181.冒険者ギルドが出来ました! って、本部機能の一部移転!?
前世のウチの家訓にドン引いたメンバーを見据えつつ続ける。
「このような覚悟を私がしていることなど、本来であれば知らなくともよいのです。いえ、一般の国民に知られてはいけない。でも、今、ここにいる貴殿方はこの国の根底を支えて貰うことになるでしょう。
ですから、私の覚悟を話しました」
誰も咳払いひとつしない。呼吸音すら聞こえてきそうな沈黙の中で、全員から向けられる視線に耐えた。
「それが陛下が王となるのを嫌がった理由でございますか」
静かにレイモンドさんに問われる。
「ええ、私は普通に生きたかった。家族や祖先のように、己を追い込み重荷を背負うような生き方はしたくなかった」
嘘を言っても仕方ないから肯定する。責められてでもいるかのように、アルフレッドとレイモンドさんの双方が目を伏せた。私を王にと推し、庇護を求めた事を後悔でもしているのかな?
「貴方たち半魔と、今の世界では居所のない人々を受け入れると決めたのは私。己を責めることはないのです。
ですが、願わくば私に協力して欲しい。
絶対の忠誠などは求めません。貴方達は貴方達の価値観と大切な人々の為に、この国を利用していい。そしてこの国が存続していくことに価値を見いだして欲しい。
利益の調整と国が何処に向かうのか、その最終的に責任を負うのは王です。
私はこの国の初代女王として、貴殿方に期待し、願います。
どうか私に力を貸してはくれませんか?」
言いきった! 言い切ったよ。頑張った、私。
これでダメなら、もう仕方ない。引きこもりの天国でも作ろう。私の魔力なら可能のはずだ。
立ち上がったのは誰が先か。
静かに次々と立ち上がった彼らは私の顔を見詰めていた。そのまま出ていくのかなと、内心、戦々恐々としていたけれど、そういった事もなかった。
「我が君へ忠誠を」
口火を切ったのはアルフレッド。
やはりと言うか、なんと言うか……。だから絶対の忠誠なんて求めてないのに。
静かに近づいてきたアルフレッドが私の前で跪く。今までのものとは違うものを感じて、ドレスの裾に手を伸ばすアルフレッドに右手を差し出した。
何を思ったのか、目を細め何かを堪える顔になったアルフレッドは、恭しく私の手を取るとその甲に顔を落とした。
「俺はお前の牙だ。牙が主に逆らうことはない」
「我らの命はリュスティーナ様のもの。存分にお使いください」
「寄る辺なき我らを受け入れて下さった陛下に最大の感謝を」
思い思いの言葉と共に、次々と私の右手に顔を寄せる。唇をつける人もいれば、押し抱いて額を寄せる人もいた。
護衛として室内にいた騎士も、動きたそうにこちらを見る中、唯一跪いていないオルランドに周囲の視線が集中する。
「オルランド?」
問いかけるアルフレッドに、オルランドは逡巡しているようだ。自分に視線が集中していることを感じながらも、動くことが出来ないでいる。
「ああ、無理をする必要はありません」
オルランドと言うよりも、責めるような視線で見詰め始めた周囲に言う。
「貴方はアルフレッドに絶対の忠誠を誓っている。ならば私に膝を屈するのに躊躇するのも分かります。
それにオルランドは暗部を見続けていたのでしょう? まだ未知数である私に頭を垂れたくはないと思う気持ちも理解できます」
「ならば私が命じ……」
「アルフレッド、お止めなさい」
オルランドに命令しようとしたアルフレッドを止める。意図した以上に冷たく強い声になってしまった。アルフレッドだけではなく、オルランドを睨んでいた全員が私に向き直り姿勢を正す。
「オルランド、貴方はそのままでいて下さい。
貴方には私に直接抗議を伝える権利を与えます。私の治世や行動に不満があるならば、貴方の心のままに文句を言っていい。
それを理由に罰を与えない事を約束しましょう。ただし、場所は弁えてね」
「ハニーバニー……何故? 俺は確かに国や人の暗部を見続けてきた。その俺を信用するとでも言うのかい?」
「逆です。オルランドが私の事を信用していないから、その諫言が重要になるのです。
イエスマンばかりを集めても、国の運営は上手くいかないでしょう。今までの私ならば必要だと思っていなかった、清濁を併せ持つことが重要になってくる。
闇を背負わせるつもりはないし、それを強要することもしたくはないけれど、国の暗部を見つめられる人間は今、オルランドしかいないと思っています。
だから、その唯一が誰の肩も持たずに冷静に全てを観察してくれるのならば、私としては助かります。たとえ私を良く思っていなくても、オルランドの主であるアルフレッドは、私に忠誠を誓ってくれているから、私に対してそんなに酷いことにはならないという打算もあるのは否定しないよ」
そこで一度切って周りのメンバーの表情を確認する。
「ああ、だからといって他の人達は無条件で全て従えって言うつもりはないから、安心してください。最終的な決定をしたら従って貰いたいけれど、それ以外のまだ決まっていない状況でなら、どんな意見も排除するつもりはないから……今のところは、だけれどね?」
最後だけ茶目っ気を滲ませて、微笑みつつ言い切った。苦笑に近いものだけれど、室内にいた数人の表情が弛んだ。それを機に空気が少し緩んだ。
「陛下」
敬意を表し、思い思いに頭を下げる皆の中からオルランドが私に呼び掛ける。
ん? 陛下!?
「どうしたの? なんの嫌がらせ」
堪えきれなかった苦笑を浮かべた。
「私の忠誠はお言葉の通り、アルフレッド様にあります。ですが、我が主の忠誠の対象として、貴女様にも敬意を払います。
私と、そして配下の一族郎党、御身の国の為、働くことをお誓いいたします」
呼び掛けの後、私の前まで進み出て、膝を着いたオルランドは、そう言うと差し出した手を無視して、足元近くの床にそっと額ついた。
オルランドの行動が予想外すぎて、どう答えたらいいか分からず動揺する。何がオルランドに一定の忠誠を誓わせるきっかけになったのやら。
「ありがとう。貴方が手を貸してくれるのならば、とても心強いと思います。でも本当に無理はしなくていいから」
アルフレッドに捧げられた誓約の入口経由で、オルランドに命じる。誓約とやらはかなり強制力を持つらしいし、これで十分だろう。
「貴方の言葉は大変嬉しく思います。さあ、立って。今日の話し合いを始めましょう」
護衛に立っている人達は、この部屋の中で行われた会話を外で話すことはない。妙な熱気を帯びたままの室内だったけれど、そこからいつもの打ち合わせになった。
外壁の修復、近々来るはずの冒険者ギルドメンバーの受け入れ準備、そして法律の制定。決めなくてはいけないことは際限なくある。
今日も終わりは夕方かな?
…………………………
………………
……
「お疲れさまでございました」
会議が終わって自室へと戻る私に、アルフレッドが挨拶をした。今ここにいるのは、ジルさんとアルオル。昔からのメンバーだけだ。
「お疲れ様。ごめんね、アルフレッドがせっかくお膳立てしてくれていたのに、無駄にするようなことをしちゃった」
一応謝っとかなきゃなと思っていた事をようやく伝えられた。
「いえ、私こそ申し訳ございません。我が君に図ることなく勝手な判断を致しました」
3人の居住区に着いたから、そこでお別れになるだろうと思って、一度足を止めた。
「じゃ、後は皆、自由時間って事で。外に出るときは、護衛の人に声をかけるから安心してね」
「お待ち下さい。ひとつお伺いしたい事がございます」
「ん? 何?」
廊下での立ち話でいいのかなと思いながら、アルフレッドに改めて顔を向けた。
「陛下の仰ったとある政治家一族の家訓ですが、前にお話になっていた……?」
誰が聞いているか分からないと判断したのか、みなまでは言わずにアルフレッドが問う。
「うん。私の家は、昔からそっち方面に参加していてね。何代か前には総理……うーん、こっちで言う宰相?に近い地位までいったらしいよ?
ただ政争で負けて、辛酸を嘗めることになったって話だけど。
後一歩の所で、権力に目が眩んで可笑しな事をしたらしいのよ。語り草になってるんだ。本当にバカだよね」
法事の時なんかに身内だけで深酒すると、必ずと言って良いほど出る話題を思い出して苦笑する。
「高い地位にいらしたのですね。ですが以前は一般庶民と仰っていた様に記憶しております」
「ああ、あっちには身分制度はないから。昔、一時期だけ貴族制度があったらしいけど、廃止になって長いから、よっぽど特殊な生まれかそういう責任のある立場の人間以外は、一般庶民と言っているのよ」
「そうなのですか」
「うん。そういう意味では、古い一族の末裔って事になるのかなぁ。高橋だし……」
「タカハシ?」
「うん、こっちでいう家名ね。あっちでは苗字って言ってたけど、一応、高橋って一杯いるけど、長い歴史のある名字でさ。
神の降臨を願うとか、断絶された渓谷なんかに高い橋をかけて繋げるとかそんな意味があるらしいのよ」
「へぇ。陛下にぴったりだね」
オルに軽い口調で同意されて、違和感が拭いきれない。ウサギだのネコだの呼んでいたくせに、いきなり陛下呼びは勘弁してよね。
「オル、出来たらその陛下ってのやめない?
第一どんな心境の変化よ」
「矯正している最中だから我慢しておくれ」
パチンとウインクひとつで往なされた。理由を教えてくれる気はないらしい。
「ではお名前にも意味があるのですか?
確かユリ様でしたでしょうか」
「あー……うん。一応、あるよ。祖父が付けたから、古風な意味だけど。名前負け感がハンパないけど」
意味を聞いたときに、そんな高尚な生き物じゃないと訴えたっけなぁ。
「どんなだ?」
それまで黙って私達の会話を聞いてきたジルさんが入ってきた。
「そのまんま言えば、里に存在し続けるもの。
里って字は田んぼ、あっちでの主食を作る畑みたいなものと、土……えーっと祠や社なんかを建てて奉る場所が語源とも言われている、大地を表す文字が組み合わされて出来てるの。有は存在を手に入れて、所持し続けるって感じの意味があるんだよね。
だから、まとめると『高橋 有里』で『神の降臨を願い 里に存在し続ける者』って意味になるんだよね。笑えるくらい壮大でしょ。
懐かしいな。他の人にこの話をするのは実質初めてだよ。昔、可愛い名前のお姉ちゃん達に負けてるみたいで、イヤで堪らなかった時に、名付け親のお祖父ちゃんから由来を教えられたんだ」
うーん、ジルさんとアルフレッドが妙に感銘を受けているのは何でだ?
オルランドは納得したって感じに苦笑してるし……。
「……名は体を示す。その名前を主に贈った方に敬意を贈ろう」
「ジルさん? 何に感動してるの?
今の話は名前負けしてるなって笑うところ!!」
「笑えないでしょう」
「ああ、笑えないな。では、そんな陛下にお願いがある。冒険者ギルドの受け入れが終わり、落ち着いたらで構わない。
もう一度、俺の妻子に会って貰いたい」
「イングリッドさん? 別にいいですけど」
何か用件でもあるのかな? なら今夜にでも訪ねるけれどと思ってジルさんを見つめたら、後でで構わないと首を振られた。
「さあ、陛下。明日には冒険者ギルドの者たちも到着するでしょう。昨日は外泊をされてお疲れのはずです。少しお休みください」
そんな風にアルフレッドに促されて、下り階段へと誘導された。
「あ、そうだ。ここ、鉄格子つけるね」
「は?」
「入ってこられるの嫌だから、もうひとつ扉をつけるの」
そう話してさっさとカスタマイズして鍵穴のない鉄格子を出現させた。これは牢屋の鉄格子の再利用だ。扉の開閉は魔力認証だから、私以外には開けられない。これでうっかり居住区域に入ってこられる心配もない。
「陛下!」
「また明日。お休み」
抗議を伝えるアルフレッドの言葉を聞き流し、ジルさんに挨拶する。オルランドは私の反応が予想外だったようで爆笑していた。
……………………………
……………………
……………
「女王陛下、約束通り来させて頂きました」
翌日の昼過ぎ、到着した冒険者ギルドの第一陣、それでも2、300人はいる大集団を引き連れたクレフおじいちゃんに挨拶された。
歴戦の冒険者然としたおっさん達の他にも、明らかに駆け出しやら戦えないであろうご婦人達もいる。
「話をしたところ、少々大規模になってしもぅてな。家族総出で、弟子まで引き連れて移住を決めた者も多い。みな、苦難は覚悟の上じゃ。移住先となる陛下にはご負担をお掛けするが、どうか受け入れをお願いしたい」
冒険者ギルドの代表としての口調になったクレフおじいちゃんに頭を下げられた。まあ、レイモンドさんを通して、予定よりかなり多い人数になったとは聞いていた。思った以上だけど。これで第一陣って事は最終的には何人来るんだ?
まあ、団体さんでも何とか隠れ家に大きな空間も準備できたし、しばらく夜露を凌ぐことくらいは出来るだろう。
「もちろん、歓迎いたします。ですが私の国はまだ産声を上げたばかり。皆さんの満足いくおもてなしが出来るとは思いませんが、どうぞご滞在ください」
後半は受け入れてもらえるのかと不安そうな冒険者+αへの歓迎の言葉だ。
「女王陛下、感謝いたします。そして、この地のギルドマスターには、御身と縁のある者を選びました。クルバよ、ご挨拶を」
クレフおじいちゃんに促されて、クルバさんが人垣の中から進み出て来た。驚いて目を見開いている私に、いつもの冷静な声で話し出す。
「お久しゅうございます。リュスティーナ陛下。この度、この国の冒険者ギルドを率いることになりました。またよろしくお願い致します」
隣には薬剤師の奥さんもいる。あれ? でも、マリアンヌがいない。
「娘はデュシスに残りました」
「あら、まぁ。それは寂しいことですね」
マリアンヌを探して視線を彷徨かせていたのに気がつかれ、クルバさんがそう答えた。
「陛下もご存じだと思いますが、このクルバの実力は保証します。この度の冒険者ギルド、本部機能一部移転でも十分に役割を果たせる力があります。
人なりも十分にご存知でしょう。万事ご安心ください」
「本部機能一部移転?」
「はい。バックアップ機能の一部をこちらに設置させていただく冒険者ギルドへと移させて頂きます。陛下にご快諾頂けて助かりました。陛下のお住まいになる場所以上に安全な所はありませんからな」
え? 何も聞いてませんが!?
どういうことだと立ち会っていたアルフレッドやレイモンドさんに一瞬視線を送る。あ、逸らされた。レイモンドさんは何か知ってるな。後で聞かなきゃ。
「クレフ老、それについては、場所も含めて後でゆっくりと。今はご移動でお疲れでしょう?
何もない空間ですが、休める場所を準備しました。どうかそちらへ」
案内の担当に目配せして、冒険者ギルド関係者を隠れ家の中へと誘導させる。アルフレッドがクルバさんの相手をして移動していく。
「……何も聞いておらんのかね?」
クルバさんに先導され一般の冒険者達の移動が開始されて人が少なくなってきた。人目につかなくなった事を確認したクレフおじいちゃんが話しかけてきた。その質問には小さく頷くことで答えに代えた私に謝罪を伝えてきた。
「そうであったか。ビックリさせてすまなんだ。後で話をさせておくれ。
クルバの他にも懐かしいメンバーが何人もここには参加しておる。まだ到着していない者もいるが、ティナちゃんに会えれば喜ぶはずじゃて。
それとティナちゃんや、折り入って頼みがあるのじゃよ」
「何ですか?」
「ひとり、会って欲しい者がいる。ティナちゃんの知り合いだと言い張っているのじゃが、わしらじゃ判断がつかんのじゃ」
困った様に微笑んでいるクレフおじいちゃんに、構わないと伝えた。まだ移動せずに残っていた集団の中から人影が進み出て来た。
「お嬢様!!」
駆け寄ってきたのは、ひとりの犬妖精。見たことのない顔だ。
「……秋田?」
その顔立ちは懐かしい和犬の面影を色濃く残していた。忠犬の代名詞にもなっている大型の犬の顔だ。
「お嬢様! お嬢様!! お嬢様!!!」
そのまま飛び込んで来ようとする犬妖精を、今日の護衛がブロックする。
そのまま突き飛ばそうとする護衛を慌てて止める。ワンコを殴るなんて、私は許しません!!
「ごめんなさい、アキタさん。私は貴方の顔に心当たりがないのだけれど……」
護衛に押さえられながらも、必死に腕を伸ばして、私をお嬢様と呼ぶワンコさんに問いかけた。
「お嬢様!
ボクです!!
ダビデです!!
お嬢様の愛犬であるマル様に良く似ているからと助けて頂いたダビデです。
二度の種族進化を経験させていただき、慢心し、死んだボクです!!
ハロさんからお嬢様を宜しくと、もっと偉いヒトからも荷物を預かってきました!
ウソじゃありません。本当にボクなんです。
ボクは戻ってきました!!
お会いしたかったです、お嬢様!!」
「え………………」
あり得ない単語の羅列にフリーズした。信じられない思いで震える手を伸ばす。ハロさん、偉い人、何より私の最愛のワンコ、真ん丸マル君の名前を知るのは、同居人だった四人だけだ。
――――本当にダビデ……?
脳ミソが理解を拒み、疑問だけが空回る。
触っていいのか、ダメなのか、それすら分からず震える指先が宙をさ迷っていた。
(C) 2017 るでゆん




