185.税金って面倒。
「さて皆さん集まったようですので、緊急会議を始めます」
集まった国を運営する主要メンバーにアルフレッドが開会を宣言した。今回はオブザーバーとしてクレフおじいちゃんにも同席して貰っている。
「まずはケトラの基本情報ですが……」
レイモンドさんと一般的な情報ならと情報提供をしてくれたクレフおじいちゃんの話をまとめると、ケトラは小国だ。
境界の森の拡張に押されて、国土を失い続けていた国。隣国との関係は、良好とも険悪とも言えず、目立った同盟関係もない。兵力は1万~最大で5万。これに戦闘奴隷は含まれない。
戦闘奴隷は時々、境界の森に来ていたらしく、レイモンドさんが詳しかった。後で聞いた話では、村にも元逃走奴隷がいたらしい。
「最大兵力がこちらに向けられるとは考えにくい。フォルクマー団長達が我々と合流した事を知らなければ、侵略してくるのは数百程度でしょう。大きな脅威ではありません」
アルフレッドの総括を聞く。
「うん、そうみたいだね。でも油断はしないでいこう。
この街の外壁及び城壁を作るのを急ぐのと同時に、森の見回りも必要かな?
出来たら、出城みたいなのが作れれば良いんだけど、今回は時間もないし」
「では我々赤鱗から、哨戒任務につく部隊を出します。森の先、荒れ地まで見回るようにすれば、出し抜かれることもないかと」
悩む私にフォルクマー団長から提案があった。
「では、我々は村の周辺を縄張りとする魔物を、荒れ地からこの街までの範囲に誘導するとしましょう。長く魔物の影響下で生きてきました。それくらいは出来ます」
「ああ、やって来たケトラ兵を襲わせるのか」
レイモンドさんの提案を受けて、第三師団長がニヤリと笑った。ちなみに、第二師団長は赤鱗の撤退戦前に退団。虎の陛下の所に逃げる人々を守って落ち延びたらしい。次の第二師団長は空位のままで、落ち着いたら決めて欲しいと頼まれている。赤鱗の人たちの実力も実績も分からないから、無理だとは断っているけれど諦めて貰えなかった。
「では、我々冒険者はどうしたら良いのかね?」
静かに成り行きを見守っていたクレフおじいちゃんに質問される。
「防衛戦か、城壁の手伝いかのぅ」
「それについては、お金ないし、きついかなぁ……」
渋る私に、疑問の視線が集中した。
「ほら、ここ、税金とか土地の所有権とか、戸籍とか何も決まってないから。今、冒険者ギルドに何かお願いするなら、私のポケットマネーになるでしょ?
まぁ、それなりにはあるけど、国家予算としてどうこうってなるとやっぱり足りないし……」
節約していかなきゃなぁと、ため息を隠して微笑んだ。それに赤鱗騎士団の予算やレイモンドさん、アガタさんの給料もある。年間でどれくらいかかるのか分からないけれど、安くはないだろう。
「何をおっしゃっておいでですか?」
「我が君?」
どうやら私の不安が伝わっていないようだから、国の運営予算の話をする。その中で、アルフレッド達の給料や赤鱗騎士団の予算、レイモンドさん達への報酬に触れたときに、盛大にため息を吐かれた。
「……ではまずはこちらに滞在を許して頂くための対価を決めましょうか」
「半魔の隠れ里に課される税について定めるのが先でしょう」
「それを言うならば、国民でもない冒険者ギルドが一時的にでも国王の住居に間借りしているのじゃから、その代金を決めなくてはのぅ」
フォルクマー団長、レイモンドさん、クレフおじいちゃんの順で金額を決めろと言われる。
「私はリュスティーナ様のモノ。給金など不要、命を繋ぐ食事さえ与えていただければ十分です」
「まったくだな。俺の飼い主はお前だろう?」
給料を払うと話したアルフレッドとジルさんからは、そんな台詞を言われる。
「取りあえず、アルフレッドとジルさんの提案は却下。特にジルさんには無理にでも受け取って貰います。
家族いるんですからね? そろそろ自覚持ちましょうよ」
突っ込みをいれると肩を竦められた。何か話したそうなジルさんだったけれど、結局はその内家族と会うからなとひとり納得してしまう。
「……愛されてるわね、ティナ」
お茶を入れ替えたアガタさんが思わずと言う雰囲気で呟く。咳払いをして注意するレイモンドさんに一礼して、アガタさんは下がっていった。
「リュスティーナ様、一般的な税の種類はご存じですか?」
「知らないよ。
昔、私が住んでいた所では、所得税、住民税、消費税、不動産取得税に固定資産税、自動車税に……変わった所で関税とか? まだまだ色々あるけど、小難しい名前の税金が事細かに取られてたなぁ」
思い付くまま税金の名前を口にした。まあ、消費税は消費するものがまだないし、自動車はそもそもない。不動産も今はまだ開拓レベルで所有云々は無理だし、所得税とか言っても、経済活動自体がほぼ皆無だ。取れる税金なんてあるのかしら。
と言うか、この国の通貨って何?
迷宮のドロップ硬貨だけでいいの?
「……ティナちゃんや、なんの呪文じゃね?」
クレフおじいちゃんの声で周りを見たら、みんな理解不能って表情を浮かべていた。その中で私が転生者だと話したメンバーだけは、受け流しているみたい。
「ゲリエでは、人頭税と地税が主でした。他にも作物の収穫量から献上量を決め、領主への上納を命じることも多く……」
「アルフレッド、待って。それは地税でしょ?」
「違います。
地税は国に納めるもの。
上納はあくまでも領主への貢ぎ物です。上納は作物だけではなく、労働力や時に生き物であることもあります。
その他にも神殿への寄進も強制されますから、農民の生活は必然的に苦しいものとなります」
「赤鱗は神殿と一体化していたからそこまでではなかったが、それでも騎士達ですら収入の半分は寄進しておりました。街の商人は更に店を開く許可を領主から買います。その他にも、売上の一部は国、神殿、領主が受けとります」
「……それって、手元に残るの、どれくらいなの」
思い出しながら語る二人に質問した。
「場所やその時の領主にもよりますが、商人は半分残れば良い方ですね」
「ゲリエでは三割弱でしょうか。それ以外にも民へは徴兵制もありますし、農民達は戦争の為に作物の供出も命じられておりました。……無論、税や上納金を払えなければ奴隷落ちです」
どこもかしこもブラックだ!!
「我々半魔の村には税がありません。その代わり、村での活動は全て自己責任。各人で全て行うことになっておりました」
うわー……なんか、ヤバいよ。
ダメ押しに、クレフおじいちゃんから、諸々の差し引かれる金額は五割を超えるのが普通だと言われてしまった。昔、私がいたデュシスの税率は、ゲリエ国内としては安く、4割5分は手元に残る。
「……リベルタは損益分岐点に乗るくらいで十分です。あんまり税金は高額にならないように配慮したいけど、そもそも国の経理出来る人っているの?」
素朴な疑問に、フォルクマー団長やアルフレッドが首を振って否定した。だよね、そうなるよねぇ……。
「しばらくは労働力を税金と言うか宿代かわりにするってことで。冒険者ギルドにも、家賃かわりに働いてもらう方向でお願いします」
隠れ家を使うなら働けだったら、不満も起こりにくいだろう。
「うむ、無論じゃな」
早々に納税制度の早期立ち上げについては諦めて、しばらくは労働力の提供をしてもらうことにした。
「ケトラの事が終わったら、本格的に公共サービスや軍事力、内政や外交なんかの形を作ろうね」
「畏まりました。では赤鱗騎士団には哨戒任務を、隠れ里の者たちには魔物の移動を命じましょう。
それで冒険者ギルドと、手が空いている残りの者達はいかがしましょうか」
「それなんだけど、今回来た冒険者達の中で、ゴーレム作れる人はどれくらいいるんだろう。
それと、外壁の設計図を作り実務を指示する人も必要だし、都市計画も必要だよね?」
「外壁及び城壁の設計、指揮については赤鱗騎士団の工兵部隊が行います。経験豊かですのでご安心下さい」
「都市計画は、ざっくりとしたものは以前からの話し合いで決まりました。大きく外壁で囲い、その中で改めて道などを決めていけば良いかと」
「……うむ、魔法使いは20名ほどかの」
私の質問にそれぞれの責任者から答えが返ってくる。
「…………なら、こんなのはどうかな?」
少しでも効率的にやりたいと思って、思い付きを口に出した。
恐らく私に一番負担がかかることになるその計画に、最初はアルフレッド達の過保護が出たけれど、何とか説得することができた。
「では明日からさっそく取りかかりましょう。各自準備にかかってください」
話し合いを終わりにして解散させようとした時に、アルフレッドからまったがかかった。
「何?」
「もうひとつ、ケトラよりも余程重要な議題が残っております」
深刻そうなアルフレッドの声に身構えた。防衛戦よりも重要な話題ってなんだろう。
「出現したモニュメントですが、その場所に神殿を作るとはいえ、しばらくかかります。外壁よりも優先すべきではありませんか?」
「ああ、そうですね。至高神様の御座所を作るのが優先やもしれません」
「こちらとしても異論はない」
「はい? ちょい、待って」
せっかく話がついたのに、また振り出しに戻りそうな会話をされて、慌てて割り込んだ。
「陛下はどのような神の御座所を作ればお喜び頂けると思われますか?」
「真っ白空間。
いや、そうじゃなくてさ、なんで多くの人の身を守る外壁じゃなくて、神殿なの!」
真顔で問いかけられて、前にハロさんやちょいワルおやじに出会った空間を即答した。そのあとに正気に返ってアルフレッドに問いかける。
「当然でございましょう?
神の象徴が野ざらしなのはいただけません。それにモニュメントに直接触れるなどは」
「いや、お清めでもして、ちょっとヒョイッと押せばいいじゃん。浮いてるし、多分簡単に移動させられるよね? 都市計画の邪魔にならないところにしばらく仕舞っておこうよ」
でっかいウニだから触ると痛そうだけど!
「それに雨ざらしがいやなら、さっき会談で使った天幕でも張っとけばいい。今この国が立て込んでるのは神様だって知ってるだろうし、そんなことで天罰なんか来ないって!」
ウチの近所の神社なんか、雨漏りしたのかブルーシートが被さってたぞ。大丈夫、大丈夫、多分何の問題もないさ!
「ヒョイッと……」
「天幕……」
「……陛下がそうおっしゃるのであれば」
不服そうに話すみんなにもう一度大丈夫だからと念を押した。それでも歯切れが悪かったから、全員を引き連れてモニュメントに向かう。
隠れ家から外に出たらモニュメントの周囲に、噂を聞き付けた人々が集まって祈っていた。
騎士達が住人を誘導して、モニュメントに面する一角を空けてくれた。
スッと膝をついてモニュメントに頭を下げる。前みたいにハロさんでも来てくれないかなと頭を過ったけれど、残念ながら何も起きなかった。
瞳を閉じて祈りを捧げる。祈る内容はダビデのお礼と、ここから移動させるから祟らないでよという事だ。まあ、これがちょいワルおやじに繋がってるなら、おそらく大丈夫だろう。
―――おお!
低いどよめきで目を開ける。
さっきまでただ浮いているだけだったモニュメントが柔らかく輝いていた。私を誘うようなその光に、立ち上がり腕を伸ばす。吸い寄せられるように腕の間にモニュメントが収まった。一度そう思うと、他のモノに見えなくなってしまった、1メートル程のトゲが不揃いなウニ型水晶体。
綺麗なんだけど、なんだかなぁ。神々しさが足りない気がする。近くで見ると様々な色の光が血管を流れる血液のようにウニの中を循環していた。綺麗なんだけどね……。
「取りあえず天幕に移動させよう。そこを簡易神殿として、本神殿が出来るまでの祈りの場所とします。良いですね?」
これだけ綺麗なら、ウニを知らない人達なら信仰の対象になっても不思議はない。そんな事を思いながら、周囲の住人を見回す。
フワフワと私の腕の間で浮かび続けるモニュメント越しに、人びとが平伏し祈りを捧げているのが見えた。
私が歩き出すと、周囲の人々が口々に話し出す。
「流石は神子姫様」
「やはり女王陛下は神の祝福を受けている」
「麗しき、神の愛娘様」
そんな過大評価を聞いて、恥ずかしさに内心悶えながらも、アルフレッドとフォルクマー団長に先導されて天幕に向かう。何故かモニュメントだけじゃなく、私を拝んでいる人も沢山いた。
「……我が君」
「神子姫様」
天幕の中央にソッとモニュメントを浮かべた。一際輝かしく煌めきつつ、モニュメントは浮かび続けている。
向き直った私にアルフレッド達が膝を折って頭を下げている。いや、信仰の対象はモニュメントでしょう。私に頭を下げてどうする。
「これで安心できましたか?
ならば、今はこの国を守る為の行動をしてください」
入り口から国民達も見ているから、頑張って女王らしい口調で語りかける。
「そうそう、宰相。先程のケトラの使者ですが」
思い出した事があってアルフレッドに問いかけた。かしこまったまま私の言葉を待つアルフレッドに続ける。
「このモニュメントについては何か話していましたか?」
さっき見えてたよね、きっと。
「いえ、遠目に見ただけですし、人垣に囲まれておりましたので、魔法物と判断したようでございました。ご安心下さい」
ふーん、これがあることから住人の数が予定より多いことに感づかれるかと思ったけど、使者の目は節穴だったか。こっちとしては助かるけどさ。
「それは良かったわ。少しは時間の余裕ができたかしら。
では明日から私も外壁作りに参加します。さあ、私たちはここから去りましょう。人びとが祈りを待っているもの」
ニッコリ笑って隠れ家へと戻る。途中、私の護衛をしているジルさん以外のメンバーはそれぞれの仕事にかかると去っていった。
入れ替わりに呼び出していた坩堝さんが来たと報告を受けた。何故かダビデも一緒らしい。
「ええ、お呼びしていたの。入ってもらって下さい」
護衛役の騎士に頼んでリビングの扉を開けてもらう。武装を解除した坩堝のメンバー全員が揃っていた。さっきもだけれどアリッサさんを初め、全ての人達が幻影を解除し本来の種族となっていた。
がっしりとした体つきのリックさんに隠れるようにダビデもいる。
「よう!」
片腕を上げて挨拶するリックさんを、即座に黒猫獣人のメラニーさんがどつく。エルフのオードリーさんと人間のチャーリーさんは周囲にいた人達に、謝るのに忙しい。
「ご無沙汰してます、リックさん」
私も片手を上げて軽く挨拶した。動じない私の反応を見て、護衛役の騎士たちの殺気が落ちついた。
「皆さん、ご無事でなりより。
ジェイクさん、また筋肉付きましたか? 一回りおっきくなってる気がしますよ」
無口なドワーフのジェイクさんに話を振る。それに妻のオードリーさんが微笑みつつ答えた。
「お久しぶりです、陛下。またお目にかかれたこと、大変嬉しく、また光栄に思っております。
貴女様に助けられてから、私も夫も修練を続けました。陛下にも変化を気づいて頂けて大変嬉しく思います」
「いってぇな。殴んじゃねぇよ。しかも爪を立てんな」
「この脳筋! 今のティナは女王ニャー。しかもあたしらが滞在を乞う地の代表ニャ。それを何を考えてるんだニャ!」
「はは、メラニーさん、今は非公式な面会ですから、昔通りで問題ないですよ。
みなさん変わりないようで良かった。
でもなんでダビデが一緒に?」
「おう、このダビデ二世を見つけたのは俺たちだからな。もしお前に何かするつもりなら、落とし前をつけなきゃならねぇ。クレフのじじぃからは大丈夫だと言われたが、それでも直接確認したくてよ」
ニヤリと笑ったリックさんは、そう話ながらダビデの背中を叩いている。うん、リックさん達は二世なのね。
「そうだったんですか!!
リックさんには、いっつもウチのダビデ絡みでお世話になります。ワンコの借りは忘れませんよ?」
「お嬢様!」
ウインクしつつリックさんにお礼を言えば、間に挟まれていたダビデが私の事を呼んだ。
「ん? 何?」
「そう簡単に女王であるティナお嬢様が、借りなんて言わないで下さい。必要なお礼ならボクがしますから」
慌てた様に言いつのるダビデを安心させるために微笑む。私のことを心配げに見つめるジルさんにも頷いた。
「気にしないで。大丈夫、坩堝さん達はいい人だもん。そんな変な要求はしてこないよ、きっと」
「……それだがなぁ、もし願えるなら、頼みがあるんだよ」
歯切れ悪く話し出したリックさんに向き直る。いつの間にか他の坩堝メンバー5人も神妙な表情を浮かべて私を見ていた。
ジルさんとダビデが明らかに緊張してリックさんの次の言葉を待っている。
「あー……そのよ。頼みって言うのはだなぁ……。
言いづれぇ、おい、誰か変われよ」
仲間に救いを求めるリックさんに反応する人はいない。ガシガシと頭を掻いたリックさんは覚悟を決めるためにか、一度目を閉じ深呼吸をした。
「リベルタを統べしリュスティーナ女王陛下に慎んで申し上げます。
我ら坩堝、陛下への誓いを果たすため、この地に参りました。どうか、我々をリベルタの冒険者パーティーとして認めていただきたい」
(C)2017るでゆん




