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179.ストレス解消? ブートキャンプ?

 イライラしつつ、廃墟となった街を歩く。今からこれを直していくのかと思うと、気が遠くなるけれど、獣人達にはそれでもイチから作るよりは随分マシだと感謝されていた。まぁ、復興はどうあれ、それ以前に赤鱗全滅の危機を救ってくれた私には感謝しかないらしい。


「おや、女王陛下」


 原型を何とか留めていた石塀の陰から第三師団長が現れた。後ろに兵士達を引き連れている。何処かへ行く途中だったのだろう。


「お疲れ様です。お出掛けですか?」


 いつものように話しかけたつもりだけれど、相手は何か言いたげに私の顔を見つめている。


「何か?」


「顔が強張っておいでですな。何があったのですか?」


「ちょっと色々と」


「不機嫌な顔で陛下に歩き回られては、兵達に動揺が走ります。現に御身の後ろの兵士達は、怯えておりますよ。何がお心を惑わしているのか、お教え願いませんか?」


「何でもないです。ただつくづく、私は不要だと思っただけですよ。師団長さんも、夜の会議に参加してたんでしょう?」


 歪んだ顔のまま問いかけたら、それだけで何が起きたのか大体は予想がついたのだろう。師団長さんは頭を抱えた。


「やはりあの話し合いは陛下には知らされていなかったのですか。だから、危ないと……」


「危ない?」


「陛下の御心を波立たせる事になりかねぬので、警告はしていたのです。ですが、黎明期に味方が口論する訳には行かぬ故、必要な打ち合わせだと……」


 申し訳ないと頭を下げる師団長さんだったけれど、どうしても「気にしないで」の一言が言えなかった。


「……それで、お怒りになった陛下はこの後何処へ?」


「うーん、どうしようかと。このままだと、誰かに当たっちゃいそうだから、少し頭を冷やそうかなとな思ってるんですけどね」


 出来たら一人になりたいから、護衛達も撒いて散歩したいんだけど、流石にそれをやったら後が大変だろうしなぁ。


 私の負担も考えて女性の護衛を手配するとは言われているけれど、女性騎士はまだ少ないから今の同行者は全員男だ。


「では我々と共に、石切場へ行かれませんか?

 街を離れれば少しは気分転換になるかもしれません」


「石切場?」


「若者達と共に資材の採集とその護衛に参ります。道中もですが、これ以上に石切場にも魔物が出ますので、経験の浅い者達を鍛えるのにうってつけです」


 そこで後ろに控えている兵士達の顔を確認した。確かに若い人達が多いし、一部種族進化させたメンバーがいるけれど、大半は戦闘慣れしていない人達だろう。不安と緊張が表情に出ていた。


「そう? 私が一緒に行っても邪魔にならない?」


「無論。喜んで。

 皆、聞け!

 女王陛下がご同行下さる! 万一にもおらぬとは思うが、魔物に怯える等と無様な所を見せるなよ!!」


 気合いを入れる師団長さんに、緊張した面持ちのルーキー……でいいか。ルーキーさん達が声を張上げて返事をした。


「さて、では参りましょうか。

 ああ、お前達は下がれ。フォルクマーと宰相殿には、陛下は我々第三師団と共にいるとお伝えせよ」


 護衛対象から離れることを渋っていた護衛騎士達だったけれど、私からもお願いして帰って貰った。


 今の服装は昔よくしていたオススメシリーズ軽装版だ。少し防御力に不安はあるけれど、まあ、何とかなるだろう。


 最初は師団長さんの横で大人しく歩いていたけれど、廃墟を出てしばらくしたところで先頭集団に紛れ込んだ。


「へ、陛下!!」


 畏れ多いと動揺するルーキーさん達に、笑いかけながら進行方向を指差す。


「魔物、来るよ? どうする?

 私が倒してよければ片付けるけど」


「いえ!」


「陛下、それではコイツらの成長に繋がらないので勘弁してやってくれ。

 まぁ、強制進化させてもらった我々が話すことではないが……」


「あ、そう?

 訓練込みなんだ。なら、怪我は気にしなくていいよ。ポーションは任せて。何なら防御力向上とかのバフ系かけるけど」


 手伝うつもりで提案したら、それにも難色を示された。最初から能力向上ありきで闘うことに馴れると、本来の自分の実力が分からず向上心も低下するらしい。


「ふーん、そんなもん? 

 なら、私も手を出さない方がいいの? 出来たらストレス解消に暴れたいんだけど、駄目?」


 石切場まで行けば、物理攻撃が効きにくい魔物もいるから今は我慢してくれと頼まれる。迎えに来た師団長さんに保護されて、後ろに追いやられた。


 しばらくして前で戦闘が発生したようだ。悲鳴に近い怒声と、金属が何か硬いものに弾かれる音が聞こえる。


 しばらくして戦闘音が止み、変わって歓声が響く。それを魔物を呼ぶと叱る進化済のメンバーの声もした。


 何度か戦闘を繰り返し、石切場に到着する。入口近くに幾つもの天幕が張ってあって驚いた。


「ここには赤鱗の騎士達が常駐し、石材の切り取りを護衛しています。働いているのは主に赤鱗の住人達です。

 彼らもまた戦えないなりに、陛下のお役に立とうと必死なのです」


 視界の先に石を切っている住人達が沢山いた。民間人の他にも騎士たちも手伝っているみたいだ。


「予定通り、野営地の設営を開始する!

 残りの班は分かれて護衛を開始しろ!!

 各班長は、部下の安全に注意しろよ」


 一緒に来たルーキーさん達の一部が、空いている隙間に天幕を張り始める。野営地作成以外のメンバーはそれまで働いていた騎士と交換で護衛任務につくらしい。


「陛下はいかがされますか?」


「邪魔になると悪いし、少し見て回ってから散歩してくる」


「では、私が同行を。陛下ひとりで歩き回っては、皆が驚きましょう」


 石切の道具で怪我でもさせたら大変だと笑う第三師団長さんに連れられて、石切場の奥に向かう。


 ここを管理しているという狼獣人に挨拶し、働いている人達に手を振りつつ歩き回った。みんな私が来ていることに気がつくと、驚きに目を見張って服が汚れる、畏れ多いと恐縮されてしまった。


「魔物が出たぞ! 騎士を呼べ!!」


 奥へと足を進める間に何度か魔物が現れた。その都度、石切をしていた人達が一目散に逃げ去り、護衛役の騎士が駆け寄る。


 魔物の中には岩に擬態するものもいた。それが特に物理攻撃が効きにくいと言うことで、騎士達も苦戦しているようだ。


 ならば魔法職の私が狩ればいいやと、前に出ようとしたらまた師団長さんに止められた。


「これも経験です。どうか我慢を」


 腕を押さえられて懇願される。訓練の一環で必要な事だと諭されてしまっては無理には介入できない。傷を負い、ボロボロになりながらも戦う騎士達を見ていることしか出来なかった。


 最終的には種族進化した狼獣人が聖属性攻撃でトドメを差し安堵の息を吐く。


「……陛下、我々の手には負えぬほどの魔物溜まりとなった場所がございます。もしも御助勢頂けるとあれば、そちらを是非にも」


 喜びに沸く周囲に配慮しつつ、師団長さんに頼まれた。もちろん暴れたいし、これ以上、皆が怪我をするのも嫌だ。二つ返事で案内を頼む。


「……こりゃ、凄いね」


 案内されたところは、石切場の最奥だった。マップで見る限り、視界にあるほぼ全ての岩が魔物だ。


 心配する周囲にこれ以上に近づかないようにと釘を刺して、気合いを入れる。


 この魔物は一定距離まで近づかないと行動しない。遠距離で叩くのが正解だ。でも今日の私は暴れたい気分だ。少し危険な橋を渡っても良いだろう。


「氷系がいいかな? それとも炎? まあ、色々試せば良いか。数だけはいっぱいいるし。さて、少し暴れさせて貰うね」


 ぼそっと呟き、殲滅を開始した。





「女王陛下、万歳!」


「陛下の御代に祝福あれ!!」


 殲滅が終わる頃には日暮れを向かえていた。気がついた時には、私の戦闘音を聞き付けた人達が、応援してくれていた。そのまま危険が去った事の祝福の宴になる。


 石切場としては精一杯のご馳走が並んだ野外で、皆と一緒にご飯を食べた。私が呑めないのは広がり始めているから無理に酒を勧められる事はなかったけれど、振る舞われたアルコールでよい気分になった人達が私の事を讃えて、叫び声を上ゲ始めていた。


 宴も終わりを迎えた頃、師団長さんに連れられて天幕のひとつに案内された。


 中には簡単なソファーとベッドが置かれている。


「今日はこちらでお休みを。明日、街へ帰る部隊と共にお戻りください」


「……別に野宿でもいいのに。私の来訪は予定外だから、これ準備するのも大変だったでしょう。迷惑かけてごめんなさい」


「いえ、そんな事は気になさらずに。それよりも、少しお話をさせて頂いてもよろしいですか?」


 深刻そうな表情の師団長さんに促されてソファーに座った。相変わらずこの世界のソファーは固い。


「…………ルーキー達の育て方ですが、残酷だとお思いですか?」


「うーん、正直、種族進化させて安全な能力値にしてから戦わせた方が犠牲も、痛みも少ないかなとは思いますけど。でも皆さんにとっては理由があってやっていることなんでしょう?」


 大怪我をした騎士だっていた。でも決して手を出さないで欲しいと頼まれていた。


「はい。今日、若者達を見る御身の瞳を見て、陛下は優しすぎると判断致しました。

 非礼の咎は後程お受けします。どうか最後まで聞いてください」


 覚悟を決めた顔で、師団長さんは先を続けた。


「陛下はお強い。ですが、その強さが分かってはおられない。

 皆、己の分に合った戦いをするのです。陛下の優しさで強制的に強くなっても、実力ではありません。

 死の恐怖を乗り越え、強敵との戦いに奮い立ち、守るべき者達の為に必死に成長を願う。それこそが、己の血肉になる成長と言うものです。

 確かに陛下のお力添えをお願いし、赤鱗の一部は種族進化致しました。ですが本来、騎士としてそれは恥ずべきことなのです」


「あ、そうなの? なんかごめんなさい」


 謝らないで下さいと師団長さんは頭を振る。


「強制進化させて頂かなくば、我らは足手まといだったでしょう。進化させて頂いたのは、十分に経験のある騎士達のみです。だからこそ、己を恥じ入ることも出来ます。ですが、若い者達は違います。

 陛下の助勢ありきで成長しては、それは張りぼてに過ぎません。陛下、どうか今後も、あやつらの成長の機会を奪わないでやって欲しいのです」


 願える事ではないのに、申し訳ないと師団長さんは頭を下げ続けていた。


 そして私は、彼が本当に言いたかった事であろうことに気がついてしまった。ストンと納得できちゃったよ。


「……そっか。私も一緒か。

 だからあんなにイラついたんだ」


「陛下」


「私も治世としてはルーキーだもんね。最初から楽を覚えたらいけないよね。経験して初めて分かることだってある。

 ありがとうございます。戻ったらアルフレッドやフォルクマー団長と腹を割って話します」


 感謝を伝えて、更にルーキーさん達の邪魔をしない事を約束した。






 翌日、入れ替わりに街へと戻る部隊に同行して、廃墟に戻った。


 入り口近くにアルフレッド達が立って待ち構えていて、少し動揺したのは内緒だ。


「陛下、お帰りなさいませ」


 顔色の悪いアルフレッドとフォルクマー団長は跪いて出迎えてくれている。


「ティナ! 何故、何も言わずに外泊をする!!

 どれだけ我々が心配したか!!」


 久々に人前でジルさんが私の事をティナと呼んで叱りつけた。女王を怒鳴り付けたジルさんの顔を一緒に帰って来た皆が驚いた様に見つめていた。


「ごめん。

 アルフレッドにフォルクマー団長、顔色悪いですよ。少し休んだらどうですか?」


「いえ、私の体調などどうでも良いこと。それよりも、どうか謝罪を聞いてください」


 深々と頭を下げ続ける二人にため息をつきつつ、立つように促した。


「私も聞いて欲しいことがあるの。

 謁見室に行こう。

 同行してくれた皆さんはゆっくり休んでください。私は皆さんの努力を見ました。皆さんの覚悟も知りました。

 この国の王として凄く嬉しかった。皆さんを誇りに思います」


 にっこり笑って、私が思う女王らしく、可哀想なくらい緊張しながらも護衛してくれた脱ルーキーさん達にお礼を述べた。


 私の対応に驚きを隠しきれないアルやジルさんたちを引き連れて隠れ家に戻る。


 すぐに謁見室で話し合いをするつもりだったけれど、その前にアガタさんとレイモンドさんに捕まって、身支度を整えることになった。


 手早くシャワーを浴びて、用意されていた身体を締め付けないドレスに着替える。化粧を施されて謁見室に戻ると、さっきはいなかったオルランドまで待っていた。


「待たせました。

 まずは無断で石切場に泊まった事を謝罪します。心配をかけました」


 尊大に顔を上げて、皆の表情を確認する。さっきと同様にすごい驚かれてるわ。


「……私は間違っていたのでしょう。治世を行う者が、以前と同様で良いとは思っていませんでしたが、それでも皆に不安を抱かせるのには十分だったのでしょう。

 だからこそ、私が判断を誤らぬ様、逃げ出さぬ様にと貴方達の間で事前の話し合いを行っていた。違いますか?」


 気圧された様に私の顔を見つめる皆から反論はなかった。


「ですがそれでは、私は()()()()()なんの成長も出来ないのです。この国が国として立つまで、私は支える事を約束しました。半魔の民を守ると決めた時に、その覚悟は聞いてくれていたはず。それでも不安を抱かせたのならば、私の不徳です」


「いえ! そのような」


 反射的に否定するアルフレッドに向けて、首を緩く振った。


「治世を行う者は、結果が全て。皆に信じて貰えぬのならば、それは私が悪いのです。

『瞳は遥かなる高みを目指し、未来を見据えよ。(こうべ)を垂れることは許されぬ。

 足は地に付け、どんなに悪路であろうとも、転ばぬ様に歩みを止めず、一歩ずつ歩け。足を止める時は死ぬ時のみ。

 両の(かいな)は常に動かせる状態にし、救いを求める者や、想定外の事態に備えよ。重荷を持ち、それを下ろすことを願えぬ立場と自覚しろ。

 どんな闇夜であろうとも、その背を見つめ続ける者達がいることを忘れるな。己が迷えば後ろを歩く者たちもまた迷い、野垂れ死ぬ。

 今の評価を求めるな。未来の名声を願うな。それは害毒にしかならない。

 己の判断ひとつで血を流し、死ぬ命があることを忘れるな。

 どれ程綺麗事を言い、身を飾ろうとも、万人に評価されることはなく、愛される事もない。

 己の手は、身は、足は、己の敵のみならず味方の血で(まみ)れていることを自覚せよ』

 ある政治家一族に伝わる家訓です。

 私はその立場になったのに、気がついてなかったのですね」


 前世の日本でも、あまりな家訓だから、滅多に口に出されることはないけれど、政治家になる血族には叩き込まれる常識だった。


 それはこっちでも同じようで、驚きの中に恐怖すら滲ませて、皆が私を見詰めていた。



 ――――――――――――――――――――――

「絶対なる悪辣女王!?違う、私はただの常識人!!」

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