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192.一大エンターテイメントを作りましょう

 うふふと色っぽい微笑みを浮かべながら、瞳には面白がる色を隠さないご婦人を見つめる。


 固まった私にもう一度ご婦人はパタパタと手を振りながら挨拶してきた。


「マダム? え、なんでここに?」


「第一声がそれなのかしら? あんなに仲良くしていたのに残念だわぁ」


「いやいや……」


「ほら、鍛治屋さんも何とかおっしゃいな」


 鍛治屋!? まさか……。


「久しぶりだな、嬢ちゃん」


 マダムに押し出されて居心地が悪そうにしているスミスさんを見つめた。いや、この人、デュシスはもとより、ゲリエでもかなり上位の鍛治屋さんじゃないの?

 よく他の国に出ることを許されたね?


「スミスさん!? いや、なんで。デュシスは大丈夫なんですか?」


 いきなりデュシスから鍛治屋誘拐で訴えられるとか嫌だよ?


「店は弟子に任せてきた」


「私のお店も他に譲ったの。心配無用よぅ」


 私の心配を知ってか知らずか、二人は平然としている。


「ティナ、落ち着け。いや、ダンにスミスのおっさんがいる時点で落ち着けって言うのが無理かも知れねぇが、とりあえず落ち着いてくれや」


 目を見開いて驚く私をジョンさんが宥めてくる。何度か深呼吸をして、席に座り直した。あーあ、一般の開業予定者達が動揺しちゃったし……。知ってたなら教えといてよね!


 八つ当たり気味に考えていたら、咳払いをしてアルフレッドが空気を変える。マダムやスミスさん以外にも数十人の開業希望者がいる。昔馴染みとの話は、あとにしよう。


「ここにいる者達が、リベルタで商店を開くことを希望しております。本日は陛下に許可を頂くため、ご挨拶をしたいとの申し出がありこの場をセッティングしました。商店の業種等はこちらに」


 オルランドが連れてきた内政官の一人が恭しく書類を差し出してきた。一応、アルフレッドからどんな業種が開業予定かは、報告を受けていたけれどもう一度目を通す。


 マダムは娼館。スミスさんは鍛治屋。ジョンさんは酒場。オルランドから話があった人達もそれぞれの業種で名前があった。


 食べ物、雑貨、焼き物、鋳物、薬問屋、宿屋……へぇ、結構バランスが良いじゃないか。

 おや、ひとつ変わったのがあるな。行商って……ああ、山羊のルフ君一家がやるのね。半魔の村と、ここを行ったり来たりするのか。これは国策として優遇していかなきゃな。安全が確保されるまでは、騎士団から護衛をつけるか。


「陛下?」


 報告よりも詳しく書いてある書類に見入ってしまった。こっそりアーサーさんの奴隷商館も名前を連ねていた。これは却下したいけど……、仕方ないか。


「こんなに多くの商人殿や職人の皆さんが、この地に来てくれるとは思わず、驚きました」


「ははぁ!」


 一斉に頭を下げられる。アルフレッドの目配せを受けて、予定通り優遇策を話す。


「今年一年、全ての税は免除します。最初にこの地に来てくださった貴方達については、商業地区の一区画をそれぞれ与えます。それより大きな店を開きたいものは、別途申請してください。

 職人さん達についても同じです。工房を作る場所は与えます。

 そして奴隷商館や歓楽街ですが……」


 国から土地が与えられると聞いて身を乗り出した人々を見つめた。


「歓楽街は範囲を決めます。酒場くらいでしたらその他に構えても構いませんが、同性、異性を問わずに快楽の為に奉仕する人員がいる店については制限をかけます。まだ申請は無いようですが、賭場に類するものにも同じように制限をかけるつもりです」


「それはどんなかしら?」


 この中でもっとも影響を受けるマダムが目を光らせている。


「詳しくは後程担当の者から説明がありますが、出店場所、営業時間、客引きの方法等です。それと従業員に関してもいくつかお願いがあります」


「へぇ、どんな?」


 マダム、恐いよ。迫力が……。


「私も身寄りのない未成年でしたから。他人事ではないのです。ですから少しだけお願いがあります。

 でもこれは歓楽街の人達にだけお知らせすれば良いですね。後程ゆっくりと話しましょう。

 他に何か質問はありますか?」


 強引に話を切って一般の開業希望者達に問いかけた。顔を見合わせる人達に詳しくは業種毎に担当者から説明をさせると退席させた。事務方が増えて良かったよ。


 残って貰ったのは歓楽街関係者だけだ。マダムとオルランドの部下に椅子を進める。今、娼館を開きたいと言ってきているのはこの二人だけだ。


「私はマダムがよろしいと言うならば、否やはございません。お任せ致します」


 オルランドの部下が早々に話し合いを放棄する。マダムとの打ち合わせは既に済んでいたらしく、当たり前の様に頭を下げて去っていった。


「あの店主、悪辣娘さんの知り合いなんですって?」


「ええ。混沌都市で少し。まさかここに店を出したいと言われるとは思わなかったので驚きましたけどね」


 オルランドとの打ち合わせ通りに回答する。


「欲がなくてびっくりする相手よね。王との直接交渉を他人に任せるなんてあり得ないわ」


「はは、本店は混沌都市にありますから、あくまでもこっちはついでのスタンスなんでしょう。それでマダム、本当にここに来ちゃって良かったんですか?」


 領主の義父が他国に出て良かったのかな。


「それね……。うーん、そうねぇ。最初に話しておこうかしら。隠すことでもないし……」


「?」


 珍しく歯切れの悪いマダムを見つめる。


「パトリックがイザベル様の夫として頂いたのは、陛下もご存じよね?」


「はい、そんな感じの話は聞いてます」


 内心はよくもまぁ、周りが認めたなと思ったけどさ。


「領主の夫の実家が女を商っていては、外聞が悪いのよ」


 いっそきっぱりと言い切ってマダムは肩を竦めた。外聞で済んだんだ。流石、異世界。


「だからパトリックの今後のことも考えて、デュシスのお店は全て他の者に譲ったの。ワタシがいては人々の記憶から、家業が消えないでしょ。だからデュシスを捨てることにしたの」


「え……」


 結構、イザベル様も難しい立場に置かれてるのよ、とあっけらかんと笑いながらマダムは私の反応を待っている。


「でも、なら、なんでまた、同じ家業を……」


「オレにはそれしか出来ないからな」


 いきなり男の口調に戻ったダンさんは、私の顔を見据えていた。


「パトリックの将来を考えれば、オレは隠居するのが一番だ。だがオレはまだ自分の夢を諦めたくない。だから心機一転この国にきた」


「そう、ですか。でも、ここで商いを大きくしたら、また問題になるのでは?」


「まあな。それは仕方ない。離れているから伝わらない事を祈ろう」


 ダンさんはあっさりと認めた。確かにどんなに大きなお店になっても、オランダの飾り窓みたいなお店の店主なら支配階級には受け入れられないだろうしなぁ……。


「うん、よし! ならダンさん、一緒にベガスを目指しましょう!」


「べがす?」


「ええ、カジノにショーガール! 一大エンターテイメント型歓楽街! 他国へも誇れる複合娯楽施設!! それがベガス! もちろんムフフなお店もあります! ご家族でも恋人同士でも、友人とでも楽しめる、そんなエンターテイメント街の顔役になりましょうよ!!」


 前世で一回行ってみたかったんだよ、ラスベガス!


 きっとマダムなら、異世界特性で黒に近いグレーになった街でも輝いてくれるだろう。そう、ギラギラと、真昼のように。


「え……ええ。そうね」


 私の勢いに押されて、ダンさんがまたマダムの口調に戻った。引き気味の反応を気にせず、記憶にあるベガスを話す。


「へえ。悪辣娘さんの国にはそんなところがあったのね」


「正しくは故郷じゃなくて別の国ですけど。スッゴイ有名だったんですよ」


「それなら二番煎じにならないかしら?」


「大丈夫です。海の渡った先の話ですし。それよりも、もしそうなったら大きな利権が動くと思いませんか? 国と手を組んで一大エンターテイメントをやってみませんか」


 リベルタの産業としても面白そうだしね。本気にアウトになったら介入するけど、基本放置で、マダムにお任せしちゃえば楽ができるだろうし。


「うふふ、悪辣娘さんったら乗せるのがお上手ね。いいわ、分かったわよ。やってみましょう」


「幸いな事に危険な分身の入りも多いから、あぶく銭を持つ冒険者も多いし、女性人口は少ないです。勝算はあるでしょう。もちろん、普通の娼館も開いてもらってOKですから。

 ただし、騙されてとか親に売られてなんかの従業員は出来るだけ排除してください。あんまりに私のボーダーラインを超えたら、国として介入せざるをえないので、そこだけはよろしくお願いします」


「あら、どうして排除しなくてはいけないのかしら? 食べていく最終手段として、私たちの所に娘を売る人達は多いわ。それに騙されてかどうかは知らないけれど、奴隷として堕ちてくるコもいるわよ」


「国としてのセーフティーネットも作りますが、もしもその境遇を望まず、這い上がりたいと思うなら、そのチャンスは常にあって欲しいのです。

『女なんだから、食べられないなら身を売れ』

 国民が周囲からそんな風に言われて、当たり前の様に、取り柄る選択肢を奪われて、仕方なく堕ちるような事にはなって欲しくないんです。多分、マダムに言わせれば、甘いって思われるんでしょうけど。おそらく大甘なんでしょうけど。

 それでも私は理想を掲げたい。しばらくは目標ってだけで、マダム達のお世話になることになりますが」


 確かに甘いわねぇとマダムは苦笑している。


「でもだからといって、職業選択の自由を妨げる気はないですから。本人が国のお世話になるくらいなら、働いた方がいい暮らしが出来るから、そもそもそれをやりたいからとマダム達のお店で働くなら、そこまで取り締まる気はないです」


 誤解があっちゃいけないと、慌てて補足説明をした。やりたくてとか、他に選択肢がなくてとか、本人の意思で職業を選択するなら、頑張れって応援するのが私の仕事だ。


「ふーん、そうね。最初はショーをしつつお店もやる形をとりながらになるけれど、それも楽しそうね。鍛治屋さんみたいに珍しい素材を求めて、熟練工が集まればそれを狙った集客も見込めるし。何より手付かずの市場よ。そこで新しい事を始める。……ふふ、腕が鳴るわね。

 分かったわ、女王陛下。

 そのベガス? とやらまで出来るかは分からないけれど、このマダム・バタフライ。この国で心機一転、一大エンターテイメント街を築いてみせようじゃないの」


 軌道に乗るまでは大変そうだけど、楽しそうだと艶然と微笑んだマダムは今後も相談に乗って欲しいと話し帰っていった。







 ケトラ本国からの接触がないままに、時間が過ぎていく。あれだけの兵士を捕らえれば、解放交渉位仕掛けてくると思ったけれど、なしのつぶてだ。


 捕虜さん達は最初こそ混乱はあったが、大人しくしていれば虐待もされず食料も寝床も支給されると分かってからは大人しくなった。元気なおっさんは少ししごかれたらしいが、まぁ、それは致し方なし。最近は自制の効いた元気さらしい。


「陛下! 失礼致します!!」


 国の運営で忙しいけれど、それ以外は平和だなぁと日々を暮らしていたある日、私の執務室兼謁見室にひとりの騎士が飛び込んできた。


「無礼な!」


 一緒に仕事をしていたアルフレッドが叱責を飛ばす。


「申し訳ございません! ですが火急の用件につきご容赦を!!」


 ザッと金属音を鳴らしつつ跪いた騎士は私の許可を求めて深々と頭を下げた。


「構わないわ。報告を。ケトラに動きでもあったの?」


「いえ! 冒険者が1人、禁足地に向かったとの由です」


「禁足地?」


 どこだ、そりゃ。


「邪気の噴出点です」


 私の表情を見たアルフレッドが補足してくれる。あー……そう言えば、また活性化すると危険だし、立ち入り禁止区域に指定して監視をつけるって話をしていたっけか。騎士団に監視は任せていたからすっかり頭から抜けてたわ。


「万一、魔族やそれに類する者でしたら、邪気の噴出点を強制的に活性化させることもできるやもしれません。警戒のため、団長フォルクマー及び種族進化を果たした精鋭で追ってはおります。問題なく捕縛出来るとは思われますが、一応、陛下にもご報告申し上げるように指示を受けました」


「ご苦労様。それでフォルクマーが出発したのはいつ?」


「森の警戒中に向かいましたので、既に半刻はたっております」


「そう。急いできたのでしょう。報告は聞きました。貴方は少し休みなさい」


 隠そうとしているけれど肩で息をする騎士に休息をとるように指示した。気分転換に行ってみますかね。


「私はちょっと行ってくるけど、アルフレッドはどうする?」


 オススメシリーズのローブを捌いて立ち上がりながらアルフレッドに問いかけた。


「ご一緒いたします」


「防具もなしじゃキツくない?」


 今のアルフレッドは普段着だ。いくら不活性化したとは言え、噴出点に向かうには不向きだろう。


「このままでも一撃のみでしたら、止められますので」


 問題ないと微笑むアルフレッドの表情を見て、頭痛がしてきた。こめかみを揉んで気を紛らわす。

 それはなにか? 肉壁的な意味でか?


「着替えてらっしゃい。待ってるから」


「ですがお急ぎでは?」


「フォルクマーも動いてるし、ただの冒険者なら問題ないでしょ。ほとんど、ただの気晴らしだもん。問題ないよ。ほら、さっさと着替えてくる。置いていくよ?」


 急いで防具を身に付けてきたアルフレッドと共に、隠れ家を出て移転する。護衛の騎士も同行したいと希望したから連れてきた。


「……変わりないね」


 目の前には不活性化した邪気の噴出点がある。


「誰かが来た形跡もございません」


 周囲を確認していたアルフレッドから報告を受けた。


「陛下」


 護衛の一人が私に呼び掛ける。


「誰かこちらに向かってきます。少し遅れて我々狼獣人達の匂いも致します」


 獣相化した騎士は風の匂いを嗅ぐように鼻をピクつかせている。耳もひとつの方向を向いているから、おそらく足音も聞こえているのだろう。


 護衛の騎士達が私を庇うように並んだ。武器を抜き即戦闘に入れるように身構える。


 私の耳にも草や枯れ枝を踏み分ける音が聞こえてきた所で、アルフレッドが盾を構えた。


 ――――さあ、鬼が出るか、蛇が出るか。


 警戒した視線が森の一点に注がれた。





(C)2017るでゆん

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