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198.そう言うことは早く言え

 冒険者ギルドに到着するとすぐに会議室のひとつに通された。真新しい材木の匂いがするその部屋で、私はもちろんの事、アルオルやダビデにまで出されたお茶を互いに飲みながらクルバさんを待った。


 この扱いが普通なのだけれど、奴隷と主人という関係が長すぎたせいか、一つ一つの周囲の対応の違いに今だに嬉しくなってしまう。ちなみにレイモンドさんは仕事があると先に戻っいった。


「お待たせして申し訳ない」


 人目があるからか、クルバさんが私に頭を下げる。


「クルバさん、今ここにいるのは昔からのメンバーだけですよ。いつも通りで大丈夫です」


「そうは言っても陛下のお立場がある。このままの口調で話させて頂く」


 とりつく島もないクルバさんの返答に肩を竦めた。妙なところで真面目なんだから。


「まあ、クルバさんがいいならそれでいいんですけど。それで突然の呼び出しは何事ですか?」


「まずは冒険者ギルドに呼びつけたこと謝罪させて頂きたい。本来であれば謁見を申し込み、我々から訪ねるべきだった」


 しっかりと頭を下げたクルバさんの態度を見て、ここは女王として動くべきだと判断した。アルフレッドに目配せをして、宰相として対応するように促す。


「マスター・クルバ。我らが陛下を呼びつけたのです。何が起きたのですか?」


 アルフレッドがピンと背筋を伸ばしクルバさんを見据える。一瞬悩むように視線を泳がせたクルバさんだったが、次の瞬間には覚悟を決めたみたいだ。いつも以上に低く感情を感じさせない声で話し出した。


「ケトラが動いた」


「予想の範囲内ですね」


 動揺する事なくアルフレッドが返す。


「……冒険者ギルドからの徴用も行っている。未確認の情報だが、本部子飼いの冒険者達が出てくるとの噂もある。今、クレフ老が確認中だ」


「ほう……」


「冒険者ギルドがケトラの味方についたってこと? それ私達に話して大丈夫なんですか?」


「前に話しただろう。今、ギルドはふたつに分裂している。敵側の動きだ。

 確認が取れ次第、我々からも助勢を出す」


 あー……そういえば前にギルドがふたつに分裂している話は聞いたっけ。国の下部団体としての生き残りを模索する現グランドマスター派と、今まで通り民と共にいる事を望むクレフおじいちゃん筆頭の長老議会派だっけか?


「…………ギルドの代理戦争を、我々に行わせる気ですか?」


 低い声でアルフレッドが問いかける。


「否定はせん。だが我々がここに来ずとも、早晩リベルタは攻められていただろう」


 アルフレッドとクルバさんの間に火花が散っている。確かに余計な敵を作ったと言えばそれまでだけれど、この国に冒険者ギルドは必要不可欠だ。クルバさん達を放り出すことは出来ない。何故だか知らないけれど、私はグランドマスター派に嫌われているみたいだし……。


「アルフレッド、やめなさい」


「はっ……」


 アルフレッドを制止してクルバさんに視線を戻す。


「冒険者ギルドが持つ情報を下さい。貴殿方と我らリベルタは運命共同体。私達が滅びることを望みはしていないのでしょう? その為に私を呼んだ。違いますか?」


「ああ、もちろんだ。ケトラが動員したのは、正規兵約一万。それに冒険者が約千人。グランドマスター派が出した人員はそのうち百名程度と予想されている」


「一万?」


 嘘でしょ。リベルタの全戦力と同等以上の兵力を初戦から出してくるなんて予想してなかった。


「正規兵一万は大した脅威ではない。それよりも問題はグランドマスター派の冒険者だ」


 一万人が脅威ではないってどういうことよ。どんな状況下でも数は脅威でしょうが。


 そんな内心の突っ込みが聞こえたようにクルバさんは呆れたように私を見ている。


「女王陛下は何か勘違いされているように思うが、このリベルタ近郊で鍛えた兵士ならば一騎当千。赤鱗の正規兵達を出すならば、半数以下でも十分に勝機はある。それに今回は陛下も出撃するのだろう?」


「当然ですね。非戦闘員ならいざ知らず、私は広域破壊を得意にする魔法職。一対多数の戦いならば私の出番でしょう」


 当たり前だと頷く私をアルフレッドが制止する。女王がそんなにホイホイ最前線に出ては士気に関わると言うのだ。


「うるさい。お黙り。

 前回は人数も少なかったからフォルクマーやアルフレッドに任せたけど、今回はリベルタの初陣みたいなものだよ。私が出ないでどうするの。…………それに、人を殺すのにも馴れておかなきゃいけないしね」


 人殺しの覚悟の話を出したら、アルフレッドが言葉に詰まる。私が人を殺さなくてもいいと話したいのだろうけれど、リベルタを守るためにいつかは私が最前線に立たなくてはならない。それが予想できている宰相という立場だからこそ、無責任な言葉を口には出来ないのだろう。


「…………それよりもマスター・クルバ、情報を」


 沈黙したアルフレッドに変わり、クルバさんに情報提供を求める。ギルドでもまだ詳しい内容は掴んでいない様で、動員された人数と集結予想の場所を教えられた。


 もっと詳しいことが分かり次第続報を報告すると話すクルバさんのところを辞する。


「陛下」


 隠れ家へと急いで歩いていたら、オルランドが私を呼んだ。


「どうしたの?」


「さっきの話だが、もう少し報告がある」


「さっきの?」


「クルバ殿の話さ。俺達も調べていた。今掴んだ所まで報告をしたい。構いませんか、アルフレッド様」


「ああ、隠れ家に戻り次第報告してくれ。今回の帰還はその報告が主目的だろう」


「へ?」


「な? ならば何故ティナのピクニックの前に言わない」


 敵の情報を伝える事よりも私の遊びを優先したオルランドに、ジルさんが怒っている。確かにそんなに大変な情報ならピクニックを中止してでも聞いたのに。


「まだ時間的に余裕はある。それにそれ以外も少々キナ臭い。今回の戦いが始まれば長くかかるかもしれない。陛下の息抜きを優先すべきだとアルフレッド様から命じられた」


 ジルさんの怒りを飄々と受け流したオルランドは、何も知らずただ楽しんだ事を後悔するダビデに気にするなと苦笑を向けている。


「ダビデ、お前は気にするな。アルフレッド様にしろ、陛下にしろ、いつもお前がいることで安定している。お前はそれでいい。

 美味しい料理と穏やかな性格で陛下とアルフレッド様のお役にたて」


「オルランドが真面目だ」


 珍しく真面目に話すオルランドをみてついつい口から漏れてしまった。


「酷いな、陛下。俺はいつでも真面目だよ。

 花を愛でるときも愛を囁くときも、主君に仕えるときも遊戯に興じるときもな」


 パチンとウインクひとつ投げかけながら、オルランドは軽い口調で反論してきた。まあ、確かに口説きモード以外のオルランドは普通だもんね。私を猫だの兎だの呼ばなくなったオルランドは、私に対する口説き口調も封印しているし、前には考えられない変化だよ。


「…………じゃれるのは後にしてくれ。ティナ、隠れ家に戻ろう。早くオルランドが掴んできた情報を聞き、必要とあれば軍をおこさなくてはならない」


 昔から真面目なジルさんは今後の事を考えて一刻も早く情報を共有しようと私を急かす。


「とうとう……戦争…………か。

 オルランド、出来るだけ正確に、未確認情報ならその旨を付け加えて教えて。今回は味方の死傷者ゼロって訳にはいかないよね私も覚悟を決めなきゃな」


 わき上がってきた不安と恐れを押し殺す為に頬を軽く叩く。皆に視線を戻すと全員緊張した面持ちになっていた。


「大丈夫だよ。負けはしない。

 アルフレッド、悪いけど軍師みたいな事もお願いできる?」


 出会った当初にアルフレッドを鑑定したら、策略家って称号もあったし、多分適性はあると思う。一応、私も軍略云々のスキルは持ってるけど、使ったことないしなぁ。何事も経験だからその内訓練しよう。


「元よりそのつもりでございます」


 当然の事のようにアルフレッドが頭を下げる。頼りになるわ。これなら安心して軍略を任せられるかな。






 隠れ家に戻り人払いを済ます。ダビデは夕飯の準備をすると同席は遠慮した。


 オルランドは部下達をケトラや冒険者ギルド本部がある都市へ潜入させていたらしく、クルバさんから聞いた話よりも詳しい事が分かった。かなり無理をして危ない橋を渡らなきゃ手に入らないネタもあったから、何人かは死んでいるのかもしれない。部下の損害を確認しようも思ったけれどアルフレッドに止められた。


「陛下のお役に立つために、頭領の命を受け死ぬことは彼らにとって最大の名誉です。陛下がそれを否定するような言動は、どうかお慎み下さい」


 深々と頭を下げて頼まれてしまっては、それ以上詳しくは聞けなかった。ただあまり無理はしないようにと釘を刺すので精一杯だ。


「オルランドの部下の人達に私がお礼を言っていたと伝えてくれる?」


「ああ、部下も喜ぶよ」


「報奨は全て終わってから考えるね。今はとりあえずポーションを渡すから、もしも怪我をした人がいたらそれを渡して」


 霊薬を取り出しオルランドに差し出す。一瞬困ったような表情を浮かべたオルランドは、恭しく受け取ってくれた。


「何? いらなきゃ現金化して報奨として配っていいよ。オルランドなら売る先くらい見つけられるでしょ」


「いや、…………いつか我々の働きがそれに見合ったと陛下がご判断されたなら、あと数個、霊薬を下賜して欲しい」


「オルランド、無礼だぞ。立場を弁えろ」


 躊躇いがちに話すオルランドにアルフレッドが叱責を飛ばす。


「ん? いるの? 別に良いけど……なんで?」


 アルフレッドを落ち着かせて、オルランドに追加の霊薬を取り出しつつ尋ねる。


「アルフレッド様が冤罪を着せられた時に、俺達一族も随分狩られた。逃げ延び生き残ったものもいるが、その途中で大怪我を負って戦えなくなったものもいる。少数だが拷問され奴隷として売られた仲間もいた。救出したが上級治癒薬では治らなかった。

 陛下の薬なら、そいつらも回復させられる。怪我が重い中でも生き残ったのは、一族の主力だった者達だ。役に立つのは保証する。もしも陛下の薬を頂けるのならば、我々は深く感謝するだろう。……っ! ハニーバニー、何故殴るんだい?」


 思いの外重い告白にうっかり手が出た。オルランドも私の反応は予想外だった様でうっかり昔の呼び方になっている。


「そう言うことは早く言え」


 ジト目で睨み付けながら霊薬を大量に取り出す。素材はまだまだ大量にある。作ればいいだけだから、手持ちの全部預けても問題はない。


「何個?」


 テーブルの上に霊薬が林を作る。いったいどれ程出す気かとアルフレッドやジルさんが驚いていた。


「陛下? 我々の働きに……」


「うっさい。これは先行投資よ。さっさと答える。何個いるの!」


 答えないなら数十個単位で持たせるわよと脅しにならない脅迫をすると、オルランドが七つだと答えた。


「…………すまない。一族を代表し感謝を捧げる」


「気にしない。と言うかもっと早く言ってよね。ジルさんもオルランドも遠慮しすぎ」


「おい、ティナ、どうしてそこで俺が出てくる」


 オルランドと私のやり取りを他人事のように聞いていたジルさんが突然巻き込まれてクレームを入れてきた。


「奥さんと子供。

 赤鱗の現状隠し。

 さっさと教えて欲しかったわ」


 私にそう言われては否定できないのかジルさんはお前のせいだとオルランドに絡んでいた。いつもの風景に少しだけ肩の力が抜けた。


「……ふふ。さて、フォルクマーやエッカルト達を呼んで出兵の準備をしなきゃね。戦える赤鱗騎士団の総数は約八千名。その内半数を残す。率いるのは私。アルフレッドは出来たら留守番して欲しいんだけど…………そう、ダメなのね。わかった、同行して貰うよ。

 相手は約一万二千。指揮官はケトラの守護神と呼ばれる将軍。暗躍する冒険者ギルド。動き始めたグランドマスター派。初戦から三倍の敵が相手とは、まったく面倒な事だわ。

 ただし今回、我々リベルタは冒険者ギルドに加勢を求めない。クルバさんからの申し出は断る。それでいいね?」


 オルランドの報告を受けて決めたことだ。和んだ空気を引き締めて、アルオルやジルさんが頷く。


「宰相アルフレッド」


「はっ!!」


 私に呼び掛けられてアルフレッドの背筋が伸びる。ジルさん達も臣下の礼をとった。


「今、この時を持ち、リベルタの女王である私は、我が国が戦時体制に入った事を宣言します。相手が開戦通知をギリギリまで寄越さないつもりならば、我々だってこっそり準備しよう。情報秘匿ならばリベルタの方が上だもの。

 我々の自由を邪魔する者達を、私は許しはしない。

 唯々諾々と従いはしない。

 諦めはしない。

 その為には血を流そう。命を賭けろと命じもしましょう。

 未来を守るために、ケトラを迎撃せよ!」





(c) 2016 るでゆん

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