177.都市……の前に、都市跡地に辿り着くための道を作ろう。
廃墟となった都市跡地へと、赤鱗の人々を移動させるのに10日かかった。
初日は場所の確認と廃墟内の危険の排除。
当初は2日目からは本格的な移動し4日程度で移動を終わらせる予定だった。だがそこで問題が持ち上がった。
赤鱗の人達には荷馬車があったのだ。最初は捨てていこうという事になったのだけれど、廃墟を作り直すのに物資も必要と言うことで、道を作ることになったのだ。
仕方なく荒れ地から廃墟までの道を作る。ここで私のマップ機能が大活躍したのは言うまでもない。
ついでに数少ない赤鱗の魔法使い達と協力して、魔法で木を掘り返した。騎士団を中心として男手だけは沢山あったから、掘り返した生木を材木に加工するために移動する人手だけは不足することはなかった。
どっちかと言えば襲ってくる魔物の対処の方が問題となり、そこで赤鱗騎士団の実力不足が再確認された。彼らは決して弱いわけではない。でも世界有数の危険地帯だったらしい広域境界の森を、民間人を護衛し踏破する実力はなかったのだ。
それで仕方なく護衛となる赤鱗の精鋭達のレベリングをしながら道を作る事になった。ここで私がどちらに助力するのかでまた問題となった。
レベリングに参加しなければ、騎士団が危険だ。かといって道作りに参加しなければ、いつまでも移動できない。悩む私たちに、レイモンドさんから救いの手が伸ばされた。
半魔の村には、魔物相手には戦えないけれど、木を倒す程度の魔法なら使える村人は沢山いる。半魔のほとんどが出来ると言っても過言ではない。そもそも半魔は種族的に肉体的にも、魔法的にも恵まれる事が多い種族だ。ひと悶着あるかと警戒しながらも、彼らに助勢を頼み道作りは目処が立った。
「……本当に申し訳ない」
出会いから迷惑をかけてばかりの相手に、フォルクマー団長が深々と頭を下げていた。到着した半魔の人々を赤鱗の一般住民達は遠巻きに見ている。
「いえいえ、お気になさらずに。互いに助け合って参りましょう」
穏やかに微笑んだレイモンドさんはそう言うと、居心地が悪そうに小さくなっていた半魔の村人達に合流し道を作り始める。レイモンドさん自身は精霊魔法は使えないから、吟遊詩人として人々を鼓舞しているようだ。
「……さて私達も頑張りましょうか。
アルオルは万一を考えてこっちをお願いね」
「かしこまりました。お気をつけて」
アルオルに見送られ、ジルさんと一緒に精鋭赤鱗騎士団員達のレベリングを行う。鍛えなくてはいけないのは、1グループ20人として、40グループ程だ。気が遠くなる規模だけれど、万を超える住人が住む都市を守るにはこれくらいいるらしい。
「神子姫様」
目の前に膝をつくのは最初にレベリングを行う2グループだ。彼らは私と同行して貰うだけで今回は戦う予定はない。
「じゃ、始めようか。攻撃は私がやるから、みんなは防御優先でね。ジルさん、全体のカバーをお願いします。特に怪我人にはすぐにポーションを使ってください」
レベリングのやり方はこうだ。
進行方向に先行した私たちが魔物を呼び寄せる。次にアタッカーとして私が広域破壊呪を使う。打ち漏らしはジルさんが足止め、私の追撃を待つ。虚無塵を使うつもりだから、ジルさんの出番はないと思うけれど、万一を考えて大量のポーションを渡していた。
「使うのは黒蛇か?」
「ん? ああ、魔法のことですか? あれは虚無塵……いや、見た目蛇っぽいから黒蛇でもいいかな。
あれが一番効率がいいから、しばらくはそれでいきます」
スキルを使えばドロップ品の回収し忘れも出ないし、本当に便利な魔法だ。
「承知した。無理はしないでくれ。
一度狩り尽くせば、魔物も弱まるだろう。そうなれば今の赤鱗でも何とか戦える」
「はは、その一回り倒し尽くすのが面倒なんじゃないですか。もし狩り残しが町を襲ったらどうするんですか。
始めの3回、えーっと120人程は特に強い将来有望な人たちって聞きましたから、全員、種族進化させるつもりで戦います。出来たらもう少し進化者は増やしたいですけど。
赤鱗の騎士さん達も異論はありませんよね」
さらっと強制進化させると話したら、周囲にいた赤鱗の騎士達の背筋が伸びた。獣人は種族進化しやすいとはいえ、普通に生きていれば中々進化までは行かない。特に狼獣人族の騎士達は、古狼種に進化したジルさんが近くにいて、やる気に火がついていたらしい。
「ご面倒をお掛けします。今後、必ずやお役にたってご覧に入れます」
初めの集団にはフォルクマー団長や熊の副官エッカルトさんがいた。ちなみに次の集団にはジルさんの父親であるゲドルトさん、最後の集団には第3師団のメンバーが師団長を始めとして多数混ざっている。ここだけは年齢も高めだ。
「じゃ、始めようか」
フォルクマー団長が部下達に合図して、道作りのメンバーから先行した。
時々魔物が道作り人々の近くまで入り込み、危ない場面もあったけれど、大きな事件もなく脱落者も出さずに、レベリングと護衛を果たす事が出来た。最初の予告通り、150名程度の種族進化者を出して都市跡地へ着いたときには心底ほっとしたもんだ。
種族進化を果たしたメンバーが自主的に道作りの護衛を始めてくれたから、後半になればなるほど比較的楽にレベリングが出来た。
移動に日数がかかって大変だったけれど、大変な事ばかりではなく、良いこともあった。
レイモンドさんを中心とした半魔の村人と一緒に道を作っていた魔法使いを中心に、半魔の村人と獣人達との交流が始まっていたのだ。
それだけでも今回の行動に価値はあったかなと思っている。
跡地につき、まず始めに野営地が作られた。でもその日の内に何度も魔物の襲撃に遇ってしまい、民間人に怪我人が出た。
そこでレイモンドさんとフォルクマーさん、ついでにアルオルとジルさんにも頼まれて、戦えない民間人の中でも特に弱い老人と子供を私の隠れ家に迎え入れる事になった。
「…………まあ、良いけどさ。
私が使っているフロアは立ち入り禁止ね。場所は後で教えるから」
「無論でございます。屋根のついた襲われぬ地で休めるだけで幸運なのです。陛下のお邪魔をするようなことは決して致しません」
「このままだと狭いね。少し待っていて」
夫や家族に連れられて、隠れ家に入る人達は続々と集まってきていた。600名前後になると報告を受けていたから、普段の隠れ家ではどうやっても収容できない。
久々に大規模カスタマイズするつもりで、アイテムを握りしめた。
頭の中に浮かぶ選択肢から、ただ広いだけの空間を選ぶ。その近くには効率だけを考えた古い学校のトイレを彷彿とさせる施設を配置する。
その隣にはこれまた効率だけを考えた洗い場、そして浴室を作った。
急激に吸い取られる魔力を冷静に観察する。
まだあと数セットはいけるな。
そう感じたから、更に魔力を注いで同じセットを複数作る。
満を持して足下の地面に刺せば、瞬く間に今まで見たことがない大きな入り口が開いた。
「これは……。なぜこんなに広い」
隠れ家歴の長いアルフレッドが驚いて入り口を見つめていた。
「荷馬車も入るように」
急激な魔力の喪失で息が上がっているから、手短に答える。
「は?」
「まあ、入ってよ」
驚くフォルクマー団長と妙な声を上げたエッカルトさんを隠れ家に迎え入れた。
階段は緩い下り坂に変わっていた。突き当たりは広い空間となり、荷馬車も停められる。扉のない続き部屋には草原っぽい空間が見えていた。
驚いて周囲を見回すみんなを扉のひとつに誘導する。
「団長さん達の空間はこっちです。もうひとつの扉はジルさん達の居住スペースに繋がっていますから、用がない限り入らないように徹底させてください」
「は? え?」
「でけぇ……」
呆然としているのはフォルクマー団長だけじゃなく、ジルさんやアルオルもみたいだ。思えばここまで大きくカスタマイズしたのは初めてだもんね。
「……ひとつの階には4つのフロア。
これが三階分、12部屋あります」
どうぞと言いながら、両開きの扉を押し開けて入る。
目の前に広がる石床の広い空間を見て、全員言葉が出ないようだ。
広さとしては、一部屋が野球場2つ分くらい。本当に何にもないただの空間だ。それにトイレとお風呂がついている。
「この広さが12部屋?」
呆然とジルさんが呟いている。
「うん。頑張った」
「それは、お疲れで御座いましょう」
恭しくアルフレッドが頭を下げる。
「まぁね。でもこれで外で護衛に当たる人達以外は全員入れるでしょ。馬だって貴重な資産だもん。殺されちゃかわいそうだし安全な場所へ」
人の被害は出ていないけれど、馬は数頭殺られていた。
「神子姫様!」
勢いよく跪くフォルクマー団長の後に慌ててエッカルトさんも跪いた。そのまま頭を下げ続けている二人に声をかける。
「だから何度言ったら分かるんですか。私は神子姫なんかじゃありませんよ」
「いいえ、いいえ、我らが神よ。慈悲深く強い我らが神子姫様。貴女様から頂くお慈悲の数々、我らはいかにして御返しをすれば良いのでしょうか。どうか、なんなりと仰ってください」
「人の心配だけではなく、馬の心配までされるとは、まさしく慈悲の塊。確かに我々は騎士です。馬を大切に致します。それをこのようにご配慮頂けるとは」
種族進化を果たして、更に忠誠心が増した赤鱗の二人は私の話を聞いていないようだ。
種族進化で多少色合いに変化はあったけれど、大きく見た目は変わっていない二人を半目で見つめる。
「我が君が困っておいでです。なおりなさい」
この10日ですっかりポディションを固めたアルフレッドが冷たく二人に命令した。
「申し訳ない、宰相殿。また興奮しすぎたようだ」
謝罪をした二人は早速赤鱗の野営を払い、ここに入るために準備をさせると足早に出ていった。
「あ、そうだ。アルオルやジルさんの部屋も少し弄くりましたから、後で確認してください」
「我々の部屋など……」
アルフレッドが困ったように私を見つめる。
合流して以来、自分に部屋があるなど贅沢すぎる。私の部屋の前で眠る許可を頂ければ幸いだ。それが駄目なら、前に泊まった独房に夜間は拘束して貰えれば十分だと何度も伝えてきていた。まったく、自己評価が低すぎるだろう。
「……アルオルの部屋はついでだから。
と言うか、宰相様の部屋がショボいと、この国が馬鹿にされるでしょ」
「宰相は赤鱗の者達が勝手に言い出した事。私はただ一心に我が君にお仕えするだけの者です」
不服そうにいい募るアルフレッドに首を振って否定した。
「馬鹿言わないで。
アルオルの部屋もジルさんの部屋も続き部屋で4部屋あります。これで家族とも暮らせるでしょう。
ああ、小さいお子さんもいるから、防音機能も充実させました。家族で引っ越してきても大丈夫ですよ」
それは楽しめそうだと口笛を吹くオルランドに苦笑を浮かべる。オルはブレないなぁ。
「ティナ?」
苦笑したままジルさんを見つめてきたら、不思議そうに名前を呼ばれる。
「私が何かを言うことじゃないのは分かってますけど、それでもね。
ジルさん、奥さんと話なきゃ駄目ですよ」
あの日以来、ジルさんは私の護衛を優先して、ほとんど家族と接触をしていない。このままじゃ駄目だと思っていたから、今回のカスタマイズで思いきって部屋をファミリータイプにしてみた。これがきっかけになってくれると良いけど。
「しかし…………」
「原因がどうこう言える事じゃないですけど、それでももし何か出来るならしたいですから。
父親は仕事するだけじゃ駄目なんですよ?
家に帰って家族との思い出も作ってください」
本当に、頼むから、少しは家に帰って、家族サービスしてくれ。私の良心が地味に痛むんだ。




