191.試金石
マイケルさんを口説き落とした所で、赤鱗騎士団が戻ったと報告を受けた。捕虜の数は400名を超えているから、今後の扱いも含めて指示が欲しいと言われる。
「ではティナ、私はこれで」
「はい。学校建設も急ぎますけど、しばらくは青空教室になるかも知れません。マイケルさんの寝泊まりする所は、隠れ家に準備することも出来ますけど、本当に外でいいんですか?」
「ええ、私はジョン達と共にいます。では、これからよろしくお願いします。女王陛下」
挨拶をして去っていくマイケルさんを見送ってから護衛を引き連れて、上に向かった。
「女王陛下の御成りである!!」
私が近づくと同時に、赤鱗騎士団から捕虜に声がかけられた。アルフレッドを背後に従えて、武器を向けられたまま強制的に頭を下げさせられている人々の前に立つ。
「フォルクマー、ご苦労でした」
先頭にいるフォルクマーに最初に声をかけた。短く返事をするフォルクマーに頷き、結果に満足している事を伝える。
ここに来る前にアルフレッドから、大きな怪我人もなく無事に防衛戦が終わったことは聞かされていた。
「この者達が侵略者でございます」
フォルクマーに示された捕虜達は、怯えた様に顔を伏せ、必死に私と視線を合わせないようにしている。
「……代表者は?」
「エウジェニロ伯爵でございましたが、戦死しております。同じく副官も死亡」
おや、トップ二人は死んだのか。捕まえてくれれば良かったんだけど、やっぱり虜囚の辱しめを受けるよりは……とか、貴族のプライドだったのかな?
「そう、残念です」
「申し訳ございません」
呟く私にフォルクマーが頭を下げる。
「いえ、貴殿方が最善を尽くしてくれたのは知っています。皆に大きな怪我もなく、戻ってくれたのが私は嬉しく思います。その二人は仕方がなかったのでしょう」
「……仕方ないだとッ! このっ!!」
前の方にいた捕虜の一人が顔をあげて怒鳴る。すかさず赤鱗の騎士が近寄り、剣の鞘で殴り付けた。
蹲り、頭を庇う捕虜を足蹴にしている騎士を止める。少し離れるように仕草で指示しながら、うめきながら身体を起こした捕虜に問いかけた。
「何?」
「っ?!」
「言いたいことがあったんでしょ?
何?」
薄汚れたおっさんが私の顔を見て驚いている。喉仏が一度大きく動いて、震える声で話し始めた。
「亜人を率いる小娘がっ!
お前がこの狂犬どもの主人かよ。よくも伯爵を殺したな。戦の相手に対する敬意も払えぬ狂人を、認める者がいると思うな!!
殺すなら、殺せ!!」
何を言っているんだろう?
キョトンとした私に、更に捕虜が暴言を吐いた。我慢しきれないと言うように、さっき蹴っていた騎士が近づいて捕虜に剣を向ける。
「はは、東の狂信者どもが何故ここに来たのかは知らん。そこの小娘のナニが良くて、膝を屈したのかも分からん。
だか、忘れるなよ!
ここは我々に人間の土地だ!
お前らなんぞの生きる場所ではない。今回は負けたが、次に我々の味方が来たとき、血泥の中に倒れるのはお前達だ!!」
「陛下! この無礼者を断ずる許可を!!」
殺したいと訴える騎士に首を振る。アルフレッドは何とか我慢しているみたいだ。
「何故でございますか!!」
「どうしても。
ところでその人が今、貴方達の代表者ってことでいいの?
それ以上の立場の人はいない? なら交渉相手はその人になるんだけど」
怯える捕虜達に問いかけたら、別の随分と若い兵士が周りから小突かれて手を上げた。
「わたっ! わたしがっ、生き残った者達の中でっは……最じょ、い、です。チチは男爵でございます」
「へえ……」
「ただ家族も養えぬ寒村しか持たぬ身の四男ですので、貴族と言っても形だけです。人質の価値が無くて申し訳ございません!!」
カタカタを震える兵士を見つめる。いや、そんなに怯えなくても。可哀想なことしている気分になるな。おっさんと足して二で割ったらちょうどいいんじゃないかな。
「そんなケツの穴のちっせい鼻垂れ小僧に何が決められるかよ! ほれ、殺すなら俺から殺せ」
ほらね。このおっさんはうるさい。
「おっさんは少し黙って」
「おっさん!? おい……」
「黙れ!」
おっさんをおっさん呼ばわりしたら、怒られた。私に直接話すおっさんに我慢しきれなくなった騎士さんが鞘で強烈に殴打して黙らせる。
それ以上は暴力を振るわないようにと釘を刺して若い兵士に向き直る。
「ヒッ……」
目があった途端に悲鳴を押し殺されると、結構傷つくわ。
「……私の国では、捕虜の扱いについて法で定めようと思います。出来れば多くの国にその扱いが広まって欲しいと望んでいますが、今はまだ貴方達で試す段階です。
信じられないとは思いますが、逆らわなければ無体な事をするつもりはありません。大人しくしていてください」
「……無体な」
「生きていられるのか」
「だが、ゆっくりと使い潰されるだけでは」
ひそひそと話す周りの捕虜を見回す。奥の方にいる明らかに村人っぽい捕虜は何だろう? 戦時徴用かしら。
「食料は通常の7割で配給します。事情聴取が終わったら強制労働をして貰いますが、積極的に殺しにいくような扱いはさせません。
逃走や反逆は許しませんが、大人しくしていれば命の保証はしましょう」
優しすぎるとアルフレッドからは難色を示されたけれど、この人達は試金石だ。せいぜい丁寧に扱って、リベルタの捕虜の扱いの前例となってもらおう。
「…………おい」
「…………ああ、他に選択肢もない」
捕虜達は私の提案を受け入れてくれたみたいだ。良かった。
直接お世話をすることになる赤鱗騎士団には、後からしっかり釘を刺しておかなきゃな。
武装解除の上、尋問を待つ間、彼らが住むことになる場所を作らせることになっている。今はまだ余裕があるから、外壁の中に捕虜収容区画を作る事になった。危険だし、壁の外に隔離したいと話すアルフレッドを説得するのは面倒だった。
今は誰もいない北の外れを、収容区画と決めて捕虜達を送り出す。さて帰ろうかと踵を返した所で、騎士の一人から声をかけられた。
「どうしたの?」
「身も弁えず直言の無礼、咎は如何様にもお受けいたします。ただお優しき陛下にひとつだけお願いしたい義があります!!」
「控えろ!」
「フォルクマー、おやめ」
「しかし」
まだ若い狼さんが必死に私の顔を見ている。随分と思い詰めているみたいだけど何だろう?
「奴らに連れられていた獣人奴隷がおります。どうか解放のお許しを!!」
伏せの形になって頼む狼さんから、説明を求めてアルフレッドに視線を流した。
「戦闘奴隷と兵士達の愛玩用に連れてこられていた奴隷を保護いたしております」
「聞いてないけど?」
報告が遅れて、申し訳ございませんと頭を下げるアルフレッドを睨む。一拍置いてため息をついた。立て込んでたから、全部を報告しろっていう方が酷か。
「案内して貰える?」
「は、はい!! では」
「隷属魔法は得意じゃないから、無理だったらプロに任せるけど、やるだけやってみるよ」
そんなこんなで、獣人の住人が少しだけ増えた。
数日たって捕虜の扱いも軌道に乗った頃、オルランドが帰って来た。
「お帰り。遅かったね」
「申し訳ない、陛下。防衛戦の勝利、お祝い申し上げる」
「何か悪いもんでも食べたの?」
オルランドが帰って来て、内々の面会を求められた。そしてこの一言だ。オルランドなのにどうした!?
「酷いな、陛下。こんなにも誠心誠意お仕えしていると言うのに」
「アルフレッドにね」
肩をすくめるオルランドに間髪いれずに言い返す。引き合いに出されたアルフレッドは恐縮した様に頭を下げた。
「それでそちらは?」
オルランドの後ろには二十人以上の老若男女がいた。
「俺の部下達の一部とアルフレッド様から命じられて集めた元内政官達だよ。これからここに根を張る事になる。一度ご挨拶をと言われてね。連れてきた」
「そうなんだ。それは、よう……」
「陛下、この者達は路傍の石に等しい者達。その様な配慮は不要です」
挨拶しようとしたらうっすらと微笑んだアルフレッドに止められた。いや、久々に薄ら寒い微笑みを見たわ。
「オルランド、何ゆえ連れてきた。陛下のお目汚しだ」
冷たい口調で話すアルフレッドに、後ろにいた人達が一斉に平伏して謝罪を述べる。
「申し訳ございません」
「私どもがオルランドに頼み込み、会わせて欲しいと頼んだのです」
「叱責は我らが」
口々にオルランドを庇う人達をアルフレッドは睨め付けた。
「出すぎた真似をするな」
「申し訳ございません!!」
「アルフレッド」
謝罪する人達を苛立たし気に見つめるアルフレッドの名を呼ぶ。私の声に棘を感じたのか、即座に振り向いたアルフレッドは私に向かって膝をついた。
「貴方は私が行う謁見にいつから意見できるようになったのかしら?」
「そんなことは……」
「なら黙っていなさい。貴方がこの人達を呼んでくれたのは知っています。でも内政官に仕えてもらうのは私です。……私で良いのよね?」
話していて不安になってしまったから、つい念を押してしまった。無論と肯首するアルフレッドに続ける。
「仕えてくれる人達に、私は敬意を払います。だからお前が勝手に謁見するかどうか、私が会うかどうかを定めることは許しません。良いわね」
「ですが末端の官吏まで会っていては」
「今はまだ人の数も少ないから平気です。
さて、皆さん、アルフレッドの誘いを受けたとは言え、我が国に来てくれて感謝します」
アルフレッドとの話し合いを断ち切って内政官候補達へと話しかけた。
「……路頭に迷っていた我々を抱えてくださると言う陛下のお申し出、身に余る光栄にございます」
代表者っぽい偉そうな雰囲気のある中年男性が返事をする。まだアルフレッドを気にしているな。
「アルフレッドには宰相として、この国に協力して貰っています。今作っている街は赤鱗騎士団とその家族が住人となるため、今はまだ大きな問題もなく回っています。
貴方達には移住してきている職人や冒険者、そしてその家族達に対する内政を行って貰うことになります。そのほとんどは人間ですからそのつもりでいてください。
追々は元赤鱗の街の官吏、貴方達、この国で育った官吏達の垣根を壊し、リベルタの官吏として働いて貰おうと思います」
「では今の我々は人間の世話をしていればよいと?」
「いえそれだけではなく、積極的に赤鱗の内政官とも交流して下さい。機会は私が作りますし、あちらにも話は通しましょう。
上の街を作っていますが、住む場所も人間区画、獣人区画と自ずと別れそうだと報告を受けていますが、それも改善したい。ですが限られた時間で限られた人数で行っていくこと。全てを同時に実現させる事は出来ないのも分かっています。
今は早急に国の形を整えるのが先決。
皆さんには全く形になっていない冒険者ギルドからの納税、移住者達へのルールの徹底を主に行って貰います。
赤鱗の内政官と冒険者ギルドの関係者も呼び、法律の素案を作りましょう。詳しくはまた話します」
「かしこまりました。では我々はこれにて」
頭を下げて退出する内政官に、赤鱗の内政官を紹介するように騎士達へ命じた。部屋にはオルランドと数人が残る。
「あー……陛下」
「どうしたの? オルランド」
「それなんだが、俺達に店を出させて欲しい」
「良いけど何で?」
「小売りやら飲食店やらには情報が集まるからな。それと宿も作りたい」
「移住者の中で店を出したい人達が近々陳情に来るけど、その前に作りたいの?」
最初に出店する強みを生かしたいなら、それはそれで配慮しないとな。ジョンさんには怒られそうだけど。
「いや、陳情組と一緒で構わない……。と言うか陛下、陳情組の面子はもう確認したのかい?」
「いや、まだだけど。ジョンさんいるし、まぁいいかなと」
変な人はいないだろう。
「そうか。ハニー……ご無礼を。陛下がそう思われているなら別にいい」
「何よ。何か気になる人いるの?」
歯切れが悪いオルランドを睨む。
「いや、何でもないんだ。それと陛下、おそらく嫌いだとは思うが、娼館も作らせてくれ」
「娼館?」
こいつが主の予定だと、残った数人の中の一人を指し示される。
「危険が伴う冒険者だ。前に俺達にまで配慮してくれた陛下ならばお分かりだとは思うが、必要悪だと思ってくれ。……それに陳情組が来れば否応なしに認めさせられるだろうしね」
「怖いんだけど、ちょっと! 一体、誰が来るのさ」
視線を反らしつつ話すオルランドを問い詰める。結局口を割らせる事は出来なくて、その日は回答を保留した。
数日後、移住者達の代表団が陳情に来て、オルランドの微妙な態度の訳を知ることになる。
「はぁい♪ 悪辣娘さん、お久しぶりねぇ。きちゃった♪」
ウフッと笑いながら薄物を輝かせるその人を凝視する。夢、じゃ、ないよね。
――――うわぁ、変な人、いたよ。てか、何でいるのよ。
(C) 2017 るでゆん




