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183.一人で寝たくない気分です。

 この二年間の私の生活の一端を感じて、絶句してしまった三人に向けて苦笑を浮かべる。


「気にしないで。最近は大丈夫だから」


「しかし……」


 ジルさんが私の言葉に反論するように首を振った。


「大丈夫だから。

 ねえ、ダビデ。本当にダビデは見ていたんだねぇ」


 そうじゃなければピンポイントでここに来るはずがない。しみじみと呟いた。しっかし、あの荒れまくってた時期を見られてたのか。それはあっちの人達にも心配をかけちゃったかな?


()()()()の教育係りだった方と一緒に見ていました。お二方とも心を痛めておいででした」


「そっか、やっぱり心配かけちゃってたか……。そう言えば観察してるって言ってたっけかなぁ」


 その内謝りに行かなきゃ。でもここには神殿ないし、どっかの国の神殿にでも突撃するのは面倒だな。


「我が君? なんの話ですか?」


「はは、気にしないで。ほら、前に少し話したでしょ。私がここに来る前にお世話になった人達の話だよ。

 ハロさん、それと名前を出して良いか分からないちょいワルおやじ様、今も見てるんですか?

 私なら大丈夫ですよ。ここには神殿もないから挨拶には行けませんけど、心配無用です」


 上空を見上げて呟く。何となく死後の世界とか、神様の世界って上にある気がするよね。心情の問題なのかしら?


「本当に陛下はどれだけ規格外なんだ。まったく、退屈しないと思えばいいのか、心臓に悪いと素直に感じていいのか。

 俺が国の暗部を見なくても、その神々に真実を教えて欲しいと頼めばすむ話じゃないのか? そうすれば互いに手を汚さずに済む」


 私が平然と神様っぽい生き物に語りかけたからか、オルランドからツッコミを受けた。


「神様は地上を見ても手出しはしないよ。誰かに肩入れする事もない。生きている場所で最善を尽くすのは私達の義務。

 確かに全てを神様に任せてしまえば、楽できるかもしれないけれど、そんなの私はイヤだな。運命の一言で全てを納得できるほど、人間出来てないからさ」


 困った時の神頼みとか、最後は神様の言うとおりとか、やるだけやってからの責任転嫁はありだと思うけど、だからと言って人生を神に任せる気はない。特に相手はちょいワルおやじだ……。うん、無理。


「我が君はお強い」


「ティナらしい」


 苦笑しながらもジルさんとアルフレッドが納得している。


「お嬢様?」


「もう少しだけ待ってね。私の中でまだ割りきれてないから、お願い」


 ダビデがダビデ、ああ、混乱する。秋田犬のダビデが前の自分の体を見つめている。


「お嬢様、今日は一緒に寝ませんか?」


「おい」


「ダビデ」


「犬っころ」


 3人から鋭い声が放たれる。


「ん? どうして?」


「ボク、柔らかいベッドで寝たいです。お嬢様のベッドなら、とても寝心地がいいですし、お嬢様も一緒に寝ましょう?

 ボクは今日、一人で寝たくない気分です」


 そっと私の裾を握ったダビデのおねだりに頬が弛む。でも一人で寝たくない気分っていつか何処かで聞いた気がする。


「そうだね……。ならボス部屋はダビデが使うといいよ。私はここで休むから」


「お嬢様! ボクは一人で寝たくないです。お嬢様が冷たく固い床で寝ているのに、ボクだけがフカフカベッドで眠るわけには行きません」


「……なら、今日だけだよ」


 戻ったダビデの我が儘ならばどんなことでもききたい気分だ。1日だけここを離れて眠ることくらいは訳がない。


 最初はダビデを睨んでいたジルさんとアルフレッドも、どうやら納得しているみたいだし、問題はないだろう。


「ならすぐ休む? 長旅で疲れたでしょ」


「いえ、出来ればお風呂に……」


「ああ、そうだね。ならお風呂に入って何かご飯作るからそれを食べて、からかな?

 ならダビデ、一人でお風呂入れる?

 私はクレフおじいちゃん達の所に不自由がないか聞いてくる」


 頷くダビデをボス部屋に案内して、荷物を解くように伝えた。


 オルランドにダビデを頼んで、私達は上に戻った。柵の前にいたレイモンドさん達に、今日からダビデも下で過ごすことを伝える。


 赤鱗の人々にも広めてくると話すジルさんと別れて、アルフレッドと共に冒険者ギルドの人々が待機する場所に戻った。


「女王陛下!」


「陛下!」


 冒険者ギルド区画で荷物を片付けていた人々が私に気がついて立ち上がり頭を下げる。


「陛下、広い部屋をありがとうございます」


「慈悲深き女王陛下に祝福を」


 クレフおじいちゃんかクルバさんを探して歩く私たちに口々にお礼が伝えられた。


「リュスティーナ陛下」


 奥のほうにいたクルバさんが私を見つけてくれた。


「お疲れ様です。とりあえず、売店っぽい空間と広い部屋、簡単なトイレとシャワールームだけですけど、準備しておきました。他にも必要な施設があったら教えて下さい。

 それと、皆さんが落ち着いたら、今後の事を相談したいのですが、クレフおじいちゃんは何処に?」


 冒険者ギルド区画を作ったから隠れ家は、どんどん複雑化している。


 今の隠れ家には入口の下り階段の先には大きなホールがある。そこには複数の扉がある。


 正面の扉は私の居住区に繋がるもの。その途中にジルさんやアルオルの居住区がある。


 向かって左側に赤鱗の人々の居住区に繋がる扉と、馬と荷物を置く扉のない通路がある。


 反対の右側に、冒険者ギルド区画を作った。

 見えた方がいいかなと思って扉をつけなかった入口からは、小さな売店が複数連なっているのが窺える。その先に倉庫か事務所にしてもらおうと思って作った空間がある。


 売店区画の途中に、一時的に冒険者達が休める広いだけが取り柄の部屋へと続く下り階段を作った。


 どんどん迷宮化してきてると思うのは私だけだろうか……。


 これを維持するのに使用される魔力は1割。展開する時よりはコストが軽いとはいえ、馬鹿に出来ない負担だ。


「クレフ老はこちらの騎士と共に、準備して頂いた部屋を確認しに行っております」


「そうなんですね。城壁が出来てとりあえずの安全が確保されるまでは、ここで過ごしてもらうことになると思います。何か不足があったら教えて下さい」


 アルフレッドやフォルクマー団長達と相談して決めた冒険者ギルド担当の騎士はもう仕事を始めているらしい。


 問題なく動き出している事を確認して、胸を撫で下ろした。


「ところでクルバさん。さっきクレフおじいちゃんが話していた本部機能の……」


「ああ、それに関してはクレフ老から説明するとのことだ。だが、ここでは人目につく。場所を変えないか?」


 クルバさんは周りにいた人々に、クレフおじいちゃんが戻ったらギルドの売店区画に来てくれるように話すと、先に立って歩き出した。アルフレッドは静かに私に付き従っている。


「……ここでいいか。

 久しぶりだな、ティナ」


 視界が通り、盗み聞きされない場所でクルバさんは口を開いた。


「お久しぶりです。クルバさん。

 まさかクルバさんがここのギルマスになるとは思いませんでしたよ。デュシスは大丈夫なんですか?」


 昔の口調になったクルバさんに私も今まで通りの反応をした。


「ほう、咎めないのか?」


「クルバさん相手にネコ被っても今さらでしょう。それよりも何があったんですか?

 デュシスは無事ですか?」


「ああ、デュシスは無事だ。それと随分前になるが、お前が連絡を寄越していた獣人の国に捕らわれていた捕虜達も返還された。ランダルも一緒だ」


「そうなんですか!? 良かった。ランダル君も戻れたんですね!」


 あの時助けられなかった人達の顔が過る。鞭打たれ、血塗れだった彼らが戻れたのか。良かった。


「全てお前のお陰だ。デュシスは……少なくともデュシスの住人の多くはお前に感謝している」


「私は何もしてないですよ。私がやったのはクルバさんに連絡をしただけ。あとはデュシスの人達と冒険者ギルドの人達が頑張ったからでしょう」


 嬉しさに弾む声のまま答えたら、クルバさんが微妙な顔をしている。


「……まあ、いい。それで今のデュシスだが」


 そこで一呼吸置いたクルバさんは、薄く瞳を閉じて話し始めた。


「デュシスの現ギルドマスターは元スカルマッシャーのケビンだ。

 娘、マリアンヌはニコラスと結婚しデュシスに残った。ニコラスは分かるな? お前と仲が良く、サーイ殿とパーティーを組んでいた冒険者だ。ニッキーと言った方がお前には分かりやすいか」


「え!? ニッキー、やるじゃん!!

 マリアンヌ射止めたんだ!!」


 ニコラスと言われて誰だか分からなかった私に、クルバさんの補足説明が入った。飛び上がって祝福する私に、アルフレッドが咳払いをする。


 女王なのに落ち着きがないと言いたいのだろう。


「ん? あれ?

 マスターがケビンさんだと、スカルマッシャーはどうなったんですか?」


「解散した」


「は?」


「スカルマッシャーは解散した。

 ケビンがアンナマリア、元チーフ受付嬢のアンナと結婚し、ギルドマスターに就任。ジョンとマイケルはデュシスの住人の中からこちらへの移住を希望した者達と共に第二陣以降で来る。

 ニコラスはさっき話した通りだ。そしてサーイ殿は再三の軍神殿からの復帰打診を受諾。軍神殿の神官長として、神殿に戻った」


「はい!? マジで!!?」


 驚きすぎて若者言葉が出ちゃったよ。凄いな、何が起きたんだ、デュシス!!


「マジだ。

 女王が威信を傷付けるような言葉を使うな」


「ごめんなさい。驚きすぎました」


「まあ、いい。アンナマリアは冒険者ギルドに籍こそないが、ギルマスの妻だからな。今後もデュシスと冒険者ギルドの関係は良好な物になるだろう」


 そりゃそうだよね。アンナさんならギルドの内幕も知ってるし、ドリルちゃんの叔母だ。問題はないだろう。


「なんか凄い変わりましたね」


「お前が旅立って3年以上だからな。変わりもする。我々もギルド本部の状況もな」


 含みのある言い方に片眉を上げた。


「クレフ老」


 遠くから歩いてくるクレフおじいちゃんを見つけてアルフレッドが挨拶をした。そのまま合流したおじいちゃんと入れ替わるように、アルフレッドが少し離れたところで警戒を開始する。


「ティナちゃんや。物凄く配慮してくれてありがとうのう。これなら明日にでも営業を開始できる」


「それは良かった。もっと他に必要なものはありませんか? 無理なものもありますが出来るだけ準備しますよ」


「ふふ、ならば宝物庫でも求めようかのう。ここの魔物からは良いものが獲れるし、わしらが持ち込んだアーティファクトも守らねばならぬ」


「それですよ!

 本部機能の一部移転って……」


「レイモンドには話しておったから問題はないと思っておったが、驚かせてすまなんだ。

 ティナちゃんや、今、冒険者ギルドが置かれている状況を知っているかね?」


 首を振る私に、クレフおじいちゃんが最近の冒険者ギルドの事を教えてくれた。


 曰く、

 ノルマ制の導入。国の下部組織としての運営。冒険者ギルド職員に対する締め付けの強化。強引な配置転換。それに今回の移動に関する妨害。


 出るは出るは、よっぽど腹に据えかねていたんだろう。クレフおじいちゃんの口からは怒濤のように文句が流れ出た。


「という訳でのう、わしら昔の冒険者ギルドを愛する者たちは、今の連中に一矢報いる事にしたんじゃよ」


「……冒険者を兵士変わりに消耗させること等許せるはずがない。我々は国から独立し、その地に生きるもの達と共にある。それが誇りであり、存在意義だ」


 憤懣やるかたないという雰囲気で、クルバさんも同意している。まあ、クレフおじいちゃんもクルバさんも元高位冒険者だから、こういったことには思い入れがあるんだろう。


「それにお前にとっても悪いことじゃない」


「それはどういうことでしょう? 我々の国が冒険者ギルド本部に目をつけられるだけで、利益はないと考えますが」


 警戒していたアルフレッドがクルバさんに聞いている。


「元々、今の冒険者ギルドにお前達の国を認める気はない。

 だが我々は違う。ギルドカードを作る技能もある。知識も持ち出した。

 リュスティーナ陛下も元は冒険者。我々が自由を愛する気持ちを分かって下さるだろう。自由に生きるのには実力がいる。

 この国が我々の存在を認めてくれるならば、各国の高位冒険者達の大移動が起きる」


「……なるほど」


 アルフレッドが納得したのをきっかけとして、今回の話し合いはお開きになった。ギルドの事務所にしようとしていた部屋の奥に宝物庫を設置する為に歩き出す。


「そう言えばティナちゃんや。この国の名前は決まったのかね?」


「まだなんですよ。公募で決めようかなと思ってるんですけど、止められて」


 苦笑しながら話せば、出来るだけ早く決めて欲しいと頼まれてしまった。確かにいつまでも名無しの国じゃ、格好がつかないもんねぇ。でも、私の名前そのまんまの国名は嫌なんだよね。周りはそれにしたいみたいだけど。流石に解放王リュスティーナが統べる、リュスティーナ国は嫌だ。どんだけ自意識過剰だよ。


 宝物庫を設置して、みんなと別れて私の居住区に戻った。お風呂を使ったダビデが、夕飯の仕度をして待っていてくれていた。


 二人っきりになった途端にダビデが光り、()()()が表れた時には驚いた。動揺する私に、ダビデからそれがメントレのおっちゃんから持たされた物だと聞かされて、即座にアイテムボックスに放り込んだのはお約束だ。

 これにどんな効果があるかなんて調べたくもない。つうか、裁縫でもしろってのか!? 苦手なんだよ、そういうの!


 そんな恨み言をぶつぶつと呟いていたら、ダビデに慰められてしまった。


 久しぶりに柔らかいベッドで、自分より高い体温のワンコを抱いて眠る。夜中に何度も起きて、ダビデが腕の中にいることを確認してしまった。




 翌日、ダビデと手を繋いで隠れ家を出た。

 出入口近くに人だかりが出来ていて騒然としていた。人も多くなったし喧嘩でも起きたのかと、不安になりながら護衛を引き連れて向かった。


「陛下!」


 私が来た事に気がついた人達が道を開けてくれた。兵士や冒険者を中心に数十人はいるな。


「我が君、お喜び申し上げます」


「ティナちゃんや、流石じゃのう」


 下に居なかったメンバーからお祝いを言われた。促されるままに視線を動かせば、氷の結晶を立体化したみたいな水晶っぽいモノが宙に浮いていた。


「?」


「なんですか? これ??」


 分かっていない私たちに、アルフレッドが「至高神のモニュメント」だと話す。うん? 前に見たのと形が微妙に違うぞ。


 疑問を口に出したら、住んでいる人数や年数によって大きさが変わるらしい。だよね、今の形だと一番近いの、ウニだもんねぇ。


「これで魔物はここに寄り付かなくなる。今、現れているのを倒せば、街を作れるぞ!」


「これでこの地も正式に国として認められますな」


 ウニもどきのモニュメントでも嬉しそうな人々の声がする。頑張ってもっとカッコいいモニュメントになるようにしないとなぁ。


 祝杯を上げようと話す住人の間から、場にそぐわない声がした。


「この地の代表者を出せ!

 我々はケトラ国の国使である!!

 ケトラはこの地を 併呑(へいどん)する用意がある。今、我らに従えば、解放者をケトラの高位貴族として迎える!

 速やかに代表者は出て参れ」


 予想外の言葉に、その場にいた全員の視線が集中する。


 森の切れ目に、見たことがない旗を立てた一団がいた。今の声はこの一団が発したらしい。


 とっさに私を隠すように動いた赤鱗の騎士達から、殺気が漏れだしていた。


 ―――朝っぱらから千客万来だなぁ……。







(C) 2017 るでゆん



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