184.ケトラの使者
ケトラとやらの国から来た使者は武器こそ抜いていないが、私達を威嚇している。ジリジリと距離を詰めようとする居合わせた騎士達を止め、アルフレッドとクレフおじいちゃんが進み出た。
「この地は独立国となります。
一国の使者でありながら、名も名乗らず身分をも明かさぬ者を、陛下に取り次ぐなどあり得ないことです」
「ケトラとはここから最も近い国。そこの王が礼儀も弁えぬとは嘆かわしい」
「お前達は誰だ?」
尊大に問いかける甲冑姿の使者に、アルフレッドが丁寧な一礼をする。
「初めてお目にかかります。私の名はアルフレッド・エーレ・アークイラ・ベルセヴェランテ。恐れ多くもこの地を解放せし女王陛下より宰相の任を命じられております」
「ほう、わしの顔を知らぬか。外交官としての経験は浅いのかのう。わしは冒険者ギルド長老議会にて議長をしておるクレフじゃ。他人はワシを眠れるキマイラなどと呼ぶのう。
此度、この地に冒険者ギルドを作ることに相成った。それは神殿を通して世界に宣言しておる。
新たなギルドマスターと共に、この地を統べる陛下にご挨拶に参った所じゃ。
して、そなたは誰じゃね?」
アルフレッドとクレフおじいちゃんが使者を威嚇している。注目がアル達に集まったのを確認して、ジルさんがそっと私とダビデを隠れ家へと誘導した。
「私はケトラにて伯爵の任を受けし、エウジェニロ・サロベ・ピエロ・トンマーゾである!
解放地を国として機能させるには、多大な労力と資産がいる。故にこの地に早く安寧をもたらすことを望むのであれば、我が国が差し出す救いの手を取るのが上策である。
私はケトラの公式な使者として、我が陛下よりの書簡を預かってきている。代表者を速やかにここへ」
「何を言っておるのか。
ここを見て分からぬのか。労力もあり、資産もある。そなたらの支配は不要じゃよ。悪いことは言わぬ。その書簡を持ち帰り、ケトラの王と今一度、この国とどのように付き合うべきか話し合うが良かろう」
「ふん! 何を言われるか。たかが数十人、しかもその半数は奴隷戦士であろう。まさか獣人を国民とする気か?
女王とやらも何を考えているのやら」
私の関係ないところで丁々発止とやりあっている会話を聞きながら、そっと近くに来たレイモンドさんに問いかけた。
「ケトラって……」
「最も近い国となります。王都まではここから1週間ほどかかりましょうか。近くの村までは3日かかります。
住人は人間。長く境界の森の脅威に晒され続けた国です。人以外の種族を奴隷とし、境界の森の魔物を減らす消耗品として来ました。
どうやらこの土地が解放されたと聞いて、あわよくば支配下に置こうと来たのでしょう」
レイモンドさんの解説を聞きつつ、階段を降りる。外からはまだ互いの主張を言い合う声がしていた。
「御召し替えを」
レイモンドさんに促されて居住区に向かう。
「使者とは外で会いますか? それともこちらへ招き入れますか」
私達を追ってきたエッカルトさんに問いかけられる。
「外で。礼儀知らずを中に入れたくはない」
「畏まりました。では人手を手配し、外へ会談用の天幕を張ります」
「面倒をかけますがよろしくお願いします」
手早くおもてなしの算段をしながら、階下に向かった。エッカルトさんの指示を受けた騎士のひとりが、アルフレッドに外での会談を伝えに駆け上がっていく。
「……面倒。いっそ武装しちゃう?」
「ご容赦を。突然来た使者とはいえ、初めての他国の者。それに武装で応じたとなれば、後々に響きます」
冗談半分で話せば、遅れてきたフォルクマー団長に窘められる。入れ違いに赤鱗の居住区へと去ったエッカルトさんは、住人達に友好的ではない客人の来襲とその警戒を伝えにいった。
「さて、どうしたらいい?」
柵の前で待ち構えていたアガタさんと一緒にボス部屋へと戻った。アガタさんの腕には色とりどりの布が抱かれていた。部屋に入ってすぐに衝立が広げられ、陰へと誘導された。
赤鱗の貴婦人達からの献上品だというドレスが広げられる。パステルカラーのドレスが多い中に、一枚だけ濃い色のドレスがあった。金の装飾で飾られた深緑の重厚な作りのドレスを選び着替える。
「あちらも宣戦布告にきた訳ではないだろう。その土地がまだ不安定だと見越して、唾をつけにきただけだ。相手にせずに追い返せばいい」
「それだけでいいなら、私が行かなくても良くない? 駄目?」
胸元が少し窮屈だから指を入れて直しつつ、ジルさんに答える。
「それは駄目だ」
「この場合、大事なのは何を答えたかではありません。誰が答えたかになります」
「レイモンドさん?」
「若く美しい女王陛下が獣人と人間の双方を従え、横暴な他国の使者に気高く答える。
これは絵になります」
いきなりレイモンドさんが吟遊詩人らしい単語を話したから吹き出してしまった。
「それは責任重大だわ」
「全くですね。ですが陛下のお美しさでしたら問題はございません。堂々とお心のまま言葉を発せられて下さい」
急いで髪を整えながら私にお世辞を言うアガタさんに肩をすくめた。
「陛下、準備は出来たかい? 使者が苛立ってきている」
ひょっこりと入口を覗いたのはオルランドだ。
「アルフレッド様から御伝言がございます。
この使者は小物。どうかお心のままに。以上です」
「ありがとう、オルランド。アルから演技指導はなかったんだね。なら私らしく頑張りましょうか」
いきなりだけど、外交デビュー戦だ。いつかはやらなきゃならないことだけど、出来ればもう少し時間的猶予が欲しかった。
いつも通りの格好はオルランドだけだった。フォルクマー団長は赤鱗のサーコートを纏い、ジルさんは前にデュシスで買った鎧姿。居住区を抜け、ホールで待っていた赤鱗の騎士達も急いで整えたらしい礼服姿だった。
執事姿のレイモンドさんと露出はなく落ち着いたデザインのドレスを着たアガタさんが服の乱れを直す。
何となく繋いだままだったダビデの手を握り、前後を赤鱗の騎士達に守られて、設営された天幕に向かった。
「ほう……これは……」
先触れの声に促されるまま天幕の入口をくぐる。オルランドは隠れ家から出た途端、野次馬に紛れていなくなっていた。ダビデはお茶の支度をすると数人の護衛と共に、天幕の外に作られた簡易の竈に向かった。
使者は私が用意された椅子に座るまで、じろじろと舐めるように見つめていた。嫌悪感を隠す為に、殊更無表情を貫く。舌舐めずりでもしそうな表情の使者の雰囲気を変えるために、アルフレッドの咳払いがかけられた。
「いや、失礼。予想以上に若く、そして美しいご婦人が現れて驚きました」
アルフレッドに向けて、言い訳にもならない言葉を漏らしている。
にやついた顔のまま私に申し訳程度に頭を下げる。そんな使者の態度に、赤鱗の騎士達が色めきたった。それを身振りで落ち着かせて、静かに口を開く。
「ケトラ国の使者、エウジェニロ伯ですね。私がこの地を解放したリュスティーナです。貴方の国王より私宛に書簡があると聞きました。見せていただけますか?」
相手は私を小娘と判断して、交渉相手をアルフレッドとクレフおじいちゃんに定めようとしていた。アルフレッド達の指示もないまま話し出した私に、使者は驚いたようだ。
獣人である騎士が進み出て書簡を受けとりアルフレッドに差し出した。恭しくアルフレッドが封をされたままの書簡を差し出す。
「…………アルフレッド」
簡単な内容だったが勘違いするといけない。二回ゆっくりと読んでから、アルフレッドに手渡した。中を見ずに控えるアルフレッドへ、使者の伯爵が読むように勧める。
「では……」
私に視線で許可を求めてからアルフレッドは中を読んだ。
「失礼します」
アルフレッドが書簡を確認している所で、ダビデがお茶を持って来てくれた。レイモンドさんが引き継ぎ、私と使者の前に並べる。
「女王陛下、これは何の愚弄ですかな?」
ダビデを見つめたまま使者は不快げに話している。
「何か問題でもありましたか?」
問いかけながら毒味の意味も込めて、ダビデが入れてくれたお茶を口に含む。
「一国を代表する使者に、犬妖精ごときが準備した飲み物を出すとは! これを愚弄と言わず、何と言う気か!!」
いきり立つ使者を冷たい瞳で見据える。ウチのダビデに文句があるなら聞いてやろうじゃないか。
「そこの犬妖精は私の料理番。女王の料理番自らが準備したお茶です。この上ない持て成しだと思いますが?」
「無礼な小娘がッ!!
下手に出ていればいい気になりおって!」
椅子を蹴飛ばし立ち上がる使者に、護衛の騎士達が身構えた。使者の護衛として天幕の隅に立っていた人達も、集まってきている。
「落ち着いて下さい」
私は立ち上がることなく使者を見上げて、椅子に座るように身振りで示す。ダビデはオロオロしているけれど、近くにいた騎士に保護されて、護衛達の背後に庇われた。既にダビデを守れという私の命令は赤鱗に伝わっていた事に安堵する。
「お掛けください」
「宰相殿! クレフ老! 貴殿方も貴殿方だ。
この様な小娘に膝を屈し、悔しくはないのか!!
護衛は半獣、人間はほとんどおらず、低俗な獣が幅を利かせている。そんな己の種族も忘れ去ったような小娘ごときに、何故貴殿方が膝を屈する!」
唾を飛ばし訴える使者へ、クレフおじいちゃんは深々とため息をついた。
「お主、馬鹿か?」
「陛下、どうか許可を」
「何の?」
小声で私に許可を求めるアルフレッドに首を傾げる。
「この愚か者を叩き出す許可を」
殊更、大仰に跪き頭を下げるアルフレッドに、場も弁えず苦笑してしまった。演技だと分かっていても、舞台役者のような姿を見せられると笑ってしまう。
「落ち着きなさい。使者殿はこの国の成り立ちもご存じなく、私がどんな思いで王に立ったかも知る術はないのです」
アルフレッドがその気なら、私も少しお芝居をしよう。憂いを帯びた表情に見えるよう、伏し目がちになりつつ、使者に向き直る。
「使者殿。この国の民に種族による貴賤はありません。既に犬妖精は当然として、獣人、人間、エルフにドワーフ、それに……半魔の人々を民として受け入れています」
レイモンドさんには言うなと首を振られたけれど、隠して良いことではないと半魔がいると伝えた。目を見開くエウジェニロ伯に微笑む。
「私は種族を問わず、この地で生きたいと望む全ての民に手を差し伸べます。我が国の、国としてのルールを守る意思があるのならば、種族やそれまでの生活状況で受け入れを拒否することはありません」
「狂っている……」
驚きすぎて呆然と呟く使者に、赤鱗の騎士達も我慢の限界を超えたようで武器に手が延びた。
「狂っている? 何処がでしょう。私は私の心のままに生きるのみ。それがこの境界の森を解放することに繋がりました」
「魔族を民に迎え入れるとは……」
「魔族ではありません。半魔です。憐れなる種族の狭間に落ちた人々。この世界に居場所を求められなかった犠牲者達」
「それが愚かと言わず、何というのか!!
解放者、リュスティーナ!!
そなたは世界と敵対する気か!?
国を統べる秩序を何と心得る!!
ええい! このような地にいることは出来ぬ!
そなたの考え、我が王に伝えさせて貰おう!」
足音も荒く天幕を飛び出した所で、使者達の足が止まった。
何が起きているのか知りたくなって、後ろから天幕の先を覗く。
そこには無言で並ぶ赤鱗の住人達と、冒険者達がいた。大人一人通れる狭い隙間を中央に残し、使者を見つめている。
「手出ししてはなりません」
「何故? この者を帰せばケトラが攻めてくるのは明白。ならば時を稼ぐためにも……」
武器に手を掛けた冒険者が殺気の籠った視線を使者に送る。
クレフおじいちゃんがもう一度武器を引くように話して、ようやく一歩下がって控えた。
「じ、女王よ。正式な使者に対するこれがこの国の礼儀か?」
ひきつった顔のままエウジェニロ伯が私に問いかける。
「冒険者の方々、そして我が民達よ。
この地は蛮夷が支配する地ではありません。どうか引いてください」
「しかし、陛下!」
天幕の中でのやり取りを聞かれていたのか、使者に対する敵意が凄い。このままじゃ暴動が起きかねない。
「我が国は知性が支配する国です。友好と親愛がその根底にはあります」
いきなり難しい言葉を使い出した私に、冒険者を初めとしてみんなキョトンとしている。これでは理解してもらえないか。なら、もう少し簡単な言葉で語りかけてみよう。
「私には理想があります。
目指したい未来があります。
絶対に実現させるつもりですが、今はまだ夢と言い換えても良いでしょう。
それは種族や、生まれた身分や、場所によって、その生が決まらない。そんな万人に可能性がある場所です。
飢えや寒さに怯えず、理由なき暴力を怖れず、己の努力が正当に評価される場所です。
皆さんも一度は、思ったことがありませんか?
こんな生まれじゃなかったら。
こんな場所に生まれなければ。
そうしたら、もっと出来ることがあったのに。やりたいことがあったのに。
願っても仕方がないことだと思いながらも、それでも願うことをやめられない、そんな思いをした事はありませんか?」
冒険者の人達は語りかける私を食い入るように見つめている。赤鱗の騎士達は次に私が何を言うのか、固唾を飲んで見守っていた。
「私はそんな、もしもを夢見る皆さんを、守る力のある国を作りたい。
見た目が違う。生まれが違う。寿命が違う。能力が違う。
それが何ですか?
ただ少し違うだけでしょう。
仲良くなるのに、ほんの少しハードルが高いだけ。もしかしたら、そのほんの少し違う隣人は、親友になれる相手かもしれない。運命の伴侶かもしれない。
全てにおいて平等を約束することは出来ません。ですが、皆の目の前に可能性が開かれている国を作る努力は出来る。
今、この地は全てにおいて白紙なのだから!」
うーん、何だか楽園都市時代の混沌都市を彷彿とする演説になってきたぞ。
「私は皆に約束しましょう!
例え世界がどう言おうとも、住人一人一人に、選択の自由があります。平和に生きる権利があります。
学ぶ自由が、移動する権利があります。
伴侶を自由に選ぶ権利があります。
生死をかける理由を選ぶ自由があります」
冒険者、騎士、そしてその戦える人達に同行してきた勇気ある住人達に語りかける。
「私はこの解放地を、そんな未来を信じる人々の標としたい。ですから我が国は、全ての種族に門戸を開き、民として受け入れます」
「女王陛下……」
圧倒されている前列の人々に微笑む。
「我が国は万人に開かれた国。異なる種族を受け入れると言うことは、理性が強くなくてはいけません。
どうか使者殿達に手出しはせぬように。我が国は本能のまま生きる蛮族が支配しているわけではありません。
新しい価値観の元、自由と責任を負う覚悟をもった心強き民が集う場所です。
使者殿、お戻りになり、私の覚悟をケトラの王へとお伝え下さい」
一歩私が下がったのを合図に、住人と冒険者達が武器を仕舞って一歩後ろに下がった。大きく空いた道に一組だけ残った冒険者がいる。
「お久しぶりです。リュスティーナ陛下」
スッと膝をついた6人の冒険者は私に向けて頭を下げた。
「我ら『坩堝』陛下の理想に触れ、お役に立ちたいと希望しこの地に参りました」
ん? この声。それに、るつぼ?
「異なる種族の垣根を越え、手を差しのべる女王陛下」
いつかどこかで言われた台詞。
「我が種族を認めて下さった初めての王」
すっと顔を上げ、被っていたフードを取った頭には一対の捻れた角。
その後ろで無言のまま、ニヤリと男臭く笑った傷だらけの顔に迷いはない。こっそり親指を立てている気がするのは、気のせいではないだろう。
「貴女の理想のために働くことを誓いましょう」
「我々の存在を認めて下さる限りにおいて」
小柄だががっしりとした体躯。
日焼けひとつしていない白皙の美貌。
ニャーと小さく鳴いて表れた三角の黒い耳。
間違いない。
デュシスで関わった自由の風さん達だ。
無事だとは聞いていたけれど、二度と会うことはないと思ってたのに、なんでここにいるのさ!
「冒険者ギルドお抱えの冒険者。
忌むべき混合種族パーティーの坩堝か。そんな者達まで抱える気か?」
「使者殿。先程も申しました。
我が国は万人を受け入れると」
「…………お前の国の名は?」
敵愾心で輝く瞳で睨まれながら、使者殿に問いかけられた。
「……………リベルタ。私の国の名はリベルタ。
解放地リベルタ。どうかお見知りおきを」
名無しの国では格好がつかない。とっさに思い付いた名前を口に出した。
「承知した。では解放地リベルタを統べし女王、リュスティーナよ。そなたの意思は理解した。我が国へと戻り、その意思、確かに王に伝えよう」
そう話すと、足音も荒く使者達は帰っていった。
私の演説を聞いて興奮状態の住人達を解散させる。坩堝さん達には後で私の居住区に来てほしいと頼んだ。積もる話はその時に。でも今はそれよりも優先しなきゃいけないことがある。
「…………攻めてくるかな?」
「恐らくは」
「時間の問題だろう」
歩きながら問いかける。肯定するアルフレッドやジルさんに恐怖の色はない。それは付き従う騎士達も同じだ。妙な高揚感が空気に漂っている。
「なら防衛の準備にかからないとね。
取りあえずは城壁からかな」
足早に隠れ家に戻りつつ、主要メンバーに集まって欲しいと騎士達に伝言を頼んだ。
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