194.箸休めー神の掌(たなごころ)
「やった! とうとうやりやがった!!」
満面の笑みを浮かべ、手を叩き、喜ぶメントレの声が部屋に響いた。目の前にあるのはモニター。そこには二人の客人が写っていた。
「やった! 流石、ハルト!!」
そんなメントレの周囲を飛び回りつつ、クスリカが歓声をあげる。
「ユリさん、立派になって…………」
もう一人の思念体ハロは冷静に画面を見つめ続けている。
「何が立派になって、だよぅ。ボクのハルトがやったんだ!! とうとう管理者様の願いを果たして、あのオバサンの出現点のひとつを潰したんだよ!!
どうなることかと思ったけれど、これで安心だ。あとひとつ潰せばまた二年の猶予が出来る!!
ハロのところの転生者を上手く使えば、四ヶ所の消滅なんて簡単な事だよ!!」
ヒャッホーと飛び回る同僚にハロはため息をついた。
「クスリカ、今回の噴出点の消滅はユリさん……いえ、リベルタの女王であるリュスティーナの慈悲にすがっただけ。そんなに簡単にはいきません。リベルタの女王を取り巻く環境はとてもシビアだもの。これからどうなるかだって分からないわ」
同僚を窘めるハロの顔には憂いが色濃く浮いていた。そんなハロをムッとした表情で見つめると、クスリカはそんなことはないと管理者に絡み付き、喜びを共有しようとする。
「クスリカ、少し落ち着け。
ハロよ、お前は随分ユリに引きずられているな。
何を憂いる?
支配者として片鱗を見せ始めたユリに、世界を救うと約束した勇者が膝を屈した。
何故それで憂いる事がある?」
「あまりに急激な変化は、ユリさんの負担になります。どこかで無理が出なければいいのですが」
「それを耐えられるのが、支配者たる者の支配者たる条件だ」
「耐えられたとしても、その心には、身体には、負担が蓄積されていきます。管理者様はユリさんに、運命にも思考にも影響を及ぼさないと約束されました。ですがこれでは、他に選択肢がなかったのではありませんか?
どんなにユリさんが管理者様の思惑から離れようとも、管理者様は周囲の状況を変化させ、神の望む結果になるよう迫り続けました。違いますか?」
神と呼ばれる者達は、地上に力を及ぼす事を制限されている。だが、管理者としての力を持つメントレであれば、風がさざ波を作るがごとく、時さえかければ行使を許されている小さな力で望む状況を作り出すことが出来るだろう。何より今回は、神々の協定や自身に課したルールすら破ることを厭っていない。ハロの知らない所で何をやっているか分からなかった。
「ハロ! 神様に何を言うんだよ!」
「ご無礼は承知の上です。
ですが我々思念体は、あの時のお客人達の為に作り出されたモノ。ひとりひとりが各人に最適化された助言者。
クスリカ、貴女だってハルトの為を思い、ハルトの為だけに行動している。私もそうよ。私はユリさんの為に作り出された。神の力の一部を分け与えられた思念体。
私達はただ担当となった魂の為に存在するのです。我が父たる管理者様、偉大なる調律神メントレ様、どうかお答えください。
貴方様はユリさんを……いえ、異世界から招き入れたお客人の魂達をどうなさるおつもりなのですか?」
雰囲気を変え何処までも静かに詰め寄るハロに、クスリカは何も言えず困惑の表情を浮かべている。喜びの表情を消し、ハロを見つめるメントレの瞳にはどんな感情も浮かんではいなかった。
見詰め合う二人の緊張が高まっていく。それを感じたクスリカはそっと距離を空けた。
「くっ…………くくく。これは参った」
しばらくハロに無言の圧をかけていたメントレは、堪えきれないと言うように笑い出した。
「メントレ様?」
「お前の成長は著しいな。まさか俺に面と向かって噛みつく思念体が出るとは思わなかったぞ。命が要らないと見えるな、思念体86号」
一瞬で不快げな表情となりハロを睨み付けるメントレだったが、それを見てもハロが怯むことはなかった。
「消滅は覚悟しております。
それでもこれだけはお伺いせねばならないと思いました。どうかご返答を」
ふわりと浮いたまま頭を下げるハロに、メントレは小さく舌打ちをした。その明確な苛立ちを感じて、ハロ以外の思念体達が怯え身を竦めた。
「……お前もユリもどうしてそう頑固なんだ」
しばらくして自身の激情を逃がすために深く息を吐きながらメントレは問いかけた。ハロはその問いかけに答えることはなくまっすぐにメントレを見詰めている。
「……今回貸し出された魂達は、階を登り続けた者達だ。その中でも見処のある連中にチートと認定される能力を授けた。
力に溺れ堕落するか、その力を有効に使うか、与えられた力すら己の養分とし、更なる高みを目指すか……。
それは各自の選択次第」
メントレの神としての言葉だと本能的に感じたハロは一言も聞き逃すまいと集中を高める。それは他の思念体達も同様で、瞳はモニターを見ていても意識の全てはメントレの発する言葉に向けられていた。
「せっかくの極上の魂達だ。このまま魂が廻る海へと還すのは惜しかろう。一部は十分俺の部下となり得る魂だぞ。
我々は長き時を過ごしすぎた。己が産み出した世界であれ、生命であれ、全てに興味を失い始めている。それがミセルコルディアが俺の世界に混ざった根本的理由だ。恋情や元の世界が壊れかけたのが理由ではない。
暇潰し。それで双方の世界にどれだけの被害が出たか分かるか? 俺の世界におとなしく組み込まれるならばまだ救ってやることも出来た。だが、あのアバズレはそれを望まなかった。つまらないから嫌だと抜かしやがった。
影響を受けたのは、ユリやハルトの世界だけじゃない。その他の連中が行った世界だとてそうだ。俺の管理する多くの世界は、それぞれに問題を抱え、不安定なものとなった」
「管理者様?」
言葉に熱が入り自身の思考に没頭しかけたメントレを呼び戻す為にハロはあえて管理者と呼び掛ける。
「管理者……管理者か。ああ、俺は管理するだけのモノだ。産み出し、管理し、そして時が来たら滅ぼす。いや、滅びの道を歩く世界を管理する。
だかな、どんなに興味を失ったとはいえ、俺が1から作り、調和を望み、成長を望み、幸せになれと寿いだ世界だぞ!?
それを……、それを事もあろうに暇潰しで壊されてみろ!!
俺に対する恋情、アホか!?
俺の世界の愚か者が女神を呼び込んだ、何処のマヌケだ!?
第一、そう仕向けたのは誰だ!?
全てはあの消滅願望の塊である女神の仕業であろうがっ!! 死ぬなら勝手に滅びろ!! 俺を巻き込むな!! まったく! 俺の関知しないところで消滅すれば良かったものを!!
己が作り出した愛しい子らが、俺の世界に拉致されたから仕方なく混ざった!? 責任をとれ!?
馬鹿なことを言うな! お前が送り出したのだろうがッ!! たかが一介の生物が、神の領域である異世界召喚など行えるものかッ!!
俺の世界とお前の世界は本来、混ざることがない。水と油よりも更に遠い、共通項さえなき世界だった!! 無理に混ぜれば、歪むことくらい分かっていただろうが!!」
メントレが言葉を紡ぐ度に、漏れ出た力の一部が暴力となり吹き荒れる。メントレの前に設置してあった巨大モニターが割れ、硝子片が風に舞う。竜巻にも似た暴風に巻き込まれて次々と思念体達が宙へと放り出された。
顔を庇い風に逆らうハロのすぐ横をクスリカが飛ばされてくる。ハロはとっさに手を差し伸べて抱き合うように管理者の暴走に耐えた。
ひとしきり硝子を巻き込んだ暴風が吹き荒れ、神の雷が周囲を舐める。ようやくメントレが落ち着いた頃には、残っている無事なモニターは無かった。
疲れたのか、メントレは自身の力を振るい一人掛けの椅子を出し倒れ込むように座る。
「神様?」
ボロボロになりながらも耐えきったクスリカが恐る恐る声をかけた。クスリカにしろ、ハロにしろ、身に纏う衣は裂け、髪には硝子片が絡み付いていた。
「例え約定を違えても。
例え客人に恨まれようとも。
もう後戻りは出来ない。
千年に渡り一度も果たされなかった分離が初めて成された。
自暴自棄になり、異界の神達がハマった暇潰しに手を出した怪我の功名だな。まったく、忌々しい」
「メントレ様?」
顔を両手で覆い、呻く様に喋り続けるメントレを心配し、ハロは名を呼んだ。
「思念体86号、思念体6号」
「はい」
「なに? 神様」
「お前達の担当した魂達には苦労をかける」
「え、神様、まだハルトになにかさせる気?」
「6号はもう少し頭を使え。
勇者が……ハルトが境界の森の噴出点を四ヶ所も解放すれば、世界がそれに気がつかないはずがないだろう。そうすれば世界中から、無理にでも戦い続けることを望まれるだろう。現在において世界が知る、噴出点を消滅させうる人材は勇者ハルトだけだ。生涯、勇者は平和を望めまい。戦いに明け暮れ、勇者の周囲の人材もまた、血に塗れる人生となろう」
酷いよ! と叫び怒り悲しむクスリカを見てメントレは苦く笑った。その未来も予想していたハロはただ悲しげに嘆くクスリカを見詰めていた。
「思念体86号」
「はい」
「お前の担当した魂との約定を、俺は果たす気がなかった」
わざと偽悪的に唇を吊り上げて嘲笑うメントレを見たまま、ハロは続きを待った。
「嘆かんのか? 責めんのか? 今ならどんな暴言も赦してやろう」
「……最初はメントレ様も、ユリさんとの約束を果たされる気だったのは知っています。いつからメントレ様が、管理者としての役目を優先されて、神々が一度誓った約束を破る覚悟をお決めになったから存じません。
ですが破りたくなかったのでしょう? 顔に出ておいでです」
にっこりと笑ってそう言われた瞬間、メントレの表情が崩れた。泣きそうな、苦しそうな表情になったが誤魔化す様に下を向く。
「まあな。神が己の口で約したものだ。しかも相手は己よりも下位の弱き魂。しかもお客人だ。誠実に対応し続けたかった」
「後悔で弱っている様に装っても事実は変わりません。貴方は神でありながら、私との約束を破って己の欲の為に利用したんです。この落とし前、どうつけてくれる気ですか」
ハロは優しく微笑んでいたにも関わらず、突然、どこか懐かしい口調になり、メントレを冷たく断罪した。予想外の反応に、メントレとクスリカは絶句している。
「今のリュスティーナ陛下なら、きっとこう言うでしょうね」
破れた服のまま肩をすくめる小さな妖精は苦笑していた。
「メントレ様、それが神としての判断ならば、きっとユリさんは支配者としては理解してくれます。許してくれるかは分からないですけど」
「許されようとは思っていない。だが補償はしよう」
「中途半端な補償じゃ納得してもらえませんよ? なんたって耐えに耐えた訓練が無駄になったようなものなんですから」
「ふん、たかが思念体に言われるまでもない。十分過ぎるほど報いてやる」
「ハロの所の魂ばっかりズルイ!!」
ようやくいつもの表情に戻り始めたメントレに、クスリカが噛みついた。ユリへ補償をするならば、ハルトも優遇しろと話すクスリカの声を聞き流しメントレは笑う。いたずらを思い付いた子供の様にも、マフィアの様にも見える笑みを浮かべ、己で破壊した空間を急速に直していく。
「さて……お客人……いや、俺の希望たるリベルタの女王よ。そなたの道は俺が照らそう。
我、調律神にして至高神たるメントレの名において、リュスティーナ・ゼラフィネス・イティネラートル・ユリ・タカハシに祝福を。
そなたは希望。
そなたは光。
そなたの苦難多き道のりを我・メントレは祝福する。
我が血肉を使い形創った娘よ。我が力の片鱗を注ぎし魂よ。
俺に変わり、どうか世界を救ってくれ」
「カッコつけてるところ悪いんですが、管理者様、それ、ユリさんに直接言ったらどうですか?」(ハロ)
「……無理だな。下手に言えば、むくれたユリが動かなくなる可能性がある。ま、今まで通りやるさ」(メントレ)
そんなやり取りがこの後あったりなかったり……。
さて、それはそれとして、活動報告にて「200話記念SSネタ募集」をしています。
【現在頂いたネタ】
マル視点「高橋有里の日常」 (3票)
アンナ&ケビン、もしくはニッキー&マリアンヌ視点「デュシスのその後」
神様関係者or転生者視点「最高ポイントGETだぜ!」
主人公or三人称神視点「もふもふ祭だ!」(ジルチビッ子&ダビデ話) (2票)
ティナ両親の出会い「ツンデレ誕生!」
ジル夫妻&周囲の人々「子が生まれたら捧げよう!」
リクエストが多いものか、興が乗ったものを(多分)一本だけ書きます。予定は未定。
次話195話投稿の瞬間までリクエストを受け付けております。よろしければご参加くださいませ。




