですから心配無用と申し上げたのです」
苦笑を深くしつつ、アルフレッドが私に話しかける。
「いや、でも、あれ。流石にないよ……」
目の前の光景が信じられず、呆然と呟く。頭部を獣相化した騎士達は、ケトラの陣地に躍り込むと無人の荒野を歩くがごとく蹂躙し始めた。中には完全獣化した騎士もいるみたいで、狼や熊や馬が暴れまわっている場所もある。あの中の何処かにジルさんがいるのだろう。
ケトラ兵が隊列を維持することも出来ずに、敗走し始めるまでに長くは掛からなかった。
「陛下、ケトラ本陣に攻め入ります」
呆然としたまま、アルフレッドに促されるまま移動を開始する。
悲鳴や怒声が風に乗って流れてくる。敵と接触した辺りから、ポツポツと死体が残され出した。騎士達の一部は敵兵に止めを刺すために進撃をせずに残ったようだ。一部投降が認められた人もいるみたいで、すぐに命には関わらない程度のひどい怪我を負った兵士達が、遠くで一塊になっている。
「陛下!」
護衛の兵士が警戒の声をあげると同時に、アルフレッドが構えた盾が金属製の何かを弾く。
「襲撃!!」
「敵、正面、三時の方向!!」
騒然とする中、ケトラ兵装備ではない人間の姿が見えた。
「我が君、おそらくはあれが」
「だね。数は三十人。後ろにも六人と五人のグループがいる。おそらく強いよ。
倍以上の人数でかかって」
こんなこともあろうかと、護衛達には特に強い防御魔法をかけている。
「フォルクマー!」
「は!!」
「貴方は前線に急ぎなさい!!
ここにいるのは半数。ならば本陣にもいるわ。
さっさと倒して、勝利を確定してきなさい。指揮官がいなくては戦争は止まらない。無益な殺生は望まないわ」
「しかし! それでは」
「ふん! この程度の相手に私が遅れを取るとでもいうの?
行きなさい! 私の護衛の内、二十騎連れていきなさい!! 負けたら許さない!」
後ろ髪を引かれているフォルクマー達を無理やり本隊へと向かわせる。
「アルフレッド」
「は!」
「予定通りに。勝つわよ」
「は!!」
不用意に距離を詰めずに遠距離で攻撃してきた敵に魔法でやり返す。その隙にアルフレッドが護衛の騎士達の武器に聖属性を付与したようだ。
「どちらから?」
「正面」
言葉少なく打ち合わせを済ませ、馬を走らせる。
まさか私から向かってくるとは思っていなかったのだろう。正面の敵に動揺が走った。
「大人しくしなさい!
貴方達の置かれた状況は分かっているわ!!
抵抗しなけれはあんまり痛い思いはさせずに済むの」
私の呼び掛けへの返答は、魔法と投擲武器だった。アルフレッドや護衛の騎士達が防ぎきる。
「…………陛下、あれを」
護衛の騎士達にはもしかしたらと言うことで話しておいた。そのもしもの備えが当たっていた様で、思い思いの武装に身を包んだ冒険者達の首に、似つかわしくないものがある。
「…………報告は本当だったのね。
抵抗してもいいわよ。それが貴方達の本意じゃないのは分かってるから」
私の声と視線に哀れみが乗った。それを屈辱に感じたのか、一部の冒険者達の戦意が上がる。ただほとんどの冒険者は救いを求めるかのような必死の視線を私達に向けていた。
――――陛下、冒険者ギルド本部は、ケトラ前線に投入する者達に隷従の首輪をつけた可能性が高い。
オルランドの報告が頭を過る。双方同意の上での装備との事だけれど、これはないわ。マジでないわ。
オルランドの報告を受けて、リベルタの冒険者ギルドには助勢を頼まないことにした。冒険者同士が殺し合うとか、本当に勘弁して欲しい。特に今回の動員は、本部人員じゃなくて、忠誠心に疑問があるとされたグランドマスター派の冒険者ギルドのトップクラスが徴用されたそうだし。
ただし、オルランドが早めに教えてくれたから対策は出来た。隷従の首輪はそのポテンシャル以上の魔力を注いでしまえば、フリーズさせられる。普通の人には無理だけれど、私の魔力ならば可能だと確認済みだ。
「とりあえず出来るだけ殺さずに戦闘不能にしよう。全てはそれからだ」
頷く護衛達を確認して、私は戦闘に没頭していった。
「ありがとうございます!!」
「すまない!! 感謝する!!」
口々に礼を言う冒険者達を騎士が取り囲んでいる。騎士達に誘導されて次々に冒険者達が移動する。
「どうして、俺は助かったのに、ジェニファーは……」
呆然と呟く戦士に謝ろうとしたらジルベルトに肩を掴まれた。
「おい」
「何だ」
私を庇って前に出たジルさんに呟いていた冒険者は殺気だった視線を寄越す。
「お前が今自由になっていることが奇跡だ。勘違いするなよ、お前らの甘さの尻拭いを我らが女王がやられた。
救われた事を感謝すれこそ、助からなかった相手の恨みをぶつけるのは筋違いだ」
「だがっ! お前達さえ!!」
「黙れ。冒険者として断るという選択肢もあった。グランドマスター派の依頼を受けて隷従の首輪を自ら付けたのはお前達だ。
虜囚の辱しめを受けさせることもせず、滞在を許可するのはリュスティーナ陛下の慈悲。伏して礼を言うがいい」
ジルさんの合図を受けて、囲んでいた騎士の一人が冒険者の頭を地面に押し付けようとする。それを止めつつ、ジルさんの後ろから出た。
何とか戦闘も終わって、侵攻してきたケトラ兵も撃退した。生き残った大半を捕虜とし、逃げ去った敵軍はアルフレッドが騎士達の一部を引き連れて追っていった。
ケトラ本陣にはオルランドとその部下達が潜入していた。その助勢を受けても、冒険者達全員を保護することは出来なかった。
「…………やめて。全員助けられなかったのは事実だから仕方ないよ。せめて弔えるように遺体はリベルタに運ぶように指示しました。
街に着けば、マスター・クルバ、長老議会議長のクレフ老もおられます。身の振り方も悪いようにはしません。大人しくしていてください」
ほんの少し頭を下げつつ説得する。私を睨み付けていた冒険者は憎々しげに去っていった。
「これで大体終わりかな?」
「はい。次はケトラの捕虜達の扱いです」
「アルフレッドが戻ってからじゃ駄目?」
「投降した軍指揮官が謁見を望んでおります。宰相殿が戻るまでにはしばし時が掛かりましょう。お会いになるべきかと」
相手がケトラでもかなり偉い将軍さんだと言われて、渋々頷いた。ケトラの投降を認める時も、フォルクマーとアルフレッドが相手をした。私も会っておくべきだろう。
リベルタに凱旋する前に会うべきだと説得されて、急遽張った天幕で将軍を待つ。程無くして武装解除され、丸腰で将軍は現れた。お付きの側近らしき人も二人同行している。三人に椅子を勧め姿勢を正した。
「……ケトラ国軍にて将軍の任を受けし、インギールと申す。この度は謁見の栄を賜り感謝します」
疲労を滲ませながらも毅然と話すインギール将軍を見る。
「私はリベルタの女王リュスティーナ」
「勝者としての要求を伺いたい」
「特に何も」
「な?」
私の返事を聞いたインギールが絶句している。だってさ、攻めてきたのそっちじゃないか。リベルタとケトラの戦争を終わらせる権限がこの将軍さんにあるなら話は別だけれど、特に望むこともないんだよね。
「…………では、兵士たちは解放してもらえるのだろうか」
「それは無理。何故相手の戦力を回復させなきゃいけないのよ。とりあえずは捕虜となっていただきます。前回、ここに攻め込んだエウジェニロ卿の手勢と同様の扱いをするつもりです」
私の返事を聞いたインギール将軍は、唇を噛んで下を向いた。
「兵士達に寛大な扱いをお願いしたい。
代わりになるかは分からないが、軍上級将校達の首を差し出す。我々の命と引き換えとし、どうか一般兵には寛大な処罰を」
上級将校ならば、人質として有効な人達だ。今後の交渉に使いたいから、フォルクマーやアルフレッドから殺さないようにって頼まれてるんだよね。
「要りません。貴方達の命を寄越されても困ります。それに貴方達の命云々で、一般兵の扱いが変わることはないと約束しましょう。
ご安心ください。私は残忍ではありません」
全員助けるのかは決まっていないから、将軍達を宥めて退席を求めた。
さてと、凱旋したらこの人達を収容する長屋を作らなきゃな。あとはアルフレッドが帰還してからの話になるか。
そんな風に思ってから数日後。
インギール将軍が収容施設で自害したと報告を受け飛び上がる事になる。
管理不行き届きで罰を求めるフォルクマー達を宥めたり、側近の一人と一般兵の数人を解放してインギール将軍を祖国に還す段取りをつけたりと忙しく日々を過ごすことになった。
そのせいで、私の目の届かない場所でアルフレッドとオルランドがあんなことをしていたと気が付かなかった。
その後悔に私は頭を抱えることになる。
(C) 2016 るでゆん




