187.ジルさんへのお説教は終わってません
「オスクロが何を言ったか知らないけど、捧げ物に生き物はいりません。特に生きたままはいりません」
家畜を捌けって言われても出来ないしね。
「嘘を言わないで!
ジル兄様は貴女が私と婚儀を挙げるようにと言っていたと聞いて、陛下を追わずに私と婚礼を挙げたのよ!?」
「女王陛下、ぼくらの何が気に入らないのですか?」
「おかあさま、泣かないで」
「なんで? ぼくらのうちひとりが女王へいかのモノになれば、他のみんなは助かるんでしょう」
泣きそうな顔で三兄弟が訴えかけてくる。
「助かるって何からなのかな?」
チビッ子相手に声を荒立ててはいけない。必死に優しい口調で問いかけた。
「へいかはかあさまを嫌ってるって」
「じぃじもばぁばも、恐がってた」
「ぼくらもはじめてあった時に、へいかにぶれいをはたらいたから、バツをうけるって。
へいかに望まれたぼくらが、じひをこわなきゃいけないのに」
「わたしたちの誰かがへいかの子になれば、許してほしいとおねがいができます。おしおきなら、わたしたちが受けますから」
何の誤解だ! それと悲痛な顔をしているその他の赤鱗の騎士達。何を知ってやがる。
「ジルさん?」
地を這うような低い声が出た。ビクッと震えると、とうとう泣き出した子供達は母親の方に走っていってしまった。ああ、待って! 君たちに怒ってるんじゃないのよ。
「オスクロから、お前が赤鱗の土地に来たときに、獣人の子供が欲しいと話していたと聞いた。イングリッドと幸せになれとも言っていたらしいが、嘘か?」
赤鱗に行った時。オスクロ。イングリッドさんと仲良く。……………あん時の事かっ!!
唐突に記憶が甦る。
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「………あの可愛い人と上手くいってくれるといいね。いつか子供が生まれたら是非抱っこさせて欲しいけど」
「おい。子供を抱いて拐う気か?」
にやりと笑うオスクロの顔を睨んだ。
「まさか、是非一度抱かせて欲しいってだけ。きっと毛も柔らかくて気持ちいいんだろうなぁ。髪に顔を擦り付けたい。耳を甘噛みしたい。肉球あるなら口に含みたい」
「ティナお前、思考が犯罪者臭いぞ…………」
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呆れたように私を見つめるオスクロの顔を、今すぐグーパンで殴りたい。ボッコボコにしたい。子供泣かせるような誤解を生むんじゃない!
「それ、オスクロの勘違いだから……。確かに私は獣人の子供を抱きたいとはいったけどさぁ。流石に年端もいかない子供を、親元から引き離すようなことはしないから」
疲れた口調で話す私をイングリッドさんは疑わしげに睨んでいる。もしかして、今まで私に当たりがキツかったのも、子供を奪われると思っていたからなのか? それならあの反応もわかる気がする。
「うそ」
素の口調で話す私が嘘を言っていないと思ったのか、イングリッドさんの口調が弱くなってきた。
「ホント。
ホントに本気。
と言うかさ、もしかしてと思うけど、ジルさんが貴女と結婚したのも、私のせいとか思ってない?」
何故そこで全員、視線をそらすかな?
子供の教育に悪いでしょうが!!
特にジルさん! 貴方は即座に否定しろ!!
「アガタ、子供達を別室に。
アイク、オルフリート、イルザ、今日はとても楽しかったわ。大丈夫、私は誰も罰したりしないからね。また会ってくれるかな?」
母親に抱きついて硬直している子供達に向けて、体勢を低くして精一杯優しい表情を作る。
「はい」
「は、はい!」
「……(こくん)」
警戒した口調と仕草で返事をした三人は、アガタさんと護衛役の赤鱗の騎士に付き添われて自室に戻っていった。すれ違い様アガタさんに、ジルさんのお母さんを呼び出しておくから、子供達の事は気にしなくていいと囁かれる。
「ジルベルトとイングリッドを残し、他の者は外へ出なさい」
子供達が十分に離れたであろう時間を空けてから、室内にいた護衛達に指示をする。躊躇する騎士達に再度強く命令して退出させた。
「……ジルさん、おすわり」
盗聴防止の結界を張ってから足元の床を指差し指示する。
「何故だ?」
「いいから、おすわり!」
私の怒りを感じたのか、ジルさんは怪訝そうな表情を浮かべつつも、完全獣化しておすわりの形になった。人間の形では怒れないけど、狼の姿なら可能だ。ただしその前にイングリッドさんの誤解を解いておかないと。
「イングリッドさん、何だか壮大に誤解があるようです。貴女にそんな気持ちを味合わせるつもりはなかったんです。ごめんなさい」
「陛下?」
自分の夫を足元に座らせて、突然謝りだした私をイングリッドさんも見つめ返した。
「あの時ジルさんはイングリッドさんに向けて、本当に穏やかな表情を浮かべていたから。私と一緒にいるときには決して浮かべない表情だったの。だから、私は純粋に貴女達に幸せになって貰いたかった」
「あの時? 何を言っているの?」
イングリッドさんはいつの話をされているのか分からないのだろう。ジルさんも無言で私を見上げていた。
「ジルさんが自主的謹慎措置で、自宅の蔵に閉じ籠っているとき。ご飯をイングリッドさんが運んでいたでしょう?
実はあの時、いたんだ」
そう驚かないでよ。不法侵入だから出来たら話したくなかったんだけどね。
目を見開いて固まるジルさんの首筋を撫でる。
「私は貴女の事をジルベルトから聞いていました。常に側にいるのが当たり前の幼なじみで、いつの間にか婚約者になっていた。自分は人間に捕まったから、貴女はもう他の誰かと婚礼を挙げているだろうって」
「私はジル兄様を愛してるわ。他の誰かと添い遂げるなんて!」
「うん。分かってる。
でもあの時ジルさんの立場は微妙なものだったでしょう。だからお互いに身を引くんじゃないかなって、怖かったんだ。
私の大切な同居人、デュシスでの兄みたいな人。そんなジルベルトだからこそ、せめて祖国に戻ったら、辛かった人間の国での事は忘れて幸せになって貰いたかったんだ」
しんみりと話すと、警戒心でピンと上がっていたイングリッドさんの尻尾が緩やかに床に向けて降りた。
「まさかそれが、私が、……違うね。貴女達が祀る神子姫が望んだからだ、なんていう風に思われてるとは知らなかった。しかも、子供を差し出すようにと願っているなんて、そんな」
どう謝ったらいいか分からずに、頭を抱えた。
「ティナ……」
「私は貴方に幸せになって貰いたかった。それを歪めてしまったのかな?」
私を見上げるジルさんに問いかける。
「違う。それは違う」
「でも現に子供達は自分達のうち誰かが、私に差し出されると思っていたみたいだし」
「それは我々の勘違いのせいだろう。お前が気にすることじゃない」
「とにかく、ごめんなさい。私は貴女から子供を奪うつもりはないよ。安心して」
「陛下……」
イングリッドさんに力なく笑いかける。イングリッドさんの肩の力が抜けるのが見えて、これで少しは安心できる。
「でも、赤鱗の者達は皆、今後子供が産まれたらひとりずつ捧げると話しています。大変な名誉だと……。それを反故にするなら私達を責める人も出ます。もはやただの勘違いでは済まされないでしょう」
悩むように話すイングリッドさんは憂い顔だ。
「あー……そんな事になっている訳?」
「ええ、だから神子姫を見つけ、子供まで求められているジル兄様は羨望の的だった。例え虜囚の辱しめを受けたとはいえ、貴女に仕えるためならばと周りも認めていたわ」
「ではフォルクマー団長辺りに話して、子供は資質を見てから国に仕えさせると話しておく。それで時間が稼げるはずだし。赤鱗の子供達も同様だよ。子供の意思を無視して私のモノにするつもりはないから……」
ため息しか出ない。何だってこんなことに。
「…………もっと落ち着いてからと思っていたけれど、そう言うことなら教育機関の設立も急がなきゃね。一定年齢になったら一律、ある程度の常識と知識を教えて、その中で国に仕える希望がある子を振るいにかける。
こりゃ、アルフレッドに相談しなきゃ駄目な案件か」
物思いに更ける私に、イングリッドさんが静かに頭を下げた。
「神子姫様、今までの無礼、心よりお詫び申し上げます。貴女様を奉る神殿の巫女でありながら、貴女様を信じる事が出来ませんでした。
やはり貴女は慈悲深き姫。我らが心の支え主」
私の話を信じてくれたのか、初めてイングリッドさんが深々と頭を下げた。誤解が解けたみたいで本当に良かった。
「ならもういいな?」
おすわりの形から伸びをして、立ち上がろうとするジルさんの鼻先を鷲掴む。
「ひぃな?」
上下の口も一緒に握り込んだから、ジルさんは上手く話せないようだ。
「ジルさんへの説教はまだ終わってません。と言うか、始まってもいません」
ギリギリと力を込めつつ、睨み付けた。
「本来であれば私はこういうのに嘴を突っ込む気はないんです。でもね、あんまりにもあんまりだから、少し言わせてもらいます!!」
びっくりしているイングリッドさんに椅子を勧め、ジルさんの鼻先を持ち上げる。視線を合わせてじっと逸らさずいる。
何を言われるのかとジルさんの緊張が十分に高まった事を感じてから、おもむろに口を開いた。
「こっちは出歯亀になる気も、馬に蹴られる気もないんです。でも、ジルさんがしっかりイングリッドさんと話していれば、ここまで誤解が深くならなかったですよね?
ジルさんは私の性格、知ってたでしょ!!」
口を動かそうとしているのは分かるけれど、もう少し握ったままでいさせてもらう。
「何回も言いましたけど、いい加減父親の自覚を持ってください! 子供第一。あんなに怯えて、可哀想に。口にしなきゃ、想いなんて伝わらないんです。
今回で最後です。口を放したら、ちゃんと自分の口で、イングリッドさんや子供達に思っていることを話してください。
……もし私のためだとか抜かすんなら、みんなまとめて私が貰うぞ」
小さな声で低く囁く。ジルさんの体が一度震えた。
「分かりましたか?」
小さく頷くジルベルトの口を放した。
ジルさんは見る間に人間に戻ると、スッと立ち上がりイングリッドさんの元に向かう。
「……すまなかった。イングリッドもティナに仕えることに文句はないと思っていた」
開口一番それかい!!
ショックを受けたような顔をするイングリッドさんを見てジルさんがが慌て出した。
「違う! そうじゃない。
オレは確かにリュスティーナに膝を屈している。だが、だからと言って嫌いな相手と婚儀を挙げるほど腐ってはいない!」
「ジル兄様……」
「俺と婚儀を挙げることを受け入れてくれた時は、信じられないくらい嬉しかった。俺の経歴には傷がついている。イングリッドや子供達に苦労をかけるかもしれない。ならば俺が近くにいない方がいいと思ったんだ」
「そんなはずはないでしょう」
「分かっている。再会して分かった。俺がいないことで随分苦労をかけた。だからこそ、女王へと子供を渡し、家の誉れとして欲しかった」
「そんなの、私達が望むはずがないでしょう! お義父様だってお義母様だって、貴方の帰りをずっと待っていた。子供達にも、偉大な父親と……」
バカバカとでも言うように、イングリッドさんは泣きながらジルさんの胸に飛び込んだ。そのまま力なく拳で目の前にある胸を叩いている。
――――これ以上いたら、それこそ馬に蹴られるな。
そう思った私は、静かに部屋を出た。
「陛下?」
「フォルクマー団長は何処に? 後でアルフレッドも。この部屋はしばらく入室禁止ね。
落ち着いたらジルベルトに報告に来るように話しておいて」
部屋の前に立つ護衛のひとりに言いつけて、部屋を離れた。後から報告に来たジルさんが珍しく照れていた。
その時に偶然、フォルクマー団長とアルフレッドと教育機関の立ち上げについて話していた。打ち合わせの原因となったジルさんは二人にからかわれて大変そうだったけれど、ま、これくらいは頑張ってもらおうかと放置する。
箱物は力業で何とかなるにしても、教師の手配が必要ということで、すぐには稼働できないという結論が出た。時間がかかる覚悟をしたんだけれど、意外な助けの手が差し伸べられる事になるのは、もう少し先の話だ。
さて、次は商人さんと会わなくては。
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