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188.商人との交渉

「先の差し入れ、大変有り難く思っています」


 目の前には頭を下げたままの中年男性がいる。アルフレッドの合図を受けて、商人さんが頭を上げた。


「お初に……」


 私の顔を見て、商人さんが固まった。無礼に気色ばむ周囲を制して、アルフレッドが商人さんに問いかける。


「どうなされた?」


「これは……これは。いやはや、参りました……。まさか貴女が……」


 困惑して下を見る商人さんに同席した人達が首を捻っている。隠れ家の外に作られた天幕で謁見をすることになって、急遽作られた場所だけれど、足の長い絨毯に彫刻で飾られた椅子とそれなりに形は整っていた。私だってアガタさんやイングリッドさん達が着飾らせてくれたから、絶句する程酷くないと思うんだけど。


「光と闇を纏うテリオ族。美しい光彩の散った瞳。どのような才能があるかはわかりませんが、滅多に出ない逸品です。無理をしてでも買い取らせて頂きたい」


 突然顔を上げたと思ったら、商人さんは私に向かって言い放った。そのあまりの単語に、同席していた人達が武器に手を掛ける。


「無礼なっ!」


「命がいらないと思われるな!」


「覚悟あっての暴言であろう!」


 アルフレッド、フォルクマー団長、第三師団長が次々と商人さんに詰め寄っている。


「止めなさい!」


 とっさに止めつつも、商人さんに言われた言葉が記憶の片隅に引っ掛かっていた。最近、こんなんばっかだなぁ。


「……あっ! あー!!

 あの時の奴隷商人さん!!」


 ガタンと音をたて席を立ち上がる。末席に控えていたクルバさんが苦い顔をしていた。落ち着きのない女王でごめんなさい。


「思い出して頂けましたか。確かに私はケミスの町でお目にかかった商人でございます。あの時の世馴れていない少女が、まさか女王となられるとは……」


 驚いて言葉を濁す商人さんと私を交互にみたアルフレッド達は、自分達の席に戻っていった。


「……それで先駆けのアーサー殿、先のお酒は何故? 私の国が貴方の望みの助けになるとは思えませんが」


 コホンとひとつ咳払いをして、女王らしい口調に戻る。アルフレッドに進行は任せていたんだけど、まだアーサーさんを睨んでいたから私が口を開いた。


 事前調査で商人さんの身元やら苦境やらは確認済みだ。ケミス……というか、ゲリエ没落のあおりを受けてこの人も没落した。今では商人の国に拠点を移しているけれど、そこでも借金で首が回らなくなっているらしい。


「はは……もし貴女が普通の王ならば攻略のしようもあったのですが。忠義厚いと有名な狼族を従え、ゲリエ軍国、大公爵家ベルセヴェランテの生き残りを侍らせる。その上、冒険者ギルドの生きた伝説『目覚めしキマイラ』クレフ殿、ゲリエの最も新しい英雄パーティー、『殺戮幻影』クルバ殿の後ろ楯ですか」


 うっすらと笑みすら浮かべながら、アーサーさんは諦めた様に口を開いた。


「では、何故陛下に謁見を求められた?」


 切り替えたアルフレッドがアーサーさんに質問する。


「もう後がなかったのです。これで私も妻も終わりでしょう。何故、こんなことに……」


「商人なら諦めずに私の利益になる提案をしたらいかがですか?」


「兵士も冒険者も足りている。ケトラとの戦いが迫る今、他にどんな人材が必要でしょう。何より私がご準備出来るのは奴隷です」


 嫌いだろうと言外に問いかけられて、ため息混じりに頷いた。うーん、腑抜けてるなぁ。これ、事前にダビデにお願いされてなければ見捨てていたぞ。


「アーサー殿、貴方は本当に商人(あきんど)ですか?」


「突然、何を」


「商人なれば先を見ずにどうします。仮にも『先駆け』と呼ばれた大商人。

 私は今日の出会いに期待していたのです」


 今度は失望を隠さずに深くため息を吐く。


「では何か私でお役にたてると?」


「そうでなければ、これほどのメンバーを集めません」


 きっぱりと言い切って天幕の中に集まった人々を見回した。


 国を切り盛りする宰相(アルフレッド)。軍事の代表となる赤鱗のフォルクマーさん達。赤鱗の街の元代表者。半魔の村から仮の村長ラインハルトさん。私の後ろには執事兼本当の村長のレイモンドさんが立っている。ついでに大規模な計画になれば、冒険者ギルドの協力も必要だからクルバさんにも同席を要請した。


 このリベルタの主要メンバーがほぼ全員集まってるんだよ? いないのはクレフおじいちゃんくらいなもんだ。


「……それは」


「少しは考えたらどうです」


 問いかけてきたアーサーさんを切って捨てる。今の光を失った目をしたこの人じゃ、信用出来ない。ケミスで出会った頃の、自信に満ちた野心溢れる顔を見せて欲しい。


「先、先ですか。この国の未来……」


 ぶつぶつと考えているアーサーさんを静かに待った。


「陛下は人材をお望みですね。しかしそれはどのような」


 少し目に光が戻ってきたかな。ならまだ計画を知らない人もいるし、説明しようか。特にラインハルトさんや元代表者の人が身の置き所が無くて大変そうだし。


「貴方に庇護を与えましょう。借財についてはリベルタが肩代わりをします」


 アーサーさんが話し出した私の顔を弾かれた様に見つめる。


「貴方には他国から人材を探してきて欲しいのです。この国の礎となる人材を。大任ですよ? 貴方にやり遂げる自信はありますか?」


「無論! 人の才能を見、買い集める事にかけては、このアーサー、誰にも負けぬ自信があります」


 ふふ、良い表情になってきたじゃないか。


「集めてきて欲しいのは、大地と共に生きる『農民』です。家族であればなお良い」


「は? 礎と仰ったのによりにもよって農民ですか? そんな連中は沢山おりますが」


 簡単すぎると困惑するアーサーさんに語りかける。少し前にアルフレッドに話した内容だから落ち着いて話すことが出来た。まぁ、説明したときに、何故国の運営を任せられる知識人を求めないのかと聞かれたけれど、文官は信頼できる人で固めたいから今回は却下だ。


「条件は、境界の森で開拓を行える気概がある者。もちろん兵が護衛しますが、それでも()()()()()大地と共に生きると言うだけで尻込みする者も出ましょう。今、欲しいのは、無謀とも言えるほどに未来を渇望する相手だけです」


「未来を渇望?」


「ええ、アーサー殿には最初から話しておきましょう。買い集める事になるであろう私の新たな国民達を、私は出来るだけ早く解放するつもりです。

 だからこそ、奴隷である事が当たり前になっていない、守る者があり、今の境遇から這い上がる気力を残した人々が欲しい。

 その彼らと共に国を作っていきたい。彼らや彼らの子らが将来に渡っても、我が国土と共に生きてくれる事を望みます」


「それは元ゲリエの者であっても良いのですか?」


 窺う視線で問いかけるアーサーさんに肯定する。


「ただしゲリエの者だけで固まれば、それはゲリエの価値観を持つ土地となるでしょう。私はそれを望みません。私の、リベルタの民となる覚悟のある人を探してください。出来ますか?」


 まあ、どうしても嫌だと言うなら、他国に出ていって貰うだけなんだけど。先行投資もしなきゃならないから、出来たら解放したら他所へ移住する人数は少なくしたい。


「分かりました。このアーサー、一世一代の大商いを成功させて見せましょう。必ずや陛下のご希望に沿う人員を揃えてご覧に入れます」


 しばらく私が話した条件を考えていたアーサーさんは、頷くと座っていた椅子から立ち上がり、恭しく王への礼の形となった。


「では、アレを持ちなさい」


 アルフレッドに目配せすると、外で控えていた騎手が入ってきた。騎士の後ろに続く従者は二人でひとつの木箱を運んでいる。


 アーサーさんの目の前に六つの木箱を積み上げると、騎士達は私に一礼し去っていった。


「これは?」


「しばしの予算です。これで貴方の借財を返し、私の望む人員の手配を」


 震える手でアーサーさんが木箱の蓋をずらすと、黄金の輝きが飛び込んでくる。中身はダンジョン金貨だ。この前の戦いで沢山ドロップしたからね。節約していかなくては駄目だけれど、この件に関しては十分に予算をとった。


「こんなに!!」


「アーサー殿の借財がどれ程か分からなかったので、多目に準備させました。足りなければ宰相に相談を」


「十分です! 十分でございます。

 これで妻も我が商会も助かります」


 正直だな、この人。大丈夫かしら?

 商人ならここは足りないって言って、追加を求めるはずなのに。そう思って外に四箱予備を積んであるんだけどなぁ。無駄になっちゃったか。


「アーサー殿、ついでにもうひとつ頼みがあるのです」


「何なりとお命じ下さい。

 それと私の事はただのアーサーとお呼びください。今後、陛下の手足となり働く者でございます」


 おーい、めっちゃ変わったな。


「その心は嬉しく思いますが、リベルタとの関係は表沙汰にしないように。この国の敵の数は多くなるでしょう。リベルタの商人との風評が出れば、商いに害が出るかもしれませんよ」


 苦笑しつつ落ち着けという意味を込めてアーサーに話した。


「ふん、見事な手のひら返しだな」


 堪えきれないと言うように、クルバさんが鼻を鳴らした。


「マスター・クルバ?」


 周囲の視線が集中する中、クルバさんが話し出した。


「女王の父を奴隷に落とし、母から資産を奪った。

 妖精王が祖国を追われた原因となった奴隷商人。それがお前だろう?

 陛下、今ならまだ間に合う。この者を助けるのは止めておけ。いつ裏切られるか分からんぞ」


 私の父を奴隷に落としたと聞いた所で周囲がざわついた。表情に乏しいクルバさんとしては珍しく、心配が顔に出ていた。


「……知ってますよ」


「ならば何故」


 淡々と答えた私にクルバさんが問いかけた。身辺調査の時にその事実は知らされていた。


「逆に何故アーサーが裏切ると?」


「一度裏切った者はまた裏切る」


 辛そうに言いきるクルバさんに笑いかけた。


「ならば裏切られないように頑張ります。

 仕えてくれている人達にとっては、良い上司に。

 商いの相手にとっては、得難い取引先になるように。

 友にとっては、信頼できる友であり続けられるように。

 もし私の力が及ばず、努力が足らず、袂を別つなら仕方ないこと。

 ……ただし、利己的な選択の為にリベルタを売るならば覚悟なさい。私は誰であっても許しはしません」


「陛下」


 何故か姿勢を正してみんなが頭を下げている。え、そんなに怖かったか。ごめん。

 片隅にいる元赤鱗の街の代表の人が可哀想なくらい怯えている。あー、いいかげんこの人の立場も明確にしないと混乱の元だ。よし、良い機会だし、片付けてしまおう。


「今外壁を作っている新たな街は、赤鱗の人々が住む街となりましょう。その代表は以前と同じ方にお願いしたいのです。良いですか、フォルクマー」


「もちろんでございます。我々騎士団は陛下の剣にして盾。街の運営までは手が回りません。ファウスタ殿が適任でしょう」


 そういや、初めて名前を聞くな。そっか、赤鱗の街の代表者さんはファウスタさんか。覚えておこう。


「え? そんな、私にはそのような大任」


 動揺するファウスタさんに周囲が説得している。


「元からそのつもりだったのではありませんか。だからこそ、我らの村へと妻子を出されたのでしょう」


 逃げ道を塞ぐようにレイモンドさんが追撃した。それで諦めたのか、ファウスタさんはがっくりと肩を落とした。


「陛下のご命令とあれば、命を賭して代表の大任果たさせて頂きます」


「そんなに固くならないで下さい。普段はアルフレッドもいますし、私もこの街にいます。過度な負担はかけないように気を付けます。

 でも受けてもらって助かりました。

 アーサーが民を連れて戻れば、農村を作るのに注力せねばなりません。街は任せますよ」


 矛盾したことを言っている自覚はあるけれど仕方ない。ラインハルトさんはお互いに規模は違うが代表者としてよろしく頼むと話していた。


「さあ、これで形は整いました。アーサーを送る手配をしなくてはいけないわね。それは冒険者ギルドに依頼しましょう。頼まれてくれますか、マスター・クルバ」


「お前がそこまでの覚悟を決めているならば。

 移動は任された」


 忘れかけていたけれど、アーサーにもうひとつのお願い事を伝える。快諾して貰えて助かった。後々、サプライズが出きるといいな。


 話が終わったと判断したクルバさんがアーサーさんを連れて出ていく。後の細かい所は、アルフレッドにお任せだ。挨拶をして二人を追いかけるアルフレッドに心の中でエールを贈る。


 さぁてと、そろそろケトラがやってくる頃だよね。本格的に防衛戦の準備にかかりますか!





(C) 2017 るでゆん

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