196.ピクニック
お弁当持って♪
おやつを詰めて♪
武器と防具を準備したら♪
今日は楽しいおさんぽだ♪♪
心の中で節をつけて歌いつつ、ダビデと繋いだ手を振った。このところ仕事ばっかりでさっぱりダビデと話せなかったから、凄い楽しみにしてたんだよ。
「お嬢様?」
戦えない自分が外に出るのは、同行者の負担になると遠慮していたダビデは心配そうな顔で私を見ている。
「楽しいね、嬉しいね。
今日はいっぱい一緒にいようね?」
にっこり笑って繋いだ手に力を込める。当たり前のように反対の手で首筋や頭を撫でたら控え目にダビデの尻尾が揺れた。
今、私達はレイモンドの道案内で水量豊富な湧水へと向かっていた。
同行者は初期メンバーとレイモンド。フォルクマー達赤鱗騎士団員も護衛につきたいと申し出てきていたが断った。
それでも難色を示す騎士団と内政官達に、もしも私とタイマン張って勝てるなら同行させると宣言したら、全員視線を合わせなかった。一対一の戦いでかつ何でもありのルール無用の戦いならば、リベルタの住人に負ける気はしない。未知数なのは半魔の村の住人くらいなものだけれど、レイモンドが同行するならばとそちらは何も言ってこなかった。
「楽しそうだな」
「うん、楽しい」
朝からご機嫌な私に、ジルさんが呆れた様に苦笑を向ける。
「ダビデがいる。ジルさんがいる。アルオルもいる。昔に戻ったみたいだよね。
懐かしいな、楽しいな。今日はいっぱい遊ぼうね」
リベルタを取り囲む森は、赤鱗騎士団やハルト達、ついでに素材を求める冒険者達が頑張ってくれたお陰で随分魔物も弱くなった。私自身も最近は、仕事終わった夜間にこっそり抜け出して殲滅に力を入れていた。
解放戦に参加した私達四人にとって、リベルタ周辺でのレベル上げは効率が悪い。だからその他の住人の能力を底上げする為に魔物の討伐をした方がいいのだけれど、ダビデがおさんぽに同行してくれるなら安全確保が最優先だ。私達の足手まといと遠慮するダビデが楽しめるくらいには魔物も狩り尽くしたし、今も見えない所で進行方向に向けて虚無塵を発動していた。浮き立つ私の心を反映しているのか、コミカルに動く虚無塵は的確に魔物を狩っている。
そもそも歩きながらでも問題ないくらい、魔物の密度は薄い。万一にもダビデを危険な目に合わせる可能性はなかった。ジルさんやレイモンドは私が魔法を使い続けているのに気がついているようだけれど、特に何かを言われることもない。ただ過保護とでも言いたいのか、生暖かい視線で見られた。
私達はそのまま特に危険な目に合うこともなく、湧水へと到着した。みんなが湧水、湧水と言っていたから、チョロチョロと水が湧き出ているのかと思いきや、目の前に湖が広がり驚いた。池なのか、湖なのか微妙な大きさの透明度が高い水には魚などもいない。遠くにほんの少し水草が生えているのが見えるくらいで何物も侵されない神秘的な空気が流れていた。
「湧……水……?」
確かに池の底、見える範囲だけでも数ヵ所から、噴き出すように水が湧いている。でもこれ、湧水っていう表現でいいのか?
神秘的な雰囲気に、高位精霊がいるかもって話していたレイモンドの気持ちが分かる。
「うわぁ!! お嬢様、綺麗ですね!!」
嬉しそうに水辺に近寄ったダビデが水面に手を伸ばす。
「危ないよ!」
私が警告を発するのと同時に、後ろから近づいたジルさんがヒョイとダビデを抱きかかえて湖面から引き剥がした。
「あ……ぼく、また……。ごめんなさい、お嬢様」
美しい風景にテンションが上がり警戒心をなくしていたダビデが、自分がやりかけた事に気がついて耳を倒し眉を下げる。
「大丈夫でございます。この水場に魔物はおりません。水自体にも毒などは含まれておりませんのでご安心ください」
ここに来たことがあるレイモンドはそう話すと、わざと水面を叩くように指を動かした。弾かれた水滴が宙を舞う。光を反射して輝く水滴が湖面を揺らし、また元の静寂へと戻っていく。
「綺麗だね」
「綺麗ですね、お嬢様」
トトッと近づいてきたダビデに笑いかける。二人で手を繋いで湖面に近づいた。
「……それでティナ、何かいそうか?」
水面を覗き込む私にジルさんが尋ねる。アルオルは物珍しそうに周囲を観察していた。
「どうだろう? 少し待って」
ジルさんに促されるまま水の中に意識を向ける。少しずつ魔力を流し込み、精霊魔法に応じてくれる相手がいるかどうか確認した。
――――確かに何かいるな。でも反応が希薄だ。死にかけ……、いや、違うな。冬眠に近い。仮死状態?
緩く反応を返すナニカを冷静に観察する。チビッ子の姿で見える事が多い精霊達だが、用事がないときや、気分が乗らないときは精霊を宿す本体に戻っている事が多い。わざわざ目覚めさせてお願い事をするくらいなら、似たような効果がある古代魔法を使った方が早いと、いつもそう判断してしまう。だから私はあんまり精霊魔法を使うことはなかった。
「確かに何かはいるね。でも、物凄く反応が鈍い。深く眠っているのか、外部からの影響を極力排除する為に隔離しているのか……」
しばらく湖面に指を浸けていたら、冷えきり痛みを発する様になった。一度指を水から上げ、水滴を切りつつジルさん達に答えた。
「わが君、危険があると思われますか?」
「どうだろう。ここのヒトが目覚めないと何とも言えないけど、嫌な感じはしないね」
今すぐに分かるのはこれぐらいか。刺激するのに水系統の精霊魔法を使ってみるのもひとつの手段だけれど、どう反応するか分からない。最後の手段にした方が無難だろう。
「うーん、悩んでいても仕方ないかな。とりあえずもう少し調べてみるよ」
冷たい水で泳ぐのは少し辛いけれど、指先だけ水に浸けるよりも全身で感じた方が何か分かるだろう。焚き火でも起こして貰ってから水泳と洒落こみますかね。
オススメシリーズの防具を脱ぎ、下着姿になった。みんなが背中を向ける中、オルランドが低く口笛を吹いた。
「見事に育ったなぁ」
感慨深げに呟くオルランドをアルフレッドが殴り倒した。
「オルランド、今すぐ両目を抉れ」
倒れたオルランドにアルフレッドが命令している。
「こら、アルフレッド! 落ち着きなさい。
オルランド、お褒めに預り光栄だわ。貴方がそう言うってことは、私のプロポーション、悪くないんでしょ?」
軽く肩をすくめて迷う事なく、親指、人差し指、中指の三本を瞳に近づけていたオルランドに苦笑を向けた。いや、命令されたらってそれはないでしょう。
この世界の美人さんのレベルがどれくらいかは知らないけれど、私も見苦しくない程度の外見は維持できているようだ。
「ああ、かなりの美人だよ」
オルランドのおべっかに苦笑を深くする。叱責を飛ばすアルフレッドに再度気にしないから落ち着けと伝えて水に入った。今日はこんなこともあろうかと、かなり濃い色の下着だ。水に濡れても透けることはないし、気分的には水着に近い。恥ずかしいと思うこともなかった。
「……冷たッ!!」
押し殺し損ねた悲鳴を上げて、バチャバチャと勢いよく身体に水をかける。この水温だと長く浸かってはいられないと判断して、覚悟を決めて水に潜った。
滲みるのを覚悟で目を開ける。身体に触れる水を媒体に、どこかにいる精霊の気配を探した。
――――数ヵ所から気配を感じる。これは水が湧きだしている場所だね。なら、この水の下にいるのか?
魔力を湧水の下に浸透させようと向けた所で、息が続かなくなった。急いで水面に向かう。
「……プッハッ!!
大丈夫!
もう少しで分かりそう」
気がつかない間に湖の中央付近まで泳いできてしまっていた。心配そうに私を見る皆に、立ち泳ぎのまま片腕を振る。
息が整うのを待って、もう一度潜水する。本当は水の中でも息ができるようにした方がいいのだけれど、他の魔法を使っては微かにしか気配を感じないここの精霊を、見つけることは難しくなるだろう。
少しでも発生源に近付こうと湖底を目指し潜っていく。湧水の下に魔力を送りこみ、探ろうとしたその瞬間、この地にいた精霊の気配が大きくうねった。
――――マズイ!!
起こしたかと上へと逃れようとする私を、水流が捕らえた。明確な意思を感じる流れは私を捕らえたまま湖面を目指し上がっていく。湖底からも砂を巻き上げ、大量の力を含んだ水がせり上がって来ている。
攻撃してでも逃れるべきかと思いつつも、水流自体に敵意は感じない。爆発的な水柱を発てつつ上空に出た。
『お待ち下さい』
攻撃するか悩む私に何処かから声がかかった。足下の水柱はまだ続いている。
『お待ち下さい。古の神の祝福を受けし女王陛下』
もう一度声が聞こえて来たと思ったら、ジルさん達がいる岸辺に向かって、私を捕らえた水流は動き出した。呼吸が辛いと身動ぎすると、縄のように変化して私の顔を外に出す。呼吸を確保し、話せるようになった私をとても丁寧に水流は運んでいた。
攻撃体制となっているレイモンドやアルフレッドに笑顔で手を振る余裕が出来た。多分この水……おそらくは水の高位精霊に敵意はない。
そっと地面に下ろされる。水滴を拭うための布をかけられ、ジルさんやアルオルの後ろへと押された。振り向いたら水流は、まだそのまま水柱となってあった。奥に見える巨大な水柱は勢いもそのままに噴き上げている。
せっかく身体を拭う布を貰ったけれど、雨の中にいるように噴き上げられた水滴が落ちてくるから無意味だ。
「ティナ、これはなんだ?」
「これは……初めてみますな」
「お嬢様! ご無事ですか?」
「陛下、また何を連れてきたんだ」
「ご無事でございますか?」
私の無事を確認する声、正体不明の水柱を警戒する声が口々に発せられた。
ゆるく震えた水柱はゆっくりとその姿を変えていった。
『陛下……』
しばらくして形が定まった水は、ハイネックの古風なドレスを纏い、ウェーブのかかった長い髪を滝のように流した貴婦人の形をしていた。
「はじめまして、古に去りし我らが主神に遣わされし女王陛下。この地をかの忌々しい女神の影響から救って下された陛下。
私は水を統べし女王の末端。貴女の訪問を全ての精霊は喜んでいます。
ウインディーネ達の喜びが聴こえますか?
湧き上がる水の歓喜の声は響いておりますでしょうか?
もしも陛下に我々の力が必要ならば、喜んで力添えを致しましょう」
水の精霊は、文字通り流れるように一礼した。ジルさんとアルフレッドに視線を流し、微笑みを深くする。
「もう既に、風の姉妹と大地の兄弟にはお会いになったのですね。あの者達の喜びが私にも伝わってきます」
顔を見合わせたジルさんとアルは首を傾げている。
「風と大地の加護を持っているでしょう?
私達の主神たるメントレ様の加護を持つ女王陛下に、私達ごとき精霊の加護をつけることは出来ません。効果もないことですし。我々精霊は徒労を嫌います。ですから仲間である貴方達に加護を与えたのでしょう。
ですが意外でした。風はかの女神の影響から逃れられません。大地は私の分も邪気の影響を引き受けてくれました。
その二人が加護を与えるほどに正気を保っているなんて……」
「あー……私の加護の効果ですよ。一時的に正気に戻す機能があるみたいで」
納得した水の精霊は改めて私に望みは何かと尋ねてきた。
上下水とお風呂の話を精霊に伝える。難色を示されるかと警戒していたけれど、相手は深いため息をついただけだった。
「そういう事でしたら、私だけではダメですね。出てきたらどうです? 『イフリート』貴方がそこにいるのは分かっています」
水の精霊は何故か消えていなかった焚き火に語りかけた。風もないのに揺れた炎は次の瞬間炎で形作られた小人の姿になった。
『水の姉妹よ。ここはお前の力が強すぎる。少し抑えてくれ』
嗄れた声で訴える火の精霊に言われ、初めて気がついたように水の精霊は噴き上げ続けていた水柱を止めた。
「あんなのあったっけ?」
湖の中央に透明な葉を煌めかせる白い幹の大樹があった。さっきまで確かにそんなのはなかったから、驚きに口が開いたままになった。
「あれが私の本体でございます、女王陛下」
水の精霊がはにかんだ微笑みを浮かべる。
「水の姉妹よ、感謝するぞ」
力強い男の声に驚いて、焚き火があった位置を見つめた。ジルさんよりも二回りほど大きな偉丈夫が立っている。
紅の髪、褐色の肌。むき出しの上半身は筋肉質で、幅広の腕輪がその体型を強調していた。膝まで覆う腰布は刺繍と金属で飾られ、高位の者だと言うことをアピールしている。
「どういたしまして。この姿で会うのは五百年ぶりかしら?」
水の精霊に向き直ってまた驚く事になった。さっきまでは水で形作られていただけのはずなのに、今では質感がある。水色の髪は光を反射し黄金に輝き、抜けるように白い肌を彩っていた。純白を基調として、薄い青と緑をアクセントにした古風なドレスが目に眩しい。
静謐の美貌。
そんな表現が浮かぶほど、静かでかつ美しい。
「どうやら使徒様のお役に立てるみたいだわ」
「全くだな。お目にかかれてすぐに役に立てるとは望外の喜び」
水と炎って仲悪いんじゃないのか。そんな先入観を打ち砕くように、二人の精霊は笑いあっている。
「陛下、お名前は?」
「使徒殿、名を教えてほしい」
ひとしきり笑いあった二人の精霊は、私に向かって質問してきた。
「え、ティナですが……」
「それは貴女の本当の名前ではないでしょう?」
「本当の名前を教えてほしい」
悲しげに問われて、正確に答える。
「リュスティーナ・ゼラフィネス・イティネラートル・ユリ・タカハシです」
王になってから、私のステータス名は勝手に変わっていた。その名前をそのまま答えた。
『神の降臨を願い隔絶した世界を繋ぐ
郷に存在しつづける
異世界の旅人たる
古の英雄の名を与えし
リュスティーナ』
ん? なんか変な風に聞こえたぞ??
エコーがかかった様に聞こえる精霊達の声を聞き取ろうと耳を澄ます。
「古に去りし、我らが主神たるメントレの娘」
「この世界に降臨せし希望の主。
幾年月を越え、苦難に耐えて待ち続けた甲斐がありました」
「炎の祝福を」
「水の祝福を」
「「リュスティーナ・ゼラフィネス・イティネラートル・ユリ・タカハシは我ら精霊の友にして使い主。
我らの力、ここに貸さん」」
水と炎の精霊はそう話すと姿を消した。ただ、焚き火があった場所に新たな精霊樹が生えていた。
「……これ」
湖から溢れ出た水は新たな精霊樹の根本を通りわだかまっていく。微妙に湯気がたっている気がして、手を翳せば温かい。
「……温泉、誕生」
ボソッと呟いた私を見る周囲の瞳はどこまでもぬるいものだった。
少なくともリベルタに害は無さそうだから気にしないでおこうと話す私に向かって、炎と水の精霊から仲間に加護を与えたと話しかけられる。
「加護?」
「ん……? 俺には水の加護が来た」
「ボクは炎の加護だそうです。これで火加減もバッチリだなって……」
ヲイ! 随分フランクだな、火の上位精霊!!
「戦うなら反対じゃないの? どっちかと言えば、水って癒しとかそっち方面……」
「甘いな、陛下。人体どころか魔物でもその体内には水分がある。俺のような職業の者が、火の加護を受けても目立ってしょうがない。第一、どうせ加護を受けるなら、美人からがいい」
「ボク、毎日火を使いますから、火傷しないようになるだけでも嬉しいです!!」
素朴な疑問を口に出したら、加護を受けた二人から反論されてしまった。まぁ、本人達がいいならそれでいいけどさ。
『あー……イフリート』
『何か?』
ダビデ達に分からないように、精霊語で話しかけた。
『ウチのダビデを守って欲しい。この中じゃ一番弱いから、強い貴方にお願いしたい』
『承知している。だからこそ我が加護を与えた』
『水の上位精霊さん』
『何で御座いましょう、陛下。私のことはオフェーリアとお呼びくださいませ』
『わかったよ、オフェーリア。オルランドをよろしく。闇に生きてるから危険な目にもいっぱいあうと思うんだよね。その癒しの力を貸してあげて欲しい』
オルランドの適正から言って、治癒魔法に目覚めるとは思えないし。これで生存率が上がればいいな。
『もちろんで御座います。心優しい我らが使徒様。私の粒子が存在する全ての場所において、彼を守り続けましょう』
『ふたりとも、ありがとう。どうやってお礼をしたらいいか分からない。何か出来ることがあったら教えて』
『既に我らは御身から数えきれないほど受け取っている。これは借りを返しているだけだ。
神の愛娘殿。調律神より遣わされた慈悲の君。
こちらこそ、出来ることがあれば何なりと言うがいい。我らが名を喚べばすぐに駆けつけよう』
『ええ、私も出来る限りの事をしましょう』
微笑んでいる気配を残し、二人の精霊は消えていった。
「お嬢様?」
「うん? お礼を言ってただけだよ。
そう言えばお弁当もまだだった。せっかく温泉が出来たし、身体も冷えちゃったから一風呂浴びてお弁当にしようか」
出来立て温泉にダビデを誘い、美味しいご飯に舌鼓を打つ。下水処理についても、オフェーリアが処理に特化した生き物をくれる事になった。ついでに処理しきれないものに関しては、イフリートが消し炭にするらしい。
今日は随分収穫があったなぁと思いながら、夕焼けの中リベルタに向かう。外壁に近づいた所で待ち構えていた冒険者に捕まり、クルバさんが呼んでいると伝えられた。何事だろうと思いながらも、クルバさんの要請に応じ、冒険者ギルドを目指した。
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