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193.神なんて、ろくなもんじゃねぇ

 森の切れ目から飛び出してきたフードの人影は、待ち構えていた私たちに驚いたようだ。動揺したように抜き身の武器を向ける。


 その顔を見て私は騎士達の間をすり抜け、人影に駆け寄る。後ろでアルフレッドが叫んでいるけれど、今は無視だ。というか、あんたはここで何してんのよ!!


 駆け寄る勢いそのままに、身構える人影にラリアットをかけた。クリーンヒットしたのは手応えで分かる。


「ブッ!」


 息を吐いて仰向けに倒れ伏す人影を追って、数頭の狼達が飛び出してきた。


「陛下!? 何故、こちらに」


 敏捷度で落ちる熊が重低音をたてて、こちらに向かってきているのも見える。うーん、このメンツから逃げ切ってここまで辿り着いたのか。なかなかやるじゃないか。


「ちょっと気晴らしに」


 全力で走ってきたのか、ヘッヘッヘッと舌を垂らし疲労を滲ませるフォルクマー達に答えた。種族進化を果たした騎士達はもれなく完全獣化のスキルを得ていた。森での移動はこちらの方が便利だと、装備を収納するアイテムを支給されたメンバー達は、本気の追跡劇をするときには獣となる。


 熊、エッカルトも合流したところで、疲労と痛みで転げ回っている人影に視線を戻した。


「何やってんのよ! このバカ勇者!!」


 怒鳴りつけた私を転げ回った拍子にフードが外れ、素顔を晒した勇者ハルトが見上げた。


「ババア……」


「無礼者!!」


 うめき声に近い声音で私を呼んだハルトに、即座にフォルクマーがキレた。同行していたエッカルトさんや騎士達もそれぞれの方法で威嚇している。


「陛下、こやつをご存じなのですか?」


 狼達に踏みつけられ、護衛の騎士に武器を向けられたハルトの事を尋ねられた。肉球で踏まれるのは少し羨ましいかも……。そんなバカな事を考える。


 いつの間にかハルトの手から武器がなくなっており、少し離れた地面に転がっていた。誰かが蹴飛ばしたんだろう。


「彼は勇者ハルト。元戦友で同郷よ。

 ハルト、暴れないなら放すように言うけど、どうする?」


「ババア、お前、王になったって本気だったのかよ」


「とりあえず、私をババアと呼ぶのをやめなさい。命は惜しいでしょ?」


 ハルトが私をババアと呼ぶ度に、周りの空気が凍っていく。


「分かった。ティナだったか?」


「リュスティーナ陛下です。勇者殿」


 私に名前を確認してきたハルトを冷たく睨んでアルフレッドが答えた。


「お前、アルだったよな。せっかく解放されたのにまだ一緒にいたのか? お前、確か貴族に戻ったはずだろう」


 二年前の記憶を甦らせたらしいハルトがアルフレッドに問いかけている。


「確かに私は混沌都市の騎士爵を頂いておりますが、それ以前に我が君に忠義を尽くすもの。我が君さえお許し下さるのならば、喜んで今一度奴隷に戻りましょう」


 あー……まだ騎士爵ではあるのね? さっぱり帰らないし、騎士爵としての仕事をしている雰囲気もないから返上したのかと気になってたんだわ。


「我が身の事などよいのです。

 それよりも勇者ハルト殿。陛下と同郷のよしみがあれど、貴方の無礼は許しがたい。国が定めた禁足地に足を踏み入れ、支配者に暴言を吐く。問答無用で処分されても文句は言えません。

 謝罪を。さもなくば陛下にお仕えする宰相としての行動をとらせて頂きます」


「……悪かった」


 地面に倒され拘束されたままハルトは謝罪する。


「足りません。何が悪かったのか、自分はどうすべきだったのか、きちんと言葉にして頂きましょうか」


 助けを求める様に一瞬私に視線を向けたハルトは、拘束された手足を強く圧迫されて低く呻く。回答を再度促され、しぶしぶという雰囲気で話し出した。


「リベルタの定めた法を守らなくて悪かった。

 禁足地に足を踏み入れるべきではなかった。

 許可を求めるべきだった。

 それと……」


「それと?」


「お前達の大事な陛下をババアと呼んで悪かった。立場のある相手に呼び掛ける言葉ではなかった」


 ハルトがそう話すと、取り囲んでいた護衛達が離れた。うーん、まだ怒ってるなぁ。事実だから別にいいのに。


「……陛下、いかが致しますか?」


 ひとしきりハルトを責めてようやく満足したらしいアルフレッドに問いかけられた。ハルトは立ち上がる事を許されはせず、あぐらをかいて憮然としている。


「どうしてこんなことを?」


 なんだってまた、ひとりでこんな所にいるんだか。ハーレムの子達はどこにいったのさ。この二年で別れたのか?


「……クスリカからの依頼だ。俺達をここに送り込んだヤツからの命令でもある。俺はそれに逆らえない。弱味を握られてるからな」


 一瞬だけ荒んだ目の色になった気がするのは、きっと気のせいではないだろう。世界を救う勇者に自分からなった移転者に、いったい何があったのだろう。


「みんな、少し離れて。声が聞こえない所まで下がりなさい」


 私たちをここに送り込んだ相手はひとりだ。他の人達に聞かれていい話ではないだろう。


「陛下?」


「下がりなさい。さもないと、貴方達を置いたまま勇者を連れて移転するわよ?」


 心配するみんなを脅し半分に追い払った。ハルトの聖剣は、エッカルトが回収して遠くに離れる。


 風の魔法を使って声が届かないように工夫し、ハルトに目配せをする。


「……大丈夫ってことか?」


「うん。多分ね。読唇術を使われると危険だから、日本語で話そう。何があったの?」


 久々に日本語で話す。もう忘れたかと一瞬心配したけれど、問題なく話せて安心した。


「ケーラとミレースが死んだのは覚えてるか?」


 無言で頷く私にハルトが続ける。


「あの時、初めて俺はここに俺達を送り込んだ()に出会った。神は言った。もしも俺が役目を果たすなら、ケーラ達を戻してやると。俺はそれを受けた」


 ん? チョイ悪おやじなのにシリアスだ。しかも復活ってこの世界ではNGだろう。何をやっているのか。それとも別の神様なのか?


「ババアは結局神殿に行かなかったんだってな。クスリカから神が困っていたと聞いた。

 それでお前のダビデを使いにして渡したかった物を届けたが、今度はマトモに見ようともせずに倉庫に仕舞い込んだんだって?」


「個人情報、駄々もれだね。それが事実だとしても、ハルトに何の関係があるのさ」


「今、俺のパーティーメンバーはリベルタの街で俺を待っている。四人全員でな。だがこのままだとあと一年もしないうちに、また二人になる。あの時はこんなことになるとは思わなかった。神の提案だ。勝算があると思った。けど……神なんて、ろくなもんじゃねぇな」


 苦悩を滲ませて話されるが、話が飛び過ぎていて理解できない。


「ごめん、もう少し分かりやすく」


「メントレは俺に取引を持ちかけた。熊野郎に持ち去られた俺の聖剣には、この世界と魔族の世界を別ける能力がある。

 三年以内に二ヶ所。五年以内に四ヶ所、邪気の噴出点を潰せたら二人は正式にこの世界に戻ってこられる。今のケーラ達の命は仮初めだ。俺が諦めたらすぐに死体に戻る。諦めなくても時間切れになればそれで終わりだ」


「ちょっと、何よ、それ。そんな取引……本当にちょいワルおやじが持ちかけたの? 悪魔かなんかに騙されてない?」


「その当時は天の助けだと思った。飛び付いたよ。そして手付けかわりだと、ケーラとミレースは俺たちの所に戻ってきた」


 長く悩んで苦しんだのが分かる表情をハルトは浮かべている。


「だが俺の実力では噴出点を不活性化し、消滅させることが出来なかった。ステファニー達も共に戦うと話してくれたし、実際に手伝ってもくれた。でも、危ない戦いに自分の彼女達を巻き込めるかよ。

 二年が過ぎて消滅させた所はない。このままじゃ、一年以内に二人はまた死ぬ。

 そんな時だったよ。久々にクスリカが遣わされてきた」


 自分の唇を噛むハルトの拳は力が入りすぎて真っ白だ。血を流すかと内心心配しながら続きを聞く。


「ここをせっかく不活性化したのに、ババアは消滅させなかった。お前も神に何か寄越されたんだろう?

 それを鑑定することもせずに放り込んだから、俺に声がかかった。今度の提案が神の最後の慈悲だとよ」


「なんだってそんな面倒な事を」


 オーナメントも出たんだし、直接言ってくればいいのに。ハロさん辺りから頼まれれば、私だって動いたよ。


「クスリカの話じゃ、ババアとメントレは何か約束をしているから、神はババアの行動に口出し出来ないとよ」


 ……あー、あれか? 転生と言うか、訓練の時に確認した私の人生に不干渉、そして思考も誘導しないってヤツを守っているってことか?

 妙なところで律儀だなぁ。


「心当たりあるのか。

 それで、女王陛下に頼みがある」


 居ずまいを正してハルトは私の顔を見る。


「何?」


 少し警戒しながら先を促した。


「陛下が不活性化させた噴出点を俺が消滅させる許可が欲しい。それで1ヶ所と認められる。こっそりやるつもりだったけど、思ったよりも警戒が厳しかった。

 苦労したのは陛下だ。それをかっさらう様で悪いが、もう時間がないんだ。頼む」


「噴出点が消えるなら願ったり叶ったりだけど、それって勇者がこの地の解放者になるの? それだと少し不味いんだけど。

 ちょっと待ってね。アルフレッドを呼ぶから」


 対外的にどうなるのかを確認したくて、アルフレッドを手招いた。すぐに近づいてくるアルフレッドに、勇者がここの噴出点を消滅させた場合の事を聞く。


「完全に噴出点を消滅させる事が出来るとは、流石、神に認められた勇者と申すべきですね。

 他国への影響ですが……おそらくこの地の所有権については争いになるかと。ハルト殿にその気がなくとも、他国にハルト殿が与すればそれだけでリベルタへの権利を主張出来ます。避けるべきかと」


 冷静に断るべきと進言するアルフレッドをハルトは怒りの表情で見つめていた。アルフレッドの意思は変わらないようで、拒絶するかの如く首を緩く振る。


「勇者ハルト」


 ひとつ提案をしようと私も背筋を伸ばした。私の声が変わったのを感じて、アルフレッドが臣下の礼をとる。


「勇者よ、(わたくし)に膝を屈しなさい。私の牙のひとつとなるならば、貴方の望みを叶えましょう」


「おい! ふざけんな! どこのラスボスの台詞だよ!!」


 慈悲深い微笑みを浮かべながら口に出した提案は、即座に突っ込まれた。いや、世界の半分をあげるって言ってないから、ラスボスじゃないよー。


「陛下の慈悲を無にする気ですか?」


 臣下の礼をとったまま、アルフレッドがハルトに問いかけている。身振りで黙らせて、ハルトに話しかけた。


「ごめん、ちょっと気合いが入りすぎた。

 他の国に与するのが危険なら、リベルタに与して貰おうかなと思ってね。それに、まだオフレコなんだけど、リベルタの安全を担保する為に、両隣の境界の森も不活性化させる予定なのよ」


「は? マジ、か?」


「うん、マジ、マジ。本気。これでも軍部、あーっと獣人の国の赤鱗騎士団が元になってる集団なんだけどさ、そこにはもう話を通してあるの。

 三年で二ヶ所、五年で四ヶ所。その内三ヶ所がリベルタとその周辺で満たされるのよ。勇者さえ首を縦に振れば……だけどね?」


 あら、疑ってるねぇ。一応、ハルトも成長してるのか。


「今はケトラって隣国との戦闘中だから大規模な騎士団の派遣は出来ないけど、各自訓練とレベリングはしてもらってる。その内、両サイドの境界の森との境に砦を作って、騎士団の一部を常駐させる予定なんだ。そこを足掛かりに攻略をする。もちろんハルトも戦ってもらうよ? 先陣切って突っ込んで貰うことになりそうな気はしてるから、そのつもりで考えて欲しい。

 ねえ、ハルト。私は同郷の年長者として、ハルトに不幸になって欲しくない。でも私の国を危険に晒す気もない。さっきの話からして、倉庫に放り込んだアイテムさえあれば、私もハルトと同じ事が出来るんだよね?」


「ババ……陛下」


 うっかり私をババアと呼びそうになって、慌てて言い換える。


「ついでに今なら、味噌と醤油と、スプリングの効いたベッドと水洗トイレと温泉もつける」


「は?」


「衣食住とは言わない。味噌と醤油と出汁と、ベッドとトイレと温泉だけ」


「増えてる……」


「陛下、増えております」


 ダブルでツッコミをいただきました!

 いや、そうじゃなくて。


「カタログにあった豪華な隠れ家は覚えてる? 私はそれをGETしてきた。だから、その隠れ家にハルトと仲間達の部屋を準備することが出来る。

 懐かしくない? 衛生的な日本の水回り。もし望むならランドリールームもあるよ」


 ゴクリとハルトの喉仏が動いた。ふふ、そうだよね。宿屋のベッドを考えてみると、雲泥の差だもんね。


「期間は?」


「何の?」


「俺が膝を屈する期間」


「永久就職」


「……くっ」


 あ、悩んでる。


「俺が戦うのは魔物とだけか?」


 ああ、気にしていたのはそれか。まあ、国所属になったら、国の命令にも従わなくちゃいけないからねぇ。


「陛下のご命令によりましょう」


 どう答えるかと悩んでいたら、淡々とアルフレッドが回答する。


「勇者殿はリベルタに膝を屈する訳ではない。あくまでも我が君に跪くのです。主君はリュスティーナ様です。陛下のお望みを叶える為に、貴方は勇者としての力を振るえばいい」


「あれ、宰相としてそれでいいの?」


 予想外のアルフレッドの反応に私が困惑してしまった。てっきり国の戦略兵器にするんだろうなって思っていたから、返答に困ったのに。


「我が君の心のままに。

 同郷人、それも年若き者を利用するのはお嫌でしょう?」


「ん、知ってんのか?」


「何人かには話したから。サラッとだけど」


 ハルトに確認されて、ジルさん達にだけは話した事を伝えた。まぁ、宰相がそう言ってくれているなら大丈夫かな?


「国の存亡の危機とかなら、人間との殺しあいにも出て貰うかも知れないけど、基本、境界の森の攻略に勤しんでてよ。それに一応、公にする前に、ギルドにも話を通しておかないとダメだし。イザベラの二の舞はごめんだよ」


 ドリルちゃんは私を抱え込もうとして墓穴を掘ったからねぇ。


「………………よろしくお願いします」


 人生の選択としては長いような短いような沈黙の後に、ハルトは私に頭を下げた。


「こちらこそよろしく。

 アルフレッド、オルランドは今日はリベルタにいるよね? 悪いんだけど、ハルトパーティーの子達を見つけておいて欲しいって伝えてくれる?」


 アルフレッドは承諾しておそらく誓約経由で命令している。私たちの方をチラチラと見つめていた赤鱗騎士団のメンバーを呼び集め、勇者が私の元に下り、境界の森攻略をすることになったと伝えた。


 エッカルトにハルトの剣を返す様に伝え、噴出点を消滅させるよう命じた。


 ハルトが聖剣を一閃するとそれまでどんな攻撃を受けてもびくともしなかった噴出点が、切り裂かれ消えた。


「「「おお」」」


 赤鱗騎士団員から感嘆の声が漏れる。


「さて、では帰ろうか。フォルクマー達はどうする? 街に戻るなら連れていくけど」


 一応の監視に数人残し、残ったメンバーを連れて街に戻った。


「お帰り、陛下」


 人探しには定評のあるオルランドが当然のように待っていた。近くにはハルトパーティーの子達がいる。数年たったけど、みんな変わりないね。


「ハルト様!」


「女王陛下! どうかお慈悲を!!」


「主様は悪ぅしません。わっちらを助ける為に」


 ハルトが同行していることに気がついて、一斉に喋り出す。


「みんな、大丈夫だ。俺はバ……リュスティーナ陛下に膝を屈することにした。落ち着いて聞いてくれ」


 驚きに目を見張るハルトパーティーに必死にハルトが説明している。


 さて、この隙に私も冒険者ギルドに連絡いれなきゃ。怒られるかなぁ……。






(C) 2016 るでゆん

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